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Ⅺ 隠形の軍師編(1)

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第1章。逆流


 春宮は秋宮と比べて、調度品ちょうどひん豪華ごうかである。各部屋には、
名のある画家の絵画が掛けられ、しゅんの花々が飾られている。
彫刻なども、廊下の四方に陳列され、
国宝級の宝物もさり気なく展示されている。

 最も奥まった部屋にひとりの男がいた。圧倒的な存在感が彼を包んでいる。
その男の前に、ウーノ伯爵・レンリ伯爵・カキ子爵・
ツルキ子爵・ウェイ子爵が跪いている。
男の名は、レオヤヌス=ゴールデイール、この国の大公・・・生きる伝説。

「すべては、このウーノの失敗。罰はすべて我が・・・・。」

ツルキ子爵が口を挟む。

「恐れながら、私、ツルキの策が・・・。」

「やめい。」

重厚な声が、部屋に響く。

「大公国が罰するのは、
怠慢たいまんにより失敗したもの。私の欲望のために国を毀損きそんたもの。
己が絡まなければならぬ事案なのに、部下に責任を押し付け、
己だけ安全な場所に逃げたやからのはず。
両人とも、そうではあるまい。」

「ツルキ子爵。そのもの達はどうしている。」

「厳重な監視下に置いております。」

「ツルキ子爵。監視はゆるめ、行動した時のみ、意図を確かめよ。
ウェイ子爵。そのもの達に、接近できる状況をつくれ。
カキ子爵。このこと最優先課題の一つとする。他の事案との調整は任せる。
ウーノ伯爵・レンリ伯爵・両伯のみこの場に残り、他はただちに取り掛かれ。」

「「「は!」」」

カキ・ツルキ・ウェイ子爵は、立ち上がり、部屋を後にする。
扉の閉まるのを確認して、レオヤヌス大公は2人の伯爵に厳しい声をかける。

「ウーノ伯、レンリ伯。と見間違えたか?」

「「御意」」

「今、王国連合との戦もけられない時世で、
猛虎の力を見誤り、獅子の逆鱗げきりんを犯すとはな。」

両伯とも、うつむき、拳を握りしめる。なにも弁解はできない。

「暗黒の妖精にこだわりすぎたな。だが大事なのは今後の事だ。
レンリ伯、伯ならどうする?」

「恐れながら。極めて下策かもしれませんが、このまま何もなかったものとして、
彼らを何処どこへなりと、立去らせる事が肝要かんようかと。」

「どうだウーノ伯爵。レンリ伯爵の案で。」

「は、残念ながら。・・・異存はございません。」

「よし、この件は以上とする。下がってよい。」

両伯爵を下がらせた後、
大公は背後の赤いカーテンの後ろに控えている人物に声をかける。

「・・・という事だ。イルム。」


☆☆☆☆


 大公国政府内で、そのようなやり取りが行われている間、
アマトも、ただ寝ていただけではない。
ユウイが心配するにも関わらず、公都内の石工商を回っていた。
ひょっとしたら、今日にでも大公国の治安の騎士達に、
拘束されるかもしれないとの思いが、
アマトをベッドから動かしたのだ。

何軒も訪ねるが、門前払いだった。やっと通りにある店だけが、
依頼を受けてくれた。足元を見られた値段だった。

 宿に帰り、アマトは、ラティスに頭を下げる、『お金を貸して下さい。』と。
ラティスは、最初は、

「は~。寝言は夢の中でいったら。」

と、素っ気なかったが、
(本当は、この日も、アマトが心配で、姿が消せるラファイアの分身を、
影供にいかせていた。)
一部始終を分身の目で見ていたラファイアが、ラティスに耳打ちをすると

「ま、仕方ないわね。」

アマトに、白金貨を手渡した。


☆☆☆☆


 僕はブレイさんの墓標の前に立っている。
ブレイさんのお気に入りだった酒の革袋かわぶくろは、墓標の前で燃やした。
あちらへの旅に必要だろうから。
宿場の騎士は、『死に場所を探していた。』と言っていたけど、
僕たちのたてになってくれたことには、変わりはない。

自分達のために、命を無くした人がいる。僕たちの心は痛く重かった。
ユウイ義姉ェも、墓標に花を手向けてくれた。
ブレイさんが、先にった家族の人達に、あの世で会えるよう
僕は神々に祈った。


第2章。美しき影《ひと》


 墓標の広場を出ようとすると、石工商の主人と、黒に金の線があしらわれた
執事服の女性が待っていた。

「この前はお世話になりました。」

と、ユウイ義姉が挨拶あいさつをする。女性がニッコリと会釈えしゃくする。

「お、お金の方はお返しします。こちらの方からもらいましたので。」

と、石工商の主人が言う。受け取られないむねの話をすると、

「もし、受け取ってもらわなければ、明日から商売ができなくなりますから。」

と言い、無理にアマトに金をわたし、急いで立ち去った。

石工商の主人が立ち去るのを見届けてから、女性が口を開く。

「差し出がましいと思いましたが、我が主人の方でお金の方は
支払わせていただきました。
今後、こちらの墓標の管理も、差し支えなければ、
私どもの方でさせていただきます。」

「先日はユウイ様には、いつわりの名前と身分を申しましたが。
本当のことを申しますと、私の名前はイルム、大公国の騎士です。
レオヤヌス大公様の身辺の警護をーいえ、ありていに言えば、
めかけの一人でございます。」

