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ⅬⅡ 潮汐固定編 中編(1)

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第1章。追加試験前夜(2)


 アバウト学院の一室。何の飾り気もない、事務的な机と椅子の空間は、
異様な緊張に包まれていた。

賓客として招かれたイルムとキョウショウの対面に、ハイヤーン老・バレン老・
ジンバラ老が座る。
おもむろに、ハイヤーン老が話し出した。

「お忙しいなか、当学院においでいただき、ありがとうございます。
クリルの隠形の軍師と言われたイルム將、伝説の創派のキョウショウ將、
ラティス殿、アマト準講師から、お噂はうかがっております。
一度は直にお会いしたいと、思うておりました。」

「こちらこそ、ハイヤーン老。その分野の泰斗たいとと言われた、ハイヤーン老・
バレン老・ジンバラ老のご尊顔を拝す栄誉をいただき、ありがとうございます。」

つつがなく受け答えるイルム、《平にして、だが、にあらず。》と言われた
凛々しい、かっての姿が、そこにある。

「ハイヤーン老・バレン老、腹の探り合いは辞めませんか。
イルム殿、私が聞いたところによると、あなたは、時間がいくらあっても
足りない状態でしょう。いかがですかな?」

武人らしく、ジンバラが切り込んでくる。

「ご明察恐れ入ります。わかりました。こちらもその方が嬉しいです。」

はなのような笑顔を浮かべるイルム。
キョウショウは三老の、無言の感嘆のため息を、聞いた気がした。

『さすがはイルム。天性のじじ殺しね。』

だがそれも一瞬であり、バレン老が、わざとのんびりした口調で尋ねる。

「ところで、イルム殿。セプティが、ゴルディール8世陛下の資格がある
という事は、確認してあるのかの?」

「セプティの本名は、ティシア=ウィーギンティ=ゴルディール。
玉璽ぎょくじの存在も確認しています。」

すらすらと答えるイルム。

「そうか、では力さえあれば、すぐにでも8世として即位できるよの。」

「いえ、まさか。ティシア=セプティ1世としての即位を考えております。」

「その理由を聞かせてもらえるかの?」

ハイヤーン老が、厳しい眼差まなざしで、イルムに質問する。

「それは、当初の流れから説明しなければと思います・・・。」

イルムは語りだした。

アマトと暗黒の妖精ラティスの契約からはじまった新帝国への激流を。

まず、ガルスの街を追われたこと。
クリル大公国が、暗黒の妖精の消去とエリースの入軍を狙い、
アマトに刺客を送った事。
偶然か歴史の必然か黒き森での創派との出会い・合力の約束。
王帝位継承者たるセプティの保護。
元クリルの軍師である自分や暗殺者であるコウニン王国のルリの参加。
アバウト学院への干渉とフレイアなど3人の加入。
そして、今、テムス大公国との密約締結の準備中だということまで・・・。

・・・・・・

「まさに、神々の悪戯いたずらとしか思えぬ仕儀じゃのう。だが、なぜ帝国に拘る
この老いぼれ達にも、話してくれんか。」

ハイヤーン老が、更にとぼけたように聞く。

「まずは、武のいしづえ、暗黒の妖精のラティスさんの存在です。
これを国として容認するには、双月教 国との決別の覚悟も必要でしょう。
これは、いままでの帝国では難しいと思います。

そして、創派にしても、テムスにしても、旧帝国との講和というより、
新帝国との和約の方が話を受けやすいでしょう。」

「それに、6世の狂気が帝国を没落させたように語られてますが、
目に見える形で現れてきただけであり、相当前より帝国は
土台からくさっていたのでは・・・。」

うなずく三人の賢老。

「旧帝国の帝政復古と言っても、あなた方アバウト学院の講師も、帝都いや
帝国本領の人々も協力しますまい。それより、新帝国の建立と言った方が
誰もが、未来を見る事ができます。」

「そして、最大の構想は、貴族制度の廃止、王帝のを考えております。」

そこで、一端、話を切るイルム。ジンバラ老が、せき込むように話をする。

「貴族制度の廃止じゃと!」

「今、帝国本領の貴族は9割以上脱落してますし、帝都には6世時代以前の
貴族はいません。テムス大公国も9割以上廃嫡はいちゃくしております。
創派にいたっては貴族そのものがいませんしね。」

「だが、イルム殿、6世みたいな王帝がまた現れたらどうする?
貴族なしでは、止めるのも難しかろう。」

バレン老が、当然の疑問を述べる。

「バレン老殿、私をお試しになられますのか?」

ニコリと微笑む、隠形の軍師。

「新帝は【君臨すれど、統治せず。ただ崇高なる義務は果たすもの。】との
雛形ひながたを考えております。」

「つまり権力と権威の分離か、しかし国家を揺るがす戦の時は、
最前線からの逃亡は許さんぞというところか。」

ハイヤーン老が、なかば呆れたようにつぶやく。

「セプティが王帝として即位したら、アバウト学院初等部名誉寮長の肩書は、
必ず兼務させると言えば、女帝が即位した時の、立ち位置も分かりやすいかと。」

くにの母としての象徴かの?」

「そうです。」

「他に、内政・外交・軍事・治安のうち、特に内政・治安・軍事は、
世襲によらぬ優秀なものに、期間を区切ってやらせましょう。」

「無論、貴族の爵位も、一代限りの名誉職扱いとし、式典出席の栄誉ぐらい
残してもいいのかとは、思いますが。」

「あと、クリル大公国では頓挫とんざしているようですが、【情実を排除した信賞必罰】
も必須かと思います。」

「やり方としては、信賞時に、信賞理由を必ず、事細かくさせます。
そしてそれと昇格を認めた者の氏名も公開します。
無論昇進した者が邪な事をした場合、組織にとって害毒になった場合、
昇格を認めた者は降格を必ずさせます。
情実によって昇格をさせた場合、本人達の死を持ってつぐなわせるでしょう。」

