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斎藤福寿、普通の日々に苦しむ。
3 引っ越しと寿管士としての苦悩
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「それと、僕はアパートを借りるんだ」
「引っ越しするのか?」
父さんが聞いてくる。そうして僕は青いファイルから間取りを見せる。その間取りに両親は驚いた様子だった。僕の家よりは小さいけど、二人で暮らすには十分すぎるくらいに大きい部屋だったから。
「その保護人と一緒に暮らすからさ。だから引っ越すんだよ」
「マザーの決めたこととはいえ、保護人と暮らすなんて危ないわ」
「大丈夫、母さん。保護人も僕もカウンセリングも受けるから」
母さんはそれを聞くと大丈夫なのかしら……と言って黙った。僕はどうにかしてこの場を明るくしようとして、この間取りを出したのに母さんの言葉で現実に戻された。そうだ、僕は保護人と暮らす危ない仕事をするのだ。あの優しそうな女性と一緒に暮らす保護人で、僕が最期まで面倒をみる。
「保護人を看取る仕事か。そんなことが福寿にできるのか?」
と父さんは言うが、僕にもできるかどうかは分からない。それに家族にも守咲さんの家族については言わないでおくべきだと思った。僕の両親は心配性だから、子どもを残して僕と死ぬことを選んだ守咲さんを批判するだろう。
「まぁ、とりあえず焼肉食べに行きましょう。就職が決まったお祝いなのよ」
と母さんが言う。僕は自室に戻りスーツからスエットに着替える。寿管士を死ぬまでするとして、この部屋に戻る日は来るのだろうか。こうやって焼肉を食べに行く未来だってあるのか。僕はいつものように父さんが運転する自動車に乗る。運転すると言っても自動で動く車だから自動車なのだ。ただハンドルを握るだけで良い。昔はいろいろ操作したらしいが、今は本当に自動車なのだ。だから交通事故なんてめったに起きないし、免許を取ることも簡単だ。
今回担当することになった守咲さんが亡くなったとして、次の保護人の担当になる。そうしたら、家に帰る時間だってなくなる。そう考えると、このカルビ大将に家族で行くのが今日で最後のような気がした。よく考えなくてもきっと最後なのだ。上司である李さんでさえ、家族となかなか会えないって言ってたから。僕は本当のマザーの姿を知らない二人を平和だと思う。僕の就くことになった職業はやはり異常なのだと嫌なほど思い知る。僕も両親のような、膨大に増えた老人ホームで老人の面倒を見るヘルパーが良かった。今の世の中はほとんどが国家のヘルパーで成り立っている。だいたい義務教育が終わって働くといえばヘルパーが多い。僕らは焼肉屋の駐車場に停めて店内に入る。コンベじゃない本物の肉の良い匂いと焼ける音がする。
席に案内されて、僕はおしぼりで手を拭く。父さんはいつものように顔を拭いてメニュー表を見ていた。半個室になっているこの焼肉屋で僕はぼそりと口にした。
「僕さ、一緒に暮らした人の死を受け入れられると思えないんだよね」
「でも、それがマザーが決めた仕事なんだろ?」
「そうだけど……」
父さんはマザーがあんなパソコンだと知らないからこんなことが言えるんだ!と言い返したくなったけどやめた。だって本当のことはいつも残酷だ。僕は今日一日が悪い夢だったような気がして、新しいスマホを触っていた。ゲームのダウンロードを試みたがやはりできない。連絡先は両親と李さんと霞さんだけ。
「やっぱり精神的にきつい仕事じゃない」
「大丈夫。僕もカウンセリングを受けることができるから」
「保護人が自殺するようなことはないの?」
「あぁ、保護人は自殺できない仕組みなんだ」
僕はすぐに運ばれてきたネギ塩タンを食べながら答える。 守咲さんだって、こうやって家族で食事に来たことだってあっただろう。あんなに仲良さそうだったのに……と僕は思った。喜代也のせいで窓華さんの運命は変わってしまった。違う未来もあったかもしれない。今はどこか知らない家で平和に暮らしているだろうに。
