アピス⁈誰それ。私はラティス。≪≪新帝国建国伝承≫≫

ＣＣⅩⅩⅩ 星々の膨張と爆縮編 前編（１）

　　〚　未然記　冬の章　第ＣⅩⅩⅩⅡ節　〛


　破滅と死の大神イピスさまの神之使しんしさまは　おっしゃた。

　≪来たれ！≫

　わたしは、濃い霧で覆おおわれた回廊のようなものの中を歩き進んだ。

　回廊かいろうのところどころに、広大無辺な窓があり、わたしは見た！

　教皇・枢機卿・大司祭・司祭・司教・修道院長・修道士・教導士などが、

　あるものは　金貨・財宝に溺おぼれ、あるものは　地位に溺おぼれ、

　あるものは　異性に溺おぼれ、あるものは　名誉に溺おぼれ、

　あるものは　他人を貶おとしめることの喜びに溺おぼれている光景を・・・。

　光景は次から次へと変わってゆき、

　そのすべてに、溺おぼれている宗教のも・の・の姿も現れたのです・・・・。

　わたしは、千年以上の後世の者たちが、信仰の徒から、
　宗教の輩やからに堕おちてることに、

　身もだえして、慟哭どうこくの涙が、とめどなく流れました。

　≪見やれい！≫

　神之使しんしさまのお・言葉に、わたしは前を向かされます。

　「・・・・・・！！？？」

　凄すごく恐ろしいものがその場にあり、わたしの目はその像を見ることを、

　わたしの心はその像を覚える事を、拒絶しました。

　≪人の子よ。イピスさまは、愚おろかしくも、魔境に堕おち、神々の期待を裏切る
　　双月教の輩やからどもを滅ぼすために、この審判の方を遣つかわしなさるのだ。≫

　≪おまえの、か弱き心では、このお方の御姿みすがたを見ることも
　　記録することもできまい。≫

　≪だが、このお方が、お前らの世界に顕現けんげんなされたら、
　　定めの刻ときが近づいたと知れ！≫

　≪ここに言葉をわたそう。叡智えいちある者、心美しき者は、
　　そのお姿の意味するところを、解くがいい。≫

　≪そのお姿の
　　一つ目の顔は、美しくも恐ろしい怒りの表情であり、
　　二つ目の顔は、美しくも冷たい笑いの表情であり、
　　三つ目の顔は、情けなくも暖かい泣きの表情である。≫

　　　　　・・・・・・・・・・・・・・


第１章。新双月教　２代教皇カシノ


　「猊下げいか、いいかげん、お眠やすみになったら、いかかです？」

赤色・青色・黄色・緑色の淡い光球を、身の上に浮かべたカシノが声をかける。

「カシノさんか。また、これを読んでいたのだよ。」

モクシ教皇は、媒介石の燭光しょっこうがあたる机の上から、
一冊の本を持ち上げ、カシノにその表紙をみせる。

「【未然記】・・・、未然の教義書ですか。」

「猊下げいかは、教義書の記載されるところ、いまだ終わらずと、
考えられておられるのですか？」

「ん～、たしかに、この書は、予型論の代表書と言っていいからのう。
それだけではなく、文字の置き換えや、文字のずらし、単語意味の差替えなど、
それに、暗号が散りばめられておる・・・。」

「単純に、双月教が滅んで、新双月教が起こる、道標みちしるべと考えてはいけないと、
お考えですか？」

「そのとおりだよ。とくに、【未然記】によって、最も目立つ部分、
裁きの使者の姿・・・、ここだ。」

「一つ目の顔は、美しくも恐ろしい怒りの表情・・・これはラティスさん、
　二つ目の顔は、美しくも冷たい笑いの表情・・・これはラファイアさん、
　三つ目の顔は、情けなくも暖かい泣きの表情・・・これはアマトくんの・・・、
それぞれの比喩ひゆと・・・。それで、ほぼ、間違いはないとは思う。」

