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CⅬⅩⅣ 星々の順行と逆行編 後編(6)

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第1章。後夜祭(7)


 その日、〖姉上店〗の裏手から、一瞬の閃光せんこうのあと、
白銀と白金と青金の光の激しいうずが地上から青い天空をいて星々の世界へ、
竜巻のごとく、あるいは大地の大神の怒りのごとく、伸びていったのを、
皇都に居住している多くの人間が、網膜もうまくに焼き付けることになった。

その光景をみた、多くの人々の心にさした影が、
『ラティスさまが、皇都いや新帝国を、お見限りになったんではないか!?』
という恐怖おそれであった。

・・・・・・・・・

「つまり、エルナさまが、レウス公女さまの影としてではなく、
レウス公女さま本人として、振る舞うと・・・。」

「それに、レウスさまが、今後はエルナさまと名乗ると・・・。」

新帝国の執政官用の応接室に、エルナ・レウス公女・シレイア(エメラルア)を
緊急に迎えて、その話合いの相手を執政官のイルムが中心になって受けている。

新帝国側は、副執政官のルリ、それにリント、
さらに別件で新帝国の行政部(夏宮)のリントを訪ねて来ていた
カシノ(教導士)も着座している。

長机の対面に、エルナ、それに手押しの車椅子にレウス公女が座り、
シレイア(エメラルア)はその椅子の後方に立っている。

なぜか、長机の側面には、エリースの姿をまとった、ラファイスも着席している。

「レウスは、三妖精わたしたちの、精神波の嵐に耐えきれず、
心が壊れ、幼女がえりしてしまった。記憶が戻るか、従前のレウスに戻れるかは、
わたしでもわからない。肉体からだの方は、やがて回復するだろうが・・・。」

シレイア(エメラルア)は、顔をゆがめながらも、そこにいる全員に語る。
そのレウスは邪気のない寝顔で、倒された車椅子のにもたれかかり、
すやすやと寝息をたてている。

「アマトくんの方はどうなんです、シレイアさま?」

カシノが、中立に近い立場にいる状況を利用し、シレイア(エメラルア)に
イルムたちが最も聞きたいであろう事柄について、問いただす。

「いくらふたりの妖精契約者といっても、あの精神波の嵐には無傷とはいくまい。
おそらくは今は、悪夢の海に投げ込まれているようなものだろう。
それから帰還できるかは、あのふたりの妖精のアマトに対する思いの深さが、
その魔力が、どこまで及んでいるかにかかっていると思う・・・。」

と、シレイア(エメラルア)は、自分の見立てをいつわらずに答えた。

「だが、エメラルア、なぜレウス公女を止めなかった。
あなたの魔力ちからを最大限に利用したとしても、あのふたりがそれぞれで組んだ
障壁の両方を、それを妖精ほんにんたちの目の前で突破できるのは、
一撃できるかどうか・・・。」

エリース(ラファイス)が冷たく、質問する。

「・・・・・・・・。」

日頃は能弁なエメラルアは、何故なぜか沈黙する。

「それは、わたくしの方から、話させていただきます。」

エリース(ラファイス)の問いかけに、エルナが代わって話し出す。

「義姉レウスは、皆さまのお考えのとおり、父レオヤヌス・兄トリヤヌスを討ち、
クリルを統一し、その後帝国の王帝にならんと考えていました。」

「それは、はじめは名乗らなかったエメラルアさまが、
妖精契約時から、並みの妖精でないと、
義姉レウスが、気付いていたからです。」

「そして、その頃から父レオヤヌスの視線に、冷たいものがあったのにも、
気づいていました。」

そこでエルナは、話をいったん止め、香茶を口にする。
美しい表情に、ためらいの色が浮かぶ。

「義姉は、アマトさんを、非常に評価したんだと思います。
ラティスさんラファイアさんのふたりの妖精を、自由にその手であやつることが
出来るようになれば、自分がどう動こうと、手がつけられないと・・・。」

「だから、そう考えて、自分の手でと・・・。」

「つまり、邪魔じゃまな芽は、花が咲く前に、直接み取ろうと・・・。」

ルリが、イルムの代わりに、厳しい一言をエルナに浴びせる。

「そのとおりです。義姉レウスが、
『伝説級の妖精契約者を倒せるのは、伝説級の妖精契約者のみよね。』と、
つぶいたのを、わたしは聞いたことがあります。」

「あの、ふたりが人間アマトの思うように動くことはなかろうに・・・。」

エリース(ラファイス)が、思わず口にしている。
おそらくは、自分のことも、かんがみているのだろう。

人間たちのあいだの沈黙が重い・・・。

・・・・・・・

「エルナさま。それで、なにもなかったことにして、皇都を離れさせてくれと。」

沈黙を破り、イルムが話を、最終局面に誘導する。

「そのとおりです。」

「都合がよすぎるのではないの!?」

それまで、沈黙を守っていたリントが、エルナの言葉に思わず口を挟む。

「リントさま、わたしは凡庸ぼんような人間で、
義姉と違って不器用な人間であります。
できることは、反レオヤヌスの旗頭になることぐらいでしょうから・・・。
未来において、新帝国の敵になることは、ありえないと約束します。」

