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CCⅩⅥ 星々の様相と局面編 中編(1)

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第1章。支流(1)


 ふたつの月が、打たれ、きたえ抜かれたような光を、大地に突き刺している。

ところで、軍事行動の最も難しいのは、敗北時の撤退戦と言われている。

今回、王国連合軍は武国との戦いでは・・・

 左翼に布陣したレスト王国軍。主将のタウ王子、副将のトロ侯爵以下、
 全軍兵士9割5分以上 生死不明。
 右翼に布陣したメリオ王国軍。主将のフタ王子、副将のビン侯爵以下、
 全軍兵士9割5分以上 生死不明。
 中央に布陣した、マイチ侯爵軍に双月教国と武国の投降者軍。マイチ侯爵以下、
 全軍兵士9割5分以上 生死不明。
 後詰したクラテス子爵軍。レンス・クリース・ラゴル・バレスの各將以下、
 全軍兵士7割 生死不明。

このたび、クラテス子爵軍が成さなければならないのは、この壊滅かいめつ的大敗北の後の
撤退戦であった。

通常、敗北時の撤退は、即座に、小隊で行うというのが、常道であり。
その小隊の規模、〖何人ずつにするか〗というのも、重要である。
小隊の人間の数が多いと、正規軍の掃討そうとう戦の対象にされ、
数が少ないと、妖魔や退却路に住む人々のえさになる。

その小隊の中に、最上級妖精の契約者が生存していたら、
生還の確率は跳ね上がるといわれるが、
残された戦史上、そこに超上級妖精の契約者がいた事はない・・・。

だが、クラテス子爵は、カウチ平原を離脱後は、撤退戦の常識を無視して、
大隊で、しかもゆっくりと、武国から旧双月教国方面へ退却していっている。

・・・・・・・・

ここは、武国と旧双月教国の国境を越えて、教都やカルデの大草原を通らずに、
直接、レブの台地方面に通じる間道の広めの場所である。
ここで、クラテス子爵全軍は休息をとり、広場の片隅、き火の周り、
最上級妖精の契約者セーリアが構築した音響・抗魔力障壁の中で、
軍議を開催している。

「まずは、セーリア、補給隊と連絡を取りつけてくれて、ありがとうよ。」

≪はっ。明日にも、この場所で邂逅かいこうできるでしょう。≫

精神波で、セーリアが答える。

「補給がなければ、どうにもならんからな。」

「補給部隊に、十分過ぎる以上の人数をいたのは、
この日のあることを、予想していたのですか?」

フゴク軍師が、問いかける。

「直感よ。いや、臆病おくびょうすぎるのが、おれの本質かもな。」

「クラテスさま。彼らを取り込むことで、兵力の5割ちかくまで、
回復できますが・・・。」

副將のオレス男爵が、真摯しんしに意見を具申ぐしんする。

「オレス。こういうのは、見かけが大事よ。」

「ところで、セ二カにスパティア。他の軍の生き残った者たちは?」

「ほとんどの者は、今後、閣下に従うしかないと覚悟を決めているようです。」

「生きて祖国に戻れば、敗戦の全責任を押し付けられ、普通は処刑、
よくて、身ぐるみがれて、国外追放か。」

「もし、おれのくわだてが上手くいけば、一発大逆転もあるからな。」

「だが、いくら何でも、ゆっくりし過ぎでは、ありませんか?
いくらシリュー殿が、『暗黒の妖精の、直接の追撃はないわ!』
と、おっしゃったとしても・・・。」

フゴク軍師が、ぼそりと述べる。

「フゴク。軍師の立場からいうと、そうだろうな。
だが、兵をもって事を起こすに必要なのは、全員の覚悟の熟成じゅくせいよ。」

「覚悟の足りない奴は、この日々の中で、逃げ出しているはずだからな。」

「それに、ひとりでも多くのやつを、連れてかえりたくてな。」

それに対し、フゴク軍師は、黙ってうなずき、
それ以上の話をしようとはしない。

クラテス子爵は、先程から沈黙を守っていた、シリューに話しかける。

「それで、シリューさんよ。
本当におれらと一緒に、最後まで行動してくれるのかい?」

クラテスの問いかけに、そこにいる全員の視線が、シリューに集中する。
それは、そこにいる全員が、問いたかった言葉だった。

「一度、答えたはずですが・・・。」

シリューは、感情のともわない声で、返答する。

「あんたと、オベレのご老体との間に、密約があるかも知れないからな。」

「くだらない。オベレは、あくまで仲介者にすぎない。」

「わかった、信じたぜ。ま、このくわだて自体、あんたがいなければ、
そもそも、成立しないからな。」

クラテスは、破顔一笑し、シリューの心を解きほぐしにかかる。

「みんな、わかったな。シリューを疑うことは、おれを疑うことだからな!」

そこにいた戦士たち全員が、シリューを見つめ、頭を下げる。

「明日から、開戦前に話した、みっつめの策の劣化類似の策になるが、
【ラスカ王国に帰還、王座を簒奪さんだつする。】で動き出す。」

「敵は、セオン一派のみにあらず、目指すは首!」

クラテス子爵は、手にしたさかずきのなかのギム酒を、グイッと一飲みにし、
さかずきを大地の上の岩に叩きつけ、破壊する。

そこにいる全員が、クラテスの後を追い、一斉に立ち上がり、
手にしたさかずきを、各々岩に叩きつけた。


第2章。支流(2)