「実は保護人は今は普通に一般人として生活している。きっと普段通り食卓を囲んでいるんだと思う」
「そうよね、今は家族で楽しくしているのかしら」
「僕が看取るのは、死ぬ半年以内になってからだからね」
「家族の元で死ぬように説得するのはなしか?」
父さんも僕と同じようなことを言う。それができないから僕の仕事があるのにちっとも分かっていない。僕はこの仕事によって誰も救われる人が居ないことを改めて知る。今の日本はどうだろう?保護人が出たことも隠蔽するぐらいだ。マザーも喜代也も完璧だとして日本は動いているから仕方ない。
「できないんだって。でも、僕はその約束が守れなくて見に行っちゃったんだ。そうしたらすごく仲の良さそうな親子連れでさ。こんな人にどうして喜代也が効かないんだろうなって」
「まぁ、父さんが思うに、人から見える部分と内部の家庭は違ってくるから、家庭で死ねない理由もあるのだろう」
一般論を口にする父さん。でも、子連れの守咲さんは平和で幸せそうに見えた。少なくとも僕よりも幸せそうな人生を与えられている感じがした。
「調書をもらったけど、それは未来のことなんだ。死ぬ日付と時刻まで書いてあるんだよ。死因は書いていないけどね。マザーも死因は分からないんだって。僕も理解ができないよ。だって今は一般人なのに将来的に保護人って」
僕は一気に言ってしまった。僕の言葉に両親は困っている。僕は運ばれてきた肉をぱくぱく食べて、ビールを飲んで嫌なことを忘れようとしていた。嫌なことというのは、こんな仕事になってしまった現実だ。
「マザーでができて平和になったと思ったのにね」
「母さん、あまりマザーを過信しない方が良いかも」
僕はマザーの正体については二人に言えなかった。だってあんなに厳重に管理されているパソコンがあんなものだなんて。しかも日本の中核だとは伝えられない。母さんは心配性だからパニックを起こすと思う。
「引っ越しするのか?」
父さんが聞いてくる。そうして僕は青いファイルから間取りを見せる。その間取りに両親は驚いた様子だった。僕の家よりは小さいけど、二人で暮らすには十分すぎるくらいに大きい部屋だったから。
「その保護人と一緒に暮らすからさ。だから引っ越すんだよ」
「マザーの決めたこととはいえ、保護人と暮らすなんて危ないわ」
「大丈夫、母さん。保護人も僕もカウンセリングも受けるから」
母さんはそれを聞くと大丈夫なのかしら……と言って黙った。僕はどうにかしてこの場を明るくしようとして、この間取りを出したのに母さんの言葉で現実に戻された。そうだ、僕は保護人と暮らす危ない仕事をするのだ。あの優しそうな女性と一緒に暮らす保護人で、僕が最期まで面倒をみる。
「保護人を看取る仕事か。そんなことが福寿にできるのか?」
と父さんは言うが、僕にもできるかどうかは分からない。それに家族にも守咲さんの家族については言わないでおくべきだと思った。僕の両親は心配性だから、子どもを残して僕と死ぬことを選んだ守咲さんを批判するだろう。
「まぁ、とりあえず焼肉食べに行きましょう。就職が決まったお祝いなのよ」
と母さんが言う。僕は自室に戻りスーツからスエットに着替える。寿管士を死ぬまでするとして、この部屋に戻る日は来るのだろうか。こうやって焼肉を食べに行く未来だってあるのか。僕はいつものように父さんが運転する自動車に乗る。運転すると言っても自動で動く車だから自動車なのだ。ただハンドルを握るだけで良い。昔はいろいろ操作したらしいが、今は本当に自動車なのだ。だから交通事故なんてめったに起きないし、免許を取ることも簡単だ。
