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十六年前、夏。当時、浅原と禅宮時は共に近隣の国公立大学に通っていた。浅原は文学部に、禅宮時は工学部にそれぞれ所属していたので、学内で顔を合わせたことはなく、やはり知り合ったきっかけは大学の近くのコンビニのバイトだった。
禅宮時はずっと人に隠していた悩みがあり、そのせいか友人や恋人ができても一定の距離を取って接するようにしていた。
それが浅原や周りからすれば、大人っぽくてクールでカッコいいと思われがちだったが、実際は本当の自分を知られたら幻滅されるに違いないと恐れていたのだ。
禅宮時の秘密、それは恋愛感情というものに対する恐怖感だ。過去の恋愛で嫌なことを経験したのではなく、禅宮時の両親に関係している。両親は互いを深く愛し合うがために、その愛に目が眩み、禅宮時を置いて死んだ。自殺だった。
残された遺書には、まるで有名な文学作のような綺麗な愛情を表現する言葉ばかりがつらつらと綴られていた。それも、その言葉は息子に綴られたものではない。
「愛しのあなたへ」と曖昧には表記されていたが、明らかに夫婦が互いを想う言葉にしか見えなかった。
それが原因で、禅宮時は人を本気で想うことが怖くなった。愛することは死ぬことと同じだという思い込みが生まれ、自分が愛することはおろか、人から愛されることも恐れた。
いつか禅宮時も両親のような死に方をするかもしれない、もしくは無理心中を図ったり図られたりして殺し合いのような悲惨なことになってしまうかもしれないという強迫観念に囚われ、抜け出せなかった。
「だが、だからといって、俺が浅原にしたことは許されることではないんだ」
「禅宮時、それはもしかして……」
「あの時、俺は自分のことを守ろうとするばかりで、周りが、お前の気持ちが見えていなかった。お前の恋人を奪ったのは、嫉妬したせいでもあるが、お前が俺を嫌うようにしたかったせいでもある。だが、あの後お前の写真や動画をばらまいたのは俺ではない。俺がスマホに集めていたのを知ったお前の元恋人が勝手にやったことだ。俺に対する嫌がらせならば、俺の写真でもばらまけばいいものを、あいつは」
「ちょ、ちょっと待って下さい。つまり先輩は、私が好きだったけれど、トラウマが原因で素直になれずに、恋人を奪ったんですか?そして、写真や動画を何人かの私の元恋人たちからもらってまで集めていたと」
「実際はもらったというより、抜きとった物もあるけどな。これも本当はいけないことなんだが。二人とも、長話に付き合わせて悪かった。さっきの質問に答えよう。俺は昔から、今も浅原のことが好きだ。しかしだからといって、やったことは許されないと思っているし、浅原の元恋人がやったことも俺に責任があると思っている。自己満足だが、謝らせてくれ。すまなかった」
深々と頭を下げた禅宮時を前に、浅原は言葉を失った。内容が内容なだけに、何と言えばいいのか分からない。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。
しかしそんな浅原をよそに、それまで黙っていた鹿島が口火を切った。
「それで、俺にまでそんな話を聞かせた理由は何ですか?禅宮時さんと浅原さんの過去も、関係ないとまでは言いませんし、知れてよかったですが、俺はまるきり部外者ですよね」
「勝手なことを承知で、鹿島に頼みがあるんだ。浅原のことを頼む。できれば俺のことを忘れるほど幸せにしてやってほしい」
それだけ言って立ち去ろうとする禅宮時に向かって、鹿島ではなく浅原が声を上げた。
「自惚れるのも大概にして下さい。あなたのことなんて、こうして再会するまではすっかり忘れていましたよ。一度結婚も経験しましたしね。それでも」
勝手に声が震えるのを止められなかった。
「それでも、きっとどこかでは忘れていなかった。忘れられてなかったんですよ。そのせいか、隣であなたたちがやっている音を聞いた時、あなたの声を体で覚えていて、勝手に欲情してしまいました。私の気持ちまであなたの都合で切り捨てないでください」
「だ、そうですよ。禅宮時さん。残念ながら、退場するのは俺の方ですね」
「鹿島君、君も待ちなさい」
「へ?」
呆然とする二人を前に、浅原は覚悟を決めて堂々と言い放っていた。
