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CⅬⅩⅩⅩⅧ 星々の天頂と天底編 前編(3)

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第1章。嫉妬しっとねたみと夢物語と(1)


 「結局、わたしたちは、何年たっても、代わりえもしないこの街で、
ずっと同じこと事を繰り返すだけで、一生を終わるんじゃない?」

「リリム。じゃ、この街ガルスを出て行く?」

「ロスリー、そんなことは、言ってないわ。
ただね、エリースは、『契約したのは、の上級妖精。』
なんて言ってたじゃない。」

「けど、うそだったのよね。本当に契約したのは、上級妖精。
今は、皇都で将来の皇帝陛下のご学友、といった話を聞くとね・・・。」

ここは、ガルスの街に1件しかない、香茶店。
そこは昼間は、香茶と簡単なお菓子を提供する店。
学校を卒業して、特定の相手もいない、未婚の女性たちには、
格好かっこうの息抜きの場所である。
そして、その店の席に座って、エリースの友人ふたりが、話している。

このガルスの街とその周辺の地域は、以前はホーン男爵の委任統治領であったが、
レオヤヌス大公に『歴史が変わるやもしれぬ。』とまで言わしめた、
カイム講師の功績をした者たちを、
見抜けなかった、いたという罪状で、統治権は召し上げられ
本人も準爵へ降格させられていた。

無論、それで終わったわけではない。
ガルス初等学校の校長・副校長・教員らはもちろん、
街長ロナトら街の実力者たちも、
クリル大公国がほこる調査官に、徹底的に調べられ、
悪質な何かが露見ろけんし、ほとんどの人間が財産没収のうえ、
クリル大公国を追放されている。

今や、ガルスの街のその周辺の地域は、レオヤヌス大公の直轄ちょかつ領である。

「結局、妖精契約の結果で、富も仕事も人生も恋も、決まってしまう!?
その後の努力も何も関係ないって、これは不公平じゃないの。」

リリムの話は続いている。
ふたりとも、初級妖精のなかでは、中級妖精に近い妖精と契約を結べている。
だから、新しい統治者のもとで、リリムはガルスの門の警備官として、
ロスリーは、ガルスの街の統治所の公文書の管理官として登用されている。
従来、このような官職への任官は、街ので決まっていた。
だから、本来の意味でいえば、ふたりは幸運であったのだ。

しかし、自分の目の前にいた、エリースという人間の輝かしいその後を知ると、
どうしても、嫉妬しっとの感情にとらわれてしまう。

「けど、契約した妖精の魔力が強力であればあるほど、国による監視が、
厳しくなるのは、確かなことだったし・・・。」

ロスリーは声をひそめ、公文書から知り得た情報を、リリムに伝えてしまう。

「だったら、エリースは、それを退しりぞける運も持っているわけ!?」

「なんで!?美貌も、契約妖精も、運も、エリースの奴は持っているのよ!」

「リリム!」

「エリースには、あの気持ち悪い、それもと契約した
義兄貴アマトもいたのよ。ちょっと前まで、この世の禁忌きんきと言われた妖精と契約した!」

「そうよ。暗黒の妖精は、ガルスきっての炎使いと言われた、
やさしかった、わたしたちの従兄いとこを殺した。
けど、あの妖精は悪いとも思ってもいないだろうね、
実際、自分の契約者をまもっただけだし、
それに、この街の、あの気持ち悪い義兄貴アマトも無罪放免。
だけどそれって、不公平じゃない!」

「リリム、声が大きいよ!」

ロスリーは、口に指をあてるポーズをして、あたりを注意深く見渡す。
香茶店の主人は、厨房ちゅうぼうにいるようだし、夫人は店には不在。
離れた席に、双月教の巡礼者だろうか、頭をフードに覆われた外套がいとうを着た、
お客がひとり、香茶をすすっている。