「そう、もし何もなかった事にくれるのなら、
近い未来、クリルで新帝国に対して、戦旗をあげた者たちがいれば、
水の頂点の妖精の名誉にかけて、氷結破壊してあげる。」

シレイア(エメラルア)が、宣言する。

「エメラルア。それは、冗談ではなかろうな・・・。」

ふたりの妖精の間に、不穏な空気が流れた。だが・・・。

「「ん!」」

エリース(ラファイス)とシレイア(エメラルア)が同時に反応する。

「ほう、この長距離精神波、ルービスからね。」

シレイア(エメラルア)のつぶやきに、エリース(ラファイス)が応じる。

「クールスという場所で受け入れる・・・という事らしい。」

そのふたりを見て、イルムはルリとリント、それにカシノに声をかける。

「ルリ、リント、カシノ。テムスが、ファウス妃が、受け入れるとの
決断をなされた以上、新帝国で、これ以上のめごとを
おこすわけにはいかない。」

「では、アマト君、ユウイさん、エリースのところには、
わたしが説明に向かうから。」

と、ルリも、副執政官としての立場で、言葉をつなぐ。

「まことに、もうしわけ・・・ありません。」

エルナは、静かに立ち上がり、深々と頭を下げる。


・・・・・・・

カタンと小さな音が、深々とした応接室に響く。

「ん~、起きちゃった。ねえ、レウス、もう終わった?
ノープルの宮殿おうちに帰ろうよ~。」

「エルナさま。ノープルの宮殿おうちは無くなってしまったんですよ。
それに、もうずぐ、お話合いも、終わりますからね。」

そう振り向き話す、シレイア(エメラルア)の顔は、ほんとうにやさしい。

「わかったわ。今度は別の宮殿おうちにいくのね。
エルナ、いい子にしているから。
今度は、お父様も、お母様も、来てくれるかしら・・・。」

「さて、どうですかねぇ。ほんとうにいい子に、エルナさまがしておられたら、
来られるかもしれません。」

「あ、みなさま、ごめんなさい。ひとりで おしゃべりしちゃって。
エルナ、今から静かにしているから。」

無邪気にレウスに、新帝国側の交渉者たちは、現実を見せられ
ひと言も言葉を返すことができない。

イルムが執政官として、目の前にいるエルナに、結論を渡す。

「レウス公女さま、クールスまでの護衛は、リントが努めます。
みなさま方が今後、新帝国・テムス大公国といい関係でありますことを、
このイルム、祈念きねんいたします。」


第2章。後夜祭の後に


 その亜空間は、縦・横・高さが、一瞬ごとに変わり、さすがのふたりの妖精も
自分の形を維持することで、精一杯のところである。

・・のはずではあるが・・、精神波がにぎやかに空間を駆け巡っている。

≪ラファイア、あんた手加減という文字を知らないの!?
 あんなとこで、本気になれば、ふたりとも無事には、すまないでしょうが。≫

≪はあ、ラティスさんだって、目の色が変わっていたじゃないですか。
 だから、一瞬エメラルアさんに、魔力をゆるめられただけで、
 ふたりとも、このありさまでしょう!≫

≪ラファイア、過ぎ去った過去は、振り返ってもしょうがないじゃない。
 未来に目を向けるべきよ。
 ま、ユウイに傷を与えなかったことは、めてあげる。
 でもね、ラファイア。アマトの事は気にならないの。アマトのことは・・・≫

≪よく言いますね。今回のこの結果は9割がた、ラティスさんの
 魔力の猛走のせいでしょう。アマトさんが、泣いてますよ!≫

どんな状況でも、口喧嘩くちげんかは忘れない、明るい妖精さんたちである。

≪ラファイア。そういうのなら、このわたし、ラティス様が
 この空間に穴を開けて、わたしたちを、元の世界に戻してみせるわ!≫

≪やめてくださいよ。今度はどこにばされるか、
 わかったもんじゃないんですから。≫

ラファイアは、ため息をつき、魔力を集中しだす。

ラファイアは知っている、光がごく小さな粒の集まりだと。
そして、そのごく小さな粒は、一粒ごとなら、
を持っていることも。

『小さき光の粒よ!ただ、われ、ラファイアの依願に答えよ。
 この空間からの出入り口を 指し示せ。』

ごく小さな光の粒が、波と化して散ってゆく・・・・・。

この秘密にしている光の粒との会話の魔力こそが、白光の妖精ラファイスをして、
【ラファイアは、光の裏面をつかさどるもの。】と言わしめているものの正体。

そして空間のはるか遠い一部分が、ぼんやりと白金色に輝く。

≪ラティスさん。あそこです!≫

その精神波を聞くないなや、暗黒の妖精の全身は、白銀の輝きに変わり、
凄まじい速度で、白金色のぼんやりとした宙点に突進し、
間髪入れず、ラファイアも白金の輝く矢と化して、ラティスに続く。

亜空間は、それ自体膨張ぼうちょうさせながら、ふたりを受け止めようとするが、
ラティスの亜空間を収縮させようとする魔力に、臨界点が浮き上がる。

次の瞬間、その亜空間は別の亜空間に変位し、異物でありすぎるふたりの妖精を、
通常空間へと吹き飛ばす。

ふたりの妖精は、回廊かいろうのようなものに吸い込まれ、一瞬にして
ふたつの月が、穏やかな音色げっこう奏でふらせている、見慣れた世界に、
吐き出されていた。
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