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Ⅶ アピス!?誰それ。わたしはラティス!編(1)

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第1章。公都ノープル


「暗黒の妖精アピス!!」

若い衛兵が大声で叫ぶ。
その声を聞いて、滑空翔兵かっくうしょうへい達は剣や槍を、美しい暗黒の妖精に向け、
騎士達はその目の前に魔法円を構築する。

石の門の上の鐘は鳴り響き、公都に木霊こだまし、さらに中の鐘も次々に呼応し、
鐘の音が広がっていく。
後ろで順番を待ってた人々は、祈りの姿勢をとるか、
ラファイスの聖印五芒ごぼう星を胸の前で描く。

「アピス⁈ 誰それ。わたしはラティス。」

ラティスの凛々りりしい声が、天まで届けばかりに響き、人々を我に返らせる。
若い衛兵の後方にいた上官が、彼が持ってた手形通行書を奪い取り、
さっと目を通す。そして、

「どこにアピスと書いてあるか、ラティスと書いてあるではないか。」

しかりつけ、さらに大きな声で、

「そちらの美しい妖精の方さま。騎士・翔兵の方々。またその他大勢の方々、
当方の間違いでありました。」

「本当に失礼をいたしました。」

と叫んだ。

 検問所で、そのようなゴタゴタはあったが、無事に入街が許される。
城門を抜けると、きれいな石畳みの道が続く。道は丁寧ていねい舗装ほそうがしてあり、
わだちの跡もほとんどない。
道幅は広く、道の周りのレンガ造りや石造りの家々も、整然としており、
くたびれてない。

街の中心に向かうと、色々な装束しょうぞくの人々がいる。
明らかに王国や武国・商連合国・工都市国など、
政治的には上手くいってない諸国の商人も見られる。
昼間から酒を飲んで道のかたわらで寝ているような人もいない。
アマトは、日が昇る勢いの国の公都というものがどんなものか、肌で感じる。

たぶん王宮からもそう遠くもないだろうと思えるような場所に、
アマト達が目指す宿はあった。
洒落しゃれたつくりの宿だった。
取り合えず無事についたことで、アマトはほっとした。


・・・・・・・・


 高等学院入学式のお客さんという事で、宿でも高級な部屋に通される。
宿帳に兄弟と記入したせいか、3人とも同じ部屋だ。
扉を閉めるなり、リーエも現れ、ラティス共々、アマトをじっと見つめる。

「アマトさん。何か言い忘れたことはありませんか?」

ラティスが重い口を開く。

『うわ~、〔さん〕づけだよ、こうなったら、生半可なまはんかなことじゃ通じないよな。』

アマトは、義妹エリースや義姉ユウイとの今までの経験から、
この状態がどういう事か悟っている。
けれど、『ふたりとも妖精だったよな。』と思いながらも、
吟遊詩人がうたう伝承を、ふたりに伝える。

