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ⅬⅩⅩⅩⅤ 水面下編 中編(3)

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第1章。夜語り


 二つの月が、かなしい光を、天空にあみの目のように、張り巡らしている。
ラティスとラファイアは、その夜の支配者の如く、中空に浮いている。
ラファイアの構築する、光折迷彩によって、ふたりの姿は地上から見えていない。

「ラティスさん。あれでよかったんですか?」

「まあ、いいんじゃない。アマトが、双月教の解放者の1人ひとりと認定されることで、
1000年の後まで、暗黒の妖精の契約者として、虐殺ぎゃくさつ者の汚名を、
びることはなくなったからね。」

「そうですね。けど、1000年前の、オフトレと双月教の真実の開示まで、
約束させて。」

「これで、1000年にわたって嘘をり重ねて、
それを真実とするような真似は、2度とできないようにしたのよ。」

「ま、そういう事にしときましょう。」

ラファイアは、『アピスさんの名誉のためにもでしょう。』という
言葉は飲み込む。

「ところで、あんた。教都から禁書のたぐいも、ちゃんとかっさらって、
きているんでしょうね。」

何かを察したのかラティスは、ラファイアをにらみながらも、話をかえていく。

「金銀財宝のたぐいだけなら、単なる盗人ぬすっとじゃないですか。」

「私も、アマトさんを、1000年を超える歴史の虐殺者としない気持ちは、
ラティスさんよりありますよ。」

ラファイアが応じるたびに、多種多色の光粒が舞っている。
それを邪魔とも思わないのか、ラティスは、再び話をかえる。

「ねえラファイア。あんた本当は、ラファイスが、どこにいるか
知っているんじゃないの?」

「知るわけないでしょう。ラティスさんも、同じ空間、同じ時間流の中にいるのに
アピスさんの存在を感知できなかったじゃないですか。」

「あいつは、性格がゆがんでいるからね。正直者の私の探知能力じゃ難しいのよ。」

「・・・・・・!?」

お互いを見やり、沈黙を強いられるふたりの超越者。
やがて、ラティスが重い口を開く。

「私は、この時代、この空間に、落ち込んだのは私とアンタだけと思っていた。」

「しかし、暗黒のエレメントのアピスや火のエレメントのルービスもこの世界に、
引き付けられてきていた。」

「おそらくは、・・・・。」

ラティスは、宙をにらみ、言葉を切る。ラファイアは、そのあとを続ける。

「白光のエレメントのラファイスさんも、風のエレメントのリスタルさんも、
水のエレメントのエメラルアさんも・・・。」

「そして、土のエレメントの〇△×□も、この世界に・・・、
いや、もうきているかもね。」

「・・・怖い話ですね。」

「この世界の神々という奴らは、何を望んでいるのやら・・・・・」

ラティスの言葉が終わらないうちに、ふたりに匹敵ひってきするような圧が空間をらす。
ふたりには、見慣れた姿が、ふたりの前に現れてきた・・・。


第2章。離脱(1)


 モクシ教皇を救出し、創派の軍と合流し、アマトたち3人が帰還したあとも、
セプティら帝都からの遠征者達は、
合流の地点から動けずにいた。

三々五々、教都から、モクシ教皇をしたい追ってくる者や、教国軍が崩壊したあと
各国の草刈り場となることを予想した避難民の数が半端なかったからだ。

戦術上は、帝都への撤退を、何よりも急がねばならなかった。
だが、キョウショウ・ルリ・アストリアの当然の進言にも、
創派のメライ老、旧教国正規軍離脱者の代表者ザイル將の言にも、
イルムは首を縦にふれなかった。

不安と不協和音が広がるなか、それを見かねたモクシ教皇が、
みなを大天幕のなかに招待した。


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 「イルム將殿、教国を数日で崩壊ほうかいさせたその手際てぎわ
並び立つ者もおらぬ才の持ち主と思うております。
だが撤退を迷う判断、このメライ、納得できません。」

「私も創派の長として民を、新帝国へ移住させなけねばなりませんので。」

「メライ老の言う通り。これ以上の、この地での待機は、
納得するわけには、いかん!」

メライ老の至誠しせいな言葉に、ハンニ老もメライ老のみに悪役を押し付けまいと、
自分も厳しい顔で、イルムを責める。

その横では、キョウショウが、つらい顔をして座っている。

「よろしいか。」

旧教国正規軍離脱者主将格のザイル將が、発言の機会を求める。

「イルム將殿、このままでは、暴軍と化した旧教国正規軍らや、
いずれ他国の飢えた山犬共も、教国に侵入してきます。
一刻も早く、帝国領に戻られるが、最上の策と思われますが。」

さらにザイル將の主張に、同じく旧教国正規軍離脱者の副将格のリント將も
言葉を重ねる。

「もし、イルム將殿が、新帝国が始動するにあたって、教国民を置き去りにした
不名誉を考えておられるのなら、新参者の我らが、そのみ役をうけたまわりましょう。」

感情を押し殺した表情で、アストリアが、現実を全員に具申する。

「超上級妖精のリーエさんの索敵さくてきから、4日後には、教国反乱軍の先鋒が
到達するでしょう。教都の〖ムランの宝冠〗と言われる障壁を当方が破壊したため、
今のこの位置ですと、6日後には会敵の可能性があります。」

「イルム、明日にでも離脱しないと、ここに逃げてきた人たちは
犠牲になるぞ。」

ルリも、感情を押し殺して、数日後に起こる可能性が大きい事象のみを語る。

「イルムさん。何かお考えが、おありなんでしょう。
私たちでは頼りにならないかもしれませんが、
そのお考えを示されれば、何か一助になるかもしれません。」

セプティも、真摯しんしな気持ちで、みなの気持ちを解きほぐすべく、
言葉をかける。

軍議が混迷に入るかと思われたとき、

「ぼくも参加させていただきませんか?」

大天幕の入り口から、情けない声が響いた。
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