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ⅩⅬⅢ 詰め開き編 前編(1)

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第0章。暗殺者 


 この世界で諸国が暗殺という手段を選ぶのは、経済的合理性に優れているからと
言われている。
ある人間を消すのに、戦争という手段を使用するのは、論外としても
反間・離間の策を使用するのも、結構、無駄な出費と時間が必要になる。

そして、この手段は、対立している2国間のみで行われるのではない。
片方の国と、よしみを結びたいがために、対立している国の將の首を
手土産にという事は普通に行われるようだ。

 今、帝国において、被暗殺者の優先順位が、王帝位継承者から
暗黒の妖精の契約者に変わったのは、分からないではない。
暗黒の妖精契約者の命を、少なくてもクリル大公国が狙ったのは、
彼の国の入学試験式の状況から明らかであり、
イルムの情報工作によって、コウニン王国の名うての暗殺者が、の命を
狙って失敗したというのは、帝都の酒場では普通に言われている。
しかし、王帝継承者に両大公国が、表向き何かをしたという話はない。

 直接の敵国の王国諸国連合だけではなく、クリル・コウニン両国の
手土産にもできる、アマトの首を求めて、色んな国々・組織の手の者が、
帝都に集まってきていた。

そして、全く違う理由から1つの国家がそれに加わろうとしている。


第1章。双月教国


 その年、双月教国の上位聖職者において、大騒ぎとなる事件が届いた。

【暗黒の妖精の復活】

この事は、1000年もの間 教国が、隠し続けた真実と利用してきた虚実が、
あからさまになる危険を生じさせた。

彼らの教義の一部にもなっている事が、起こってしまったのである。

オフトレの虐殺ぎゃくさつの事件が起こった当時、双月教の国の関与は、
すでに人々にうわさされていた。
その噂を100年かけてしらみつぶしにし、歴史の闇にほおむった。
その上で、200年にして、暗黒の妖精のみならず、白光の妖精も、
人々とあらたな妖精契約がない事に気づいた。

使という下心で、その後、800年かけて、白光の妖精ラファイスの
聖体化に努めたのである。
暗黒の妖精が復讐に復活し、人々を虐殺せんとしと時に、神々の御意思を体現した
白光の妖精が現れ勝利するーという一《・》ーと共に。

【市場に妖魔が現れたという虚言を繰り返し続けると、それは真実となる。】

という格言があるが、あらゆる手段を使って800年間言い続けたそのことが、
双月教自体も縛りつけてしまった。

前教皇ネテウ66世は、暗黒の妖精復活の話が非公式の形で、教都に届いた時、

『これは、私の信仰心と祈りが足らなかったせいである。』

と、宗教の人らしく、早々に棄冠した。ハッキリ言えば、双月教の暗黒史に
関する事と係ることになるので、逃げたのである。

そして、新教皇選定の儀式、この1000年の間一度も起こったことがない事が
起こった。 教皇への立候補者が現れなかったのである。
それで仕方なく、信仰の人であるモクシ下級枢機卿を、戴冠させたのであるが。 

・・・・・・・・

新教皇ネテウ67世が即位して、最初の最高枢機卿すうききょう会議が開催される。
教皇と6人の最高枢機卿が円卓についていた。
一番若い赤の最高枢機卿が、会議の口火を切る。

「皆様のお手元の資料にありますように、帝都教会のワザク枢機卿から、
1000年ぶりに現れていた暗黒の妖精が、やはり1000年ぶりに
降臨された、聖ラファイス様を、退しりぞけたとの報告がきてございます。」

非公開公式文章に記されたその記述に、出席者に間に緊張感が走る。

沈黙が支配するなか、教皇ネテウ67世が、口を開く。

「私がこの暗黒の妖精と契約者に会い、説諭しましょう。
これは、神々が、我々双月教が、1000年間隠し続けたものを開示して、
新しい一歩を踏み出す機会にせよ、と啓示されているのに違いありません。」

「私は、双月教が、一地方のあばらやから、再び始まろうと、
かまわないと思っています。」

信仰の人たる67世の真摯しんしな声が、おごかな彫刻の像に囲まれた部屋に響く。
その静けさを破るように、緑の最高枢機卿が、不自然な咳払せきばらいを行う。
激しい音をたて開くはずのない扉が開いて、
10数人の黒のよろいに身を固めた騎士が乱入、
ネテウ67世を拘束する。

「これは、どういう事です?」

ネテウ67世が叫ぶ。もっとも年配の青の最高枢機卿がやれやれという口調で、

「この件に関しては、我々で処理しますので、教皇猊下げいかは生涯、なげきの小部屋で、
祈り三昧ざんまいの生活をお過ごし下さい。」

「さあ、連れて行きなさい。」

と騎士達に声をかける。

「神々の御意思を裏切る気ですか!?」

ネテウ67世の声が、部屋の外から響く。扉が閉まり静謐せいひつが支配する。

「これだから、信仰の人は。」

なかばあきれたように、黄の最高枢機卿がつぶやく。
その言葉をさえぎるように、紫の最高枢機卿が各最高枢機卿に確認を取る。

「信徒の皆さまには、教皇猊下は、祈りの行に入られたと、お伝えして下さい。
暗黒の妖精と契約者が倒れた、まさにその日、力を使い果たされた猊下は、
神々の御許にされるのですから。」

