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ⅩⅩⅩⅥ 標なき船出編 前編(1)

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第1章。合流


 『帝位継承者が、暗殺者の手を逃れて、暗黒の妖精の庇護のもとにある。』
という噂(事実)は、イルムの予想を超え駆け巡り、世界へ広がった。

3大公国・王国連合諸国・中立諸国・双月教をはじめ、諸国の有力貴族、大商人、
ギルドにとっても無視するには、大きすぎる出来事だった。

 人々は考える。
暗黒の妖精ラティスの力は、果たして1000年前の暗黒の妖精アピス
以上なのか?
白光の妖精ラファイスが闘いを避けたのは何故か?
それは力の差か?
そもそも暗黒の妖精アピス・白光の妖精ラファイスの伝承はどこまでが事実か?
暗黒の妖精(契約者)は、どの程度、王帝位継承に絡もうとするのか?

暗黒の妖精ラティスと時を同じくして、暗黒の妖精アピス・風の妖精リスタル・
火の妖精ルービス・水の妖精エメラルアなど伝説の妖精も新たな契約者を得て
復活レスッレクティオーしていないか?

組織中枢にいる、現実主義者にとっても、考えれば考えるほど、
アエニグマは深まるばかりだった。
 
それでも、ある者は領土の、ある者は権力の、ある者は権威の、ある者は金の、
匂いを嗅ぎつけ、正確な情報の確保に、躍起にならざるを得なかった。
無論、現状を維持したい者達も、その頸木くびきからは逃げられなかった。

・・・・・・・・
 
 イルムは、不足している2枚の手札の内の1枚を手に入れるべく動いていた。
キョウショウに、創派の指導者メライ老に、ハンニ老とスキ二將を派遣して欲しい
との依頼をお願いしたのだ。

不足していた2枚の内の1枚は、強面の交渉者。
初めての対面の席で、百鴈部隊の話を持ち出したという事をアマト達から聞いて、
自分と同じ匂いを感じたハンニ老。
そして交渉者は2人1組が基本という事を考えると、キョウショウと
検討し合った結果、寡黙を装える大男のスキ二將は、
現時点では、うってつけかと考える。

 また別にラティスにも、学院からの何かの依頼があったら、受ける代わりに
門地・出身地によらぬ、中途入学者の募集を認めされるように話をしている。

「なにを学院の講師らが、頼み込んでくると言うの?」

と、ラティスは面倒くさそうに、イルムに尋ねる。

「ラファイスを退けたあなたの名の元に、
『学内の自治と学問の自由の宣言』でしょうね。」

「ラティスさんの挑戦状に応じた人達ですから。それを1番に欲するでしょう。
学問を教えるのに、学外からの干渉は排除したいものですから。」

「で、イルム。それを私がしたとしてあんたも何をたくらむの?」

「セプティさん、エリースさん、アマト君の、よくて1年の幸せな学院生活。」

「それに、ラティスさん大好きな人が、ところから、
集まってくると思いますので、楽しいと思いますよ」

「それから先は、その顔ぶれを見たところで、考えたいと思います。」

「イルム、あんた、友達がいないでしょう?」

「いえいえ、帝都にきて、この家に同居させてもらって、ラティスさんをはじめ
何人もの友人ができたと思っています。」

「ま、そういう事にしとくけど、来たのは刺客ドロフォノスだらけだったらどうするの?」

「ラファイアさんが『暇をもてあましている。』と言ってらっしゃいますので。」

「なるほどね!あいつにゴミ処理させるわけだ。」

「あいつも1年 そうたった1年の幸せな学院生活を、アマト達が
すごせるんだったら、協力するでしょうね。」

「ただイルム、忘れないで、あいつは私より冷えているわよ。白光の輝きは、
何者の生存も許さない力だから。」


☆☆☆


 イルムに予見されたとおり、ラティスは、代理理事長のロンメルに、
平伏お願いされ、学院の3賢老、ハイヤーン・バレン・ジンバラを
部屋に通している。
ロンメルが顔はおろか、手の先まで真っ青になっているのに対し、
3人の老人は春風駘蕩として、ソファーに座っている。

