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ⅩⅩⅫ 海嘯編 中編(1)

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 第1章。層流(1)


 気まずくなって、フレイア達を残し、あの場から立ち去った、アマト達3人。
さらにアマトはひとり、準備室へ向かう。

 アマトに気付いた級友たちが、『寄るなくずが!』と目でののししる。

彼らは見ていた、(たとえ、【ラファイスの禁呪】とか極絶した
成就したとしても、)学院を強制退学になった不名誉を背負った者の将来を。

 まともなギルドには相手にされず、名をいつわり、生きるだけの仕事にち、
どこかの街でむくろになるか、いやいや1年もたたずに、元上流帝国民達に、
闇討ちされ、首を帝都の城壁にさらさされるか。
彼らにとってアマトは、動く腐乱ふらん死体にすぎなかった。
そう、退学させられる腐れの未来は、そうでなければ、ならなかった。

級友たちがつくる、逆刃のアーチへーミ キュクリウムに傷つきながら、部屋に入る。

 無言でアマトは、聴講生として学院から貸与されていた、
鍵付き戸棚から荷物を整理し、鍵を返しに、事務室に向かう。

 ノリアが執務を中止し、鍵を受け取り、退学通知書をアマトに渡す。

「当学院の強制退学の最短記録の達成だな、アマト君。
今は厳しいかもしれないが、君の今後次第では、
人生の勲章になる。」

「一応、皆さんにご挨拶をすべきでしょうか?」

「なに、一週間後には、こっち側の人間として勤めてもらう事になる。
全くいらんよ。」

「これは、ハイヤーンのじいさんから預かった書類だ。差し当たってこれらの本を
魔法書ギルドか中古品市場でもいってそろえておくことだな。」

「まだ、この学院にお世話になるとの返事はしてませんけど?」

だったのか。それはすまん、すまん。」

「ただ、この学院の一般職員には、本音では上流帝国民嫌いも多い。
あれだけの事をしたんだ、いわゆる勇者だ。一生働きやすいぞ。」

「ま、元騎士階級のはしくれの俺がいっても、説得力はないか。」

軽快に笑うノリア。アマトは、いろんな見方があるものだと、心におく。

そうしてるうちに、エリースとセプティが、なぜか事務室に来た。

「義兄ィ、今日は、午後からもほとんどが自習、帰ってもいいってさ。」

2人の姿を見て、ノリアが声をかける。

「セプティ、今日は事務のとどこおりもないようだから、エリース君と一緒に
帰っていいぞ。」

「けど・・・・。」

「今日は何の対策もできていないから、君とアマト君がいると、
かえってまずい。」

「今、そのことで、バランのじいさんが中心になって、会議中だ。」

「少なくとも、学院内では、君に何事も起こらんようにしないとな。」


☆☆☆


 ノリアの計らいで、学院をあとにする3人。エリースの精神感応で、
キョウショウに鉄馬車で迎えに来てもらう。
さすがに、鉄馬車の中では、どんな話も続かない。
家に入り、アマトが食堂兼居間のドアを開けようとした時に、急にエリースが、