「私は鹿島君も好きなんだ。いくら悩んでも結論を出せなかった。どちらかを選ぶのは無理だ。禅宮時先輩の話を聞いて、決めた。私はどちらも好きでいる。付き合えと言われたらどちらとも付き合う。片方が無理と言うなら付き合わない」
「は?お前、正気か」
「浅原さん、また熱が上がったんじゃあ」
鹿島が心配して額に手を伸ばしてくるが、思った通りちゃんと温かい。つまり、悩みが解決して一瞬で治ったのだ。
「ない。熱はなさそう」
「なんだと?おい、代われ」
今度は禅宮時が触れてくるが、結果は同じだ。
「だから、風邪ではないと言ったでしょう。ああ、すっきりした」
訳が分からないという顔を突き合わせる二人をよそに、浅原は一人、満面の笑みで伸びをした。
「それで、結局あなたは二人を選んだということね?」
後日、会社で植村を呼び止めて事の次第を掻い摘んで説明すると、彼女は可笑しそうに笑った。
何でも、植村と鹿島は幼馴染みで、鹿島にお願いされて浅原に敵意を抱くライバル役を任されていたらしい。
その作戦は大方成功したかに思われた。浅原が嫉妬したのは間違いないのだが、いつまでも進まない関係に焦れてあの提案を持ち出したという。
「ああ言えば、浅原さんは否定してくれると思っていたんだけれど、もう一人気になる相手がいたのなら無理はないわね」
「その説は、どうも」
鹿島が浅原の隣で頭を下げる。それを軽く笑って流しながら、植村は目を細めた。
「でも、これからが大変よ。その禅宮時って人がどんな人か知らないけど、納得できないと思う。三人で幸せに、なんて普通はあり得ないわ。奪い合いも傍から見たら面白いんだけれどね」
そう言って忠告してくる植村とは対照的に、舘宮の反応は斜め上を行った。
「いいねえ。3Pすることになったら、俺も混ぜてよ。4Pとか楽しそう。あ、何なら俺が撮影役やってもいいよ」
なんて言って目を輝かせるので、禅宮時は言い含めるのに苦労していた。正直、浅原はそれもいいかもしれないと思ってしまったのだが。
鹿島を見ると、きっぱりと言い切った。
「3Pは嫉妬でおかしくなりそうだからだめ。……当分は」
最後の方は、浅原の残念そうな顔を見て付け足された。
「俺は、基本的に二人の邪魔はしない。どうしてもと浅原に頼まれたら考えなくはない」
と、何だかんだ言いつつ全面的に反対する人はいないようだった。
浅原と鹿島と禅宮時、三人の奇妙な恋愛関係はこれからも続く。無論、時々、隣人の舘宮に盗み聞きされないように気を遣いながら。
禅宮時はずっと人に隠していた悩みがあり、そのせいか友人や恋人ができても一定の距離を取って接するようにしていた。
それが浅原や周りからすれば、大人っぽくてクールでカッコいいと思われがちだったが、実際は本当の自分を知られたら幻滅されるに違いないと恐れていたのだ。
禅宮時の秘密、それは恋愛感情というものに対する恐怖感だ。過去の恋愛で嫌なことを経験したのではなく、禅宮時の両親に関係している。両親は互いを深く愛し合うがために、その愛に目が眩み、禅宮時を置いて死んだ。自殺だった。
残された遺書には、まるで有名な文学作のような綺麗な愛情を表現する言葉ばかりがつらつらと綴られていた。それも、その言葉は息子に綴られたものではない。
「愛しのあなたへ」と曖昧には表記されていたが、明らかに夫婦が互いを想う言葉にしか見えなかった。
それが原因で、禅宮時は人を本気で想うことが怖くなった。愛することは死ぬことと同じだという思い込みが生まれ、自分が愛することはおろか、人から愛されることも恐れた。
いつか禅宮時も両親のような死に方をするかもしれない、もしくは無理心中を図ったり図られたりして殺し合いのような悲惨なことになってしまうかもしれないという強迫観念に囚われ、抜け出せなかった。
「だが、だからといって、俺が浅原にしたことは許されることではないんだ」
「禅宮時、それはもしかして……」
「あの時、俺は自分のことを守ろうとするばかりで、周りが、お前の気持ちが見えていなかった。お前の恋人を奪ったのは、嫉妬したせいでもあるが、お前が俺を嫌うようにしたかったせいでもある。だが、あの後お前の写真や動画をばらまいたのは俺ではない。俺がスマホに集めていたのを知ったお前の元恋人が勝手にやったことだ。俺に対する嫌がらせならば、俺の写真でもばらまけばいいものを、あいつは」
「ちょ、ちょっと待って下さい。つまり先輩は、私が好きだったけれど、トラウマが原因で素直になれずに、恋人を奪ったんですか?そして、写真や動画を何人かの私の元恋人たちからもらってまで集めていたと」