今回担当することになった守咲さんが亡くなったとして、次の保護人の担当になる。そうしたら、家に帰る時間だってなくなる。そう考えると、このカルビ大将に家族で行くのが今日で最後のような気がした。よく考えなくてもきっと最後なのだ。上司である李さんでさえ、家族となかなか会えないって言ってたから。僕は本当のマザーの姿を知らない二人を平和だと思う。僕の就くことになった職業はやはり異常なのだと嫌なほど思い知る。僕も両親のような、膨大に増えた老人ホームで老人の面倒を見るヘルパーが良かった。今の世の中はほとんどが国家のヘルパーで成り立っている。だいたい義務教育が終わって働くといえばヘルパーが多い。僕らは焼肉屋の駐車場に停めて店内に入る。コンベじゃない本物の肉の良い匂いと焼ける音がする。
席に案内されて、僕はおしぼりで手を拭く。父さんはいつものように顔を拭いてメニュー表を見ていた。半個室になっているこの焼肉屋で僕はぼそりと口にした。
「僕さ、一緒に暮らした人の死を受け入れられると思えないんだよね」
「でも、それがマザーが決めた仕事なんだろ?」
「そうだけど……」
父さんはマザーがあんなパソコンだと知らないからこんなことが言えるんだ!と言い返したくなったけどやめた。だって本当のことはいつも残酷だ。僕は今日一日が悪い夢だったような気がして、新しいスマホを触っていた。ゲームのダウンロードを試みたがやはりできない。連絡先は両親と李さんと霞さんだけ。
「やっぱり精神的にきつい仕事じゃない」
「大丈夫。僕もカウンセリングを受けることができるから」
「保護人が自殺するようなことはないの?」
「あぁ、保護人は自殺できない仕組みなんだ」
僕はすぐに運ばれてきたネギ塩タンを食べながら答える。 守咲さんだって、こうやって家族で食事に来たことだってあっただろう。あんなに仲良さそうだったのに……と僕は思った。喜代也のせいで窓華さんの運命は変わってしまった。違う未来もあったかもしれない。今はどこか知らない家で平和に暮らしているだろうに。
「実は保護人は今は普通に一般人として生活している。きっと普段通り食卓を囲んでいるんだと思う」
「そうよね、今は家族で楽しくしているのかしら」
「僕が看取るのは、死ぬ半年以内になってからだからね」
「家族の元で死ぬように説得するのはなしか?」
父さんも僕と同じようなことを言う。それができないから僕の仕事があるのにちっとも分かっていない。僕はこの仕事によって誰も救われる人が居ないことを改めて知る。今の日本はどうだろう?保護人が出たことも隠蔽するぐらいだ。マザーも喜代也も完璧だとして日本は動いているから仕方ない。
「できないんだって。でも、僕はその約束が守れなくて見に行っちゃったんだ。そうしたらすごく仲の良さそうな親子連れでさ。こんな人にどうして喜代也が効かないんだろうなって」
「まぁ、父さんが思うに、人から見える部分と内部の家庭は違ってくるから、家庭で死ねない理由もあるのだろう」
一般論を口にする父さん。でも、子連れの守咲さんは平和で幸せそうに見えた。少なくとも僕よりも幸せそうな人生を与えられている感じがした。
「調書をもらったけど、それは未来のことなんだ。死ぬ日付と時刻まで書いてあるんだよ。死因は書いていないけどね。マザーも死因は分からないんだって。僕も理解ができないよ。だって今は一般人なのに将来的に保護人って」
僕は一気に言ってしまった。僕の言葉に両親は困っている。僕は運ばれてきた肉をぱくぱく食べて、ビールを飲んで嫌なことを忘れようとしていた。嫌なことというのは、こんな仕事になってしまった現実だ。
「マザーでができて平和になったと思ったのにね」
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僕はマザーの正体については二人に言えなかった。だってあんなに厳重に管理されているパソコンがあんなものだなんて。しかも日本の中核だとは伝えられない。母さんは心配性だからパニックを起こすと思う。
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