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CⅬ 星々の順行と逆行編 前編(7)

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第1章。同じ夜に(4)


 ふたつの月が、破れかけた光を、テムス大公国の大地に注ぎ込んでいる。

ファウス妃は、占星の部屋のまどを開け、月の位置と天井で動く天球儀の位置に
差異がないか確認する。

『ふたつの月が入る星宮と星々の角度から言うと、【開戦は凶】か。
この世界のすべての国が、これを信じてくれればいいのにね。』

『最悪、わたしの契約妖精が、超上級妖精じゃなくて、
伝説の火の妖精ルービスだと公言すれば、
とりあえずは、戦いの時期を遅らせられるか・・・。』

武国の狂虎カシウム王太子は、新帝国に、白光の妖精と暗黒の妖精が、存在しているのを
認識している。だから、しばらくは、こちら方面には動けない。』

『問題は、やはり王国連合ね。工作員の話によると、貴族の次男、三男からの
突き上げが激しいらしい。教国をえさとして与えても、収まらないか。』

『ただ、もし王国連合が、あからさまに教国に手を出すとしたら、
なんらかの暗黒の妖精への対策が、存在するという事よね。』

ファウスは、次の大戦の被害を考えて、気が重くなる。
欲望に突き動かされた相手に、外交手段としての中立の選択はありえない。
【死か、無条件服従か!?】に対抗するための戦いの選択しか存在しない・・・。

・・・・・・・・

「ファウス妃殿下、ここにおいででしたか。」

扉を開けて、アリュス(準爵)がホッとした顔で、声をかける。

「アリュス。わたしが黙って、消えるはずないじゃないの。」

だが、アリュスは、その美しい笑顔に、全くの信頼をおいていない。

「前科がありますしね。ところで、ラザート伯爵親子、ズーホール伯爵の、
お相手はいいんですか?」

ファウス妃は、ニコッと微笑み、アリュス準爵に答える。

「わたしがいないと、4人で〘ルードゥスボードタブラリースゲーム〙に、
興じられるでしょう。」

「陛下は、今朝からそれを楽しみにしておられたんだから。」

「ま、そういう事にしておきましょう。
で、両伯の来宮の用件は何だったんですか?」

「叛乱を起こした、旧貴族たちが、伯爵たちに泣きついているの。
『復爵させてくれ。』とね。
だから、困り果てて、ここにいらっしゃったというわけ。」

アリュスは、我を忘れて、言葉をあげる。

「ふざけている。爵位・領地は没収したが、賠償金は要求してないし、
居城もそのまま、何より生き残った者は免罪したのに、何の冗談!」

「結局、同一国家内の、貴族同士のいざこざとしか思ってないわけね。
つまり、赦免しゃめんされて当然と。」

「『いつまで待たせるんだと。』と言っている老人もいるわ。」

ファウスは、世界が見えない者の自分勝手さに、ため息をつき、
さらに話を続ける。

「まあそれで、ラザート伯爵は、褒美ほうびとして手に入れて領地を、
全部返上してもいいから、なにとぞ再考をと、言ってきたの。」

「どこまで、お人好しなんですか。」

「ま、武の人だしね。という行為は苦手でしょうね。」

アリュスは、怒りをやわらげ、あらためて、この国の大公妃に向き合う。

「妃殿下、席を外された、本当のところは、何ですか?」

ファウスは、真摯しんしな表情に戻り、莫逆ばくぎゃくの友に、真実を語る。

武国の狂虎カウシム王太子が、武国を手中にしたわ。」

「ただそれは、時間の問題だったんでは。」

「方法がね、あの武国の宮城を、わずか十数名で落としたとの緊急報告が、
武国に潜ませている工作員からきているわ。」

「まさか!?」

「情報が錯綜さくそうしている、わたしが武国に乗り込みたいぐらい。」

「・・・それは、絶対にダメです。」

感じ慣れたすさまじい圧が、部屋の中に広がる。

そして、長身、燃えるような赤い髪、純白の肌、圧倒的な力、緋色の目、
超絶の美貌を持つ妖精、ールービスーが顕現する。

「ファウス、話は聞いた。このわたしは、暗黒の妖精アピスとも因縁がある。
分身体を創造し、武国に潜らせようか!?」



第2章。同じ夜に(5)


 ふたつの月が、計算されつくしたような光を、武国の首都に与えている。

「義兄上、ここにおいででしたか。」

カウシムは、義妹レティアの声に振り返り、涼しい笑顔を向ける。

「わずか十数の兵で王宮を陥落させた義兄上が、星読みなどを信じているとは、
とてもおもえませんが。」

開け放した窓から離れ、天井で動く天球儀をチラ見し、
カウシム王太子は義妹レティアに答える。

「レティア。星読みは、支配者階級の多くの人間が、信じているからね。
下らないと思う事が下らないのだよ。だから、戦略上も戦術上も、
必要とする雑学だろうね。」

「新帝国の女狐イルム將、テムスの女虎ファウス妃も、同じことを言うと思いますよ。」

そこに、第三の声が、しっかりと響く。

「星読みに、それに神々か、人間は妙なモノに、関心を持つ。」

「星読みは、天球中の座標の確認にしか過ぎないし、
神々は宇宙を維持する法則にしかすぎん。」

「ともに、に存在するものではない。」

いつの間にか、全身を黒い軽鎧けいよろいに包まれた細身で長身の騎士が、
部屋の片隅にたたずんでいる。

「それでも人間は、心静かに、内観する時間が必要なんですよ。」

「あなたのおかげで、わたしはレティアから、が、
できなくなりましたよ。」

「それは、おまえが、この国を手に入れ、
レティアを、第一王太子にしようとしたのが、いけないんだろうが。
おまえも未来の武国王としての覚悟のほどを、示したらどうだ!」