「ふ~ん。そんな伝承が伝わっているの。
その聖女の名前をかんするこの街では、
今もアピスという暗黒の妖精が復讐ふくしゅうに来ると、
信じてるわけ!?」

「そんなひまな妖精なんて、いないわよ。」

風の妖精リーエさんも大きくうなずく。

「あ、一人だけいるかもね。いつも大ぼけをかます、歩く問題拡大再生産が。
けどあいつは、あと何百年は、こっちの世界にこれないだろうし・・・。」

「いた!天然大災厄さいやくが。けど、あいつも、ホイホイ現れるタマじゃないか。」

なんか、怖いことをラティスさんが、つぶやいている。

『あの~自分の事をまともと思ってません?』

これは言葉に出したら、すごい事になるな。アマトは言葉を飲み込む。

「特にアマトが悪いという事でもなさそね。」

ラティスの表情がゆるむ。

『そうだよ。そうだよ。理不尽りふじんだよね、僕に怒るというのは。』

「若い衛兵さんも、この世のものとは思えない、美しい妖精のラティスを見て、
恐慌きょうこうを起こしたのね。」

と、エリースが、久々に笑う。

『あの衛兵さんが、そう彼が全面的に悪いでしょう、そこは忖度そんたくするの?』

「エリース・リーエ・ボードゲームでもしようか?」

と、ラティスが誘う。

女性?のご機嫌きげんのとりかたは難しいと、3人がゲームにきょうじるのを見ながら、
アマトはこう思った。 

『今日は厄日やくびだ。誰が何といっても、厄日やくびだ。』


第2章。レオヤヌス大公


 エリースの元に、高等学院から、礼服と制服が届く。
アマトと違いエリースは、先方から来て下さい状態。
服だけではなく、いろんなものが支給されるらしい。

これは、レオヤヌス大公の経済施策が上手くいっているのもあるが、
なにより大公の考え方が、国民に周知されているものも大きい。

次期王帝にといった声が、他の公国・侯国からの帝国民から上がっているのも、
情報の操作のせいだけとは、言えないだろう。

『帝都遷都せんとが、もはや実際に公示が出たようなものとして、
人もお金も工事も動きだしている。』

カイム先生が公都の話をしていたっけ。


☆☆☆☆


 英傑えいけつと呼ばれるレオヤヌス大公。

間違いなく帝国史の、多大なページをく事になるだろう、生きる伝説。

彼が、帝国史に燦然さんぜんと輝くのは、〖あかつきの改新〗を、成し得たことだろう。

それは、先々帝の事から語らねばなるまい。

 先々帝アバウト=ゴルディール6世は、好色のきわみだった人物。
臣下の娘は勿論もちろん、妻でさえ気に入れば後宮に差し出すように命じた。

それに、双月教協会の結婚式の最中の花嫁を拉致らちし、歯向かう新郎を、
警護の騎士に両断させたため、帝国の精神的支柱の双月教との関係も
決定的に悪くした暴虐ぼうぎゃくの王帝。

 無論この暴挙が、彼一人で行えたものでなく、
ファン・ウィウス侯爵一族の支えがあって、行えたものであった。
侯爵一族は、先々帝の毒牙が、自分の一族の女性に降りかかったのにもかかわらず、
忠勤を誓い、先々帝のために、帝国本領に密告網を張り巡らし、
これに逆らうものを容赦なく投獄した。

そして、その褒美ほうびとして、帝国の財政運営を一手に握り、
相当な分をふところにいれたと言われている。

また、先々帝は、自分が飽きた女性は、下級貴族・騎士に、臨時恩賞として、
正室にせよと、押し付けた。

このような、乱行・蛮行にたえかね、帝都にきょを持ってた
貴族・騎士・兵士だけでなく、商人でさえ帝都から逃げ出す有様だった。

そして逃げ出した人々が頼った人物こそが、レオヤヌス大公であった。

 増上した先々帝は、三大公国の一つテムス大公国に、
絶世の美女と名高いファウス妃をめかけに差し出すよう圧力をかけたが、
テムス大公国アウレス大公は拒否。

 先々帝の、<テムス打つべし>の勅命ちょくめいが諸侯に下る。

レオヤヌス大公は、大公国の主だった者を集め、ラファイス湖に船を浮かべ、
あかつきの光のなか宣言した。

 『暴君と奸臣かんしんを打つべし。』

その決意は、直ぐにクリル大公国内外に広まり、数多くの諸侯・貴族・兵士が、
レオヤヌス大公の元に集まった。
それからは早かった。無人の野を行くように大公国軍は進み、
途中テムス大公国軍と合流。

帝国本領でも歓迎されて、むしろ名もなき戦士が多数加わり、帝都にせまった。
もう一つの大公国である、ミカル大公国のレリウス大公も、
レオヤヌス大公の蜂起ほうきに呼応し、時を同じくして、ウィウス侯爵領に侵攻。

 帝都攻略戦において、連合軍は物量戦を行い、一斉に魔力攻撃にて、
帝都の魔力障壁を破壊。
帝都の城壁や城塞じょうさい、城壁近くの街の建物の大半が倒壊あるいは焼失した。
その圧倒的な力の差に、意気消沈した前線の兵士達が、続々と連合軍に投降。
ファン・ウィウス侯爵一族も、さほど戦わずして全面降伏した。

 先々帝は、他国への亡命をくわだてるも、部下の兵士達に八つ裂きにされたという。

ファン・ウィウス侯爵一族の領地・財宝は没収。
男性は子供も含めてすべて、死をたまわった。
女性は、修道女として、双月教協会帝都本部に引き渡され、
一生下僕として扱われる事になった。

またファン・ウィウス侯爵一族が配した密告網も、白日の下にさらされ、
手先になってた者達には厳粛げんしゅくな処分が下された。

 レオヤヌス大公は、6世が自分の一族の娘に産ませた男児ネルファを、
アバウト=ゴルディール7世として即位させ、
弟ピウスを執政官として帝都に送り込み7世を補佐させた。

一方、公都ノープルに、帝国の政治・軍務の中心を移し、
帝都は儀式のみの祭礼都市とした。

即位から3年後、7世が急な病のため崩御ほうぎょ

 3大公国会議が、秘密裏に帝都で行われ、
レオヤヌス大公または大公の長男トリヤヌス公子が、
アバウト=ゴルディール8世として即位することに対し、
テムス大公国アウレス大公・ミカル大公国レリウス大公も異を唱えなかった。