「アンタたちは、白光の妖精ラファイスが、逃げだしたレベルの敵意を
向けているのに、よく平然としてるわね。」

なかば、呆れてラティスが問いかける。

「殺意じゃありませんからのう、最高顧問殿。あまり、先のない老人を
いじめんといて下さい。」

ハイヤーン老が、敵意なにそれ、みたいな顔で答える。

「あんたら、私の圧に耐えられるんだから、間違いなくあと20年は
生きられるわよ。」

『それは、それは。的確な健康診断です。』

と、一番若いジンバラ老が、ふたりの大老を眺めながら心の中でつぶやく。
彼の中では、自分を老人と思う気など、微塵みじんもない。

「ほほ、最高顧問殿も、色々楽しんでおられるようで、その寛容な御心を持って、
我々にも、お力をお貸しいただければと。」

本当に楽しそうにハイヤーン老が、おどけてみせる。

「なに?執政官とか宰相とか将軍とかの職でも斡旋あっせんしてくれというの。」

バレン老が、さすがにバカな事をと、口元が緩む。

それを無視し、真面目な顔に戻って、ハイヤーン老が話を続ける。

「それも魅力的な話ではありますが・・・。」

「私に、【学院の自治と学問の自由の宣言】をして欲しいとでも言うの?」

「なぜそれを・・・・?」

図星をつかれて、さすがにハイヤーン老も驚き、合わせて暗黒の妖精は、
心を読む能力を持つのかと危ぶむ。

「アンタたちの心なんか読まないわよ。それに、それ以上の事をアンタ達が
考えなくてもいいの。」

「みなまで言う必要はないわ、アマトの件で借りがあるからね。」

ラティスは、端の椅子で、小さくなっているロンメルを涼しい目でにらみ、

「ロンメル、私、ラティスの名で、内外に【学院の自治と学問の自由】を
宣言しなさい。合わせて追加で学院生を募集もね、条件は門地・出身地を
一切考慮しないと言ってね。」

