男子校の秘密

朝飛

文字の大きさ
上 下
8 / 9

8

しおりを挟む
何を傷つく必要がある。琉賀が嘘をついていようと、俺に対する態度の全てが単なる遊びだろうと、別にどうでもいいだろう。俺にとってはむしろ好都合だ。そのことにもっと早くから気付くべきだったんだ。
 以前から俺は、女どころか男にさえ、一度としてもてたことがなかった。いい気になっていたのかもな。モテ期だとかなんだとか思って。
「あ~あ、なんかすげえアホらしい。やめたやめた。考えるのやーめた」
 堂々巡りするマイナス思考を強引に断ち切り、思考を方向転換する。
 ただ不思議だったのは、あの二人がなぜ別れたのかということだ。相手を諦められずにいる琉賀と、自分から相手にキスした天王寺先輩。どう考えてもあの二人は両想いに思えてならない。
「誰が両想いだって?」
 突然、頭上から声が降ってきた。独り言が漏れていたらしい。
 いつもこういう時は琉賀が現れるので、俺はてっきり琉賀だと思って身構える。しかし、相手のことを見上げた途端、その予想は外れたことを知る。
「天王寺先輩……」
 眼鏡をかけたその人は、珍しく微笑んでいた。その姿を確認した時、自然に出てきた感情に俺はぎくりとした。そう、俺は琉賀ではないことにがっかりしてしまったのだ。
「…………」
 呆然としたまま固まってしまった俺。
「おーい、田辺。大丈夫か?」
 それに対し、全く心配していない声と表情で訊いてくる天王寺先輩。
「あーーっ天王寺!それ以上、近付くなぁ!」
 飛びかけていた意識が、奴の登場によって戻ってくる。
「き、さま……、ぜぇぜぇ、俺の、姫の、半径三メートル……はぁ、はあ……以内に近寄るな!」
 琉賀尚雪のお出ましだ。全力疾走をしてきたのか、息を切らしながら天王寺先輩を睨みつけている。全く格好がついていない。
 廊下の片隅で大勢の視線を浴びた経験は初めてのことだ。しかし、当然ながらそれは俺に集まっているわけではなく、この二人のイケメンのせいだった。そして琉賀という男は、こんな視線などものともせず、ところ構わずセクハラ行為を続行する。
「抱きつくな。変なところ触るな。俺は姫じゃねえっつの!」
 公にできない部分をしつこくいじっていた琉賀を振り払い、その手をつねり、最後に肘鉄を食らわせた。
「うっ……姫、だんだん上手くなってきたね」
 ほんの少し痛がってみせる琉賀だが、本当のところはどうだか分からない。
「そんなことより、俺は二人に訊きたいことがあるんだ。尚雪に天王寺先輩、二人は昔付き合っていたんでしょう?なのになんでこんなに仲が悪い、というか空気が重いというのかな。それはなんでかな」
 この二人の様子を言葉で説明するのは難しく、俺の語彙力では上手く当てはめることはできなかった。もしかして、喧嘩別れでもしたのだろうか。
「……」
 黙り込む二人。やはり何やら訳ありのようだ。
「俺らが付き合っていたこと、知っていたんだな」
 急にしんみりした感じで話し始めた琉賀に、俺も表情を引き締めた。
「そうだよ。付き合っていた。でもそれは昔のことだ。今はそういう関係じゃないし、よりを戻すつもりもない。俺は幹仁が好きだからな」
 きっぱりと言い切った琉賀は、俺を見て柔らかく微笑む。その笑顔で鼓動が高鳴る。
 ここにきて、ようやく確信した。認めないわけにはいかない。俺はこいつのことを、いつの間にか好きになっていた。
「二人はなんで別れたの」
 当然の疑問を口にした途端、琉賀の表情が険しくなった。地雷を踏んだんだろうか。
「いずればれるだろうから、教えてやる。実は天王寺はな、俺をストーカーしたんだ」
「え?」
 俺はしばらく琉賀の言葉の意味が理解できずに、頭の中が真っ白になった。
「す、ストーカー?」
 思わず天王寺先輩の仏頂面を凝視して、ここまでストーカーという単語が似合わない男はいないと思ったのだが、琉賀の言葉はあり得なさ過ぎて、それがかえって真実味を帯びているようにも思えてくる。
 しかしいまひとつ半信半疑だという思いは拭えない。天王寺先輩の人柄をよく知っているだけに。それとも、恋人に対しては結構、ということもある。
 俺が反応に困っていると、天王寺先輩は無表情のままで言う。
「違うと言っているだろう。お前の思い違いだ」
 その言葉に内心ほっとしたのだが。
「あれのどこが思い違いなんだ?登校時も帰宅時も四六時中付け回して、俺の行動を逐一分刻みで把握し、挙句の果てにトイレまでついてきただろ」
「そこまで好きだったから仕方ないだろ。それに恋人だったから、それくらい許してくれたって」
 どんどん天王寺先輩のイメージが壊れていく。人は見かけによらない。
 二人とも怒鳴り合わずに静かに言い争っているのが、かえって怖かった。
「ストーカー行為は数ヶ月続いた。だがそれだけでは済まなかった。何があったと思う?」
 突然話を振られ、俺は何と答えたらいいのか分からなかった。ここまでのやり取りでさえ、すでについていけてない。そんな俺に対し、琉賀はさらなる衝撃的な事実を述べた。
「俺がなかなかさせてくれないからと言ってな、何故か神楽坂と結託した挙句、無理やり犯された。あれはトラウマものだ。もはやレイプだ」
「……え!?」
「今でも、天王寺に名前を呼ばれただけでその時のことを思い出してしまう」
 信じられない思いで天王寺先輩を見ると、俺の視線を受けて、天王寺先輩は無表情で応える。
「本当だ」
 一瞬、世界が終わったのかと思った。突っ込む気力もなくして、俺は笑うしかなかった。
「あは、あははは」
 男子校の秘密、いや、闇というのだろうか。それは深すぎて俺にはついていけなかった。日常でそういった行為を目の当たりにすることはあれど、信じていた先輩までやっていたという事実は、衝撃的過ぎて俺はもはや何を信じていいのやら分からない。それも、あの琉賀がやられたというのだから、明日は我が身と思って、常に警戒しておくに越したことはないと強く実感した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

そういった理由で彼は問題児になりました

まめ
BL
非王道生徒会をリコールされた元生徒会長が、それでも楽しく学校生活を過ごす話。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

処理中です...