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CⅬⅩⅩⅨ 星々の象意と進行編 後編(1)

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第1章。ナナリスへの依頼


 イルムとルリは、ナナリスを、宿舎前でひろって、
皇都内の最大の職業斡旋あっせんギルドに、鉄馬車をはしらせている。

今回の使節4人のうち、エリミーにエルミーの姉妹とスーシルは、

〖 新帝国は、双月教国軍司令官シュウレイ將の要請に同意し、
 双月教国からの避難民を受け入れ、皇都からヨントの街までの街道を、
 警護するものとする。          
                  新帝国皇帝代理 執政官イルム 〗

との、秘密の外交書状をたずさえて、教都へ旅立っている。

鉄馬車内で、ナナリスは、ルリ副執政官から、新帝国軍の今の編成では、
必要十分なだけの警護の兵士を、派遣するのが厳しいとの、
状況の説明を受けた。

新帝国としては、地区の公示板まで利用して、相応の報酬を約束して、
臨時の警護兵士の募集をかけた。
その結果、確かに、旧帝国や旧創派の出身者からの応募はあったが、
肝心の双月教国離脱者の応募が、皆無に等しかった。

これは、この施策の隠された目的のひとつ、双月教国の離脱者に対しての、
職ー報酬ーの提供と、あわせて新帝国への忠節を誓う人間を、
ひとりでも多くつくるという側面が、無効になったことを示していた。

「イルム殿、本当にお手数をおかけします。」

自分たちの依頼に対するこの施策に、
双月教国国民としての誇りと名誉において、警護者の任の募集があれば、
双月教国を離脱した者たちの中から、無報酬でも応答者が多数でることを、
ナナリスは、期待というより確信していた。

しかしこの結果である。ナナリスは、双月教国を代理して、
イルムにびを口にする。

「ナナリス殿、気にしないでいい。イルムにしてもわたしにしても、
約束したことは、必ずおこなう。」

「それに、ここから先は、こちらの責任だから。」

そして、ルリは配下の者からの、情報をもとにして、
この結果を導いた、要因を考察してみせる。

「離脱者たちは、帰国がかなうと思っているんだと、推測されるわ。
そうであれば、他人の生命の安全を護って、報酬を得るのなら、
応募に記載した程度の金額では、割りに合わないと、思うんでしょうね。」

「そこに、時間をかけ、希望者全員で皇都に移動しようと意思を統一してきた、
創派の人々との違いがあるわね。」

「それに、創派の人々に、帰るべき故郷は事実上ないしね。」

ルリの考察に、イルムも同意して、さらに結論を口にする。

「けど、新帝国としては、正規軍との給与格差を生み出すわけにはいかず、
これ以上の報酬を出すわけにはいかない。」

「だけど、匿名とくめい篤志とくし家が、
資金を拠出してギルドに依頼するならば、募集は上手くいくでしょうね・・・。」

「ただ、ギルド長のザクトは、頑固がんこ者で、匿名とくめいの人間の依頼などは、
まず受けない。どんな人間か素性がわからないなら、
ギルドの未来への負の要因が多きすぎるから。」

「そう、あとは、交渉次第ね。」

ルリは以前、自分の目で確認したザクトの人となりを、ナナリスに説明した。

「つまり・・・。」

ナナリスも今日の、新帝国執政官と副執政官との外出の理由わけを、
薄々うすうす理解する。

「お金もギルドへの依頼状の用意はしたわ。
実際、この鉄馬車の床下に白金貨が積み込んである。
あとはナナリス殿が、依頼人を演じて欲しい。」

そのイルムの提案に、ルリも、

「真の依頼人は、シュウレイ將ということで、ナナリス殿はその代理だな。」

「これなら、警護の募集に、双月教国出身者限定としても、
その報酬が、わが国の正規軍より高くても問題はない。」

と、補足をいれる。

「なぜ、そこまで、我が国に肩入れなさるのか?」

さすがに国家間の謀略ぼうりゃくにはうといナナリスも、何か裏があるのではと、
イルムに探りを入れる。

「新帝国は、教皇猊下げいかをお迎えして、そして猊下げいかは新双月教を立ち上げられた。
だから、ラスカ王国・レスト王国・メリオ王国、それに
その連合軍は、対抗上、双月教の旗印をかかげることになる可能性が高いわ。」

「だとしたら、容易に宗教による対立に、発展してしまう。
この抗争、早めに終息させなければ、宗教戦争を引き起こしかねない。」

「これでは、帝国と王国連合の戦乱の火ぶたを切る戦争とは別に、
何十年、いや百年を超える戦争の幕が、上がる事になるかもしれない。」

「だとしたら、新帝国の建国など、夢物語。
あなたたちには悪いけど、新帝国の立場としては、教都が陥落かんらくしたら、
戦いを終結にもっていく、工作をしたいと思う。」

