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ⅬⅢ 潮汐固定編 中編(2)

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第2章。追加試験前夜(3)

 
 アマト達一行の中で、ひまを持て余しているるものがいる、ラファイアである。
アマト、ユウイ、セプティの警護など、片手間の仕事にも
ならないのである。

アマトをまとって決闘をした時、念願の自分本来の姿になってはみたのだが、
いざ光折迷彩を脱ぎ捨てた後に感じた想いは、〖鬱陶うっとうしい〗だった。

『賞賛を受けるのはいいんですが、ラファイスと間違われてというのは
どんなもんです。』

『少なくとも、私は聖画のラファイスほど、ではありませんし。
普通、別の妖精と、皆さん思うはずなんですが。』

少々おかんむりの、白光の妖精さん。

それで、次にラファイアが選んだは、警護は分身にまかせての、
午前中は、大小の規模の関係のない、ギルド・店巡りのお散歩だった。

『建物・土地ギルドで、ラティスさんが、大されているんですから、
まあ、ラティスさんの恰好かっこうで、大人しくニコニコとして座っていたら、
他のギルド・お店でも、皆さん大目に見てくれるでしょう。』

と謎の超理論を展開して、好きなままに振る舞う、ラファイアさんである。


☆☆☆☆


 「「本当にまいりました。」」

一群のものが、つぶれた酒場に集まっていた。彼らは、表向きは大商人とか
ギルドマスターとかギルドの出資者とか、元貴族とか、宗教者とかの
きれいな顔を持つものである。

彼らがまいっていたのは、自分の店の店員や店主や顧客が、
ラティス(ラファイア)の襲来によって、その圧倒的な力と傾斜によって、
精神的に限界まで追い込まれ、次々といなくなったことではない。

ラティス(ラファイア)が、彼らのもう一つの顔を持つ者と知って来店し、
で警告にきているとの恐れである。

彼らのもう一つの顔は、戦争商人。戦争という国家の無駄づかいをさせ
己の懐を肥やすことである。彼らにとって、国家の尊厳も戦没者数も関係ない、
いくらの金貨を自分達にもたらすかが、戦争のすべてである。

「あのもののところに、元クリルの軍師のイルムがおる。
我らの正体がバレてないと思う方が、可笑おかしいだろうな。」

その場の議長格の老人が、皆の思いを代弁する。

「あの、クリルの女狐が!我らの商売の邪魔になるやからであった。
レオヤヌスとの切り離しにやっと成功したと思ったら、よりによって、
暗黒の妖精の庇護ひごの下にくるとわな。」

無駄に太っている男が、憎々しげに語る。不相応な金をクリルにつぎ込んだが、
結果は最悪のものに引き継がれたことが、相当腹に据えかねているらしい。

「やはり、アマトとかいう小間こま使いに、今後も掃除人あんさつしゃを送り続けるしか
ないのでは。」

「われらの正体を知られていると、思われるのにか。」

議長格の老人がいさめる。

『いつもは、このような戯言たわごとをいう男ではないのだが。』

『己の喉笛のどぶえに刃があてられていると想像するだけで、このありさまか!
これだから、最前線に行った事のない奴は・・・。
ま、単独で暴発しないだけ、マシと思うか。』

議長格の老人は、心の中でため息をつく。

「双月教の掃除人も、どうやら失敗した模様です。」

最も目立たない男が、皆の前で報告する。それに対し、ざわめきが起こる。

『すべては、テムスのアウレス4世を不動数と見誤ったのが始まりだったわ。』

・・・・・・・・

 彼ら戦争商人は、国境を超え、帝国の融和国、中立諸国は勿論もちろんのこと、
敵対する王国連合、その衛星国まで、金で結びついている。

ちまたで、帝国と王国連合の戦は避けられない、という話になっているが、
10年以上の前から、情報を操作し、両国の和平派という人間を失脚させたり、
文字通り消したりも、彼らはしてきた。

今回の戦も、2対8の割合で、王国連合が勝つというあらすじで、
最も自分達にもうけがでるような形に、誘導している。

具体的には、王国連合が一戦に勝利したあと、帝都を含む帝国本領と
テムス大公国領の3分の2を占領したところで、
軍事物資の流通はとどこお手筈てはずになっている。
加えて補給路には多くの盗賊が出没し物資を略奪する事になるだろう。
王国連合に勝ち過ぎはさせない。その辺は抜かりない。

そして、レオヤヌス大公は、内乱の末、ミカル大公国の
レリウス9世により、帝国は再統一され、大戦の10年後再戦が行われる。
その間、王国連合内は戦後の領土の取り分で動乱が起こる筋書きだ。
無論、王国連合の帝国支配地では、どこからともなく武器が供給され、
常に血なまぐさいことになるだろう。

それでも謀略ぼうりゃくの戦略の初期段階で、テムスのアウレス4世が変数化し、
それが6世を滅ぼすところまでいったため、
予定のもうけ額が相当に目減りしている。

・・・・・・・・

『これ以上帝都にいればまずいかもしれん。ここにいる奴らを通報して、
王国へ逃げるか。これから先の事は、影武者でもできる事だし。』

王国でも通り名を持つ、議長格の老人は、撤収の道筋を考えていた。


第3章。追加試験前夜(4)