リリムも、まずいと思ったのか、声を落とす。

「それでなくても、わたしたちは、暗黒の妖精に刃を向けた、
炎使いの親族ということで、村八分の一歩前の状態なのよ・・・。」

「けどね、ロスリー。妖精契約に失敗した者を、神々にうとまれた者として
火あぶりするのは、あの時までは、この地域の正義だったわ。
それにエリースの家を、仮面をつけて、投げ松明たいまつを持って囲んだのは、
100人じゃ、きかなかったはずよ。」

「なんで、わたしが、わたしたちの家族だけが、息をひそめて、
生きていかなければならないのよ・・・。納得できないわ!」

リリムは、両こぶしで、メンサテーブルを叩く。

「リリム!」

ロスリーは、無言で手をのばし、リリムのこぶしに、
自分の両の手のひらを重ねる。

もし、リリムが、複数の大きな街を知るカイム講師の講義から、
吹きつけていた街の外自由の風を、感じとっていなかったら、
ここまで、感情が先鋭化はしなかっただろう。
だが不幸なことに、ふたりとも、
カイム先生も、今まぶしい世界にいるであろう少女も、
その双方を知っていた。

しばらくして、店に、他のお客が入店しだし、
それで、ふたりが消えようと、席を立とうとした瞬間、
ふたりは、ピクリとも体が動かないことに気付く。
かろうじて視覚に入っている、他のお客も、
不自然に空中に止まったようなポーズで固まっている。

≪フフフ、上位の妖精契約者しか知り得ない世界はどうだ?≫

なぞの精神波が、ふたりの頭に響く。

≪あなたはだれなの? これはなに?≫

リリムが耐えきれず、精神波で叫ぶ。

≪わたしの名か?今は不要だろう。そしてこの状況は、わたしの魔力。
 おまえたちの時間の感覚を、1万倍近く引き延ばした、その結果。≫

≪おまえたちは、今の境遇を変えたいと、本心から熱望している、
 その想いが、わたしを呼んだ。≫

≪ククク、だから、かなえてやろう。上位級の妖精との再契約という形で。≫

≪≪再契約?!≫≫

ふたりの精神波が、同時にこの場に響く。
 
≪だけど、なにが望み?ただでというわけではないでしょう。≫

≪ほほう!思ったより頭が切れるな。望みか・・・。
 では、わたしの退解消してくれ。
 例えば、そのエリースという奴の立場を奪ってみせるというのはどうだ?≫

≪そんなことでいいの。わかったわ!わたしは、この話にのるわ。
 この街も、この境遇も、この服も、もうたくさん。
 わたしは、エリースの立場にとって代わる!≫

≪リリム。それは、あの暗黒の妖精を、敵にすることよ!≫

≪ロスリー。この誰かはわからないは、いつという時間の指定はしていない。
 そうでしょう?≫

≪小賢しいな。だが、嫌いではない。その見返りでよかろう。≫

≪もうひとりのおまえは、どうする?≫

ロスリーは、しばらく考えて精神波で、なぞの精神波をあやるものに質問する。

≪再契約による、わたしたちの危険性は?≫

≪人にもよるが、再契約後の寿命が、今のそれより短くはなるだろうな。≫

≪いいわ、わたしもその話にのるわ。わたしも、この街に、
 なにより今のこのわたしの状況に、失望していたから。≫

≪では、契約は成立だな。どこでもいい、街の外へ出て行け。≫

瞬時、まわりの景色が動き出す。

リリムとロスリーは、互いに見つめ合い、今のことが夢でなかったことを、
無言のうちに確認する。


第2章。嫉妬しっとねたみと夢物語と(2)


 リリムとロスリーが連れだって、街の外へ歩いていく。
さきほどの店にいた巡礼者が、静かにふたりの後をついて歩いている。
だが巡礼者が、水の超上級妖精の魔力、イディオタ愚者の結界をはっているため、
ふたりに気づかれることはない。

