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何を傷つく必要がある。琉賀が嘘をついていようと、俺に対する態度の全てが単なる遊びだろうと、別にどうでもいいだろう。俺にとってはむしろ好都合だ。そのことにもっと早くから気付くべきだったんだ。
以前から俺は、女どころか男にさえ、一度としてもてたことがなかった。いい気になっていたのかもな。モテ期だとかなんだとか思って。
「あ~あ、なんかすげえアホらしい。やめたやめた。考えるのやーめた」
堂々巡りするマイナス思考を強引に断ち切り、思考を方向転換する。
ただ不思議だったのは、あの二人がなぜ別れたのかということだ。相手を諦められずにいる琉賀と、自分から相手にキスした天王寺先輩。どう考えてもあの二人は両想いに思えてならない。
「誰が両想いだって?」
突然、頭上から声が降ってきた。独り言が漏れていたらしい。
いつもこういう時は琉賀が現れるので、俺はてっきり琉賀だと思って身構える。しかし、相手のことを見上げた途端、その予想は外れたことを知る。
「天王寺先輩……」
眼鏡をかけたその人は、珍しく微笑んでいた。その姿を確認した時、自然に出てきた感情に俺はぎくりとした。そう、俺は琉賀ではないことにがっかりしてしまったのだ。
「…………」
呆然としたまま固まってしまった俺。
「おーい、田辺。大丈夫か?」
それに対し、全く心配していない声と表情で訊いてくる天王寺先輩。
「あーーっ天王寺!それ以上、近付くなぁ!」
飛びかけていた意識が、奴の登場によって戻ってくる。
「き、さま……、ぜぇぜぇ、俺の、姫の、半径三メートル……はぁ、はあ……以内に近寄るな!」
琉賀尚雪のお出ましだ。全力疾走をしてきたのか、息を切らしながら天王寺先輩を睨みつけている。全く格好がついていない。
廊下の片隅で大勢の視線を浴びた経験は初めてのことだ。しかし、当然ながらそれは俺に集まっているわけではなく、この二人のイケメンのせいだった。そして琉賀という男は、こんな視線などものともせず、ところ構わずセクハラ行為を続行する。
「抱きつくな。変なところ触るな。俺は姫じゃねえっつの!」
公にできない部分をしつこくいじっていた琉賀を振り払い、その手をつねり、最後に肘鉄を食らわせた。
「うっ……姫、だんだん上手くなってきたね」
ほんの少し痛がってみせる琉賀だが、本当のところはどうだか分からない。
「そんなことより、俺は二人に訊きたいことがあるんだ。尚雪に天王寺先輩、二人は昔付き合っていたんでしょう?なのになんでこんなに仲が悪い、というか空気が重いというのかな。それはなんでかな」
この二人の様子を言葉で説明するのは難しく、俺の語彙力では上手く当てはめることはできなかった。もしかして、喧嘩別れでもしたのだろうか。
「……」
黙り込む二人。やはり何やら訳ありのようだ。
「俺らが付き合っていたこと、知っていたんだな」
急にしんみりした感じで話し始めた琉賀に、俺も表情を引き締めた。
「そうだよ。付き合っていた。でもそれは昔のことだ。今はそういう関係じゃないし、よりを戻すつもりもない。俺は幹仁が好きだからな」
きっぱりと言い切った琉賀は、俺を見て柔らかく微笑む。その笑顔で鼓動が高鳴る。
ここにきて、ようやく確信した。認めないわけにはいかない。俺はこいつのことを、いつの間にか好きになっていた。
「二人はなんで別れたの」
当然の疑問を口にした途端、琉賀の表情が険しくなった。地雷を踏んだんだろうか。
「いずればれるだろうから、教えてやる。実は天王寺はな、俺をストーカーしたんだ」
「え?」
俺はしばらく琉賀の言葉の意味が理解できずに、頭の中が真っ白になった。
「す、ストーカー?」
思わず天王寺先輩の仏頂面を凝視して、ここまでストーカーという単語が似合わない男はいないと思ったのだが、琉賀の言葉はあり得なさ過ぎて、それがかえって真実味を帯びているようにも思えてくる。
