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ⅩⅨ 帝都編 前編(2)

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第2章。帝都へ


 3日目の昼頃、ようやく鉄馬車は街道へ(棒道を貫通させ)戻った。

 大きく鉄馬車が揺れ、アマトは意識を取り戻す。
御者台で手綱を握って、ラティスの横で鉄馬車の操縦をしている。

『え、僕は今、なにをしてるんだ。』

アマトは、昨日の夜の事を思いだしていた。

昨日の深夜、凄まじい轟音で、アマトは飛び起きた。
屋根上から、客車の中に飛び込む。
ユウイ・エリースも起きていた。2人が無事なのを確認してほっとする。

周りを見渡したが、2人の妖精とキョウショウの姿が見えない。
エリースは、リーエを呼び出し3人を捜すのを頼む。

緊張の数分間を過ごしたが、リーエから精神波がきたのか、
急にエリースがため息をつき、

「馬鹿らしい、私は寝る。義姉ェも義兄ィも寝ていいよ。問題ないから。
本当、なに、ラファイアはしてんの。」

といい、草布をかぶる。ユウイも、

「エリースちゃんがそういうなら、おやすみ。」

と横になり、すぐに寝息がきこえる。

アマトは朝まで1人で起きていたが、いつの間にか、意識が溶けていた。

思い出した!

