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ⅩCⅦ 分水の峰編 後編(1) 

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第1章。新たな妖精


 二つの月が、行方を知らぬ怜悧れいりな光の剣で、地上を切りつけている。

その月光の中、夜のとばりに覆われた荒れ地を、
二つの影法師が、足早に歩いている。

先に歩いている影法師が、足をとられたのか、グラッとよろめく。
さっと後ろの影法師が手を出し、前の影法師が転ぶのを魔力で阻止する。

「言わんこっちゃない。このような夜ではなくて、昼間に行けばいいものを。」

後ろの影法師が、よろけた前の影法師に、やさしくささやく。

「木陰ひとつないこの荒れ地を、昼間に移動するなんて、しんどいでしょう。」

「まあ、そうよね。」

遠くの山のはが、うすぼんやりとかすかに光ってきている。
そろそろ朝が近い。

「ここいらで、いったん、休もうか?」

そういたわる言葉をかけながら、後ろの影法師は、
妖精契約のとき、初めての出会いの場を思い出していた。



・・・・・・・・



 わたしは遅れて、光る巨大な城のような空間に飛び込んだ、
上下左右の感覚すらない白い光の世界、妖精契約の舞台に。

まあ、今回契約をする必然性も、しなければならない理由もない。
だったら来るな!と他の妖精に言われそうで、端の方で傍観ぼうかんする。

それぞれの色に輝く数多くの妖精たちが、踊るように舞っていた。

赤色の輝きは火のエレメントの妖精・青色の輝きは水のエレメントの妖精・
緑色の輝きは風のエレメントの妖精・黄色の輝きは土のエレメントの妖精・

それは、人間たちには、光球が飛び回っているようにしか
見えてはいないだろう。

巨大で煌々こうこうと輝く光球妖精から、契約が成立していく。

『ほ~。巨大な光と契約を求めるか。』

若き人間たちの、求める欲望への正直さに、苦笑してしまう。

『光の見かけの輝き、大きさが、妖精の魔力の強さと、等しくはないんだがな。』

と、この空間で、光を出していないわたしの全身を、誇りをもって見直した。

そうこうしているうちに、次々と閃光せんこうが起こり、契約が成立していく。

しばらくして、白い世界がらぎ始める。残りの時間もあまりないのだろう。

圧倒的な妖精の数に対して、人間の数は少ない。
その中で、ただひとりポツンと、人間が残っているのに気付く。

好奇心で近づく。エーテルの欠片かけらも、感じられない。
まともな妖精なら、この人間と契約することは、まずありえない。

『人間どうした?〈マリーンの大呪〉を唱えないのか?もう時がないぞ。』

忠告をしてやる。人間は驚いたようだった。だが、しっかりと答えてくる。

「〈マリーンの大呪〉は、契約を強制するものと聞いています。
妖精さんにとって、それは苦痛じゃないですか。」

『そんなことを言ってていいのか。このまま人間界に戻れば・・・。』

「たぶん、街から追放されて、妖魔か妖獣のえさになるしかないでしょうね。」

『おまえ、生きたくはないのか?』

「妖精さんたちに嫌われたんだから、・・・宿命?・・・仕方ありません。」

面白い!! 私の中で好奇心が爆発する。

『わたしは、おまえの望む妖精ではないかもしれないが、契約をしてやろうか。』

「え、本当ですか!」

人間の顔が、パッと明るくなった。

「つまりは、級外枠下妖精さんということですね。それでも嬉しいです。」

級外枠下妖精!?・・・・。思わず笑ってしまう。

「わたしの名前はノエル。なんとお呼びすれば、いいですか?」

真剣に聞いてくる相手には、礼儀として、一応の受け答えはする。

『・・リ・・ア・・。そう リア。』

偽名だがな・・・。

お互いの間に、閃光せんこうがきらめく。そして、ふたりのときが動き出した・・・。



・・・・・・・・


『ふむ、追跡者の数、20!ギチャムの街から追いかけて来たか。
一直線にこちらへ向かってきている。
まいたと思ったけど、そうは上手くはいかないわね。』

わたしは、受動的感知のみをしているが、
向こうは追跡がバレてもかまわないと、思っているのだろう、
能動的感知を仕掛けてきている。
やれやれだ。まあ、攻撃的感知をしてメンチを切ってこないだけ、まともか。
そういうもいるからね。
幸いまだ会敵まで、時間はある。