「左様、左様。新しい聖話が生まれるのです。」

今まで、沈黙を守ってきた、橙の最高枢機卿も声を出す。

《彼ら、宗教の人にとって、信徒達が求める【神々の赦し】は、単なる商品に
すぎない。おごそかなる教会の建物は、商品の格付けのための舞台装置。
(教都ムランは、その意味で言うと、世界で最も成功した商都で
あるのかもしれない。)
そう、心の安らぎを、数多くの信徒にもたらしているのだから、
最高枢機卿の自分達が、十分な富を得て、美しい女を抱き、
美味しいもの食するのは、その努力に対する
神々の恩寵おんちょうであると。》

コンコンと、扉をたたく音がする。赤の最高枢機卿が立ち上がり扉へ向かう。
そして、1人の男を招き入れた。

「黒の最高枢機卿、暗黒の妖精の契約者を、この世から浄化する案は
どうなっていますか?」

青の最高枢機卿が、公式には存在しない職位で男を呼ぶ。

「いけませんな。帝都の裏の紳士達は暗黒の妖精に抑えられています。
コウニン王国のイルガ王は、今までの最高受諾額の3倍を吹っ掛けてきました。
これは値段をり上げたというより、受けたくないのでしょう。
御身おんみ大事という事ですかな。」

「3大公国も、王国連合諸国、その他の国々も、戦の方に目がいっています。
今は、どのような裏技を使っても、我らの意図に沿って彼らを動かすのは、
むずかしいかと。」

「黒の最高枢機卿、時間が経てば経つほど、我らに対する損害は、
大きくなるのでは?」

橙の最高枢機卿が厳しい目で、黒の最高枢機卿に問いかける。

「それで、闇の冒険者を使います。」

「まて、彼らは我らにとって最後の切り札。失敗したら、
次の手がうてなくなるではないか。」

と、紫の最高枢機卿が、大声で黒の最高枢機卿を咎める。

「聖ラファイス様を退けた、暗黒の妖精と敵対するのに、そのような寝言を
申されるのか!?」

黒の最高枢機卿の、静かな声に、その場の空気がこおり付く。

「最高枢機卿の諸兄。これで上手くいかずば、契約者個人相手に
教国騎士師団を動かすしかないと考えます。」

誰もが、1000年前と同じ事を為す未来と責任を恐れて沈黙したあとに、

「最高枢機卿の諸君、今後、君達が神々の恩寵を要らぬというなら、
この場を去れ。」

「新しい最高枢機卿が、君らに代わって、神々の恩寵を受けるであろう。」

と、青の最高枢機卿が発言し、まず署名し、暗殺部隊への指令書を回す。

5人の最高枢機卿も、宗教がもたらす巨大な神々の恩寵を手放す意思は毛頭もうとうなく、
渋々しぶしぶながら同意、署名を行った。


・・・・・・・・


 黒の最高枢機卿は、教都ムランの中でも、古い時代に建てられた信仰の尖塔せんとう
地下室への階段を降りていく。
階段を降りていけばいくほど、媒介石の灯りが増え地下への通路は明るくなり、
石段は磨かれたものになる、最下層のその部屋の前では芳香すらただよう。

「開けるぞ。」

黒の最高枢機卿は、慣れた手つきで、扉の仕掛けを外し中へ入る。

「これは、これは、お久しぶりですね。」

無機質の声が、黒の最高枢機卿を迎える。部屋の中には品のある家具が並び
媒介石の灯りは、煌々こうこうと、中にいる彫像のような3体を照らしていた。

「掃除を頼みたい。」

「掃除の対象は、暗黒の妖精・・・・。」

「まて!超上級の妖精でも、この世界では蜃気楼体、駆除は出来ぬぞ。」

感情のない笑いが2体から起こる。

「契約者の方だ。だが妖精も実体化しているのだ。」

「この世界のことわり愚弄ぐろうする話だな。だが、面白い。」

長身の男型のものがしゃべる。

「この頃は供物そなえもののみいただいて、ひまだったからな。」

岩のような男型のものが、人間を真似して、片目をつぶってみせる。

「もう1体は?まさか外か?」

「そのとおり。どこぞで、人間を捕食・同化してるだろう。」

「あいつは女型だし、お前らからみると、とてつもない美女に見えるのだろう。
男でも、女でも、誘い放題だしな。」

最初、挨拶をした男型のものが、平坦な口調で、質問に答える。

それを聞いて、黒の最高枢機卿は、苦虫をつぶしたような顔になるが、
『妖魔は妖魔よ。』と思いなおす。

「今回の件は、掃除する場所が問題だ。今、的は帝都にいるが
掃除は帝都外で行ってもらいたいのだ。
その算段は我々の方でする。」

「なぜ、そのような条件をつける?」

「今、的の首を狙っているのは、わが国だけではない。四六時中、いろんな組織が
監視してると、帝都の教会から連絡が入っている。」

「我々とお前たちの、長年に渡る関係がばれる可能性はなるべく、
排除せねばならぬ。」

「下らぬ事だが、お前たちがそれを望むというなら、我らに異存はない。」

淡々と話す、人型の人外をみて、黒の最高枢機卿は何事かつぶやいたようだが、
それは、音の形にはならなかった。
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