ラティスに手綱をまかせて、ラファイアを捜す。客車をみる。
キョウショウが、目のあたりにに布をぐるぐる巻きにして、眠っている。

契約者である、アマトには、ラファイアが近くにいる事は感じる。
ラファイアの全力の光折迷彩。全くどこにいるかわからない。

ラティスが、明るく笑いながら言う。

「アマト。後で、ラファイアが自分から説明すると思うから。」

☆☆☆


その夜、ラファイアは、アマトとユウイにいきさつを説明した。
2人ともあきれつつ納得はしたが、それより、キョウショウが目を覚まさない事の
ほうを心配する。

「それは、ちゃんと手加減はしましたので。」

あわてて言う、ラファイアの仕草が、何故かかわいい。


翌朝、さすがに気まずかったのか、ラファイアとラティスが自主的に、
鉄馬車の御者をしている。

しかし魔獣1匹も出てこない、あまりにも暇な状況なので、
2人は、コイントスで負けた方が御者をする、
賭けをやりだした。

・・・・・・・・

 コイントスを10連続負けて、ずっと御者をさせられているラファイア、

≪絶対にイカサマに違いない。今度こそ私の力でカラクリを見破りますからね。≫

と熱くなって、ラティスに精神波で、文句を言っている。
イカサマがバレない事に、絶対的な自信を持つラティスは、

≪あら、ラファイア様の聖なるお力は、切り札としてお使いするんですから。
 そのような事に使うのは、お控えいただかないと。≫

と精神波で返す。悪い笑顔が炸裂している。

≪暗黒の妖精は、心がねじ曲がっていますからね!≫

と、駄々洩だだもれの怒りを、ラファイアはラティスに浴びせるが、
今回は、ラティスの方が受け流す。

≪そう思うなら、あんなーふしだらなー契約を、アマトとしなかったら、
 こんな目に合わずに済んだんじゃない。≫

≪なんせ、本妻がいるところに、無理やり割り込んできたのは、あんたの方よ。≫

≪本妻が恐妻で悪妻過ぎたので、アマトさんの解放者として私が現れたんです。≫

≪ラファイア、あんたはまだアマトの本質を理解してないわ。
 アマトは、いじって・・いびって・・・・へこませてこそ、伸びる子なのよ。≫

しばらく、ラファイアは黙り込んでいたが、ラティスに精神波で返した。

≪多分にして、いや、そうかもです。≫


2人の妖精が、精神波で会話をしていたため、静かにしているようにみえる。
御者台のいつもとは違うあまりの静かさに、その様子を覗きにきたアマトは、

『2人とも静かだ。しかも笑顔でいる。仲がいい事はいいことだ。』

と、脳天気な事を思っていた。


☆☆☆


 『ここは・・・?』

記憶が一致しない。背中にあたる感触は、なんかの・・・・。
わかった!鉄馬車の座席だ。記憶が濁流のように戻ってくる。

そうだ、ラファイア殿に手合わせを挑んで・・・。
目のところに布が、巻いてあるのに気づく、反射的に取り外そうとする。

「キョウショウさんが、気付かれたようよ。」

ユウイ殿の声が聞こえる。起き上がろうとすると、優しい手が肩に触れ、

「急に起き上がってはいけないわ。」

再び、ユウイ殿の声がする。声を出そうとするが、言葉にならない。

「念のためもう一度、ヒール(回復魔力)とエーテルの補給をした方が
いいかもね。」

「ラファイア手伝って。」

暖かい魔力が、全身に浴びせられるのが感じられる。体の細部まで、涼しい風が
吹きそそいでいる感じが、最高に心地いい。

しばらくして、ラティス殿の声がした。

「もういいはずよ。起きて目に巻いた布を外してみて。」

起き上がって、布を外す。ぼんやりした像に焦点があってきた。
ラティス殿・ユウイ殿・ラファイア殿の顔が見える。

「私はどれくらい、気を失っていたんでしょうか?」

「まる2日はたってないはずよ。」

ラティス殿が答える。

おかしい左目が見える。妖精契約時の失敗で視力を
失ってしまったはずなのに。

「あんたと契約した妖精が怠け者でね、私とラファイアで、あんたが眠っている
間に、【気合い】をいれといたから。」

「左の目も見えるようになったし、身体も引き締まって、軽く感じるはず。」

「魔力も相当強くなっているはずよ。」

筋肉馬鹿と陰口を叩かれた身体が、確かに一回り小さくなっているが、
むしろ、力は漲るものを感じた。

「ラファイアに感謝をしなさい。普通ここまでのサービスはしないからね。」

「これで、より一族の未来のためになりますね。」

ラファイア殿の笑い顔が、瞳に気持ちいい。

「この恩義、キョウショウ、一生・・・・・。」

ラティス殿から、言葉をさえぎられる。

「感謝しているなら、今後『殿』はつけないで、なんか暑苦しい。」