「・・・・・。」

「だが、カシノさん。なぜ、先達せんだちは、〖情けなくも暖かい泣きの表情〗の
一文をいれたのであろうか？」

「アマトくん自体、なんの魔力も持たないし、どこぞの公主というわけでもない。
なんとなく、おかしいと思い、何度も読み返しておる。」

カシノは、教皇モクシの考えに、自分の考えを重ねていく。

「ラファイアさんが、白光の妖精聖ラファイスさまを真似て
教都ムランの天空に、その姿を顕現けんげんさせたのが、
双月教に止とどめを刺した・・・。」

「この事を、イルムさんに聞いたことがあります。
『あれは、あなたが、考えたの？』と、
イルムさんは、その閃ひらめきを言葉にしたのは、アマトくんで、
それは、こ・の・教・会・の中で、発・言・さ・れ・た・も・の・と教えてくれました。」

「だとすれば、アマトくんが、三つ目の顔と、記載きさい、いえ予言されたとしても、
不思議ではないかと思います。」

「ん～。そうかの。」

「あとは、猊下げいかがおっしゃったとおり、【未然記】の陰の主題・・・。
〖双月教の危機と、暗黒の妖精の出現〗を、古典的な表現と単語の置き換え、
〚暗黒の妖精の出現と、双月教の蘇生〛として理解し、
油断せずに、構えていればいいと思います。
そう、とりあえずは・・・・。」

「とりあえずはのう・・・。」

「それに、≪出現エートス≫を、≪特徴エートス≫と古語的に読み替え、
≪特徴≫は、三語一体の意味が、ありますから、その三語の意味、
【智性フロネシス】、【美徳アレテ―】、【相手に対する好意エウノイア】を実践するところ・・・。」

「信仰・労働・奉仕の、現在の新双月教の規律を遵守じゅんしゅしてゆくか・・・。」

赤色・青色・黄色・緑色の光とその影が、微かすかに揺ゆれる。　

「カシノ司・祭・。もう、ひとつ聞いておきたいのだが。」

司祭と言われた事に、カシノの表情に、生真面目さが浮かび、
その教皇猊下の言葉に応対しようと、定型的な返事が、口から発せられる。

「なんなりと。」

「そなたは、コウニン王国先代王の娘。本当に、帰国は考えにないのだな。」

カシノの顔に、苦い表情がはりつく。

「わたしは、所詮しょせん、贈答品として作られた女。国王の庶子しょし扱いなどは、
違いますから・・・。」

「帰れば、処分されるか。
よくて、他国の売春宿にでも、売られるだけでしょう。」

「・・・・・・・。」

モクシ教皇の顔が一瞬こわばるが、すぐにやさしい、いつもの表情へ変化する。

「では、カシノ司祭。新双月教の教皇として、話すべきことがある。」

「・・・・・。」

「カシノ司祭。２世教皇は、あなたに託たくす。」

「そ、それは・・・。」

新双月教初代教皇モクシの突然の言葉に、カシノの顔に、驚愕きょうがくの色が浮かぶ。

「双月教の歴代の教皇様で、この教皇位に死ぬまでしがみついて、
晩節まで汚された方も多い。」

「教皇位は、利権の巣窟そうくつといった地位でしたから・・・。」

「だから、わたしは、労働・奉仕ができなくなれば、元気なうちに譲位する。
そのような歴史を、つくっていこうと思う。」

「そして、新双月教の創生の真まことを知っているのは、わたしとあなたしかいない。
だとすれば、当然、若いあなたは、教皇位を継ぐ責任がある。」

「・・・・・・。」

「双月教の創成期、先達たちは、開祖や教祖のお名前を残すことさえ、
良しとしなかった。」

「なぜなら、開祖や教祖のお名前は、宗教を主張する輩やからが発生してきたら、
彼らの利益を守るための武器おもちゃとなってしまうからだ。」

「そこまで、信仰に寄り添おうとしたのだが、結局は、宗教の輩やからに食い荒らされ、
心の内の信仰は、外部利益獲得のための商業行為へと堕落だらくした。」

「だが、教義書を読む限り、わたしは双月教の創始期の精神を、
われらが代で滅っせさせるのは、違うと思えるのだよ。」

「だから、その精神を引き継いで欲しい。それに、教皇位は、地位ではなく、
単なる役割の名称、そして尊敬も敬意も強いるものでもない。」

「そういう考えを持っている者に、先代が、次代を助けられる状況で、
譲位というのは行われるという、歴史をつくらなくては・・・。」

しばらくは、無言で、モクシ教皇を睨にらむように、考え込んでいたカシノだが、
やがて、しっかりと、頷うなずいてみせた。