あとは、先帝のが明けると同時に、遺言書が双月教の大司教の手で公開され、
8世の即位の運びとなる流れだった。


第3章。スカートの中の秘密


 宿の外には、いかにもという人物が交代で、宿の中では、
一階の応接広間などでさりげなく誰かが、アマト達一行を監視している。

暗黒の妖精に対する異常なまでの警戒感が伝わる。

こちらに、わからないように隠れて行うという意思は感じられないので、
彼らも仕事の一環と割り切って行っているんだろうけど、
見張られているほうは、ちよっと気持ちが悪い。
これはノープルの街だけだろうか、帝都は、他の街は、と考えてしまう。

「そんな伝承がのこっているなら、仕方がないわね。」

ラティスさんもこの件に関しては、妙に物分かりがいい。

「しかし、なんかのぞかれている感じが消えないのよね。」

カイム先生が属してた組織が送った、第二の暗殺者という線も考えられるので、
超上級妖精のリーエさんにも、索敵さくてき・探知をしてもらうが、
これといったものは、風の超上級妖精の知覚にも引っ掛からなかった。


・・・・・・・・


 翌日、エリースが礼服や制服の微調整がしたいという事で、
宿を追い出され、アマトは暗黒の妖精ラティスと市場へ来ている。

うわさが出回っているせいか、異常に注目度が高い。被征服国の領地に、
はじめて征服国の騎士が乗り込んだとしても、
今のこの状態の比ではないだろうと思う。

アピスの名でないにしろ、たぶん帝国で2人目の暗黒の妖精、
それも実体化した美貌びぼうの人外が、街を歩きまわっているのだから。

 そう、暗黒の妖精であるラティスさんが手をあげ、

『我、ラティスの名において、暗黒の妖精アピスに命ずる・・・・・・。』

とか言って、⦅神々の黄昏たそがれ⦆なんかやりだすんではないかと、
不安でしょうがないのだろう。

実際、暗黒の妖精アピスがやみの中からよみがえり、
公都ノープルのみならず、大公国まで滅ぼしていくというのは、
未来予想こどもむけ物語の定番だし、
近頃は、巨大化し、醜悪しゅうあくな化け物妖精と化したアピスが、
ラファイス湖の中から出現してくるという形の物語が、流行はやりらしい。

とにかく、ラティスさんの行く先では、人垣は2つに割れ、
道のかたわらでは、ラファイスの聖印五芒星ごぼうせいを胸の前で描く人があふれていた。
また小さな子供が母親に抱きつき、

「いい子になる。言われたこともよく聞くから、
暗黒の妖精に連れて行かせないようにして。」

と泣き叫んでいるのも聞こえる。たぶん、

『お母さんの言う事を聞かないと、暗黒の妖精アピスに連れていかれて、
二度とお母さんに、逢えなくなるよ。』

と、いつもしかられているんだろうなと想像する。

いや、ラティスさんはそんな怖い人じゃないからね、たぶん・・・・・。

 ある一軒の店の前で、ラティスさんが、足を止めた。女性の装飾品の店だ。

「高等学院に入校する、エリースのために、なんか買ってあげたら。」

怖いだけの妖精ひとじゃないよ、ラティスさんは。


・・・・・・・・


 エリースの髪飾りを買った後、ラティスさんは、ある店にぶらりと入る。
宝物商の店。
使用人が後すざりするなかで、
主人と思われる人が前に出てきて慇懃いんぎんに対応する。

「お客様。どういうご用件でございますか?」

ラティスさんは、スカートの中から一枚の白金貨を取り出して主人に見せる。
主人は手に取りじっと見つめる。

「ギルス白金貨ですな。」

「私も先代の大公殿下の宝物品の鑑定のとき、
一度だけ拝見したことがあります。」

白金貨を返しながら、主人は話を切り出す。

「貴重な品物を拝見させていただき、ありがとうございます。
つまり、こちらの品を私共に買い取って欲しいと?」

「あんたの言い値でいいわ。」

「困りましたな。こういう品は市場に出ないものでして。」

「盗品と疑っているの?」

「いえいえ、できればご尊名と、お手に入れられた経緯をお話いただければ。」

「わたしは暗黒の妖精ラティス。経緯は話す事はできないわ。
ただ、やましい品でない事は確かよ。」

と、ラティスさんは話す。

しばらく沈黙が続く。

「このノープルの街で暗黒の妖精とおしゃいますか。
わかりました、あなた様を信用いたしましょう。
この白金貨は、こちらで買い取らせていただきます。」

騎士の5年分の給料にあたる、白金貨・金貨・銀貨が支払われる。

「それって?」

僕はラティスさんに話しかける。

「妖精のスカートの中は、秘密がいっぱいてことよ。」
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