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ⅬⅩⅩⅥ 使嗾編 後編(1)

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第1章。不実


 『あの御方を、この世から去らせてはならない。』

心胆しんたんを寒からしめる、いやてつかせる、暗黒の妖精の最後通告を聞き、
カシノ教導士は、女のカンで、祈りの小部屋に駆け戻っていく。
呆然ぼうぜんとしているもの、座り込んでいるもの、泣き叫んでいるもの、
空虚な笑い声をあげるものを、途中目にする。

『愚かさもここまでくれば。』

{悲劇も突き抜けると、喜劇にしかみえない。}だれの言葉だったか、
『神々の教えを極めし都だろう!』、その有様は滑稽こっけいさしか感じない。

いのりの小部屋に続く、部屋だまりに、10数人の異様な出で立ちの者達が。

『異端審問の騎士、ギリギリ間に合ったか!?』

カシノは眼前に、青い魔法円を創り出す。
次の瞬間、魔法円が青色に輝き、前方の部屋だまりが氷におおわれていく。

「氷結破壊!」

声を上げた騎士を含めおよそ3分の1の騎士が倒れるが、
残りは即座に、対水の妖精契約者障壁を構築する。
これが、余裕という名のすきになる。

『手慣れているわね!』

カシノは手に持ってた、辞書を眼の前に投げる。
辞書がばらけて、ページが・・・落ちない。
次の瞬間、数百枚の紙が、超高速度で、残りの騎士に襲い掛かる。
金剛石すら切り裂く、土の上級妖精契約者の、〖千刃舞殺〗の隠し技。

「バカな!!」

悲鳴をあげ、残りの騎士も、切り刻まれていく。

「障壁は当然解除されているわね。」

カシノは、笑みをうかべ、青色の豪炎で、扉をぶち破っていく。
最後に、祈りの小部屋に飛び込んだ時、自分が間にあった事に安堵あんどする。

「教皇猊下げいか、おそらくは最高枢機卿どもが刺客を送り込んできました。」

「私を信じて下さい、ムランを捨て、・・何処どこかに・・おちましょう。」

早口で語る、カシノの両眼から涙があふれ出ていた。


・・・・・・・・


 カシノは教皇を連れて、にまで進む。

「カシノさん、どこを目指すのですか?」

猊下げいか、敵の敵は味方と申します。」

「暗黒の妖精・・・新帝国・・・ですか。」

「そうです、猊下げいか。先ほどの精神波で、かのものはと申しました。」

「それから、考えますと、窮鳥きゅうちょうを握りつぶすような真似はしないと思います。」

「神々の敵の下に、助命を求めますか。」

穏やかな声が、カシノの耳朶じだをうつ。

猊下げいかがこの世を去れるなら、双月教の良心が失われます。」

部屋だまりを出ようとした時、外に百人近い騎士や兵士が潜んでいたのに気付く。

カシノは、黄・青・赤・緑の魔法円を同時に構築、4つの魔法円から攻撃を
行うが、障壁・魔法陣で完全に防がれてしまう。

『ここまでか、神々はいらっしゃらないのか!?』

カシノが自分の命をかけて、教皇猊下げいかだけはと、覚悟を決めた瞬間、
天空から、けた外れた凄まじい緑雷が、地面を穿うがち、建物を破壊し、
周りに囲んだもの達をなぎ倒していく。

光と音が収まった時、緑光をまとった超絶美貌の蜃気楼体がふたりの目の前に
顕現けんげんする。

「風のエレメントの・・・超上級妖精・・・!?」

モクシ教皇の口から、驚きの声がれていた。


第2章。真ラファイスの禁呪


 イルムが、青色の劫火ごうかを放とうとした時、膨大ぼうだいな圧が鉄馬車の前で吹き荒れ、
征く道を邪魔していた若者たちを左右に吹き飛ばす。
彼らは、気を失ったようだ。

≪らしくないわね。≫

「ラティスさんか?すまない。」

鉄馬車の前に、暗黒の妖精が現れる。
問わず語りに、イルムは、自分の思いを激白する。

「自分の目で見ず、耳で聞かず、ただ与えられたものを全てと信じ
簡単に命をすてようとする。高位の宗教者たちはムランを捨てて、
我先に逃げ出しているではないか。」

ラティスは、哀しい目で、怒りに震える美貌の軍師を見つめている。

「それが、人間でしょう、イルム。あんたも数多くの修羅場で見てきたはず。」

ふたりを、沈黙が支配する。
ふと、空を見上げて、ラティスは、重い口を開く。

「そろそろ、ポンコツの妖精のお芝居がはじまるわ。」


☆☆☆☆


 み切った光の音が、教都ムランの空に響く。
7つの、白金の光のたまが現れ、人型に変わっていく。
輝きが、白金の背光へ、そして7色の虹に変化し、更に49色の光に分離する。
光の粒が、神々の都に、甘露かんろのように降りそそぐ。

「聖ラファイス様!!」

屋外にいた者は、ひざまき、胸に五芒星を描く。
かの御方が、1000年の刻を経て、幼子たる自分たちのために、
暗黒の妖精を討ちに、この地に御姿を現されたと疑わない。

≪『お聞きなさい。』≫

たえなるかなでの精神波が、ムランの都にさざ波のように広がっていく。

≪『信仰をゆがめ、それを金貨に変えてきたものたちよ。
  私は、お前たちが悔い改め、ノープルの遺志を汲み取ってくれるのを、 
  長い間待ちわびていた・・・。                  』≫

≪『だが、おまえたちは、このノープルの真摯しんしな想いを嘲笑あざわらってきた。』≫

≪『暗黒の妖精がこの地に現れた。そう、もういいのかもしれません。』≫

≪『わたしは、今から、この虚飾の都を・・・・・・。』≫

精神波に、かなしみの色が、加わっていく。
白光の妖精は片手を、天にかかげ、そしてあの聖呪を唱えだす。


≪『・・・わたしは、はかるものである・・・

  ・・・わたしは自分の命の残り時間を、はかるものである・・・

  ・・・同時に、おまえたちの世界の残り時間をはかるものである・・・

  ・・・万物の支配者たちよ、かなしきわたしの魂の叫びをきけ・・・

  ・・・そして、わが想いと引き換えに・・・

  ・・・欲にけがれしものたちを、とこしえの闇にとしたまえ・・・

            ・・・ラ、ルーン・・・            』≫


 7体の白光の妖精から、白金の光が降りそそぐ、
双月教の建物、双月教国の建築物は、その柔らかい光に融解していく。
高位の者たちが、ため込んでいた、財宝も光りに包まれ消えていく。
逃げ出そうとしていた高官たちの鉄馬車は、白金の結界に閉じ込められていく。
教都ムランを、7重に囲んでいた、円形の高い石壁も融解していく。

 白光の妖精が、天空から消えた時、双月教の都ムランは、
1000年を超えて重ねてきた、虚飾の輝きを、失っていた。
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