「わかった。これは。死にたくなければ、励みなさい。」

「ひぃ~、わかりました。」

かわいそうにロンメルは、手の先まで紫色になって、
ラティスのした。

・・・・・・・・

ハイヤーン老達3人は、講師室に戻り、彼らを待っていた者達に経緯を説明した。

戦略学のノープス、統計学のツルス、帝国史学のタレラ、比較統治学ウルス
帝国法学ルックス、魔力障壁学ケルナー、魔力結界学ラトリ
魔力移動学ランイ、魔力探知学アプラ

知る人ぞ知る、帝国の隠れた至宝というべき者達である。

また、単なる学究の徒でもない、一度は戦場を駆け回った戦士でもある。

しかし、それぞれの組織で、くずな上役、くされた同僚に、組織を追い出された、
実力ある者達である。

彼らの中では若手、魔力移動学の講師ランイが、

「ラティス殿は、アピスのような殺戮さつりくの妖精ではないという事ですか?」

と、ハイヤーン老に質問する。

「ラティス殿の心の内など計れんが、新帝と新たな帝国の形が、彼の人の内には
出来上がっているのかもしれん。」

ハイヤーン老は、それは嬉しそうに、答える。

「ランイ、ラティス殿は我等も覚悟を決めろと言っているのよ。このまま安穏と
流れていく時間に埋もれるか、歴史を切り開く船の一員になるか。」

バレン老の一言に皆がうなずく。

「セプティ女帝に新帝国か。タレラ、歴史家としていい場面に出くわしたな。」

と、ジンバラ老が面白がって、帝国史学の講師に問いかける。
この講師達の中では、セプティの正体は推理されつくされているようだった。

「修飾の文言に困る帝朝ではありますな。まあ、狂い咲きの老騎士の章を描く事が
出来れば面白いですけど。」

「ジンバラ、タレラ。」

バレン老があきれて、口をはさむ。

「門地・出身地にこだわらんだと、どのくらいの規模、どのくらいの新しさを持つ
帝国を考えられておられるのやら。」

皆が静かに笑っている。

1度は隠遁いんとん者を選んだものの、灰芥はいあくたの中から復活した強者達は、底知れぬ胆力を
持っているようだった。


☆☆☆


 『不足しているカードの残り1枚は、手元にはあるんだけどね。』

と考えつつも、露天風呂に入ろうと戸を開けるイルム、湯気の先に先客がいた。

「ルリさんか。ご一緒して構わない?」

ルリが無言で肯く。

イルムが欲している残り1枚のカードは、『ヒストリアファーブラーリス』と呼ばれた
破壊工作者、ルリその人だった。
しかし、その面影にすごみはもうなく、イルムも彼女を使う未来を、
なかば諦めていた。
誰もが、平和に暮らすという生き方を選ぶ権利があると考える、イルムであった。

「イルムさん聞いていい?」

物悲しい表情で顔色一つ変えず、細い指でお湯をかき回しながら
ルリが言葉をかける。
体を洗い、広い湯船のルリと対角に身をゆだねるイルムが口を開く。

「どうぞ。」

「なぜ、クリルに戻らない。あなたが、裏切ったわけでもないでしょう?」

少しの沈黙、イルムは話し出す。

「大公レオヤヌスは、門地・出身地・性別にとらわれぬ男と言われているけど、
それは違う。あくまで期間限定よ。彼の瞳には貴族階級しか見えていないわ。
例えば、騎士階級の者が並外れた功を上げたとしても、当代は叙爵なんか
させるかもしれないけど、次代は取りつぶすでしょうね。」

「ましてや、下流帝国民の女なんかね。結局、奴が欲したのは、私の頭でなく、
この肉体。だけど、そろそろ限界、飽きられていたしね。」

少し迷うが、イルムは本心を吐き出す。

「世界で帝国をほうむり去る力を示したのは、1000年前の暗黒の妖精アピスのみ。
暗黒の妖精の再臨を知ってから、知らぬ知らぬのうちに私は、ラティスさんに
魅入みいられていたかもしれない。」

