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ⅬⅩ 綺想編 中編(2)

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第4章。追加入学者の入学式の影で(1)


 南中した太陽の光が差し込む部屋の中に、ふたつの人影が座っている。

「ラティス、あんた名誉学長だけじゃなく、確か最高顧問の肩書も
名乗っていたわよね。式には出なくていいの?」

と、こちらも新入学生のくせに、名誉学長室で香茶を飲んでいるツーリアが
至極しごく真っ当な問いかけを、ひまそうな妖精にする。

「私はアマトと契約した妖精なのよ。アマトが出ているなら別だけどね。」

不思議そうな顔でラテイスの顔をみるツーリア。
そう、とても殺戮さつりくの妖精という、人外の口から出るセリフではない。

「私の代わりに、私の姿であの出たがりの、バッタもん妖精が席についているし、
超上級妖精のリーエも空から警戒している、たとえ斥候せっこう者の仕入れ元から
違う指示がきていても、奴らには出来ないだろうしね。」

「ところで、セプティにしてもアマトにしても、テムスにというか、
新帝国自体にも何のこだりもないわ。それはわかってるわよね。
用は済んだはず、あんたはテムスに戻らなくていいの?」

香茶ポクルムカップを、優雅に口から離し、ツーリアはいたずらっ子ぽい
表情を顔に浮かべて、ラテイスに問いかける。

「ルリさんをくれるなら、いつでも退学して、テムスに戻るわよ。
この香茶味わったら、他のは飲めないわ。」

「それはダメよ。上手い香茶の混ぜ手と温泉は、渡せないわ。
新帝国なら、のしをつけて、くれてやるわよ。」

即答するラテイス、そこに躊躇とまどいの表情はない。

「あ~あ、人生って、うまくいかないものね。」

穏やかな時間が、妖精と妖精の分身体の間に流れていく。

「ところで、ラテイス。アンタにしても、ラファイアにしても、私の正体は
気付いているでしょう?」

「ルービスの分身体というとこかしら。アイツは昔から器用だったからね。
火の妖精で分身体をつくれるのは、アイツぐらいじゃない。」

「ふ~ん、そうなんだ。けど、正解は保留とさせていただくわ。」

「だけど、もし私がアンタが言う分身体だとしたら、
寿命はどれくらいと思う?」

ラテイスは一瞬、ツーリアの方を凝視して、そして答える。

「もって1年。土の妖精がつくった分身体なら、契約者が亡くなるまで
もたせる事は出来るだろうけど。」

微かな笑いを浮かべ、ツーリアは遠い目をして、言葉を並べる。

「ルービス様は、ファウス様を非常に愛しておられて、テムス大公国に
火の粉が降ってこない限りは、国外に出ないというファウス様の生き方を
良しとしていらっしゃるわ。」

「けどね、ルービス様の根源は、激しくあざやかに燃えさかる炎なの。
流れにさおさす生き方は、ルービス様の本質ではないわ。」

「私は、ルービス様の心の葛藤かっとうが生み出した影。だけど影ゆえに、
私は私という存在を、このくだらない世界の、時の流れに刻みたい。
だから、テムスには戻らない、ここにいる。
あんたたちが歴史を動かしそうだからね。」

香茶の香りが、ゆっくりと流れる。

「好きにするといいわ、テムスの宿舎を、追い出されたらうちにくるといい。
ひとつ覚えといて、私もラファイアも、あんたをルービスの分身体とは
思ってはいないわ。」

「あんたはあんたよ。他のなにものでもないはず。」


第5章。追加入学者の入学式の影で(2)


 式が終わった雰囲気が、名誉学長室にも漂ってくる。
それに合わせて、部屋の外に、巨大な魔力と圧が近づいてくる。
やがて、もうひとりのラティスがはいってきた。

「おつかれさま。あんたもラティスの影武者までしなければならないって
たいへんね。」

一仕事終えて来ましたよとの風情のラファイアを、ツーリアが気遣う。

「いえいえ、ラティスさんが出たら、廃校の決定日になるかもしれませんしね。
それよりも、魔力を【どうだ!】とばかりに周りに拡散するのは、
何回やってもなれませんね。」

