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Ⅱ 暗黒の妖精編(2)

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第3章。起点



 体に感じる風が少なくなる。風切り音が聞こえなくなり、
足が石畳の上に降りたのを感じる。

「目を開けてもいいわ。」

ラティスにうながされ、恐る恐る目を開ける。炎に照らされた、
見慣れた建物が瞳に飛び込んでくる。

「炎が出てたんで降りたんだけど、ここで間違いない?」

緊張したラティスの声が響く。

「ユウイ義姉さん。エリース。」

叫んで、駆けだそうとしたアマトを、背後からラティスが抱き止める。

「はなせ・・。・・はなして下さい。」

アマトはもがく。家の周りにはまきが積み重ねられ火が放たれていた。
パチパチという音、焼き焦げる匂い、炎による熱風、それらがアマトの五感に、
絶望を叩きつける。
しかし、ラティスは違った。

「ふふ、多面体立体障壁か。心配する必要はないようね。 
しかし、とんでもない化け物が、あの中にいる。」

と、薄く笑う。

頭上に松明をかざす多くの人の後ろ姿が見える。火の妖精と契約した者達が、
炎を次々に建物に放つ。

「アマトよく見なさい。彼らの炎は建物に届いていない。」

アマトは目をらす。確かに炎は建物の手前で消失している。

「後ろだ。アマトだ。妖精契約に失敗した奴だ。火あぶりにしろ。」

若い男の声がどこからか響く。面をかぶり、片手に松明、片手に得物をもって
建物を取り囲んでいた人々が、一斉に振り返りアマトを見つめる。
炎の塊がアマトへ、飛来する。

「ルーン!」

ラティスの声が響く。藍色の魔法円が出現、アマトの目の前で炎が消え去る。

ラティスが、かばうようにアマトの前に足を進める。

≪「我が名はラティス!暗黒の妖精!!アマトと契約をなしたるもの!!!」≫

≪「我が契約者アマトに手を出すというなら、死を覚悟せよ!」≫

怒りに満ち満ちた声と精神波、闇に浮んだ天をも滅ぼすような美貌びぼうに、
人々は凍り付いたようにラティスを見つめ、動きを止める。

「騙されるな。暗黒の妖精などいるわけがない。殺れー!」

再び若い男の声が響く。炎使いが次の炎を打ち出そうとする。
しかし、炎は現れようとしない。
男達の体の周りに赤い三重の魔法輪が、身体の自由を拘束する。

≪「警告はした。」≫

ラティスの姿が目の前から消える。《バシッ》《バキッ》と鈍い音が複数重なる。
そこに集まった皆が、音のした方向を振り向いた。
そこには、ガルスきっての炎使い達と言われた男達の、首のない肉体が何体も
直立し、光の粒と化してゆく。
かれらと契約していた妖精も、一瞬の姿を見せたが、すぐに消えてゆく。

その中央に、血化粧をまとい、炎に照らされた、美しき人外、ラティスが、
人々を睥睨へいげいする。

 暗黒の妖精が、《パチン》と指をならす。

上空に橙黒色の魔法陣が現れ、炎もまきの山も一瞬にして吸い込まれ、
すべてが消え去る。

『本物!?』アマトの家を囲んでいた者達は、ある者はその場にへたり込み、
ほとんどの者は恐怖から、慈悲と博愛の妖精ラファイスの聖印、
五芒星ごぼうせいを胸の前で描いた。