「セプティ、ちょっと。」

と呼び止める。『?』と思いながら中に入る。そこには3人がテーブルについて、
アマトを待っていた。

心配顔のユウイ、邂逅かいこう以来最高の笑顔のラファイア、極めて無表情のラティス。

「アマト、座りなさいよ。最短記録で学院強制退学。この面白い、不名誉な
出来事を説明してもらいましょうか。」

エリースとセプティが入室してこない、

『そういうことか。』

アマトは、大きなため息をつき、3人に今日1日の事を、説明し始めた。

・・・・・・・・

「凄いじゃない、アマトちゃん。お姉ちゃんはわかっちゃった!」

話を全部聞いて、心配顔から笑顔に変わるユウイ。

「お姉ちゃんが世事せじうといと思ってるんでしょう。
それくらい知っているんだから。」

「うふふ、飛び級って事ね、1年生から一気に準講師になっちゃたんだ。」

これには、アマトはもちろんの事、ラファイア、ラティスに至っても???
状態である。

「それに、報酬ももらえるんでしょう。やっぱり私のアマトちゃん。」

ラティスにしてもラファイアにしても、完全にペースをかき乱された状態だ。

「だって、妖精学でしょう。直接お話のできる2人の妖精さんと契約してる、
アマトちゃん以上の存在なんて、帝国にも王国にもいないわ。」

「そうでしょう、ラティスさんにラファイアさん?」

「アマトちゃんに、妖精学でも協力してね。」

ユウイの笑顔に、何も言い返せず硬い笑顔でうなずく、2人の妖精。

これで、解放されたかに見えたのだが、しかしこれで災難が終われないのが、
アマトの、(ふたりの妖精の言う、)アマトの所以でもあった。

☆☆☆


 『情けない。きょうも何もなしか。』

 キョウショウは、ラティスとラファイアの肝煎きもいりで造られた、
露天の温泉かけ流しの湯船に、その美しい体を横たえている。

 この浴室は、キョウショウが地下の温水脈を探知し、ラファイアとラティスの
力技で、井戸が掘られ、常時、こんこんと新しい温水が湯船を満たしている。

睡眠不要・飲食不要の実体化したふたりの妖精にとって、いまやキョウショウ
にとっても、なくてはならない場所になっている。
大きな岩をくり抜き、作られた湯船は5・6人が同時に入れるよう大きい。

 創派の村にいたころには、女らしい柔らかな曲線など、キョウショウには
唾棄だきすべきものであって、ひたすら筋肉の充実にはげんだ。
 しかし、2人の妖精に左目の視力とその傷をいやすと同時に与えられた、
この柔らかい美しい曲線は、これこそありかなと思う、
キョウショウも女性であった。

夕陽が、うるわしい女性の全身を照らす。

『明日こそは、新王帝の正体を・・・20条・・・』

『待って、なぜ1条じゃなく・・・、20条なの・・・』

『もしや20番目の意味?だったらミドルネームが、ウィーギンティー
(=20)の娘では。』

「わかったわ!!」

謎が解けた喜びと、一刻も早く自分の部屋にある遺言書の写しを
確認したいとの思いから、何もまとわず、『ヘウレカー!』と
心の内で叫びながら、キョウショウは、浴室を飛び出したのである。

そしてそこに、3人への説明が終わって、やっと解放され、
疲れ切ったアマトが居合わせ、ぶつかった。
普通に後ろに倒れるアマトと、開けっぴろげ状態で後ろに倒れるキョウショウ、
アマトは痛みより、前方の光景を見て固まってしまう。
そのアマトを見て、キョウショウは戦士から一人の若い女性に戻ってしまった。

「きゃ~~!!」

「何が起こったのよ?」

最初にその光景を見たのが、
自室から出てきたエリースと、その契約妖精のリーエだったのが、
悲劇を拡大した。

「義兄ィ!!!人が心配しているのに、何してんのよ。」

怒りのあまり無表情になり、アマトに近づくエリース、いつもの緑光だけではなく
(風の妖精契約者ではあり得ない)赤色の背光もまとっている。
エリースがニッコと笑った瞬間、至高の緑電衝撃波がアマトを襲う。
カクシーユの件で学んだリーエが全力で、アマトの回りに障壁をはる。

今回は、冷静なたての方が若干、怒り狂ったほこの方を上回ったようだ。
もし、少しでも矛の方が盾の方を上回ったら、
それこそ⦅へい、いっちょあがり。⦆の状況になったであろう。

その後、この場に出てきた、ユウイ・ラティス・ラファイア・セプティと
エリース・リーエに、ユウイからもらった草布を体に巻き付けた状態で、
意識を喪失そうしつしたアマトを、懸命に弁護するキョウショウ、