しかしいまひとつ半信半疑だという思いは拭えない。天王寺先輩の人柄をよく知っているだけに。それとも、恋人に対しては結構、ということもある。
俺が反応に困っていると、天王寺先輩は無表情のままで言う。
「違うと言っているだろう。お前の思い違いだ」
その言葉に内心ほっとしたのだが。
「あれのどこが思い違いなんだ?登校時も帰宅時も四六時中付け回して、俺の行動を逐一分刻みで把握し、挙句の果てにトイレまでついてきただろ」
「そこまで好きだったから仕方ないだろ。それに恋人だったから、それくらい許してくれたって」
どんどん天王寺先輩のイメージが壊れていく。人は見かけによらない。
二人とも怒鳴り合わずに静かに言い争っているのが、かえって怖かった。
「ストーカー行為は数ヶ月続いた。だがそれだけでは済まなかった。何があったと思う?」
突然話を振られ、俺は何と答えたらいいのか分からなかった。ここまでのやり取りでさえ、すでについていけてない。そんな俺に対し、琉賀はさらなる衝撃的な事実を述べた。
「俺がなかなかさせてくれないからと言ってな、何故か神楽坂と結託した挙句、無理やり犯された。あれはトラウマものだ。もはやレイプだ」
「……え!?」
「今でも、天王寺に名前を呼ばれただけでその時のことを思い出してしまう」
信じられない思いで天王寺先輩を見ると、俺の視線を受けて、天王寺先輩は無表情で応える。
「本当だ」
一瞬、世界が終わったのかと思った。突っ込む気力もなくして、俺は笑うしかなかった。
「あは、あははは」
男子校の秘密、いや、闇というのだろうか。それは深すぎて俺にはついていけなかった。日常でそういった行為を目の当たりにすることはあれど、信じていた先輩までやっていたという事実は、衝撃的過ぎて俺はもはや何を信じていいのやら分からない。それも、あの琉賀がやられたというのだから、明日は我が身と思って、常に警戒しておくに越したことはないと強く実感した。
以前から俺は、女どころか男にさえ、一度としてもてたことがなかった。いい気になっていたのかもな。モテ期だとかなんだとか思って。
「あ~あ、なんかすげえアホらしい。やめたやめた。考えるのやーめた」
堂々巡りするマイナス思考を強引に断ち切り、思考を方向転換する。
ただ不思議だったのは、あの二人がなぜ別れたのかということだ。相手を諦められずにいる琉賀と、自分から相手にキスした天王寺先輩。どう考えてもあの二人は両想いに思えてならない。
「誰が両想いだって?」
突然、頭上から声が降ってきた。独り言が漏れていたらしい。
いつもこういう時は琉賀が現れるので、俺はてっきり琉賀だと思って身構える。しかし、相手のことを見上げた途端、その予想は外れたことを知る。
「天王寺先輩……」
眼鏡をかけたその人は、珍しく微笑んでいた。その姿を確認した時、自然に出てきた感情に俺はぎくりとした。そう、俺は琉賀ではないことにがっかりしてしまったのだ。
「…………」
呆然としたまま固まってしまった俺。
「おーい、田辺。大丈夫か?」
それに対し、全く心配していない声と表情で訊いてくる天王寺先輩。
「あーーっ天王寺!それ以上、近付くなぁ!」
飛びかけていた意識が、奴の登場によって戻ってくる。
「き、さま……、ぜぇぜぇ、俺の、姫の、半径三メートル……はぁ、はあ……以内に近寄るな!」
琉賀尚雪のお出ましだ。全力疾走をしてきたのか、息を切らしながら天王寺先輩を睨みつけている。全く格好がついていない。
廊下の片隅で大勢の視線を浴びた経験は初めてのことだ。しかし、当然ながらそれは俺に集まっているわけではなく、この二人のイケメンのせいだった。そして琉賀という男は、こんな視線などものともせず、ところ構わずセクハラ行為を続行する。
「抱きつくな。変なところ触るな。俺は姫じゃねえっつの!」
