たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

文字の大きさ
上 下
12 / 87
斎藤福寿、寿管士に就職する。

12 いつかやってくる八月二六日の二時五六分

しおりを挟む
「ところで、死ぬまで一緒に暮らすって言うけど、死ぬ瞬間は同席ですか?それもマザーの考えになるんですよね?」
「それはどっちでも良いよ。霞さんの担当は昼に死ぬけど、斎藤君の担当の保護人は夜に死ぬからね。カウントダウンしながら夜更かしでもしちゃう?」
と僕が聞くと男性はそう笑って答えた。僕にとっては死を年末年始のようにカウントダウンするとか不謹慎なことはできない。夜中に死ぬということは、死を目の当たりにしなくて良いと言うことか。僕は親族で誰も死んだ人が居なくて人の死に触れたことがなかった。だからほっとしていた。
「死期は分かるのに死因が分からないとか、マザーもどうかと思うわ」
「まぁ、育ちの良い世間知らずの女の子だからって思っているだろうが、マザーはマザー様だ」
「これから一週間後にまたここに保護人を迎えに来てもらうから、そのときに君たちが責任を持って首輪ははめてもうらうことになっている。そしてそれが外れるまで一緒に暮らしてもらうかな」
分厚く青いファイルを渡され、事実を聞かされた。改めて僕らは本当にやばい仕事に就いてしまった。保護人と暮らすためにそんな特別な機械まで用意されているなんて。僕と保護人はマザーから逃げられない。日本からも逃げられない。
「君達にも生活に困らない程度の配給は用意するつもり。配給をパソコンから頼めるようにしてあるんだ。もちろん保護人も」
「私は配給なんて嫌よ。服とか化粧品は自分で選びたいの」
「その保護人って今はどこに居るんです?」
あと半年というのなら、どこで生活しているのだろう。一般人に紛れてあと半年の命と知りながら怯えているのだろうか。
「斎藤君ねぇ、さっき言っただろう。今は保護人じゃなくて一般人だって」
「なら、一般人に紛れているんですよね」
「それだけで俺は精神が強いって思っちゃうな。家族と離れて寿管士と暮らすことを選んだ人も、保護期間になるまでは普通に生活するんだから」
僕は男性の言うことはよく理解できない。喜代也でさえも救えない命とあるということは分かるのだけれども。今も普通に日本国民として過ごしている人が、自分が保護人と知って生きている。それはどんな孤独だろう。喜代也が効かないことも言えず死ぬ前になったら僕らみたいな悪魔が迎えに来るなんて。

「そんなの、やっぱり国家権力で安楽死でも良くない?」
霞さんはさっきからファイルを片手で持ちパラパラめくっている。よくこんな重いものを軽々と持てるものだと僕は思った。僕は机の上に広げて読んでいる。
「霞さんもそう思う?俺だってそう思うよ。実際、死を選ぶ方向で対策は取れるんじゃないかって」
「やっぱり、マザーの未来予測は変えられないんですか?死因が分からないとか僕はどう接したら良いのか……」
重たいファイルに載っている情報なんて、マザーのちょっとした誘導で変えられるのではないだろうかと思った。このファイルには喜代也についての接種とそれから効かないと分かるまでの経緯も書かれている。マザーというパソコンがあれだとしても有能ならば、喜代也の問題だって解決できるはずだ。
「そうなんだよなぁ。マザーの予測した未来は基本的に変えられないからね。この仕事があるのも仕方ないんだ。観測された保護人と言っても、今は普通に世間で生活している一般人だ。でも、自分が保護人だと自覚はある」
僕はマザーの意見は正しいわけではない。でも絶対だと思って生きてきた。こんなに判定がザルだということにびっくりした。そしてマザーの決めた未来は決定済みだと勘違いしていた。男性は基本的に変えられないと言った。そういう変えられないという未来は、変えることができるのだろうか。
「基本的に変えられない?マザーは絶対のこの日本で?」
「うん、マザーも完璧のようで抜けているところあるからね」
「そんなものに僕らは人生を預けているんですか……」
僕は呆れてしまう。僕だってマザージェネレーションで、将来設計においてはマザーに任せれば完璧だと思っていた。でも、マザーは簡単に変えられないという未来を見せているだけ。もしかしたら、頑張ればこの結末を変えることのできる未来かもしれないし、僕だって努力すれば就職先が変わっていたのかも。マザーのある世の中でどうやって努力したら良いかなんて分からないけれど、あんな女の子がマザーとしてこの日本に居るのだから仕方ない。