「アマトが全く悪くないのはわかったけど、なんか違うような気がするのよね。」

とラティスが言う事に、誰も反論をしなかった。

・・・・・・・・

 黒と白の妖精が、仲良く夜空に浮いている。

闘技場での、帝都を余裕で滅ぼすような緊張を味わった人が見れば、
目を疑うような景色であろう。

2つの月が、まったりと、狂おしいほどに美しいふたりの人外を照らしている。

「ねぇ~、ラティスさん。ユウイさんの考え方、あれってなんなんです~。」

「『アマトの義姉貴アネキだという事』よ、ラファイア。」

「全然説明になってませんが、妙に腑に落ちてしまいますね。」

「じゃラファイア、ひとりらしめるのに、いきどおりに任せて軍隊を
相手にするような電撃を放つエリースは?」

「『アマトさんの義妹さん』という説明ですか、ラティスさん。」

「納得してしまうでしょう、ラファイア。」

「たしかに。」

「まだあるわよ、恥ずかしがり屋でめられたがりの、
風の超上級妖精ってあり?」

「他のエレメントの妖精さんの事は詳しくないので、でもありえないですね~。」

「けど、『アマトの義妹の契約した妖精だ。』と聞いたら?」

「ありかと思ってしまいます。」

「それより究極に妙なことがあるわよ、ラファイア。」

「なんですか、ラティスさん。」

「あんたと私が、、宙に浮いているってことよ。」

「・・・・・・・・」

「これは病気よ、ラファイア。!」

「感染したら、髪の毛が3本少なくなって、妖精でも人間でも
理性とか本質とか感性とかが、おかしくなるのよ!」

「では、妖魔じゃどうなりますかね?ラティスさん。」


『ラファイア。話が微妙にずれだしているのに気付いている?』

『あんた、重症化する前に、こっちの世界に戻ってきた方がいいわよ。』

本気で白光の妖精を、暗黒の妖精さんだった。



 第2章。層流(2)


 心地よい朝である。しかし、アマトは左のほほをはらしていた。

きのうの夜の事に責任を感じたキョウショウが、水の妖精契約者の得意の魔力
ヒール(回復魔力)で、夜通し手当をしてくれていたのだ。

目を覚ましたアマトに、

「おはよう。アマト君。大丈夫?どこも、おかしくはない?」

と心配そうに尋ねる。

「あ、おはようございます、キョウショウさん。きのうは、
エリースに電撃を・・・
それで、ヒールをしていただいたんですね。ありがとうございます。」

「それでだ、アマト君。きのうの事だが、すべて忘れてね。
私も気にしないから。」

と、大人の対応したキョウショウに、アマトは思い出したらしく
鼻血がタラーッと流れ出した。その結果、

「ばか~~。」

と、真っ赤な顔になった、美しく若い女性に渾身こんしんの平手打ちをされたのだ。
無論、その後、お互いに平謝りしたのだが。
いわゆる、名誉の負傷を左頬に刻印されてしまった。

・・・・・・・

 夕方になって、約束通りフレイアが、アマト達のところに、やってきている。
キョウショウに案内され、食堂兼居間で、ラティスへの挨拶のあと、
気になったことを、まず尋ねていた。

「アマト君、左の頬はどうしたの。禁呪の副作用?大丈夫?」

「フレイアって言ったかしら、これはアマトがヘタレの証拠だから、
気にしなくていいわ。」

 ラティスは、今朝の事をキョウショウから聞いていたようで、
『女の裸を思い出したぐらいで、私の契約者のくせに情けない。』
と、思ってはいたが、さすがにその事実を話すほど、無慈悲むじひではない。

軽くうなずいた後、フレイアは名前を知らぬ依頼者から預かった、半透明の
金剛石のようなものでできたアルカを、サッコス携帯バッグから取り出した。

「これよ、セプティ。受け取ってくれる。」

それは、両手を合わせた長さの長方形のもので、カラクリ仕掛けに
なっているらしく、開けるところがない。
たぶん、魔法呪がかけられているらしい、これを解かないと無理だろうと
いうのはアマトにも感じられた。