激しいが透明な強圧が、黒騎士から王太子へ向かう。

「やめて、コールス、いえ、アピス。」

瞬時、その広き占星の部屋は、本当の静寂せいじゃくに包まれる。

「すきにしろ。」

黒騎士の姿が、陽炎かげろうのようにれて、消えていく。

・・・・・・・・

「レティア。何か話したい事があったんでしょう?」

「わかっておられるでしょう。義兄上を支持した辺境伯たちからの人質を、
なぜ解放なされたのです。」

「その行為をなさると、今後のこちらからの、命令への怠業さぼりは、
目に見えているのでは、ありませんか?」

「まさか、義兄上。わざと、そのようなすきをつくって、
最終的に、辺境伯たちを叛乱をさせ、それを叩きつぶし、彼らの領地のすべてを
手に入れるという未来図を描いての行動じゃ、ありませんよね。」

その疑問にカウシムは、曖昧あいまいな表情をして、義妹レティアに向き合う

「時代が変わっていこうとしているんですよ、レティア。」

「時代が?」

「新帝国は、貴族制を復活させないようです。テムス大公国は従前より、
貴族の数は、10分の1以下しかないですしね。」

「そう聞いております。」

「だったら、国家と軍の編成は、どうなるのでしょうかね。」

少しの沈黙の時間をへて、レティアは義兄に答える。

「・・・それは。王のの制でしょうね。
うまくいくと、兵士の数・志気は、大変なものになりますね。」

「正解です。だから、風見鳥とか日和見ひよりみとか決め込む貴族は、
があるんですよ。」

「今でさえ、自身の参軍も派兵も、兵糧・武具・資金の拠出も、
できるだけニヒルゼロにしたいと、工作してきますしね。」

レティアは、この機会に、もうひとつの疑問を、義兄にぶつける。

「一度お聞きしたかったのですが、王国連合や帝国との和平は無理と
お考えですか。」

カウシムは、いったん目を閉じ、しばらく沈黙してレティアに答える。

「王国連合、帝国領は、貴族の子息の数が、
30年前に比べると、4から5倍になってます。親の領地を分割して、
子弟に相続させれば、もはや貴族領として、最低限の矜持きょうじを維持するのは、
不可能です。」

「だったら、国内で粛正しゅくせいをおこなうか、
外部に領地を求めるかしかないでしょうね。」

「ですが・・・。」

「レティア。なぜ戦争は起こると思います?」

「義兄上のおっしゃるとおり、王・貴族・商人の
際限のない欲望のせいでしょうか。」

「半分は、正解でしょう。しかし、平民を含めて国全体でする戦いになると・・。」

「では、義兄上は、あと半分は何と考えます。」

「そう、でしょうか。たとえば自分の地方が、
最強国になって、何十年も、自分の家族が平和に暮らせるとするならば・・・。」

剣をとるのは、
神々はお許しにならないのでしょうか?」

「・・・・・・・。」

「レティア、論理の飛躍と言いたげですよね。だが、歴史をみると、
どの国も同じようことを繰り返してきました。」

「今、この世界は、燃爆石の大地に、松明をもった人間が
数多くいるようなものです。」

「いつ点火して、爆発しても、おかしくありません。」

そして、武国の王位継承者は、話を戻す。

「辺境伯たちを追い詰めているのは、
今回討伐した義兄上を、最初は支持していたためではありませんよ。」

「王国連合や帝国との戦への、兵士の準備と将来の褒美ほうびの元が
欲しいためですよ。」

「辺境伯たちが、もうひとりのマイチ義兄上を盟主にして叛乱はんらんしてくれれば、
たくさんの分配領地が、発生しますし・・・。」

その時、星読みの部屋の扉が、軽くたたかれる。

「はいれ!」

レティアは声を上げながら、カウシム王位継承者の前に、たてとして屹立きつりつする。
そこに、ひとりの眼帯をめた強面の男が、扉を開けて入ってきた。

「カウシム様、レティア様。やはりここに、おいででしたか。」

「ズース―卿か。」

「やはり、卿と言われるのは、なれませんな。」

カウシムは優しい声で、百戦錬磨の軍師に言葉をかける。

「で、どうしました!?」

「お義兄様のマイチ侯爵が、辺境伯をはじめ、各貴族にげきを飛ばされたようです。
使者の何人かは、捕えましたが。」

「わたしが継承者で、レティアを第一王太子にしたのが、
お気にさなかったとみえる。」

カウシムは、ため息をついて、ひとり言のようにレティアに語る。

「レティア、人間というものは、
どうにもならない生き物なのかもしれません。」
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