たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、普通の日々に苦しむ。

2 両親に寿命管理士の説明

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両親が帰ってきた。僕もその頃には少しばかり一段落してリビングのこたつに入っていた。もう夕方になっているのに、僕は何も食べる気分じゃなくてあれから何も食べていない。そしてスーツのままだった。今日も力仕事だったようで、肩を孫の手の反対側で叩きながら僕に話しかけてきた。二人はヘルパーだった。日本は昔から長寿の国だ。でも今の時代は死なない薬の喜代也ができてもっと寿命が伸びた。清成という医者が作ったためそう言う名前だ。この方は一万円札の肖像画にもなっているぐらい著名な偉人だ。まぁ、今の日本ではキャッシュレス化が進んでおり紙幣はあまり使う機会がない。喜代也という名前は喜ばしい世になるように命名された。それなのに今はあの薬とか濁して呼ぶ人が特に老人に多い。僕らみたいな世代は気にすることはなく、喜代也と読んでいる。喜代也の接種を義務とする政策について海外から、非人道的として批判されたため日本は鎖国することになった。こういう地代というか特に喜代也のせいでマザーもなく、大変な時期を生きていた人だって今の日本に居る。その人達の多くはマザーのない世界を生きた開拓者で、喜代也という単語を口にするのすらも嫌がる。とにかく嫌われた薬だった。
喜代也のせいで、肉体労働の仕事をマザーに選ばれる人が増えた。老人が増えても出生率は低いため若者は減るから、ヘルパーなどの仕事が多くなる。喜代也のせいで高齢者が増えて、老人ホームだってどんどん増えた。僕の住んでいた寮も取り壊されて老人ホームになる。
そして僕の両親はマザーの選択で中途採用によりヘルパーになった。昔の職業をあまり話したがらないが、マザーができる前の日本で生活していた過去を持つのが僕の親世代だ。僕にマザーに決められる前の自分で掴んだ仕事を話したがらないことには今風の理由がある。それはマザーの判断ではない自分の意思決定を恥ずかしいという風潮があるから。マザーの判断に委ねることが当たり前で、自分で決定することを愚かだと思うような国民性だった。だから僕に昔の仕事の話はしてくれない。他の出来事は話してくれるのに。両親はどんな仕事を選んできたのか知らない。
今はマザーができてまだ三0年ぐらい。だけれどマザーはこんなにも日本に広まった。日本人は昔からこのなかれ主義で安全な道を選ぶ傾向にあった。だから簡単にマザーは受け入れる体制ができていた。みんな幸せを与えられて生きていきたいという単純な思いがマザーが広まるきっかけになった。
こんなことを言うなら、僕にだって将来の夢があった。昔見たドラマの医者に憧れていた。でもそんな仕事には選ばれなかった。今の世の中はマザーのおかげで平和だ。病気もヘルスメーターによってすぐ見つかるし、喜代也のおかげで死ぬことはない。その上裁判所も刑務所もなくなった。諍いが起きてもマザーの判断で終わってしまう。どちらの意見もそれなりに大切にされる平等な世の中。でも、どうして僕みたいな人間が居るのだろう。
「国家公務員はどうだ?続けられそうか?」
「国家公務員と言っても、胸を張れる仕事なのかなって」
父さんが僕に話しかける。僕は不安になって曖昧に言った。この平和な頭をした両親にどこまで言っても良いのだろう。父さんと母さんは僕には肉体労働をして欲しくないと言った。でも、それは正しい教育だったのか僕は分からない。寿管士は肉体労働でもあり精神労働でもある。

「寿命管理省の寿管士って言うんだ。喜代也が効かない人の死を看取るみたいな?」
「寿命管理って言うから、介護みたいなものか」
「そうだなぁ、介護といえば介護だね」
と父さんのつぶやきに答える。その通りだけど、マザーができた父さんの若い頃から刑務所がなくなった。マザーができるまでは刑務所はあった。父さんはマザーのない時期に産まれて自分で進路を選択して大人になった古いタイプの人間だ。僕にマザーができて日本が変わったことをよく話す。これは嫌なほど語られた昔話だ。でも、僕にヘルパーの前にどんな職業をしていたか教えてくれたことはない。自分で手に入れた未来をマザーによって奪われるのは良い思いはしなかったであろう。
「喜代也の効かない人が世の中には居て、保護人って呼ばれてる。保護人の死を看取るだけみたいな仕事かなぁ……」
「あの喜代也が効かないの?」
「うん、薬だから効かない人も居るみたい」
母さんはびっくりしていた。でも僕だって喜代也の効かない人が居ることは今日始めて知った。一般人が知らないのは当たり前だろう。
「でも、マザーが決めたお仕事なんでしょ?」
「母さん、でも僕は不安なんだ。だって保護人は僕じゃなくて家族に看取られるべきだと思う。僕なんて部外者が看取るなんて」
「そうよねぇ、どう思う?父さん?」
この仕事について納得していないような様子。僕だって同じだ。将来の仕事が決まったというのに三人で暗い顔をするしかなかった。父さんと母さんだって、運動神経の良くない僕が保護人と暮らすなんて不安要素しかないだろう。
「でも、マザーが決めたことだしなぁ……」
「うん、マザーが決めた仕事なんだ」
「なら大丈夫じゃないのかしら?」
両親は本物のマザーを見たことがないから言えるんだ。マザーは人形のパソコンでぐるぐるの目をしている。そして僕がここでマザーのことを言ったとして、実力行使で殺される。僕は黙ってしまった。だって、死ぬことが怖い。
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