「実際はもらったというより、抜きとった物もあるけどな。これも本当はいけないことなんだが。二人とも、長話に付き合わせて悪かった。さっきの質問に答えよう。俺は昔から、今も浅原のことが好きだ。しかしだからといって、やったことは許されないと思っているし、浅原の元恋人がやったことも俺に責任があると思っている。自己満足だが、謝らせてくれ。すまなかった」
深々と頭を下げた禅宮時を前に、浅原は言葉を失った。内容が内容なだけに、何と言えばいいのか分からない。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。
しかしそんな浅原をよそに、それまで黙っていた鹿島が口火を切った。
「それで、俺にまでそんな話を聞かせた理由は何ですか?禅宮時さんと浅原さんの過去も、関係ないとまでは言いませんし、知れてよかったですが、俺はまるきり部外者ですよね」
「勝手なことを承知で、鹿島に頼みがあるんだ。浅原のことを頼む。できれば俺のことを忘れるほど幸せにしてやってほしい」
それだけ言って立ち去ろうとする禅宮時に向かって、鹿島ではなく浅原が声を上げた。
「自惚れるのも大概にして下さい。あなたのことなんて、こうして再会するまではすっかり忘れていましたよ。一度結婚も経験しましたしね。それでも」
勝手に声が震えるのを止められなかった。
「それでも、きっとどこかでは忘れていなかった。忘れられてなかったんですよ。そのせいか、隣であなたたちがやっている音を聞いた時、あなたの声を体で覚えていて、勝手に欲情してしまいました。私の気持ちまであなたの都合で切り捨てないでください」
「だ、そうですよ。禅宮時さん。残念ながら、退場するのは俺の方ですね」
「鹿島君、君も待ちなさい」
「へ?」
呆然とする二人を前に、浅原は覚悟を決めて堂々と言い放っていた。
「私は鹿島君も好きなんだ。いくら悩んでも結論を出せなかった。どちらかを選ぶのは無理だ。禅宮時先輩の話を聞いて、決めた。私はどちらも好きでいる。付き合えと言われたらどちらとも付き合う。片方が無理と言うなら付き合わない」
「は?お前、正気か」
「浅原さん、また熱が上がったんじゃあ」
鹿島が心配して額に手を伸ばしてくるが、思った通りちゃんと温かい。つまり、悩みが解決して一瞬で治ったのだ。
「ない。熱はなさそう」
「なんだと?おい、代われ」
今度は禅宮時が触れてくるが、結果は同じだ。
「だから、風邪ではないと言ったでしょう。ああ、すっきりした」
訳が分からないという顔を突き合わせる二人をよそに、浅原は一人、満面の笑みで伸びをした。
「それで、結局あなたは二人を選んだということね?」
後日、会社で植村を呼び止めて事の次第を掻い摘んで説明すると、彼女は可笑しそうに笑った。
何でも、植村と鹿島は幼馴染みで、鹿島にお願いされて浅原に敵意を抱くライバル役を任されていたらしい。
その作戦は大方成功したかに思われた。浅原が嫉妬したのは間違いないのだが、いつまでも進まない関係に焦れてあの提案を持ち出したという。
「ああ言えば、浅原さんは否定してくれると思っていたんだけれど、もう一人気になる相手がいたのなら無理はないわね」
「その説は、どうも」
鹿島が浅原の隣で頭を下げる。それを軽く笑って流しながら、植村は目を細めた。
「でも、これからが大変よ。その禅宮時って人がどんな人か知らないけど、納得できないと思う。三人で幸せに、なんて普通はあり得ないわ。奪い合いも傍から見たら面白いんだけれどね」
そう言って忠告してくる植村とは対照的に、舘宮の反応は斜め上を行った。
「いいねえ。3Pすることになったら、俺も混ぜてよ。4Pとか楽しそう。あ、何なら俺が撮影役やってもいいよ」
なんて言って目を輝かせるので、禅宮時は言い含めるのに苦労していた。正直、浅原はそれもいいかもしれないと思ってしまったのだが。
鹿島を見ると、きっぱりと言い切った。
「3Pは嫉妬でおかしくなりそうだからだめ。……当分は」
最後の方は、浅原の残念そうな顔を見て付け足された。
「俺は、基本的に二人の邪魔はしない。どうしてもと浅原に頼まれたら考えなくはない」
と、何だかんだ言いつつ全面的に反対する人はいないようだった。
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