上 下
90 / 266

ⅩC 分水の峰編 前編(2)

しおりを挟む
第1章。暗器(3)


 「ソーケンさん、リントさん、大丈夫だったですか。」

鉄馬車の御者台の上から、情けない顔の若者が、した大声をあげている。
その横で鉄馬車を操っている騎士は、見覚えがない。
手を振りながら、リントは、騎士は創派のだれかかと推測する。

教徒から離脱してきた者たちは、上空に5にんの聖画に描かれていたような
白光の妖精を眼にしたことで、信仰的な恍惚こうこつ感に襲われ、その姿が消えたあとも
祈りの姿を崩していない。

ただ、ソーケン將がくらい顔で、うつむいているのを、この男も恥というものを
持ち合わせていたんだなと、リントはどこか安堵あんどする。

妖精の契約者が鉄馬車を降りてきて、疲れ切った顔に笑みを浮かべる
リントにたずねる。

「よかった無事でしたか。」

「アマト君、君の方も無事だったか。」

「あと教都の離脱者の人々は?」

「離脱者はあれで全員だ。もう、一刻も早く、この場を離れて、
帝都に撤退した方がいい。」

「はい。教都からの追撃は考える必要はないと思いますが、万が一のことを考えて
ラティスさんとラファイアさんは周辺を探っていますので。」

「僕たちは、まず退避たいひを。では、急ぎましょう。」

リントは、アマトを案内しようと先に離脱者の方へ体を向ける。

「グッ。」

その声に、リントが振り向いた時、アマトの背後から、
ソーケン將がその巨体をぶつけていた。

アマトが、ゆっくり 倒~れ~て~い~く。

「ソーケン、何をした!」

ソーケンの手に短い刃物が。
アマトの血を吸い、鈍く輝き、黒光の粒子をまき散らしている。

「黒光の粒子!?まさか伝説の暗器、【黙示の九死もくしのくし】か。
だが、あれは秘匿ひとくの凶物庫に封印されていたはずだ!」

「妖精契約者のみに効く・・少しでもかすれば・・助かることはない妖物ようぶつ。」

「ほう、リント、知っておったか。」

地面に倒れている、アマトの体が痙攣けいけんを始める。

「だが、なぜだ!」

その問いに直接は答えようとせず、ソーケンは呆然ぼうぜんとしていた騎士と
離脱してきた人々に、双流の橙色の炎の劫火ごうかを放つ。

「「「ギヤ―!」」」

複数の悲鳴が、その場に響きわたる。

「ふん、リント。このご時世に、上を狙うのがなぜ悪い?」

「わけわからない娘が血筋だけで皇帝?今くたばりかけてるこのくされが、
化け物の妖精と契約しているだけで、未来の宰相様か?
フッハハハ、年長者として、身の程をわきまえさせてやったのよ。」

年長者をうたう男の顔が、みにくゆがむ。

「あのふたりの化け物妖精は、このくされがくたばれば、妖精界に帰る。
あとはここにいる、おまえをかたずければ・・。」

「この外道が!!」

リントは剣を構え、魔法盾を構築する。

「フへへへ、お前はオレ様の姿を見て侮蔑ぶべつの眼差しを向けやがって、
楽には殺さん。」

自分の全身をなぶるようなソーケンのおぞましい目つきに、リントは怒りに震え、
先制の一撃を喰らわせようとするも、体が動かない。

『なんだ!』

リントが音なき声で叫んだ時、間の抜けた精神波が彼女の心に響く。

≪リントさん、それまでです。ラティスさんお疲れさま。
 けど、鉄馬車に乗っているだけの役でしょう。
 もっとうまく、演技できないんですか?≫

≪うるさいわ!≫

再び、もう一つの精神波がリントの心に響いた。


第2章。暗器(4)


 倒れていたアマトが、何もなかったように立ち上がる。
その影がリントの方を振り向いた時には、白光の妖精に変わっていた。

妖精は、今起こったの惨劇が、まるでなかったかのように話し出す。

「ここだけの話なんですが、アマトさんに化けるのを、ラティスさんが
嫌がりましてね。『そこまではちたくないわ。』だそうです。
やっぱり、リントさんから見てもアマトさんは、
もろ、ゴミムシ君の印象ですか?」