 午後からも、よくひまつぶしにお散歩をするラファイア。
これは絶対にミーちゃんやハーちゃんたちの、

『お外に遊びに行こう、ラファイアおばちゃん。』

の、おねだり攻撃に耐え兼ねての行動ではない。
誇り高い白光の妖精の辞書にも、逃げるの文字はないのだ。
名誉ある撤退のはあるけど。

散歩の途中、英明なる白光の妖精さんは、謎の超理論的な展開で、
気付いてしまった。
自分が、ラティスさんの姿で、双月教の教会に行けば、
無茶苦茶ディスられるのではないかと。

その1000年以上にわたる、双月教教会の暗黒の妖精へのディスりの集積は、
自分がラティスさんをディスるのに、有効な言葉が当然あるはず。
〈善はいそげ〉とばかりに、思いついたその日に、双月教教会に
期待に胸ふくらませ、足を向けた、白光の妖精さんである。


☆☆☆☆


 帝都双月教教会のギミヤ司祭補も、アマトと同じガルスの出身。
彼は貧しい商家の三男であり、初等学校卒業後は、独立しなければ
ならなかった。同年代の男子が騎士を夢見るのに対し、
彼は双月教の教導士を目指した。

 なぜ?まず軍の、同行司祭にならなければ死ぬ可能性が少ない、
一生食いっぱぐれはないという消極的な理由だった。
むろん彼も、司祭・枢機卿になるには、実家の位や寄進の額で
ほぼ決まるという事は、十分心得ていた。
だから、実家の力もなく、寄進もできない彼は、教導士補にもなれず
教導士見習いで一生終わる可能性も高かった。

 暗黒の妖精が、帝都をすみみ家とすることがわかった時、
ワザク枢機卿以外のすべての枢機卿や司祭・教導士が、実家や寄進の力で、
帝都から異動し、出来ないものは逃亡した。

仕方なく双月教会は、ただガルスの出身というだけで、教導士見習いのギミヤを
新しくつくった司祭補という職責にさせ、教都ムランから異動させた。
あと、帝都教会に残るの双月教の関係者は、去年教導士見習いとして地元採用し、
異例の昇進させた、孤児院出身の女性のヨスヤ教導士のみである。

・・・・・・・・

 その日ギミヤは、説法を行っていた。ワザク枢機卿が辻説法をして
留守のため、自分が来教した信者の前で、説法をする。

暗黒の妖精の残虐ざんぎゃく非道な1000年前の行為を説こうとしたまさにその時、
教会の扉の外に、深淵をのぞくような力とその傾斜が、襲来しているのに
気付かされた、息が止まり、話ができなくなる。

『これは、まさか。いや、・・・そうに違いない・・・。』

ギミヤの、生きたいという本能が、悲鳴をあげる。

ギイ~と、後ろの扉が開き、長身・緑黒色の長い髪・雪白の肌・黒い瞳・
超絶の美貌の破滅の根源が、死の笑顔を浮かべて、コツコツと足音を
響かせながら、教会の一番後ろの席に歩いて行く。

ギミヤの横で説法の手助けをしていたヨスヤも固まってしまい、
かすかな動きさえできない。
信者達も、その圧倒的な力の意味するところを気付かされものから順に、
瞬間的に凝固していく。

死の御使いは、最も後ろの席に座り、両腕を長椅子の背に置き、
脚を組むのに、邪魔な前の長椅子を瞬時に消し、深く長椅子に
座った、人あらざる笑顔とともに。

・・・・・・

 ラファイアは、双月教の教会前に着くやいなや、まとっていた光学迷彩を、
ラティスの姿に変化させ、同時に力を全開に解き放つ。
暗黒の妖精に対する、1000年間のディスりの結晶がこの中にあると思うと
自然と笑顔になる。
扉を魔力で押し開く、ギイ~と、予想もしない大きな音が鳴り響く

『扉の立て付けが悪いですね。年代物だし仕方ありませんか。』

小さい事は気にしない、白光の妖精さん。
中にはいる、静まり返っているおごかな雰囲気の中に、自分の足音が響く。

『これは、いけませんね、失礼ですね。』

微妙に、礼儀作法を気にする、ラファイアさんである。
一番後ろの席に座ろうとして、ラティスのいつもの姿を写した座り方ができず
前の席を、一瞬躊躇ちゅうちょするも、流砂に融解させる。

『これで、ラティスさんのいつもの脚を組む、座り方できます。』

こういうところは妥協しない、誇り高い妖精さんでもある。
しばらく、ニコニコしながら座っていたが、暗黒の妖精へのディスりはおろか、
司祭から一言の言葉もない。

『失敗しました。今日は沈黙の祈りの日だったんですね。』

『ま、そういう事もありますね。』

≪【明日また来る!】≫

律儀に、ラティスさんを真似た精神波を四方に飛ばし、長椅子から立ち上がり
静かに退席する、前向きな白光の妖精さんであった。

・・・・・・・・

 ギミヤ司祭補とヨスヤ教導士は、辻説法を終え帰ってきたワザク枢機卿の前で、
今日一日の事、特に暗黒の妖精の襲来を報告し、教えをうべく頭をれていた。
ワザク枢機卿は語る。