「理念はわかった。現実としては、帝国本領の半分を、今後手にいれたとしても、
兵力の差により、よくてテムス大公国の傀儡かいらい国、普通なら吸収併合をされ
テムス大公国のほうが、新帝国へ進む未来が、みえるようだが。」

バレン老が、指摘する。

「現在、テムス大公国に野心はありません。大公位の後継者もいません、
アウレス4世陛下は、側室を置かれぬようですし・・・。」

「それでは、答えになっておらんぞ、イルム殿。」

ハイヤーン老が、イルムに迫る。

「ここから先の話は、【沈黙の掟】の、同意をお願いしたい。」

それまで、無言を貫いていたキョウショウが、初めて会談に加わる。
イルムの顔に、《キョウショウ感謝!》の表情が浮かぶ。

「なるほど、これは許されよ。実を言うと、アバウト学院のすべての講師が
この場所に『同席したい。』と言っておってのう。」

「つまりはじゃ、我らにとって新帝国の建国は、歴史の必然という結論に
いたっておる。セプティ陛下の新帝国が我らの想像を裏切らないものであれば、
同じ船に乗りたいのよ。」

「【沈黙の掟】、そんなもの、いくらでもしてやるわ。」

ハイヤーン老の激情に、2人の老勇が笑っている。

キョウショウは、反射的に立ち上がり、自分の失礼を三賢老にびた。


☆☆☆☆


「では、最後のフラグメントゥムかけらをお話しましょう。」

イルムがえりを正して、話し出す。

「テムスのファウス公妃の契約妖精は、火の妖精ルービスです。」

「それは、・・・・・・・・。」

3人の賢老もさすがに固まる。ハイヤーン老が代表して、たずねる。

「伝説の火の妖精という事かの!?」

「ラティスさんの話によればですが・・・。」

「その、頂点の力を持ちながら、今まで帝国の掌握をいたさなかったのか。
なるほど、野心はないわ。」

「しかし、アウレス4世なり、取り巻きなりが、心変わりをせんか?」

バレン老が、日頃の仮面を脱ぎ捨て、真摯しんしたずねる。

「皆様が知る一つの事実の変更と、新しい一つの事実の追加にて、
彼らに、その冒険はできないと思います。」

「それは?」

「まず一つ目は、学院生のエリースは、風の超上級妖精の契約者であること。
妖精の名はリーエ。」

「「「ほお~。」」」

「そして、アマト君はもう一人の妖精とも、契約をしております。
名はラファイア。」

の言葉の重さに、お互いに顔を見合わせる、三賢老。
気にせず、イルムの口から、話は続く。

「暗黒の妖精ラティスさんは常々、自分の魔力ちからは伝説の妖精
ラファイスやアピスに負けぬと、豪語してます。」

「白光の妖精ラファイアさんは、その暗黒の妖精ラティスさん
魔力ちからは持っているという、妖精自身の言葉も、私は聞いております。」

「私も、キョウショウも、最上級妖精契約者ですが、ふたりの妖精の魔力ちから
深淵しんえんを確かめるのには、はるかに魔力ちからが足りません。」

「・・・・・・・・。」

なんの、言葉も浮かばない。

「テムス以外の帝国の統一と、王国連合諸国の戦の勝利は可能という事かの。」

ハイヤーン老は、やっと人の言葉を、口にする。

「可能性としては。ですが、それより早く、コウニン王国が近い将来
滅びる事になるでしょう。」

「それはなぜだ?」

ジンバラ老が不思議そうに尋ねる。

「我らに、〖返り忠」をして仲間に加わったルリは、かって7世を
いております。われらに大義名分があると言う事です。」

「・・・・・・・・。」

自分らの知らぬ、歴史の裏側に、驚愕きょうがくする。
それが事実とすれば、国家として放置はできない。
国の名誉・国家間の力関係において、他国によるその国の王や王帝の暗殺は、
仕損しそんじたとしても、戦を避けられぬ最大の要因だ。そこに理屈はない。

青くなる三賢老をみながら、友の顔と、願いを思い浮かべるイルム。
ハイヤーン老が、言葉を選びながらも、話を続ける。

「歴史の予定表は、そこまで進んでいるということか。
だがイルム殿、ただ破壊するだけでは、何も生み出さんぞ。」

「それは、十分に承知しております。」

「最後に聞きたい。それを成し得た時、イルム殿個人は報奨ほうしょうとして何を望む?」

「生き残る事ができましたら、そうですね、諸国民のためのセプティ統一民法典みんぽうてんをつくる
費用・人・時間が欲しいですね。」

「・・・わかりもうした。あなたは人としての器の大きさが、
我々とはけたが違われるようだ。」

「われわれアバウト学院講師も、新帝国の建国に尽力させてもらおう。」
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