仲間として、しばらく行動をいつにすると思うイルムは、
ナナリスの疑問に真摯しんしに答える。

一方ルリは、ナナリスが、
自分たちのーテムス大公妃ファウスを盟主としたー集まりに、
勧誘できる人物であるか、自分たちの言葉に対する、
表情や微妙な体の動きからも、読み解こうと、
笑顔をみせながらも、注視していた。

文字通り、三人三様の思いが交差するなか、鉄馬車の目の前に、
ギルドの建物が見えてくる。


第2章。4倍に


 「これは、これは、イルム執政官殿にルリ副執政官殿。
わざわざこのような、むさくるしい所へおいでいただき、
今日は、何のご用ですかな?」

3人は、身分を明かして、受付で面会を求めたところ、
すぐに貴人用応接室に通されている。

職業斡旋あっせんギルド長のザクトは、もはや老齢ともいえる年齢のはずだが、
若い頃、帝国の騎士として、名をはせたその巨躯きょくの筋肉は引き締まり、
いまだ現役として充分に通じる雰囲気を、その身にたずさえていた。

「お呼びいただければ、こちらからおうかがい、いたしましたものを。」

その問いかけに対して、イルムは穏やかに答える。

「ザクトギルド長殿。今回は、新帝国としての依頼ではありません。
他国の人物からの依頼になります。」

「そして依頼人は、こちらの方。双月教国儀仗ぎじょう隊のナナリス殿です。」

「はじめまして、ザクト殿。わたしは、双月教国儀仗ぎじょう隊のナナリスと申します。
今回、双月教国を代表しまして、人材の募集をお願いしたいと思いまして、
この場に参上しました。」

「双月教国を代表して・・・。
なるほど、それでイルムさまとルリさまが、同行された。」

「詳しい依頼の内容は、こちらに記載してあります。」

ナナリスは、手つきで、書状を手渡す。

「わかりました。では、拝見させて、いただきます。」

ザクトは、書状に目を通す。しばしの時間が経過する・・・。

「・・・確かに、ギルドへの仲介手数料も十分すぎるほど、
ギルド長としては、お受けするべきものでしょうが、
ふたつほど、お話をお聞きしたい・・・。」

「なんなりと。」

「最初のひとつは、なぜ直接、新帝国にご依頼されなかったのですか?」

「それは、わたしの方からお答えしましょう。」

ルリが、いきさつを、かいつまんで、ザクトに語る。

「なるほど。シュウレイ將とは、恐ろしい方ですな。このことを予想して、
白金貨と書状を、ナナリス殿に託されていたと・・・。」

「世界は広い、まさに偉才という人物といえましょうか。
この点は納得いたしました。」

ザクトは、腕を組んで、次の疑問を口にする。

「次の質問は、この募集が上手くいきましたら、結果、双月教国から、
移住者が増えましょう。」

「ただ、昔からこの帝都に在住している者は、
今でさえ、移民に忌避きひ感を持つ者も多い。」

「移民を増やすのを助けたとなれば、
ギルドは、今後やっていく事は難しくなるいうことです。」

その話に、イルムが、当事者しか知り得ない事柄を、ザクトに開示する。

「ザクト殿、三大公国が帝都を占領した時、
その裏側で起こっていた話をしたい。」

「内乱終了後、三大公の間で内密に、帝都は廃都とし、破壊したのち、
地中に埋没させるとの話が進んでいました。」

「埋没させるですと。では、ここに住むわたしたちは!?」

「全員追放、離散させるはずだった。」

「まさか・・・?」

「わたしが、まだクリル大公国の騎士であったとき、帝都に赴任ふにんしたあと、
これを進捗しんちょくさせるよう密命がありました。」

「各大公国の人間の、6世とその協力者に対するうらみの思いが、
それほどすごかったいうことです。」

「では今、帝都があるのは?」

「暗黒の妖精・・・ラティスさんの存在です。」

「ラティスさんが、この地に居住したことで、この話はたち切れになりました。」

「年寄りたちが言う、『われわれの女王陛下!』という敬意の言葉は、
あながち、嘘ではなかったということですか・・・。」

なにかを考え込むザクト。しばしの時間が経過する。

「わかりました。やらせていただきましょう。」

ザクトギルド長は、笑顔となり、ナナリスに握手を求める。
がっちり、手を握るふたりを見ながらイルムは、自分の思いを語る。

「ザクト殿、わたしは、この円形に囲む、皇都の城壁の直径を、
今の4倍の規模に、将来は持っていくつもりです。」

「それが完成すれば、もう一度この皇都が占領される不幸に見舞われるとしても、
皇都を破棄するなどと、
誰もが考える、栄える都市になるでしょう。」

「あわせて、この都市では、以前どこの出身だったとかが
重視されるような考えが、全く意味のないようにするつもりです。」
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