公にできない部分をしつこくいじっていた琉賀を振り払い、その手をつねり、最後に肘鉄を食らわせた。
「うっ……姫、だんだん上手くなってきたね」
ほんの少し痛がってみせる琉賀だが、本当のところはどうだか分からない。
「そんなことより、俺は二人に訊きたいことがあるんだ。尚雪に天王寺先輩、二人は昔付き合っていたんでしょう?なのになんでこんなに仲が悪い、というか空気が重いというのかな。それはなんでかな」
この二人の様子を言葉で説明するのは難しく、俺の語彙力では上手く当てはめることはできなかった。もしかして、喧嘩別れでもしたのだろうか。
「……」
黙り込む二人。やはり何やら訳ありのようだ。
「俺らが付き合っていたこと、知っていたんだな」
急にしんみりした感じで話し始めた琉賀に、俺も表情を引き締めた。
「そうだよ。付き合っていた。でもそれは昔のことだ。今はそういう関係じゃないし、よりを戻すつもりもない。俺は幹仁が好きだからな」
きっぱりと言い切った琉賀は、俺を見て柔らかく微笑む。その笑顔で鼓動が高鳴る。
ここにきて、ようやく確信した。認めないわけにはいかない。俺はこいつのことを、いつの間にか好きになっていた。
「二人はなんで別れたの」
当然の疑問を口にした途端、琉賀の表情が険しくなった。地雷を踏んだんだろうか。
「いずればれるだろうから、教えてやる。実は天王寺はな、俺をストーカーしたんだ」
「え?」
俺はしばらく琉賀の言葉の意味が理解できずに、頭の中が真っ白になった。
「す、ストーカー?」
思わず天王寺先輩の仏頂面を凝視して、ここまでストーカーという単語が似合わない男はいないと思ったのだが、琉賀の言葉はあり得なさ過ぎて、それがかえって真実味を帯びているようにも思えてくる。
しかしいまひとつ半信半疑だという思いは拭えない。天王寺先輩の人柄をよく知っているだけに。それとも、恋人に対しては結構、ということもある。
俺が反応に困っていると、天王寺先輩は無表情のままで言う。
「違うと言っているだろう。お前の思い違いだ」
その言葉に内心ほっとしたのだが。
「あれのどこが思い違いなんだ?登校時も帰宅時も四六時中付け回して、俺の行動を逐一分刻みで把握し、挙句の果てにトイレまでついてきただろ」
「そこまで好きだったから仕方ないだろ。それに恋人だったから、それくらい許してくれたって」
どんどん天王寺先輩のイメージが壊れていく。人は見かけによらない。
二人とも怒鳴り合わずに静かに言い争っているのが、かえって怖かった。
「ストーカー行為は数ヶ月続いた。だがそれだけでは済まなかった。何があったと思う?」
突然話を振られ、俺は何と答えたらいいのか分からなかった。ここまでのやり取りでさえ、すでについていけてない。そんな俺に対し、琉賀はさらなる衝撃的な事実を述べた。
「俺がなかなかさせてくれないからと言ってな、何故か神楽坂と結託した挙句、無理やり犯された。あれはトラウマものだ。もはやレイプだ」
「……え!?」
「今でも、天王寺に名前を呼ばれただけでその時のことを思い出してしまう」
信じられない思いで天王寺先輩を見ると、俺の視線を受けて、天王寺先輩は無表情で応える。
「本当だ」
一瞬、世界が終わったのかと思った。突っ込む気力もなくして、俺は笑うしかなかった。
「あは、あははは」
男子校の秘密、いや、闇というのだろうか。それは深すぎて俺にはついていけなかった。日常でそういった行為を目の当たりにすることはあれど、信じていた先輩までやっていたという事実は、衝撃的過ぎて俺はもはや何を信じていいのやら分からない。それも、あの琉賀がやられたというのだから、明日は我が身と思って、常に警戒しておくに越したことはないと強く実感した。
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