その言葉に、アマトは身構え、エリースの背後には緑雷がはじける。

その前に、ユウイが立ちふさがる。

「アマトちゃん・エリースちゃん。イルムさんにはすごい覚悟があるみたい。
とりあえず話だけでも聞いてみたら。」

ユウイに軽く頭を下げ、イルムは話し出す。

「ユウイ様ありがとうございます。
私は大公殿下から話をお預かりしております。しかし、私が相手では
納得いかないという事であれば、
大公殿下の御許みもとへご案内するようにも、言われております。」

ラティスが口を開く前に、話を聞くことに、アマトは同意する。
暗黒の妖精なら言うだろう、『そいつが出てこい。』と。
ちなみに、リーエは姿を隠し、ラファイアは光折迷彩を使用し
姿を消している。

「まずは皆さま、特にアマト様には深くおびを申し上げます。
びのしようもございませんが、
もし、の気持ちで、皆様のご不興ふきょうおさまりますなら、
うかがってくるようにと、殿下も申しておりました。」

アマトは考えていたこと言う。

「望む事は、このまま何もなく公都を離れさせてもらいたい。
これが第一です。」

「承りました。で、他には。」

「ありません。」

「殿下のほうから、あなた様方が公都を離れたいと言われるなら、
このようなおびの条件をお話しせよと、あらかじめ申しつかっております。

『この公都でなされた事は、一切何もなかったこととして扱わせてもらう。
退去するのであれば、鉄馬車はこちらで用意させる。』

あと、・・・。」

「それだけで充分じゅうぶんです。」

「わかりました。鉄馬車を、至急用意させていただきます。
手形通行書パイザもともに、お届けします。」

「それと、アマト様・エリース様の学友の男ですが、
結界を無理にやぶろうとして、魔力を使い続けて、
人格崩壊していたと話を聞いております。
もう自分がだれなのかもわからないでしょう。
独学中のとして、家族に引き渡す予定になっております。」


・・・・・・・・


イルムが去った後、アマトは早速2人の妖精につるし上げられた。

「あんた交渉って言葉知っている。どうせならギルス金貨の20枚でも
宝物庫から持ってこいと、なぜ言わないのよ。」

「あれじゃ、あの時、力を行使して助けた私が、アマトさん
馬鹿みたいじゃないですか。」

 ふたりは仲が悪かった様子なのに、なぜか僕を責める時の連携はすごい。
ただ、僕と契約してるんだよね。
僕とふたりの妖精さんと、エリースとリーエさんの関係とは、
なんか違うような気がする。

たとえば、他の超上級妖精と契約者との関係はどうなんだろう。
あ、今、帝国には他の超上級妖精契約者はいないのか、
今のところ永遠の謎になるっぽい。

これにエリースが加わってきた。

「ア・マ・ト・義兄ィ。あれって私、自主退学になるんだよね。」

リーエさんも現れ、エリースの気分を察したのか、僕をにらんでいる。
助けを求めて、ユウイ義姉ェに目配せをする。
ユウイ義姉ェはニッコリ笑って言った。

「アマトちゃん。自分のしでかした事は、自分で処理しなければ、
ダメでしょう。」

んだ・・・。』

アマトは、それから2時間は責められる事になった。
彼が今日を厄日やくびと思ったかはさだかでない。


☆☆☆☆


 それから2日後、真新しい荷車付きの6人乗りの長距離用鉄馬車が、
イルムによって届られた。荷車の中には、
白銀のパイザ(帝国内自由通行書)と
相当な数の白金貨・金貨が用意されてあった。

あわててアマトが断ろうとすると、イルムが、

「アマト様、当然にもらえるものは、もらわないと、
ふくむところがあるんじゃないかと、逆に警戒されますよ。」

と微笑みながら話し、付け加えて、

「差し出がましいようですが、帝都のアバウト高等学院の公募は、
前王帝陛下崩御ほうぎょの期間が開ける
今月までなされていません。来月に応募・試験があるでしょう。」

「もし、エリース様が高等学院へ進む事をお考えなら、
頭の片隅にでも置いておかれてもよろしいかと。」

「近い将来、このノープルが新帝都になるでしょう。
今の帝都は単なる地方の一都市になりましょう。
帝都は先々帝の愚行と戦乱の傷がえておりません。
人材は流失・枯渇こかつし、先帝の御代みよになっても、戻るものもほとんど、
おりませんでした。」

「そんな田舎の都市に、どんな才幹が現れようと、レオヤヌス大公国
いや新帝国は無視するでしょう。あなた達が、関与してこない限り。」

帝都で大人しく生涯を送れば、僕らにちょっかいは出さないという事か。
アマトは、イルムの言動の流暢りゅうちょうさに、一つだけ聞いてみる。

「あなたは、大公国の軍師でしょう?表には出てこない。」

穏やかな表情で、イムルが答える。

「殿下のめかけの一人と、思ってはませんでしたか?」

「アマト様、人はある能力がいちじるしく欠けると、
おぎなうため何らかの力が発達するものです。
あなたの、その読みの鋭さ、大事にお育て下さい。」

「殿下より、あなたがたの旅立ちまでは、
丁重ていちょうにいたせ。』と申しつかっております。
出立の日・刻が決まれば、前日までに宿にお届けください。
つつがなく公都を出られるよう差配さはいさせていただきます。
では、これで。」

と言って宿を去っていった。

アマトは女性にこんなふうに、められたのは、初めてかなと思っていた。
なんか、嬉しかった。
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