「あわせて、契約者があの坊やだからね。」

お湯に半身を浸しつつ、涼しく微笑ほほえむイルム。

「そんなことより、あなたはどうするの、ルリ?」

「コウニン王国は裏切り者は許さない、どこまでも追いかけると、
聞いているけど。」

「まあ、ここには、ラティスさんを除いても、超上級妖精契約者が1人、
あなたと合わせて、最上級妖精契約者が3人。ここにいる限りは安全だけど。」

と言いながらも、ルリを目踏めぶみするイルム。
ルリも少しの沈黙のあと答える。

「あれから、いろいろ考えた。私をこのような傀儡くぐつとした、傀儡くぐつ使い達を
滅ぼす事ができればという、妄想を考えるようになったわ。」

「それができなければ、傀儡くぐつを私みたいに人間に戻せれば・・・。」

「けど、やり方がわからない。7世をころしたようにはいかない。」

ルリは軽くお湯をすくって、顔を洗う。

『やはり、あの暗殺は、ヒストリアファーブラーリスと言われた、ルリが成し得た事か。』

イルムは、歴史の裏側に思いを広げた。そして、改めて話を行う。

「あなたが殺されても構わない覚悟があれば、この家の秘密に対面させるけど、
その覚悟がある?」

「そこに、ひょっとしたら、あなたが求める答えがあるかもしれない。」


☆☆☆


 次の日、露天風呂に、ラティス・ラファイア・キョウショウ・イルムと
ルリが集まりお湯に浸っている。

夕陽が、それぞれの美しい裸身を、淡く照らしている。

その湯船にもたれかかり、ラティスは至福の表情を浮かべながらも、
声だけは冷たくルリに尋ねる。

「ねぇ、ルリ、エリースに含むところはないの?」

「ラティスさん、私たちは、祖国ではいやしき者、人下ジンゲと呼ばれていた。
姉カイムを戦士と呼び、決闘をしたエリースさんに、
なんら恨むところはないわ。」

「この生業なりわいで、生き残っているということは、められるものでもないから。」

あいも変わらず沈んだ表情で、それでも真摯しんしにルリは答える。

「だったら、私から言う事はないわ。キョウショウ、言いたい事が
あるんでしょう?」

軽く目をつぶっていたキョウショウが、しっかりと目を開け、ルリに話かける。

「ルリさん、イルムから聞いたけど、あなた祖国に一矢報いたいという想いが
あるそうだけど、それで間違いはない。」

ルリは朱色に染まった雲を見上げながら答える。

「妄想、いや妄執もうしゅうといっていいのかしら。確かにあるわ。
けど、やり方がわからない。」

その言葉をきいて、キョウショウは、話をつなぐ。

「私は、創派の子孫、創派の村には約壱万の人間がいるわ。
だが今の村にその人数を支える余裕はない。
我々は新たな地を探している。セプティさんを8世に抱いて帝国に
橋頭保きょうとうほをつくるのが第一案だったけど、貴方を知って、貴方の国を盗る事も
イルムさんと考えている。」

「王国を盗る・・・。」

あまりの構想に唖然あぜんとするルリ。

「そう貴方が解放者として旗頭になるの。あの国は外交だけでも7世暗殺など、
色々やらかしているからね。あなたが、セプティ新帝の寛容な心に触れ、
前非を食い【返り忠】に至ったという筋書きで。」

イルムが乾いた笑いを浮かべ、口を挟む。

「だが、戦略は・・・。」

ここにいる人間と妖精、それに創派の多くとも5百の兵士で、
一つの国を落とすのは、不可能だろうと。
ルリはイルムの笑いが理解できない。

「ラファイア、そこで何、知らんふりしてるのよ。」

ラテイスがラファイアに、会話に参加する事を促す。

「え~、私ですか。ラティスさん。自分の立ち位置があやうくなると、こっちに
話をふるの止めてくれません。」

「でも、しょうがないですね。」

女性御者としての平々凡々の容姿が消えていき、白金の光が輝くなか、
超絶美貌の白光の妖精が現れてくる。

「一応私も実体化した妖精なんです。白光の妖精。この前はラファイスの真似事も
しましたけど。」

悠然ゆうぜんと微笑む、ラファイア。

『そうか、学院の索敵の時感じた、もう一人の妖精の魔力は、引き算すると、
当然ラファイアさんのはず。』

『しかし風の最上級妖精の力を全開にして探っても、最上級いや上級妖精契約者の
欠片かけらも、ラファイアさんから感じ取ることはできなかった・・・。』

『それが2人目の実体化した妖精、私の力が全く通用しない・・・。』

『しかも、伝説の白光の妖精・・・』

『暗黒の妖精と白光の妖精、どれだけの力を持っているの?』

『それに、契約者は・・・?』

次々と疑問を浮かべながらも、どこか納得と笑いを覚えるルリ。

ラティスはルリが、ラファイアの正体をきづけなかったので、
呆然あぜんとしていると思い、言葉を送る。

「気にすることはないわ、ルリ。だますとか誤魔化すとかに特化した力において、
私でさえも、白光の妖精ラファイアの足元に及ばないしね。」

さらりと、ラファイアをディスる、ラティスさんである。

「ラティスさんの戯言たわごとは横に置いて、これで手札的にはどうですか?」

今回は、受けて立つラファイアさん。

「そうそう、付け加えて言うと験(力)比べで、ラティスさんはアピスに
負けるないでしょうが、私はラファイスに負けませんよ。」

「控えめに言っても、私達2人の力は、天の頂点で孤高に輝いている
あののようなもの。他のモブ星の光に負けるとは、
思いませんけど。」


「ふふふふ・・・・。」


誰かは分からない、ふくみ笑いが空へ消えていく。

・・・・・・・・

天に一番星が輝きだした頃、ルリはこの家の一員になっていた。
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