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ⅬⅩⅪ 使嗾編 前編(3)

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第1章。鉄馬車にて


 「四公分割統治テトラルキアの概要はわかりました。」

「けどイルムさん。なぜ三公トリウン鼎立統治ヴィラ―トスに移行せねばと、考えているのですか?」

イルムは、アバウト学園のハイヤーン老との信義に基づき、
教都ムランへの道程の途中も、セプティの教育に余念がない。

「順に話すわ。まずテムス大公国は、ファウス妃の知略と
伝説の火の妖精ルービスがある限り、他国から侵略は難しいわ。
逆に内乱によって9割の貴族を追放しているから、
短期の他国への侵入はできても、長期になると維持とか厳しい。」

「それに、今のところ、外征の意思もないしね。」

「次にミカル大公国、国内の貴族を抑えるために、今以上の領地を
求めているわ。」

「けど、ミカルは王国連合とにらみ合っている国境線が多いから、
そちらの方へ備える構えが、必要なはずですよね。」

セプティは、あごに指をあてながら、美貌の軍師に意見を返す。

「逆に、その位置関係は、王国連合から常に、公国内の貴族に工作があると
考えられるわよね、セプティ。」

「その誘惑を退けてきたのは、大乱後手に入れたファンウィルス領と
今回手に入れた帝国本領の領土で、その分け前の期待。
しかし、貴族への褒美ほうびの種はこれで尽きるわ。」

「レリウス大公も、貴族連合の第一人者の立場の縛りから自由ではいられない。」

「つまり、ミカル大公軍の強さは、貴族たちの欲望の強さという事ですか?」

「その通りよ、セプティ。」

「レリウス大公の抑えが決壊したときは、慎重派のトリハ宰相を切り捨てても
出てくるでしょう。宰相の出目は貴族じゃないし。」

「最後に、クリル大公国は、貴族の力はそれほどでもないわ。」

イルムは少し遠い目をする。しかし構わず話を進める。

「クリル大公国軍の強さは、レオヤヌス大公の存在と、あの男に抜擢ばってきされた
人材の多彩さね。彼等が直属として大公の麾下きかにいる。」

「あの男が10歳若かったら、8世に・・・、王帝になれたでしょうね。」

「最初あの男が、王帝を目指した動機は6世の狂気への怒り・・・
それを打倒する事だったかもしれない。」

「確かに。イルムさん、だったらもう終わりにしても、いいはずですよね。」

「だけどね、いつの間にか、自分が王帝になる事が目的に、すり替わった。」

「そう、自分と自分の血統が、帝国の統治を握り続ける事、
それが帝国の正義だとの思いに、凝り固まってしまったわ。」

「老いよね、セプティ。あの男は、レリウス大公との戦いの前に、
己の老いとの闘いに負けているのよ。」

「息子のトリヤヌス公に、譲位なされればどうなんです。」

「弟のピウス侯爵の補佐があっても、ミカルのレリウス大公には
およばないでしょうね。」

「大乱の際、国内の貴族を抑えて、帝都に出兵しなかった。
その見切りの感覚。そして8世位に口を出さないと言って、ファンウィルス領を
せしめた交渉力、レオヤヌスより大公としては上かもね。」

イルムから流暢りゅうちょうに語られる洞察。
なぜかセプティは、顔を下に向け固まっている。

「なぜ、なぜ、私なんでしょうか!?」

「なぜ 私がそんな方々と 競い立たなければ ならないんですか!?」

「・・・理由はないわ。強いて言えば神々の悪戯いたずらというべきかしら。」

「アマトくんにも話たことがあるけど・・・。」

「アマトくんは、家族を火あぶりにされる悪夢から・・・、
この私は、レオヤヌス、あの男によるはずかしめから・・・、
・・・それが転機に・・・、そして歴史の主演者のひとりに、
させられれてしまっているわ。」