ラティスはラファイアの言葉に反応しない。

「あれ、どうしたんですか、ラティスさん。ここは突っ込んでくる
ところでしょう?」

ラファイアは、光折迷彩を解いて、本来の姿に戻りながら不思議がる。

少し遅れて、淡い緑の光に包まれて現れたリーエも、⦅なになに教えてよ⦆ 
ポーズで、3人の顔を見渡す。

「うるさいわね、ふたりとも。わたしのように妖精のいただにいる存在は、
時間の流れによどみができてないか、心静かにこの世界の外側を、
内観する日もあるのよ。」

「はあ~。」と誰のかわからないため息が名誉学長室に流れるが、
その後すぐ、4人の目は、部屋の扉に注がれる。

扉が叩かれ、ノリアが部屋に入ってくる。チラリとツーリアを確認する。

「あ、いいわよ、ノリア。なんかツーリアにも関係ありそうな事じゃないの。」

ラティスの妖精としての視界は、もう何かをとらえているようだった。

「では、テムス大公国の代表者と言う事で。」

ノリアが、有能な事務官としての側面をみせる。

「学長。双月教教会のヨスヤ教導士が、お会いしたいとおみえになってます。」


☆☆☆☆


『これでは、話合いになりませんね。』

ノリアが入ってきた途端とたん、姿をラファイアとリーエは消している。
ノリアとツーリアも気をかせて、席を外した後、
ラティスと1対1になったヨスヤ教導士は固まっていまい、
一言の言葉を発することもできない。
それどころか、視線は宙を彷徨さまよい、呼吸は激しいものに変わり、
全身が小刻みに震え出している。

その情景を見かねたラファイアは顕現けんげんし、ラティスの後頭部に
ネコパンチをくらわせ、素早くヨスヤの背後に回り、魔法円を作成し、
緊急手段で、彼女の緊張状態を解放させる。

「ラファイア!何をするのよ?」

ラファイアは、いつかのデコピンの仕返しですよと、内心では思いながらも、

「ラティスさん、これだけの圧をかけて、にらみ殺すつもりですか?」

と、きわめて真っ当な返答をする。

「え、アマトと初見した時の、ほんの何十分の一しか圧はかけてないわよ。」

「アマトはそれでも、『だったら殺せ!』と元気な返事をくれたし・・・。」

「妖精契約史に残るような、ぶっ飛んだ契約をなさったのはわかりました。
けど、普通アマトさんみたいな人間はいませんから。」

なおも、ブツブツ言っているラティスを無視して、ラファイアは全力で
ヒールをヨスヤ教導士におこなう。

『ラティスさんも、たいがいな妖精とは思っていましたが、アマトさんも
初見で、ラティスさんに{だったら殺せ!}と言い放ったんですか、
私でもそんなこと、ラティスさんに言えませんよ。』

『アマトさんも、ラティスさんに輪をかけて、かっ飛んでいるんですね。
いや、いわゆる似た者同士ってやつですか。』

『とにかくそれを知った以上、今後は、妖精界一の良識派たる私が、
しっかりしないと。』

と、ラファイアは、決意をあらたにする。
けれども、たぶん全く悪気はないのだが、帝都を流砂に変えようとした行いは、
ラファイアの記憶の中から、けし飛んでいる。


やがて、ヨスヤの目に生気が戻ってきたものの、今度は子供のように
泣きじゃくり出してしまう。

リーエも姿を現し、⦅あきれた⦆のポーズでラティスを責める。

なんとか、ヨスヤが落ち着くのを待って、執事の姿になっていたラファイアが
訪問の目的を聞き取る。

ワザク枢機卿がなるべく早い機会に、ラティスと話し合いの場を持ちたいとの
申し出を、礼法に則って、ヨスヤを派遣したみたいだった。
『こちらは4人、そちらは何人でも。場所・日時はお任せする。』との打診だった。


☆☆☆☆

 
 その日の夜、ラティスを中心に、イルム、アマト、ラファイア、エリースが、
食堂兼居間に集まった。
ラティスが珍しく、話題の口火を切る。

「双月教会の私に対する用ならば、ヨッシャの原野で、暗黒の妖精たる私に
1000年前の報復戦をやりたいという果し状を渡すという事かしらね。
私はいつでも準備できるわよ。」

「ばかか、却下きゃっか!」

エリースがすげなく、その言葉を全否定し、イルムの方に水を向ける。

「義兄ィに、破門状でも、渡すという事かしら?」

「それはないでしょう。でしたらアマトさんを指名してくるでしょうから。」

「しかし、ナフ副司祭という人物が気になります。この頃帝都に戻って
きたというのが。なにかやっかいな物事を持ち込んできたような匂いが
プンプンします。」

「しかし、あまりにも情報がありません。ラティスさんにアマトさんと私。
それに、ラファイアさん、影供を頼めますか?」

全員の同意をイルムは確認する。

「後は場所と時間ですね・・・。」

少しの時間、考えを巡らせるイルム。

「向こうからぼろを出すかもしれないので、教会にしましょうか。」

「こちらから返事を出したあと、ルリとノマさんに忍び込んでもらいましょう。
もし、ノマさんが今後、私達と一緒に行動するなら、能力のほどを
確認する必要がありますからね。」
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