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ⅩCⅠ 分水の峰編 前編(3)

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第1章。夜明け前(1)


 二つの月が、雲間から、うつむきかけた光を、天地に投げ分けている。

ラファイアは、ひとり、中空でなごんでいた。

そこに、穏やかな圧が発生し、暗黒の妖精が、空間を裂いて現れる。

「ラファイア、何をしてんのよ?」

「ラティスさんこそ、アマトさんの警護はどうしたんです?」

「よく言うわ。私の警護だけじゃ心配と思って、分身体を潜ませていたくせに。」

「ははは、気付いておられましたか。」

「だったら、私の警護なんか、いらないんじゃない。」

「あんたの分身体が警護してるんじゃ、
まずアマトに手を出せる奴はいないでしょう。」

「まあ、私に対しての賛美さんび嫉妬しっとの鬼とかしたアピスとか、
    私に対しての心酔にひがんで魔とかしたルービスとかが、
     かちこんでこなければ、問題ないでしょう。」

一陣の強風が、ふたりの妖精の髪を揺らす。

「ほんと、ラティスさん。わたしに対してだけじゃなく、
     いろんなところに、ケンカの種をまき散らされているようですね。」

「なんで、真実を口にすると、ケンカをことになるわけよ。」

『本気で、思われているんですね。』

ラファイアは、やれやれという表情で、相棒の御高説ごこうせつを記憶から削除さくじょする。
そういえば聞いてなかったなと、ちょうどいい機会だとたずねてみる。
暗黒の妖精の意思を甘くみるなど、どうしようもない間違いは犯さない。

「ところで、よくあの汚物の処理を、リントさんに任せましたね?」

「あんたも、反対しなかったじゃない。」

「ラティスさんの世界で、もう心も壊れてましたしね。」

「ま、リントも一刀いっとうのもとに、あれを切り捨てたからね。
少なくとも、リントも、よほどのことがないと、
今後アマトの敵になることはないわね。」

「それができただけでも、よかったじゃない。」

ラファイアはうなずきながら、リントさんをアマトさんのに立たせるために、
己を抑えられましたかと、納得する。自分もそうであったから。

もう一つの、ほんの小さな問題、あのときの暗器を取り出す。
小さな刃が鈍く光り、暗黒の粒子をまき散らす。
その妖物に、ラファイアは、手のひらから、白光の粒子を降り注がせる。

「ラティスさん、見て下さい。ほらここ、印ですよ。」

ラティスは、アルケロンの言葉嫌な奴の名前に顔をしかめながらも、
イヤイヤその暗器を凝視する。

「あいつは、あの面白おもしろ武器、聖剣エックスクラメンツだけじゃものたりず、
人間にこんなもんまで、与えていたわけ!」

「好奇心と興味で突っ走る方ですからね。まあ、人間に渡したのは、
単に飽きて興味がなくなったからでしょう。」

そのラファイアの言葉に、ラティスの表情が変わる。
過去によほどのことがあったらしいと、ラファイアは自分の経験をかんがみて、
同情する。

「・・・アイツぶんなぐる。・・・誰がなんと言おうが、・・・
・・・あったら必ずぶんなぐる・・・。」

ラティスは、薄暗うすぐらい表情で、ブツブツつぶやいている。

「これはあっても、アマトさんの、毒にしかなりませんから。」

ラファイアの白光の粒子が白金に変化する。暗器は、光を帯び一瞬で消えていく。


第2章。夜明け前(2)


 ひとつの月が、雲に隠れていく。風が強い。明日は天気がくずれる予兆であろう。
それらを気にもせず、ラティスはラファイアに問いかける。眼はふざけてない。

「ところで、ラファイア。あれ、わざとでしょう?」

「ほへぇ?」

「あのとき、アマトに{殲滅せんめつしますか。}とか言わないで、『?』
と、紛らわしい言い方をしたのは。」

「じゃあの場面で、ラティスさんだったら、どうします?」

ラファイアの背光が、本人の意思を反映したかのように7色に輝く。

「そもそも、一発喰らった時点で、瞬滅しゅんめつさせたわよ。
アマトが、どうのこうの言う前にね。」

「むしろアンタ、あの状態になるまで、よくがまんしていたわね。」

「アマトさんが、教都からの離脱者の方々のことを考えればしかたないと、
思えるかもしれないギリギリまで、待ったつもりですが。」

ラティスは、あきれた表情で、相棒を見やっている。

「けど、アマトがあんたを止めたとしたら、
反乱軍の第2陣、第3陣、第4陣とか到来とうらいして、
あの程度じゃ、間違いなくすまなかったわ。」

「そうでしょうね。」

「ですがラティスさん、アマトさんがあの状況に追い込まれなくて、
私の滅殺めっさつの魔力の使用を認めたら・・・。」

言葉を止める白光の妖精に対し、ラティスはアマトへの想いを語る。

「心がくずれていくでしょうね。アマトは優しすぎるわ。」

「ラティスさんもそうでしょう。
もしかのときは、『心のうちも暗闇あんこくの妖精か』と、
アマトさんに軽蔑けいべつされても、アマトさんをまもりたいのは。」

「ふん、お互いのやり方で、アマトの心を守っていると言いたいみたいね。」

それに対して、柔らかな笑顔を浮かべる、白光の妖精。
不意に、ラファイアの波動が変わる。だが、その笑顔も背光も変わらない。
しかし、ラティスは知っている、ラファイアが虚無の光をまとった時の立ち姿を。

そのラファイアは、核心の話に切り込んでくる。

「ラティスさん、アマトさんに、暗黒の妖精の呪縛じゅばくをかけているでしょう?」

「それは、アマトさんが、直接魔力を振るう事によって、アマトさんの
両手と心を、血にまみれたものにしないために・・・。」

「・・・・・・・・。」

「わたしは、深淵な叡智えいちをつかさどる白光の妖精ですからね。」

「は!?そんな話、この10、000年を超える間、聞いたこともないわよ。」

ラティスは、話し方も、感情も、いつものラファイアに接するのと、
一切変えることはしない。

「妖精界の頂点いただきにいる、私たちふたりと契約して、人間が火花のひとつも
出せないというのは、いくらなんでも、おかしいでしょう。」

「あんたの言う、暗黒の妖精の呪縛なら、白光の妖精が時間さえかければ、
解けるんじゃなくて。」

「・・・・・・・。」

少し時間をおく、白光の妖精。敢えて答えを返さない。

「ふふふ、ラティスさんもアマトさんが大好きなんですね。」

「私も、アマトさんが大好きなんですよ。」

ラファイアの波動が戻っていく。

『まあ、私もこの私だけが、私ではないからね。』

ラファイアの笑顔を見ながら、ラティスも深淵しんえんをのぞき込んでいた。
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