「これは、どうすれば、開けられるんですか、フレイアさん?」

当然たずねるセプティだったが、フレイアは左右に首をふり、

「受け取った時に、なにかヒントになる事がなかったか、思い返して
みたんだけど、ごめん、全くわからなかったわ。」

と、顔をゆがめる。

『理事長と副理事長をしめたのは間違いだったか、まあ、あの程度の俗物に謎を
教えとくはずはないか。』

ラティスは気を取り直し、アマトに話かける。

「ちょっと、ラファイアを呼んできて、アマト。」

『ラファイアに、花を持たせるのは、ちょっとしゃくだけど、あいつなら
解けるよね。』

そうラティスが思っている間にも、セプティが上下逆にしたり、立ち上がり
窓の方に行って太陽の光に透かしたりしているが、何の変化も起こらない。

執事姿のラファイアがアマトと共に、食堂兼居間に入ってくる。

フレイアに、軽く会釈をし、

「お話するのは初めてですね、フレイアさん。これからよろしくお願いします。」

「いえ、こちらこそ。ラファイアさん。」

と言葉を交わす。

フレイアも、『え、執事さん?』と思いながらも、そこには触れない。

「どれですか?」

アマトに説明を受けていたのであろう、ラファイアがみんなに尋ねる。

「これです。ラファイアさん。」

セプティが、アルカをラファイアに渡す。それを受け取り、一瞥いちべつしたなり、
クルクルアルカを回すラファイア。

「右に4回、左に7回、前後に3回と。」

≪「ルーン。」≫

短唱と共に魔力を流す。魔法文字が浮かび上がる。

「なんて書いてあるのラファイア?」

ラティスが聞く。

「《その覚悟なしに、このアルカを開けるものに、災いの翼、舞い降りるであろう。》
と、浮かんでますね。」

「いかにもという感じね、どうするのセプティ?」

「なんか怖いです。」

アルカの脅し文句に怯える、セプティ。

「けど、開けなければ進めないわ。いざとなったら、私、暗黒の妖精の
ラティス様が、あんたぐらい、守ってあげるわよ。」

下を向くセプティ、しかし決意して、しっかりと声に出す。

「お願いします。」

「じゃ、いきますよ、《ルセプ=カムイ=タ=ルーン》 はい開きました。」

「ラファイア。せっかくなら、もう少し、勿体もったいつけたら。」

あきれたように、ラティスがラファイアに言葉を浴びせる。

「時間かけたら、ラティスさんに【】と思われるじゃないですか。」

片隅から消えていくアルカの中から、黄金に輝く一枚の平板が流れ出てきた。

「なんか刻印してありますね、これは文字ではない、模様もようですね。」

・・・・・・

 精神をぎ落すような、緊張のなかで、フレイアは、

『この家には、どれだけの才幹さいかんがいるんだ。』

と考える。さっき案内をしてくれた女性も、今来た執事も、真剣で立ち会ったら、
一太刀入れられたかどうか。恐ろしいのは、暗黒の妖精だけではない。
いつの間にか、ここに来た理由も忘れていた。

しかし、セプティの細いがしっかりした意思の切っ先を感じ、我にもどり、
たたずまいを整える。

「フレイアさん、ありがとうございました。」

「いや、今までの事を考えれば、何でもないこと。気にしないで。」

「一晩考えたのですが、ひそかに警護されていたのは、正直いい気持ちでは
ありませんでした。」

『当然だな。嫌われてもしょうがない。』

そう思う反面、心に刺さったとげを引き抜けて、安寧あんねいを得てるフレイアでもあった。

「お願いがあります。」

『顔をみたくないというのであれば、静かに学院を去ろう。』

と覚悟を決め、フレイアは次の言葉を待つ。

「改めて、お友達になってくれませんか?今度はお仕事としてではなく。」

「え・・・セプティ・・・。」

年下の友人が示してくれた温情に、深く首をれるフレイアであった。
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