たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、寿管士に就職する。

1 マザーからの書留はがきがきた日

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三一二0年の三月中旬、大学の卒業式を前にして学生寮から離れ実家に戻ってきていた。それは通う大学が実家からそこまで離れていないから。余計に三月分を支払うより二月で引き払ってきたのだ。そして僕は卒業式を終えて、国家から届くあるものを待っていた。僕は父さんと、まだ片付けていないこたつへ電源を入れず入ってテレビを見ていた。
大学院を卒業して実家に戻ってきたのにまだそれは来ない。でも僕はこのままでも良いと感じていた。やっぱり実家は良い。何をしなくても食事も出るし家事もしなくて良い。今は夕方で母さんが作る料理の良い匂いがしている。そんなときに玄関のチャイムがなった。僕と父さんははこたつから出たくないので、母さんに任せていた。だってこたつから出るとまだ寒い。今年は特に寒い年だった。雪が積もらない東京でも、ちょっと雪が積もって少しだけテンションが上がったものだ。そんなときに母さんが僕らの元に駆け足でやってくる。表情は嬉しそうだ。
「福寿、書留はがきが着たわ。就職だって」
「へぇ、僕にもようやくか……」
書留はがきには将来の職業が書かれている。僕はわくわくしながらそのはがきを見たのだけれど、重要な職業について何も書かれていない。四月になったら、庁舎に来てくれと書いてあるだけだ。その後、八0一番と書いたネームプレートや資料の入った分厚い封筒が送られてきたけれども、まるで仕事の内容は分からない。一つ分かることは国家公務員だということだけだ。八0一か。とある界隈の女子が好きそうな数字だなと少し笑ってしまう。
送られてくる書留はがきにマザーによる未来設計が書かれているらしいのに、僕のはがきには情報が何もない。職業や進学、結婚などはマザーというパソコンが決めるものだ。マザーは基本的幸福を保証してくれるパソコンで、みんな不幸になりたくないから言う事を聞いている。僕が大学へ進学して、大学院へ進んだこともマザーによる書留はがきに書かれたことに従っただけだ。それが今回は進学ではなくようやく就職だった。これといった夢にむけての就職活動をしたわけでもなく、ただマザーというパソコンによって決められた。マザーというのはこの鎖国した今の日本ですべてを決めるパソコンだ。
といっても、普通の国民はマザーを見る機会はない。このパソコンができる前の日本では、大学院に進学するということは大学の教授になりたいとか、そういう志のあるものがしていたのだという。しかし今は結婚就職などをマザーによって決められるため、将来の夢を語ることなんてない。マザーのおかげで日本人は普通にしていたら普通の幸せを手にすることができる。僕はみんなとは遅れたけれど、マザーに幸せな生き方を提示してもらうことができた。高校までは義務教育でそれからマザーが決めることになっている。国会議員もマザーに選ばれた立候補者から選ばれる。だからこの国家のシステムは変わることがない。マザーを信じる世代をマザージェネレーションと呼び、ほとんどの日本人がそれだ。
僕みたいにマザーに就職や結婚を選ばれずに進学ということは、選ばれなかった落ちこぼれなのだ。なので僕は肩身の狭い思いをして院に進学した。だって周りはみなマザーに与えられた仕事でいきいきと生活している。それなのに僕はずっと学生。しかし、こんな僕にも就職先を斡旋された。しかも庁舎で働くような国家公務員のようだ。僕はここから人生を巻き返せるかもと期待した。でも、書留はがきには職業の名前がなく、ただ庁舎への住所だけが書かれているだけだから不安にもなる。母さんはどんな仕事かしら?とわくわくしているようだった。父さんも僕に良かったなと肩を叩いた。しかし僕は不安でもあった。だって、職業が決まったと言っても自分が納得する仕事じゃないとしたくないと思ったから。日本に居るならマザーに従うことが当たり前だというのに、僕は納得のいかない部分が多かった。僕はマザーによる未来を盲目的に信じることはできない。でも、両親も知り合いもみんなマザージェネレーションだから、僕もそのふりをして生きてきた。
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