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CCⅩⅩⅩⅧ 星々の膨張と爆縮編 中編(4)
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第1章。ルリ副執政官の心痛
ファウス妃の見立てたとおり、イルムは、煮詰まってきている。
だが、ルリ副執政官が最も心配する施策。
旧帝国・現他国の根幹をなす貴族制その廃止は、
もはや、イルム執政官の頭の中では、悩む事ではなくなっていた。
無論、旧貴族たちをはじめとする守旧派の、イルムの命を狙うような暗躍は、
これからも続くだろうが、
新帝国の理念が破綻しないなら、いや暗黒の妖精ラティスが皇都に存する間は、
もっと的確に言うと、アマトが存命の期間は、
その理念に賛同する者たちによって、防ぐことができるだろう。
だが、だからこそ、少なくとも50年をー自分の生存中をーめどに、
新爵位の方は、揺るぎない形とする必要があった。
イルム執政官が考える新貴族制の根幹は、
【一代限りの名誉と幾ばくかの報奨】である。
しかし、各方面から異論が出たので、本人亡きあと、
(事実上の)配偶者が存在する場合は、その配偶者が死亡するまで、
子供が残る場合は、子供が妖精契約を経て、成人とみなされるまで、
生活の相当部分は供与し続けると、
イルムは執政官として妥協して、制度を組み直している。
だが、新帝国のより広い範囲の人々の心も、納得させなければならない。
たとえば、旧貴族のように領地をもらっても、
その統治が失敗すれば、旧帝国体制化でさえ、降爵・除爵等の処分があった。
それに比べ恩賞が、そのような負の報酬になることもなく、
生涯報奨としてもらい続ける方が、
いかに気楽であるかということを、徹底して周知しなければならない。
過去、自国領の経営の失敗を覆い隠すために、
新たな領地・他国の財宝を強奪する、行動を起こした者も多かった・・・・。
それも隠れた戦争の合理的な目的のひとつである。
・・・残念なことではあるが・・・
それは、戦争目的のひとつを完全に時間軸から消し去ってゆくという・・・
歴史に挑戦しているひとりの小さき人間。
その姿に、友としても敬意を払うルリ副執政官は、
裏の謀を取り仕切り実行する、諜報の部門の統治を、
自分から、次第にノマに委譲し、
なるべく多い時間を、イルムの隣にいて支えようと決心している。
・・・・・・・・
「イルム。くだんの新貴族制度だが、・・・。」
ルリは、椅子の背もたれに、深々と もたれかかり、濡れた小さな草布を、
目の部分の上にのせ、仮眠していたイルムが、少し動いたのを察し、
それで、それから、声をかける。
「反対の建白書のこと・・・?」
イルムは、草布を目から外し、体を起こし、ルリに向かい合う。
「その最後の欄に、連名してきたのは、
旧貴族・旧騎士とその関係者だけではないわ。」
「もし、旧貴族制が復活したら、搾取されると思われる側のひとたちの
署名も多い。」
「信じられないことだけど・・・。」
ルリのなげやりの言葉に、イルムは不可思議な笑いを浮かべて、返答する。
「自分は、叙爵できるとも思っているんでしょう。
領地も報酬も名誉も、もらえるものは、すべてを手に入れたい・・
無知は怖いわね。」
「だが、イルム。なぜ、そこまで、貴族制を嫌うの?