リントは、目の前にいる神々しい妖精が、
500名に近い反乱軍を瞬滅しゅんめつした化け物だ
ということに記憶が警鐘を鳴らしていても、感情がついてこない。

親愛の情を惜しげもなく投げかけてくる妖精は、どうみてもパッとしない弟を
心配する、優しい姉にしかみえないのだ。

フッと、もう一つの気配が、静かに隣に現れる。

「ラファイア、なに、あさっての話をしてるのよ。」

「黙って下さい、ラティスさん。今、アマトさんには絶対に聞かせられない、
最優先課題の話をしてるんですから。」

「ま、それは否定できないわね。」

リントは思い出していた。
ふたりの妖精が、この場に残ると聞いた際に、言い知れない恐怖を感じた時、
それを察したのか、創派のキョウショウ將から、かけられた言葉を。

『リント將、暗黒の妖精も白光の妖精も、アマト君を裏切り、
命を狙ったりしなければ、怒りの死雷しらいとどろかせることはない。』

おろかにも、白光の妖精に立ち合いを行った私を、あのふたりは、未来において
アマト君の友人になれると思ったらしく、許してくれ、
さらに、かけがいのない贈りものもしてくれた。』

『イルム將とルリ將とも話したんだが、リント將、あなたは、
アマト君とも私たちとも、友人になれると思う。』

・・・・・・・・

「さてと。」

それはどちらの妖精が発した、死の宣告だったろう。

その時、恐ろしいほどの殺気が、リントの前方で凍てつかされている腐敗ふはい物に
浴びせかけられる。

その、想像を超える極寒の烈風れっぷうに、リントは現実に、引き戻される。


第3章。暗器(4)


 リントは、そのふたりの妖精の底のみえない魔力の前に、
知らないうちにひざまずいていて、懇願こんがんしていた。

「ラティス殿に、ラファイア殿。今回のことは、他の双月教の者、
とくに教皇猊下げいかには、全く関係のないこと。」

「もし、どうしても怒りが収まらんというのであれば、
私の命であがなわわせてくれ。」

白光の妖精は、その訴えをなかったかのようにして、リントに語る。

「リントさん。この腐敗ふはい物は、今、ラティスさんの世界にとらわれています。」

「そのいつわりの悪夢の世界で、これは、何回殺されているんでしょうね。」

そう言われて、改めてソーケンの顔をみる。そこには、顔面に恐怖を張り付けた
もと人間が、土の上にえているようにしか、リントには感じられなかった。

「ラティスさんの魔力は、人の五感だけではなく、契約している妖精の感覚も
支配します。これは、やってはいけない事をやってしまった。
私が変化した仮生けしょうの姿とは言え、私たちの契約者に、アマトさんに、
致死の刃を向けたんですから。」

ラティスは、すべての感情を消し、無機質とかしたように、たたずんでいる。
思い出したように、美しい彫刻とかした妖精が、リントに安心を与える。

「リント、私が、あの楽しいじいさんを、どうこうするわけないじゃない。
私は白光の妖精じゃないのよ。」

「なんか、言いました。ラティスさん。」

ラファイアの腐敗ふはい物に向けたそのままの死氣しきが、ラティスに向かう。
だが、さすがに自称、妖精界の頂点にいる存在。
ラティスは、ラファイアの死氣を、軽く受け流す。

「そう、私の世界で追い込んでわかったわ。こいつは、ただ、誘導されただけ。
ま、自我が肥大しすぎて、にも気づかないような奴よ、
利用はしやすかったんでしょうね。」

「こいつは、自分自身が歩く暗器として使われた事に、気付いてもいないわ。」

「その暗器使いは、誰だと?」

リントが、明日の見えない怒りを抑えて、暗黒の妖精に問いかける。

「・・・・・・・・。」

ラティスは、その名を、リントにささやく。

「ま・さ・か!そんなはずは。彼は人格者としても知られている。」

ふたりの妖精の魔力を散々みせつけられていたにも関わらず、
リントはラティスのその言葉に、無条件に同意できない。

「ねえ、ラティスさん。このゴミはどうするんですか?」

まだ、怒りの感情をまとわりつかせながらも、
ラファイアが、やっといつもの口調で、
ラティスに詰問きつもんした。

ラティスは、そのラファイアを不思議な表情でながめてる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...