・・・・・・・


 ノエルは妖精契約後の審査で、枠下妖精の契約者と診断され、
結果、寮から、そう街からも、なかば追い出されされたわ。

わたしも、まさかの実体化で、いろいろあったけど、なんとかノエルと合流し、
私の魔力のひとつである治癒の力ヒールで、ふたりで一対の
級外枠下妖精契約者の治癒士ヒーラーと自分たちをいつわって、
村々や街々を回って、生きていくことにした。

水の妖精契約者のすべてが、治癒魔力ヒールを持っているわけでもないし、
そもそも魔力の強弱もある。思ったより、治癒士の需要はあった。

 あとにしてきたギチャムは、帝国との国境間近、帝国との小競り合いに備える街。
そこには、王国連合の王・貴族・大商人などの王国支配階級に逆らった人間を、
極刑と引き換えに、兵士として駐在させている。
反逆者の減刑を歎願たんがんした家族や恋人は、それぞれの王国で
彼らが裏切った時には処刑される人質に、で、同意させられている。

王国連合内で、兵士の命が最も安い街ギチャム。

その街でノエルは、治癒ちゆのみならず、欠損部分を完治させる、
伝説のノープルなみの究極治癒ナノヒールをやり出したのだ。
戦に使い者にならぬと見捨てられた、かわいそうな兵士のためにと。

ほんと、頭にバカの文字がつく お人好しめ!

・・・・・・・・

 前方に火柱が、後方に土砂柱が、立ち昇る。

『火と土の上級妖精契約者が1人ずつ、あとは中級妖精契約者か。
ギチャムの街の統治階級は、傭兵の集団のはずだが、
なかなかに正規軍している。』

ノエルのまわりに構築した、魔力障壁を確認する。当然、ほころびひとつない。
彼女は、寝落ちしているようだ。

「そこのふたり、止まれ!」

凄い勢いで追いついてきた鉄馬の群れが、円形にわたしたちを取り囲む。

「逃げおおせるとでも思ったか。金の卵を産み続ける鳥、我らが奴隷として
利用してやる。」

ハハハハと、卑下ひげた笑いがわき起こる。

耳障みみざわりだ!

私は、左手を天にむける。私を中心に魔晄まこうが球形に、瞬時に駆け広がり、
甲高い高音が、ひかりを追いかけていく。
刹那せつな、人間らは静寂に協力してくれた、それも永遠に・・・。

・・・・・・

「リア、わたし、長い間寝ていた?」

寝ぼけた顔で、ノエルが問いかけてくる。

「ああ、少しの間ね。」

「ごめんなさい。」

「ま、人間だから、しかたない。」

私は、ノエルに、香茶をいれた水筒を差し出す。
美味しそうに、のどをならすノエルに、

「ここまで来たら、人の目を気にすることはない。飛翔していこうか?」

と、わたしは優しく提案する。

「国境を超えたら、近くにカクシーユという、温泉の町があるそうよ。
ギチャムの兵士の人が言っていたわ。」

「温泉!?」

それは、最重要逗留とうりゅう地点名。
治癒ちゆの際いただいた銅貨も、結構な量になってるいるしね。

「じゃ、天翔けるわ。」

ノエルは、旧帝都にいるらしい、双月教の教皇に会いたいらしいけど、
温泉は、実体化した妖精にとって、何事にもまさるわ!!
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