 
 あいかわらず、ふたつの月は、つるぎのような光を、大地に突き刺している。

軍議の後、先に哨戒しょうかい行動に飛んだセーリアが、予定の時間に、
わたしの方へ空から降りてきた。

≪では、哨戒しょうかい行動の交代、お願いいたします。≫

「まかせろ。」

わたしは、セーリアの精神波に、言葉で答える。
次の瞬間、緑色の輝きと、青金色の輝きが、凄まじい勢いで交差し、
互いの位置を入れ替え、そして青金色の輝きの私は、上空へ滑空かっくうする。

超上級妖精の感覚は、月の光を浴びる夜を、昼間と同じ景色としてみせる。
(必要なら、人の目のとらえれぬ光さえ、可視化できるぞ。)
そういう文章が、心の奥から浮かび上がってくる。

アルケロンの魔力で、新しい妖精と再契約したわたしは、
その水の超上級妖精のルコニアと、上手く念話ができない。
それも、アルケロンが、わたしを不良品として、認識した一因・・・。

ズキン!!体の全身に、いつものすさまじい痛みが、連続して走る。
周りの景色が、通常の人間がながめるそれに、変わっていく。
空中に浮遊し続けることが、難しくなる。
体が、自然落下の力に、侵されていく。
肌を切る風が、加速度的に急接近してくる大地が、
わたしの五体を破壊する、その先を予想させる。

アンチ 重力グラビトン

この緊張のきわみ、記憶のある精神波が虚空に響く。
わたしの、身体は、大地との激突をすんででかわし、そこに軟着陸する。
フラフラになるも、立ち上がり、構えるわたしに、
耳元でささやくような精神波が、わたしの感覚に、するどく突き刺さる。

≪とても、水の超上級妖精の契約者とは、思えないわね。≫

≪エメラルア・・か!?わたしを笑いに来たのか、それとも滅しに来たのか。≫

≪そうたいした事でもないわ。あなたの契約妖精から、泣いて頼まれてね。
 あなたの命に猶予ゆうよときを与えに来たの。≫

突然、氷の花吹雪が、この空間で乱舞し、さらに花びらは光をまとい、
長身・藍色の瞳・青色の髪・白雪色の肌、超絶美貌の水の妖精を映し出す。

それに応じ、青色の髪・青色の瞳・白い肌・超絶の美貌の蜃気楼体の妖精が、
私の前に現れ、エメラルアにかしずく姿勢をとる。

≪ルコニア!?≫

≪今は、シリューと名乗っているそうね。ルコニアの圧縮精神波で聞いたわ。
 そして、発作間の時間が少しずつ短くなっいることもね。≫

≪それゆえに、あのアルケロンに、見捨てられたようね・・・。≫

≪ルコニアも、風の超上級妖精とその契約者との戦いの傷からの、
 回復を急ぐため、おまえとの再契約という、アルケロンの実験に応じた。≫

≪シリュー。ルコニアとおまえは、ただ、それだけの関係のはずだった。
 そう、・・・・はずだったのよ・・・。≫

わたしは、立っている姿勢さえ維持できずに、この場に崩れ落ちる。

≪水の妖精は、情け深いの。こわれてゆくあなたを見て、耐えられなくなった。≫

≪あの闘いの際、わたしがあなたに打ち込んだ目印スィマズィを、逆にたどり、
 わたしのところに来て、頭を下げたわ。あなたを助けて欲しいとね。≫

≪誇り高い、超上級妖精がこのわたしに、頭を下げた。
 その意味がわかる、シリュー。だから、わたしは、おまえの命をつなぐ。
 水のエレメントの頂点の妖精がもつ治癒魔力。
 アルケロンごときに、見定められるものではない。≫

極・インフニットヒール!!!≫

鋭い痛みの連続で、目の前のものを、見ることさえままならぬ、わたしの全身に、
暖かい振動波が、清流のごとく流れ込んでくる。

≪このことが、おまえの負担にならぬよう、
 わたしの方からも願い事をしてやろう。≫

≪吟遊詩人のレティアとシレイア、
 双月教国軍離脱戦士のエリミー・エルミー・スーシルを、おまえの知人として、
 ラスカ王国軍に推挙して欲しいの。≫

≪そして、王国を簒奪さんだつに成功し、侯爵位叙爵のあかつきには、
 あなたの前の契約者グゴールの復讐に、ルコニアに協力してあげる・・・、≫

≪それが、終わったら、わたしの契約者であるレウスに、全面協力ね・・・!≫

エメラルアの治癒魔力は、わたしの全肉体に歓喜の叫びを走らせていた。
そして、その精神波は、わたしの魂に、同意の言葉を刻み込んでいく・・・。
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