あなた自体、この新帝国の伯爵様、宰相様になれるじゃない。
その地位で、善き政をすればいい。それが専制者の形であっても、
だれも、邪魔しないわよ。わたしもね・・・。」
イルムは、しばらくの間沈黙を選択し、そして口を開く。
「あれは、心の内の病を持った人間を、生産する制度だからね。」
「心の内の病?」
「たとえば、ある組織に属したとするわ。
地位を得た順、組織に加入した順、あげくは誕生した順で、
他人より自分が上と誤認したと同時に、賞賛・自身への特別化を求めるようになる
人間が多いわ。」
「それで・・?」
「それらのクズたちは、周りからそれが与えられないと、怒りだし・・・。
それ以上に、特別に扱われないことに、殺意さえ抱くようになる。」
「結果。他人に対する、無神経な威圧、有形無形の暴力と誹謗と中傷。」
「たしかに、過半数に近い人間に、その性質はあるわね。」
うなずくルリに、軽く微笑み、イルムは話を続ける。
「怖い事には、それで心の快感を得られている事に、本人が気づいていない。」
「そして、その快感をより得ようとする、依存が、無意識に発生するわ。」
「それは、心の中の依存の病であるがゆえに、治癒させることは難しい。
人間が作った制度で、その病症を最も容易に発症させ、悪化させるのが、
貴族制であり、王制・・・。」
話を終えたイルムに、ルリも自分の感想を重ねる。
「わかったわ、イルム。
だけどね、この世界で、それをありがたがっている奴らも多い。
ほんと、人間ってやつは、どうにもならないわね。」
第2章。イルム執政官の憂鬱
「けどね、ルリ。今後、皇帝の親政の型を採るんであるなら、
皇帝陛下の政府自身も、今の状況から予想すると、
貴族制を採るよりも、先立つ手段が、より必要となる」
「・・・・・・・。」
「だから、次の一手・・・。」
「両替商・為替商・融資商を集約化して、金行商を創り、
皇都に中央金行を創設するという話ね・・・。」
ルリは、椅子より立ち上がり、香茶配膳用の机に歩いて行きながら、
イルムに話を合わせる。
「金貨や銀貨・銅貨と交換できる紙札をつくるというのは、いい考えじゃないの。
なにより軽いし、商業が盛んになると思うわ。」
「けど、皇都付近だけならともかく、新帝国一帯に、流通させるというのは、
どうかしら?」
「偽札なんかによる、紙礼自体の安全性もあるし、
なにより、新帝国の金庫は、表向きは、空っぽということに、
なっているからね。」
「ラファイアさんの金庫のことを、ばらすわけにはいかないし・・・。」
ルリは、いったん話を切り、香茶の香りを確認して、両手にもった香茶椀のうち、
右手で持っていた分をイルムに差し出す。
「ありがとう、ルリ。紙札の信頼性は、これをテムスから発行してもらって、
これを新帝国も使用できることに、型上すればいいわ。」
「だけどね。わたしが考えているのは、そこではないの・・・。」
そこで、イルムは、香茶に口をつけて、美味しそうに喉をうるおす。
「今は、考えがまとまっていないんだけど、この紙札が流通し、
いつでも金貨に交換できたという歴史ができ、国民に信頼されていけば、
最終的には、国家の持つ金貨、いえ金の総量以上の価額を、
創り出すことができるわ。」
「けど、それは、際限なく拡大していまい、
最終的には、他国の剣や槍より簡単に、
国を自壊させる魔神の小槌と化すかもしれないけどね・・・。」
そう語るイルムは、もうルリのことは見ていない。
ルリも、イルムの考えを全て、理解できているわけではなかった
だがルリは、じっとイルムを見つめいて、友の中から、新たな時代の風が
吹き出しているのを、彼女の全身で感じていた。
ファウス妃の見立てたとおり、イルムは、煮詰まってきている。
だが、ルリ副執政官が最も心配する施策。
旧帝国・現他国の根幹をなす貴族制その廃止は、
もはや、イルム執政官の頭の中では、悩む事ではなくなっていた。
無論、旧貴族たちをはじめとする守旧派の、イルムの命を狙うような暗躍は、
これからも続くだろうが、
新帝国の理念が破綻しないなら、いや暗黒の妖精ラティスが皇都に存する間は、
もっと的確に言うと、アマトが存命の期間は、
その理念に賛同する者たちによって、防ぐことができるだろう。
だが、だからこそ、少なくとも50年をー自分の生存中をーめどに、
新爵位の方は、揺るぎない形とする必要があった。
イルム執政官が考える新貴族制の根幹は、
【一代限りの名誉と幾ばくかの報奨】である。
しかし、各方面から異論が出たので、本人亡きあと、
(事実上の)配偶者が存在する場合は、その配偶者が死亡するまで、
子供が残る場合は、子供が妖精契約を経て、成人とみなされるまで、
生活の相当部分は供与し続けると、
イルムは執政官として妥協して、制度を組み直している。
だが、新帝国のより広い範囲の人々の心も、納得させなければならない。
たとえば、旧貴族のように領地をもらっても、
その統治が失敗すれば、旧帝国体制化でさえ、降爵・除爵等の処分があった。
それに比べ恩賞が、そのような負の報酬になることもなく、
生涯報奨としてもらい続ける方が、
いかに気楽であるかということを、徹底して周知しなければならない。
過去、自国領の経営の失敗を覆い隠すために、
新たな領地・他国の財宝を強奪する、行動を起こした者も多かった・・・・。
それも隠れた戦争の合理的な目的のひとつである。
・・・残念なことではあるが・・・
それは、戦争目的のひとつを完全に時間軸から消し去ってゆくという・・・
歴史に挑戦しているひとりの小さき人間。
その姿に、友としても敬意を払うルリ副執政官は、
裏の謀を取り仕切り実行する、諜報の部門の統治を、
自分から、次第にノマに委譲し、
なるべく多い時間を、イルムの隣にいて支えようと決心している。
・・・・・・・・
「イルム。くだんの新貴族制度だが、・・・。」
ルリは、椅子の背もたれに、深々と もたれかかり、濡れた小さな草布を、
目の部分の上にのせ、仮眠していたイルムが、少し動いたのを察し、
それで、それから、声をかける。
「反対の建白書のこと・・・?」
イルムは、草布を目から外し、体を起こし、ルリに向かい合う。
「その最後の欄に、連名してきたのは、
旧貴族・旧騎士とその関係者だけではないわ。」
「もし、旧貴族制が復活したら、搾取されると思われる側のひとたちの
署名も多い。」
「信じられないことだけど・・・。」
ルリのなげやりの言葉に、イルムは不可思議な笑いを浮かべて、返答する。
「自分は、叙爵できるとも思っているんでしょう。
領地も報酬も名誉も、もらえるものは、すべてを手に入れたい・・
無知は怖いわね。」
「だが、イルム。なぜ、そこまで、貴族制を嫌うの?