「さてどうしようか、アマト。」

ラティスはくらく笑い、再び魔法陣を空中に描きだした。

☆☆☆


「朝も暗いうちから何事か?」

不意に野太い声が、響き渡る。巡邏の騎士が馬上より、人々を睨みつける。
その声は、集った者達を、我にかえらせた。
頭が冷え、現実が突き付けられる。

『アマトは、妖精と契約ができなかったのか?暗黒の妖精だができていた。』

だとしたら、捕縛ほばくされれば、帝国法の騒乱・放火の罪で、今度は自分達が
火刑に処せられる。
この事実に、集まっていた人々は恐怖した。

「これはこれは、お手柄ですな。」

騎士の後ろについてきた、腹の出た、見るからに成金趣味の男が
大きな声を上げる。

「放火魔を皆様で追い詰め、こちらの美しい妖精様が退治してくださったとは。」

「実に素晴らしい、この街長ロナト感服いたしました。」

「アマト君、君達に恩賞をお渡しするので、後日、街役所へ取りに
来てくれないかな。」

魔法陣を消した、ラティスの目が一瞬光る。
底知れぬ者の眼差しに青ざめ、ロナトは言葉を改める。

「イヤイヤ、この街長ロナト自ら、ご自宅へお届しよう。
皆様方は恩賞はいりませんな。」

「それなら解散解散。今日もいい天気になりそうですな。」

暗黒の妖精ラティスは、軽く片手を上げ、短い呪を唱える。
呆然と立ち尽くしているすべての者の仮面が砕かれる。

≪きさまらの顔は、すべて覚えた。≫

彼らの頭に声が響いた。
立ちすくみ、面が砕かれた人間の中に、アマトが小さい時から知っている、
肉屋のトムスおじさん・野菜屋のキネマおばさんの顔も見えた。

人々が、慌てふためいて消え去るのを見届けて、ラティスは殺気を解いていく。

いつの間にか、ラティスはアマトの隣に移動していた。

「これで許すの、アマト?あまいわね。けどいいわ、
さあ、あんたの家族を紹介してくれる。」


第4章。風の超上級妖精


「ユウイ義姉ェ。エリース。僕だアマトだ。」

自宅の木のドアを、何度も何度も叩く。よく見ると、ラティスさんの言った通り、
焼きげ一つない。
ドアが開く。

「アマト義兄ィ大丈夫だった。なぜ直ぐに帰ってきてくれたの。
もう殺されたかと思ってたんだよ。」

義妹のエリースが泣き顔で、僕に抱きついてくる。
後ろから、目頭をいてた泣き笑い顔の、ユウイ義姉ェも加わってくる。

「アマトちゃん。本当にアマトちゃん。幽霊じゃないよね。」

「もし、アマトちゃんにもしもの事があったら、お姉ちゃんエイヤッて、
帝国を大地ごとひっくり返しちゃうんだからね。」

あゝ、いつも通りだ。僕は生きて帰れた喜びをかみしめていた。

後ろにいるラティスさんを見て、急にユウイ義姉ェが顔をこわばらせる。

「その後ろのキレイな方は。アマトちゃん、お姉ちゃん
女の人と付き合うなとは言わないわ。う~んと年上の方でもいいと思うわよ、
でも初めにお姉ちゃんに相談がなかったのは、さびしいな。」

完全に怒っている。なんで?相談?とにかくヤバい、あわてて僕は、
ラティスさんを紹介した。

「こちらはラティスさん。暗黒のエレメントの妖精さん。
契約して、なぜか実体化してしまったというか・・・。」

「あらあらそうなの。アマトちゃんと契約していただき、
本当にありがとうございました。
初めまして、私はアマトの義姉のユウイです。」

満面の笑みで、ユウイ義姉は、ラティスさんに挨拶あいさつをした。


☆☆☆


 4人は家の中へとはいる。ガルスの街のどこにでもあるような、
けど掃除の行き届いている食堂兼居間に入り、椅子に座った。

エリースは、別名殺戮さつりくの妖精と伝承されている、
暗黒のエレメントの妖精を警戒し、無言をとおす。
雰囲気を変えようと、アマトは気になっていたことを、エリースに聞く。

「エリースの契約はどうだったの。」

「それが聞いて聞いて、エリースちゃんは、風エレメントの上級妖精と
契約できたのよ。」

と、義姉ユウイが本当にうれしそうに言う。

「わ、おめでとう。末は準爵さまか。エリース準爵、かっこいいよな。」

アマトは道化を演じる。

それまで黙っていたラティスが、素っ気なく口をはさむ。

「本当の事をいったらどう。上級妖精で出来るのは、水晶型障壁まで。
最上級妖精以上の力を持つ妖精と契約してなければ、
多面体立体障壁はあり得ない。」

「今後の事もある。少なくとも家族には話した方がいい。」

エリースは、いったんラティスを睨み、ため息をついてから、話をし出す。

「ユウイ義姉ェ・アマト義兄ィごめん、隠そうとしてた。本当に契約したのは、
風のエレメントの超上級妖精。」

「名前はリーエ。」

エリースの身体が、淡く光だす。
緑色の髪・青色の瞳・白い肌・超絶の美貌の風の妖精が、
エリースの背後に現れる。けど、直ぐにエリースの後ろに隠れようとする。

「彼女、超恥ずかしがり屋さんみたい。」

微妙な顔で、エリースがリーエを紹介する。


☆☆☆


 本物の超上級妖精?僕は立ち上がり、妖精リーエの胸元に手を伸ばした。
手には、何も感じられなかった。

⦅超上級妖精の目に見える姿は実体ではない、蜃気楼のようなものだ。⦆

という話は本当だった。
だったら、完全実体化しているラティスさんは何級の妖精なんだろう?
ハッと、僕は4つの冷たい視線に気づく、

「アマト。契約の時、実体化した私の裸身を、食い入るように見ていたわね。
やはりあんたは、そういう男なの?」

とのラティスさんの言葉に、ユウイ義姉ェも、

「アマトちゃんのベッドの下に、裸のお姉さんの絵本があるのは知ってたけど、
今のはいけないわ。」

言い訳をしよううとした瞬間、エリースのビンタが、僕の左頬に炸裂さくれつした。
『バッチン』という小気味のいい音が、部屋中に鳴り響き、
ラティスが笑いだす。

「いいビンタね、手首の返しがいい。気にいったわ。エリース」

ラティスさんが立ち上がり手を前に出す。少し迷ったが、
エリースは握手に応じた。
殺気に似た雰囲気が一気に和らぐ。ラティスさんが付け加えて言う。

「リーエが、超恥ずかしがり屋さんでよかったね、アマト。
普通だったら、超上級妖精にそんな事をしたら、
瞬殺されてるわよ。」
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