「それでもマザーが指定した日付に死ぬんだ?」
霞さんはファイルを置くと、冷たい声で呆れるように言った。どこかこの無意味な現実を諦めた様子だ。やっぱり僕と違って霞さんは強い女の人だ。霞さんがか弱いって自分で言ったことを思い出して吹き出しそうになる。
「まぁ、そうなるけど今は一緒に生きることが任務だな」
「そこからはまだ新しい保護人ですか?」
「あぁ、その繰り返しが仕事だ」
僕は人の心を動かすような立派な生き方を選んでこなかった。だから、不安なのだ。マザーのことを嫌いに思う反面、マザーによって選ばれた仕事と決められた完璧な未来に甘えている部分があるから。
「マザーが選んだ君たちを信用していないわけではないよ?でも何でも最初が肝心だからね。寿管士という仕事に全力で取り組んで欲しい」
「それって詭弁ね」
少なからずだが、僕だってそう思った。言わないだけで。こういうことをすらっと言えるってやはり霞さんはしっかりした考えを持っている。僕と違ってこの仕事を受け入れる心の準備ができているのかも……
「そうかもしれないな」
と男性は静かな声で言った。僕らは男性の言葉に何も言えなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いつか日本人(ぼく)が地球を救う

多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。 読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。 それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。 2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。 誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。 すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。 もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。 かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。 世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。 彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。 だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。

レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。 その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。 しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。 さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。 直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。 他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。 しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。 考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。 誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?

クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル
ファンタジー
21世紀初頭、突如として謎の機械生命体――ウィッカー・マン――が、出現する。 既存の兵器を物ともせず、生活圏への侵食を開始した。 カナダ、バンクーバー。その第一種接近遭遇を果たし、ウィッカー・マン対策を担う人材や技術の集う都市。 河上サキは、高校生でありながら、ある事情からウィッカー・マンを倒す技術を得る為に、バンクーバーに渡る。 彼女の命が危機に瀕した時、青年が突如として現れた。 ロック=ハイロウズ。 またの名を「紅き外套の守護者」(クリムゾン・コート・クルセイド) ウィッカー・マンにより滅亡しかけた欧州を救った青年の名前だった。 武器xアクションxナノマシンで繰り広げられる、現代”サイエンス格闘”ファンタジー!! 第一部 始まりの鼓動:”Beginning Beat” 完 第二部 平和たる軍靴:”The Pedal Of Pax” 現在連載中!! 注意)この作品は、以下のサイトで複数投稿しています。内容に変更はありません。 掲載サイト ・小説家になろう ・カクヨム ・ノベルアップ+ ※仕事と私事が立て込んでいる為、更新は、日曜日の8:30頃、12:30頃、17:30頃に行います(1月12日より) ※更新は、毎日17:00~18:00の間に、1話更新いたします(2月8日より)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】空戦ドラゴン・バスターズ ~世界中に現れたドラゴンを倒すべく、のちに最強パイロットと呼ばれる少年は戦闘機に乗って空を駆ける~

岡崎 剛柔
SF
 西暦1999年。  航空自衛隊所属の香取二等空尉は、戦闘機T‐2を名古屋の整備工場へ運ぶ最中に嵐に遭遇し、ファンタジー世界から現れたようなドラゴンこと翼竜に襲撃される。  それから約30年後。  世界中に現れた人類をおびやかす翼竜を倒すべく日本各地に航空戦闘学校が設立され、白樺天馬は戦闘パイロット候補生として四鳥島の航空戦闘学校に入学する。  その航空戦闘学校でパイロットの訓練や講義を受ける中で、天馬は仲間たちと絆を深めていくと同時に天才パイロットとしての才能を開花させていく。  一方、島に非常着陸する航空自衛軍の戦闘機や、傷ついた翼竜の幼体を保護する少女――向日葵との出会いが、天馬の運命を大きく変えることになる。  これは空と大地を舞台に繰り広げられる、のちに最強の戦闘パイロットと呼ばれる1人の少年の物語――。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...