「お喜びなさい。使い古された言葉ですが、
神々は、越えられぬ試練は人に与えないものです。」

「神々は、あれから1000年以上にわたる、双月教の歴史において、
初めての暗黒の妖精との教会内での対峙を、他らなぬあなた方ふたりを、
選ばれたのです。」

「祝福されるかな、我が若き兄弟たちよ、私も明日は教会におりましょう。
もし暗黒の妖精が理不尽にも、悪しき力を振うなら、明日私も、
神々の御許みもとにいきましょう。」

ふたりの若き宗教者の瞳に、決意の光がともる。
今、新しいふたりの信仰者が、この世に生まれたのであった。

・・・・・・・

 ワザク枢機卿は、その日の朝から、若きふたりの信仰者の控えにまわり、
教壇の端にいた。
午前中は、信者は、ひとりも教会の中に入ってこず、
しかし教会のまわりを、十重二十重に人々が、遠巻きに囲んでいる。
ワザク枢機卿は、いつものように巨大な扉を閉めようとせず、
開け広げていた。信仰者の覚悟を示したのである。

 太陽が南中したと、帝都の街々の鐘が鳴り響く、そしてしらべが消えていく。
その瞬間、一陣の竜巻と白光のきらめきが、教会の前で発生する。
それが収まった時、圧倒的な力とその傾斜をもつ、超絶美貌の妖精が
顕現けんげんする。

いつものラティス様と違う何かに、教会を囲んだ帝都の人々は無意識のうちに、
胸の前に聖ラファイスの五芒星を描いていた。

「お待ち申しておりました、ラティス様。」

ワザク枢機卿は、ラティス(ラファイア)を教会の一番前の中央の席に
案内する。

 ピーンと張りつめた空気のなか、ふたりの若き信仰者の説法が始まる。
1000年前の、暗黒の妖精の力とそれがもたらした虐殺ぎゃくさつと破壊のむごたらしさ。
人々の願いに、神々が〖白光の妖精〗をその地に召喚したいきさつ、
白と黒の妖精の、天地をるがす、戦いの激しさ。
戦いに勝利し、いづこえとなく去って行った、〖白光の妖精〗をたたえ、
神々の愛と許しを祝福する。

その時間は、ワザクさえ過去に経験した事のない、入神の域に達したものであり、
ワザクはその場に、⦅白光の妖精⦆の息吹を、守護を感じたのであった。

暗黒の妖精は、薄い笑いを浮かべ、何もせず、教会から出て行く。
妖精が消え去る前、精神波で言葉を残す。

≪【しょせん、他人に頼るようではな。】≫と。

・・・・・・・・

 ラファイアは、南中時間に、光折迷彩をまとって教会前に来ている。
昨日と違い巨大な教会の扉は開け広げられ、十重二十重に人々が
取り囲んでいるのを見ている。

『これは、何か芸の一つでもしてみせないと、後々ラティスさんに
馬鹿にされそうです。』

竜巻と白光を出現させるという小細工にも、力を抜かない妖精さん。

扉のところに、ワザク枢機卿がいて、自分を最前席の中央に、案内されたのを

『お、双月教のおっさんではありませんか。一番前の席への案内、
ラティスさんの姿を写すときには、脚が組みやすくていいですね。』

『なるほど、これが【人を見て法を説け。】という事の実践例ですね。』

と、少し誤解している、白光の妖精さんである。

説法の内容は、ラファイアにとって実りのないものだった。
白光の妖精への敬意は、気持ちよかったけど、求めていたのは
暗黒の妖精への直接の攻撃の言葉ではない。
ラファイアの求めていたのは、言葉上はめたたえていながら、
その実、蹴落としているという、しょうもない話し方である。

疲れた笑いを顔に浮かべながら、教会をあとにするラファイア。
つい、うっかり、ラティスに似せた精神波で、

≪【しょせん、他人に頼るようではな。】≫

との言葉を残してしまう。本当は、

『やはり、(ラティスさんをディスるのを)他人に頼るようでは、
いけませんね。』

と、つぶやきたかったらしい。

☆☆☆☆

教会を取り囲んでいた人々は、ラティス(ラファイア)が精神波で残した

≪【しょせん、他人にたよるようではな。】≫

との言葉に、深い意味を感じ取っていた。

帝都に、再び治安と希望を取り戻し、新しい国さえもたらそうとしている
暗黒の妖精ラティス。

双月教が、自らは堕落のしほうだいであり、それだけではなく、
帝国の腐敗を精神面で支え、助長させたのを、皆が口に出せないだけで、
認識している。

今回、ラティス様が、おっしゃりたかったのは、

『双月教よ自己改革をせよ、他人にたよるな。しばしの猶予ゆうよは与えてやる。』

ということではなかったのか。

誤解が真理をよび、帝都のみならず、帝国本領全土へ広まっていった。
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