あなた自体、この新帝国の伯爵様、宰相様になれるじゃない。
その地位で、善き政をすればいい。それが専制者の形であっても、
だれも、邪魔しないわよ。わたしもね・・・。」
イルムは、しばらくの間沈黙を選択し、そして口を開く。
「あれは、心の内の病を持った人間を、生産する制度だからね。」
「心の内の病?」
「たとえば、ある組織に属したとするわ。
地位を得た順、組織に加入した順、あげくは誕生した順で、
他人より自分が上と誤認したと同時に、賞賛・自身への特別化を求めるようになる
人間が多いわ。」
「それで・・?」
「それらのクズたちは、周りからそれが与えられないと、怒りだし・・・。
それ以上に、特別に扱われないことに、殺意さえ抱くようになる。」
「結果。他人に対する、無神経な威圧、有形無形の暴力と誹謗と中傷。」
「たしかに、過半数に近い人間に、その性質はあるわね。」
うなずくルリに、軽く微笑み、イルムは話を続ける。
「怖い事には、それで心の快感を得られている事に、本人が気づいていない。」
「そして、その快感をより得ようとする、依存が、無意識に発生するわ。」
「それは、心の中の依存の病であるがゆえに、治癒させることは難しい。
人間が作った制度で、その病症を最も容易に発症させ、悪化させるのが、
貴族制であり、王制・・・。」
話を終えたイルムに、ルリも自分の感想を重ねる。
「わかったわ、イルム。
だけどね、この世界で、それをありがたがっている奴らも多い。
ほんと、人間ってやつは、どうにもならないわね。」
第2章。イルム執政官の憂鬱
「けどね、ルリ。今後、皇帝の親政の型を採るんであるなら、
皇帝陛下の政府自身も、今の状況から予想すると、
貴族制を採るよりも、先立つ手段が、より必要となる」
「・・・・・・・。」
「だから、次の一手・・・。」
「両替商・為替商・融資商を集約化して、金行商を創り、
皇都に中央金行を創設するという話ね・・・。」
ルリは、椅子より立ち上がり、香茶配膳用の机に歩いて行きながら、
イルムに話を合わせる。
「金貨や銀貨・銅貨と交換できる紙札をつくるというのは、いい考えじゃないの。
なにより軽いし、商業が盛んになると思うわ。」
「けど、皇都付近だけならともかく、新帝国一帯に、流通させるというのは、
どうかしら?」
「偽札なんかによる、紙礼自体の安全性もあるし、
なにより、新帝国の金庫は、表向きは、空っぽということに、
なっているからね。」
「ラファイアさんの金庫のことを、ばらすわけにはいかないし・・・。」
ルリは、いったん話を切り、香茶の香りを確認して、両手にもった香茶椀のうち、
右手で持っていた分をイルムに差し出す。
「ありがとう、ルリ。紙札の信頼性は、これをテムスから発行してもらって、
これを新帝国も使用できることに、型上すればいいわ。」
「だけどね。わたしが考えているのは、そこではないの・・・。」
そこで、イルムは、香茶に口をつけて、美味しそうに喉をうるおす。
「今は、考えがまとまっていないんだけど、この紙札が流通し、
いつでも金貨に交換できたという歴史ができ、国民に信頼されていけば、
最終的には、国家の持つ金貨、いえ金の総量以上の価額を、
創り出すことができるわ。」
「けど、それは、際限なく拡大していまい、
最終的には、他国の剣や槍より簡単に、
国を自壊させる魔神の小槌と化すかもしれないけどね・・・。」
そう語るイルムは、もうルリのことは見ていない。
ルリも、イルムの考えを全て、理解できているわけではなかった
だがルリは、じっとイルムを見つめいて、友の中から、新たな時代の風が
吹き出しているのを、彼女の全身で感じていた。
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