イルムは唇をみ締めている。

「ごめんなさい。嫌な事を言わせてしまって。」

その表情を見て、セプティは慌てて謝罪を口にする。

「セプティ、気にしないで、ただ一つだけ。どんな理不尽なきっかけでも、
歴史という舞台に上げられてしまえば、仮面をかぶって、死ぬまで
踊り続けなければならない。」

「・・・・・・・・。」

セプティは、再び沈黙の淵に沈んでしまう。
イルムはやさしい眼差しで、セプティが口を開くのを、じっと待っている。

「イルムさん、話を続けて下さい。」

覚悟を決めたように、セプティは口を開く。

「机の上の戦略なら、帝国は内乱の末、ミカルのレリウス大公の手に
落ちるでしょうね。」

「しかし、歴史の変数として、王国連合との緊張状態があり、4人の超上級以上の
妖精がいる。才能だけで言えば、テムスのファウス妃も無視はできない。」

「そのテムスも単独では、一時はクリル・ミカルに対抗できても、
長い期間の対峙はできないわ。」

「しかし、新帝国がテムスと組めば、少なくとも緊張あるを保てるわ。」

「それに戦略の上から言うと、4国てい立より、3国てい立の方がやり易いの。」

「では私が、外交でやるべきことは?」

「この教皇猊下げいかの捕囚計画がうまくいったら、テムスと、もっと簡単に言うと、
ファウス妃と仲良くなることね。」

「それなら、できそうでしょう。」

イルムの眼差しは、かわいい妹をみるように、暖かかった。


第2章。最初の接触

 
 今回のは、途中妖魔・魔獣・双月教軍との遭遇もなく、つつがなく進んだ。

ツーリアに言わせれば、

「性悪と天然の妖精が、結界と障壁を全力で構築している。
これを突破したり、探知したりするのは、ルービス様でも無理。
よっぽどの、変態の妖精でもなければね。」

との言葉に、該当の暗黒と白光のふたりの妖精からも、異論がでていない。

『【性悪と天然】の部分を、ひとり相手の妖精を形容する語句と、
ふたりとも思っているんだろうな。』

これは、アマトの推察である。

最終野営地に一行が着き、ほどなく後方の警戒のため、2日遅れで鉄馬を駆って
帝都を出立したフレイアも到着した。

しかし、刻限になっても、ルリとノマが到着しない。

「ここは、このラテイス様が、能動的探知の魔力で、ふたりの位置を確かめるしか
ないようね。」

ラテイスが、教都ムランの方へ向き、颯爽と宣言する。

「バカですか、ラテイスさん。ラテイスさんの能動的探知は、
攻撃的探知メンチを切るものじゃないですか。
『ここにいるわ!』と、大声で騒ぐみたいなものでしょう。」

あきれた笑顔で、ラファイアがため息をつく。

「真正のバカね。」

ツーリアが、軽蔑けいべつした眼差しで、ラテイスをにらむ。

「バカとしか、いいようがないわ。」

痛烈な言葉を吐くものの、エリースは、ラテイスを見ようともしない。
リーエまでが、⦅ホントおバカですね⦆のポーズをとっている。

そのポーズを見た途端、暗黒の妖精は爆発した。誰に?アマトに!?

「アマト!あんたの妖精が、られているのよ。
あの3人を、私のかわりにとっちめてやる、というような気配りはないの?」

胸ぐらをつかまれて持ち上げられたアマトは、まばたきすることさえできない。

だが次の瞬間、アマト、セプティ、ユウイ以外が、一斉に同じ方向をにらむ。
刹那、ラファイアとリーエの姿が消える。

「あ~あ、あんたの配慮が足りないから、出遅れてしまったじゃないの。」

と、ラテイスは、軽くアマトをにらみ、アマトを大地に投げ捨てる。


☆☆☆☆


  空間を凄まじい緑色の電撃が、切り裂いた。

『ウェリキン、ゲトラクス、イケ二、距離をとれ!』

武国の騎士ブーリカは、精神感応で、冷静に配下に指示を出す。
と同時に、背中に冷たいものを感じていた。

『遊ばれている、魔力ちからが違い過ぎる。』

彼女も歴戦の勇士だ。彼我の力の差を見誤ることはない。

『あの御方に匹敵する。まさか・・・。』

再び、緑色の電撃が、身体をかすっていく、全身の毛穴が開く。

『クッ、侵入者の事は、諦めるしかないか。』

彼らは、武国を出奔しゅっぽんした第3王太子に、母国への帰還をお願いすべく、
妹君に従って教都ムランに来訪。紫の最高枢機卿の邸宅に、
逗留とうりゅうしていたのだった。

警備の騎士として、邸宅のまわりに許可を得て、四角の結界パラリログラモを張った。
だが、平時は勿論、戦時でも、無類の堅固さを誇ったものが、易々とふたりの賊に
突破されてしまった。

あの御方がいらっしゃらなければ、ふたりの尊き方の命はなかったかもしれない。

あの御方の魔力は、ふたりの賊を完璧にからめ取ったはずであった。
だが、賊のひとりが持っていた剣が、空間を破裂させるような、
白金と白銀のまばゆい光を、全方位に放った。

あの御方の力で、ひとりは討ち果たしたものの、驚くべきことに
ひとりを逃してしまったのだ。だが、目印スィマズィを打ち込んでいただいたおかげで、
逃げた賊の複雑極まる逃亡を、追尾する事が出来たのだが・・・。

『もどるぞ!!』

精神感応で命令する。教都ムラン方面に戻る・・ったはずだった。
だが、どの方向へ向かっても、同じ景色が自分の前に再び現れる。

『暗いからか?だが月の位置は把握している。』

その時、圧倒的な精神波が頭の中に響く。

≪フフフフッ、幻光の迷宮!あなたたちの魔力ちからでは、千年は出られませんよ。≫

≪あなた方が五感と魔力で感じる今の現実、それが実であるか虚であるか、
 それさえも、あなた方にはわからないでしょう・・・。≫

驚愕きょうがくの色がブーリカの顔に浮ぶ。

☆☆☆☆


 光折迷彩を解いて、白光の妖精ラファイアが、天空に現れた。

の妖精さんから、『あまいわね!』と言われるでしょうけど。」

「アマトさんは、意味のない瞬殺を嫌われるでしょうからね。」

やれやれですねと、余裕の笑顔の表情の白光の妖精。
妖しい緑色の光に包まれて、風の超上級妖精も宙に現れる。

「さあ、リーエさん。みなさんのところへ戻りましょうか。」

ふたりの妖精の姿が、風のように消える。

二つの月が、虚しい光を、ふたりが消えた空間に与えていた。
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