「わかりました。ラティス殿!」

あわてて、口を手でふさぐ、顔が真っ赤になるのを感じる。

3人の笑い声が、私の鼓膜にやさしさの波動を伝えてきた。


☆☆☆


 帝都の直前になると、行き交う鉄馬車、鉄馬の隊列・徒歩の旅人達の
数が多くなる。

 アマト達は、明日朝早く帝都に着くために、帝都直前の宿場町タリナの宿で
一泊の予定だ。

だが、そう考える旅人は多く、宿場町は結構な賑わいをみせていた。

旅行ギルドで、空いている宿の斡旋を頼もうと、ギルド前で鉄馬車を止める。
ラファイアが降りて、ギルドの建物に入り、やがて出てくる。

「アマトさん、貴族御用達の宿しか空いてないそうです。」

「ラファイアさん、ありがとう。そうか、野宿はきついな。」

「ユウイ義姉ェ。ごめん空いていないみたいだ、車中泊になるけど・・・。」

ユウイは、今日、鉄馬車酔いが酷く、ヒール(回復魔力)でも調子が戻らず
ぐったりと、壁に寄りかかっていたが、辛うじて頷いた。

ラティスが客車の席から宣言する。

「アマトそこに行くわよ!」

「え、ラティスさん。貴族御用達だし。」

「アマト、私という在り様は、王帝や女王を凌駕りょうがしているわ。」

何を言っても無駄か。アマトは手綱を、ラファイアにわたした。


町の奥まったところに、その宿はあった。宿というより、邸宅という建物だった。

「止まれ。」

宿の使用人が、鉄馬車を取り囲む。軍隊あがりか、所作に隙が無い。

「ここは、どちらかの貴族様からの紹介状がなければ、泊まることはできぬ。
お持になっていれば渡していただきたい。なければ引き返せ。」

リーダー格の体の大きい男が誰何する。

「2人調子の悪い人がいるの。介抱者もいれて3人だけ泊めてもらえないかな。」

「明かりの付いてない部屋もいっぱいあるようだし。」

エリースが客車を降りてきて言った。天上の笑顔だ。
軍人上がりの使用人たちは、エリースの周りに、禍々しい戦場色の背光を感じ、
凍り付いてしまう。
下手に、言葉を重ねたら、首と胴がサヨウナラするのをリアルに感じていた。

宿の中から、他の使用人も出てくる。彼らもエリースの笑顔に射すくめられる。
泊まっている貴族の従者も騒ぎ出したので、
やっと主人が出てくる。

「今日の貴族の方の泊まりはもうない。何をしている。
この下等帝国民を、追い払わんか。貴族の方の目に、ゴミをお見せする気か!」

そこに、満を持して、ラティスが、客車から降りてくる。

気丈にも、主人はラティスをにらむが、次の瞬間、ほうけた顔になる。

ラティスは、足を進めながら、主人に話かける。

「お前は、私の何?」

「はい、イヌめでございます。」

・・・・・・・

宿の主人は、ラティスのもの凄い笑顔と精神支配で操られ、
3部屋をぶち抜いた特上の部屋に、お友達価格で、
アマト一行を宿泊させる事になった。

・・・・・・・

 トラブルはこれで終わらなかった。

部屋のなかに、白光の妖精ラファイスの白い彫像が鎮座していたのだ。

これを見つけ、早速ラティスは、

「縁起の悪い彫像を飾ってあるわね。」

と不満を口にする。先日のコイントスで痛い目にあった、ラファイアは
ここぞとばかりに、

「ラティスさん。そういえば、暗黒の妖精の彫像なんて、
見たこともないですよね。」

ラファイアの笑顔に、小馬鹿にした表情が浮かんでいる。

「ラファイア、表で話をしようか。」

「私もそう思ってました。」

2人が、ニコニコしながら部屋から出ていく。

あわてて、アマトが追いかけようとするが、エリースが止める。

「いつもの、【神々の黄昏たそがれごっこ】。飽きたら戻ってくるでしょうよ。」

そして、一言付け加える。

「あ、私もリーエと一緒に、夜のお散歩にでるから。
真空刃迅の見越し射撃に、目入れするところがあるから。」

「夜、若い女の子が危ないぞ、何がいるか分からないし。」

アマトは、義兄として、かわいい義妹を心配する。

「義兄ィ。超上級妖精より危ない奴って、何かいる?」

リーエも後ろで、エリースの事は任せろとばかりにポーズをとっている。

アマトは、大きなため息をつくしかなかった。


☆☆☆


 結局、貴族用の宿に、もう一泊することとなった。ユウイに言わせると、
地に足がついていない乗り物は、長距離になるとダメらしい。
帝都までの旅が船旅でなくて良かったとアマトは思う。

 キョウショウとエリースそれに3人の妖精は、アマトからみると、おしゃべりに
余念がなかった。本人達に言わせると、取り合えず、キョウショウの話言葉を、
他の人が聞いてもおかしくないように、最終的な調整をしていたということだが。