≪アルケロン、どういうつもりだ。あのふたりも必要なのか?≫

巡礼者は、先程ふたりが聞いた謎の精神波の発信者に、精神波で問いかける。

≪ふふふ、は多ければいいという訳でもないがな。
 だが、再契約に耐えられる精神を持つ人間は、そう多くはない。≫

≪ふたりとも、嫉妬しっとねたみの念が、本人が思っている以上に大きい。
 だから、再契約にも耐えられるだろうよ。
 そして、強大な魔力を得れば、自ら自分自身の暗黒面にちていく、
 そういう型の人間だ。 心の制御はできまい、だったら使える。≫

≪あの約束を果たすためにもな。≫

≪?≫

巡礼者の後ろに、別の背の高い巡礼が、ふらふらと追いついてきて、
同道してくる。

≪この男も、のひとりか。≫

≪暗黒の妖精の契約者がいた、このガルスの街に、
 ヤツらをこころの底から、憎む者、ねたぬむ者がいるという
 わたしの直感は正しかった・・・。≫

≪そして、そいつは、本命よ。人格崩壊して、もわからない状態だった。
 だが、その原因が、学院の入学試験で暗黒の妖精の契約者アマトと手合わせをし、
 殺そうとして、ラティスなり、ラファイアなりに、
 返り討ちにされたらしい。≫

≪わたしが見つけたとき、そいつは
 『・・アマトを八つ裂きにしてやる・・。・・エリースを汚してやる・・。』
 と、つぶやいていた。≫

≪そうか。暗黒の妖精の契約者と風の超上級妖精の契約者の故郷で狩りをして、
 いい獲物が得られて、よかったな。≫

巡礼者の精神波に、嫌悪けんお感が満ち満ちる。

≪皮肉か!?まあいい。そう、この男は、土のエレメントの最上級妖精の
 契約者になれたのに、出世のためか?
 自分から、火の上級妖精と契約した残り香があった。≫

≪たしかに、いくさ場では、火のエレメントの妖精の魔力が、
 最もわる目立ちはするな。≫

≪この精神の。再契約をさせる妖精次第では、面白いことになろう。≫

≪そして、こいつが望む、ふたつの事に注力できる、仮人格もつくってやろう。≫

≪・・・・・・・・。≫

≪どうした!?≫

巡礼者は、歩きながら、少し考えて、アルケロンに質問する。

≪出身地から見捨てられたような人間が、上手くいくと、その出身地に、
 このような人間が何人も出てくるとはね・・。
 その数は、彼ら3人だけではあるまい。≫

≪それは、上手くいってないときの、みじめな姿を知っているからだ。
 上手くいって輝いている姿を、今の自分と比較してしまう。
 みじめな奴は、生涯みじめな人生を送らんと、どうにも許したくないらしい。≫

≪それが、普通の人間よ。≫

≪わたしのような妖精には、わからん感情のあり方だがな。≫

≪ま、ルコニアの魔力の高みの限界を知りたいと、あのエルメルアに闘いをいどむ、
 バカな人間もいるしな。≫

≪しかも、ルコニアの魔力は、あの時も、全回復はしていなかった・・・。≫

≪言ってろ!≫

巡礼者は、そう言ってアルケロンとの精神波を打ち切るが、
それでも、妖精契約が成ったあとの契約者におこる想定外に備え、
ヒール治癒のためのエーテルを集め始める・・・。


ガルスの街のはるか彼方の山際やまぎわに、太陽が沈もうとしている。
街の色が、れた橙色から暗闇に、切りかわっていく。

『ん、この時刻は、妖魔がときか。伝説の妖魔が出現する、とか言ったな。』

巡礼者は、そのような迷信を思い出していた。

だが、再契約により、水の超上級妖精ルコニアの魔力を、自分のものとした
巡礼者こそ、この世界の、真の怪物のうちのひとり・・・。
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