・・・・・・・・

 翌朝の出発は、ラティスとの別れを惜しむ、宿の主人が号泣して、
さながら修羅場のありさまだった。

そのあまりのありように、ラファイアまでもが、

「ラティスさん、いい加減、解放してやったらどうです。」

と言ったほどだったが、ラティスは

「もう、精神支配から解放してるわ、ラファイア。いったん、気高きものの存在を
感じてしまったのだから、こうなるのは仕方ないわ。」

とそれらしいことを言ってはいたが、
アマトには、部屋に飾ってあった白光の妖精像が遠因のように
思わずにはいられなかった。


☆☆☆


 号泣のお別れからほどなくして、アマト達一行は帝都の門についた。
内乱の際は、ここは戦場にならなかったらしく、帝国の最盛期につくられたままの
威容がのこっている。

 高い壁が、立ち塞がり、壁のところどころに、矢の射出用の窓が開いている。
2つの巨大な石の櫓が、侵入者を睨む。その櫓と櫓の間が凹状になっており、
奥に大きな5つの門が見える。

入都審査を待つ人々の列に並ぶ。人々が話しているところによると、
アマトから見て一番奥が、王帝・大公その一族専用の門ー(通称)開かずの門ー
二番目が貴族・騎士階級の上級帝国民用門、中央の一番広くて大きい門は
軍隊の行軍専用の門。
四番目が食料・衣料など流通物資の門、今アマト達が並んでいるのが下級帝国民用だ。

 二番目と四番目の門の列がスムーズに進むのに対し、アマト達がいる門は、
なかなか進まない。アマト達の番が来たのは、昼も中頃になってからだった。

「「「怪しい奴め。」」」

柄の先がГ状の捕り物用の杖で、アマトは御者台から、引きずり落とされた。
後方で控えていた中級妖精契約者の衛兵が、結界呪縛でアマトを拘束する。

衛兵の詰所の奥から、分厚い手配書の束を持ってきた3人の衛兵が、
アマトの顔と手配書を見比べる。該当はない。
後から出てきた、衛兵長らしき男が、苦々しくアマトを見つめて言う。

「手配書にはないようだ。だがお前のような顔の男が、犯罪者でないはずがない。

牢にぶち込め。オレが直々に取り調べてやる。両手の指が無くなるころには、

すべての罪を白状するだろうよ。」

「お待ちください。」

ユウイが、鉄馬車が降りてくる。右手に白銀の板状のものを高く掲げている。

「我等は、クリル大公国より、白銀のパイザ(帝国内自由通行書)を許された者。

このような扱いは、帝国本領が再びクリル大公国とのいくさを望むとの意思と、

思われてよいのか!!」

ユウイの、神秘的な顔に怒りの色が浮かんでいる。
その厳しさは、ラティスでさえ、息をのんだ。

激しく、気品に満ち満ちた、その魂を震わせる叫びは、
2番奥の入口にいたクリル大公国の騎士達を呼び寄せ、
その光景はあたかも、女王陛下の窮地に
親衛隊が集まってきたかのように、
人々に思わせた。


☆☆☆


その後の、事情聴取で時間がかかり、
なんとか、当日のうちには、新しい家の前に着いた。
今から荷物の搬入というわけにもいかないので、庭に鉄馬車を止め、
車中泊で過ごすという事にする。

あの衛兵達は、クリル大公国の騎士達に捕縛され、
クリル大公国の審判者の立ち合いのもと、裁かれる事になった。
軽くて営業(戦の最前線)に、強制転任させられる処置は
免れないだろう。

さらに、クリル大公国の騎士達によれば、この門の出入りで、
過分のチップ(袖の下)を要求される事があるということが、
3大公国の商人ギルドから、それぞれの国の外交部に
陳情が上がっていたそうで、
門を通る騎士達には衛兵の動きに注意するよう、
内密の指示があってたそうだ。

「本当にありがとうございました。」

と礼を述べ、こころづかいを渡そうとするユウイに、筆頭の騎士は、

「あのもの達が、パイザを持っている人間に、無礼をはたらいた事で、
完全な消毒ができました。」

と逆に1つの任務を遂行できたと、受け取ろうとはしなかった。


【帝国本領の腐敗は、1つの大敗戦では、どうにもならない程、根深いらしい。】
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