彼女が愛した彼は

朝飛

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休憩時、時芝の跡を付けてコンビニに入ると、時芝の近くで財布の中身を溢した。

「ああっ、やっちゃった」

 大袈裟に声を上げて拾い集めると、時芝が拾うのを手伝ってくれる。

「すみません、手伝ってもらっちゃって。お詫びにスイーツを一つ奢らせて下さい」

 集め終わって立ち上がりながら礼を言うと、時芝は首を振った。

「いいえ、もらえません。失礼します」

 時芝の声は高音で、見た目と同じくとても綺麗だ。一瞬、ここで引き下がるべきかとも思ったが、背を向けた時芝を呼び止める。

「待って下さい。じゃあ、そこの公園のベンチで一緒に食べませんか?」

 通りの向こうにあるあの公園を指差す。本当はこれが目的なのだ。

「ナンパですか?そういうの、迷惑……」

 嫌悪を露にした様子に、怯むでもなく賭けに出た。

「秘密、ばらされてもいいんですか」

 その言葉を発した途端、時芝の表情が変化した。怒りから焦りの色へ。変化が消えないうちに更に言葉を重ねかけたが、先に口を開いたのは時芝だった。

「分かり、ました。行きましょう」

 コンビニで会計を済ませて時芝の後に続く。体の線が細く、足がすらりと長い。だというのに、身長は178はある真也より10センチかそれ以上低そうに見えた。

「ここでいいですか」

 時芝の声に顔を上げると、そこにはいつも座っていたベンチがあった。

「ええ、構いません。へえ。ここ、かなり眺めがいいんですね」

 一週間も尾行していたとはいえ、ベンチからの景色は見たことがなく、素直な感嘆の声が出た。

 公園の中にあるにも関わらず、外側に向けられたベンチは珍しいと思っていたが、立ち並ぶビルがちょうど切り取られたように、ベンチから見える範囲ではぽっかりとない。そして、その代わりのように道路の上の空と、地平線の向こうには海がほんのりと覗いていた。

「そうでしょう。これが気に入って、ずっとここに通っているんです」

 時芝の顔に笑顔が浮かび、ほんの僅かに警戒が解ける。

「それで、私の秘密って何のことですか」

 揃ってベンチに腰を下ろすと、時芝が目元をきつくして尋ねてきた。

「時芝美埜里さん。あなたが、実は」

 耳元に唇を寄せて囁くと、時芝の目が見開かれる。

「どう、して。それを……」

「ほとんど勘だったんですけどね。確かな証拠を得たいので、一緒にあのホテルに来てくれませんか」

「なんでそんなことをしないといけないの」

 怒りを露にしながらも、怯えが隠しきれていない。

「それは、あなたが……、いえ、あなたたちが6年前に犯した罪の報復のためですよ」

 微笑みながらゆっくり言うと、時芝は青ざめていった。

「さあ、行きましょう。怖いことなんて何もありません。あなた方がしたことよりもね」

 あくまでも6年前の出来事を強調しながら、時芝の背を押そうとするが、勢いよく振り払われる。そして、時芝は辺りを見回す動作をした。

「あれ、逃げようとしてますか?」

 悪人になるのは思ったより難しくなかった。自分でも驚くほど冷たい声が出る。それもこれも、楓子の、そして自分のためを思えばこそだ。

 時芝が今にも助けを求めて大声を上げようとしているが、その耳元に低く、甘く囁いた。

「無駄ですよ。この時間帯は、ここは何故か人通りがなくなるんです。あなたも一人になりたくてここに通い詰めていたんじゃないですか?」

「わ、たし……は……っ」

 なおも逃げようとする時芝の腕を掴む。見た目通りかなり細い腕だ。

「さあ、時間がありません。休憩時間が終わる前に済ませますよ」

 ぐっと腕を引くと、ようやく観念したのか、時芝は真也に従って歩き始める。目的のホテルに着くまで、互いに無駄話は一切しなかった。

 自動ドアを潜(くぐ)り抜け、適当な部屋番号を選んで部屋へ向かう。無駄に煌びやかな内装をしているが、やたらと安っぽかった。

「心配いりません。部屋代は俺が持ちます」

 そんな心配はしていないだろう相手にかける、薄っぺらな飾りだけの優しさ。こちらを睨みつける時芝に笑いかけ、部屋に着くなりその体を抱き上げてベッドへ向かう。

 本当に、嘘のように軽い。

 口だけで笑いながら、時芝の服を乱暴に脱がしていく。そして体の全てが露になったところで、自らのネクタイの結び目に手をかけた。

「まっ……て。なんであなたまで脱ぐの」

 ここまでギリギリの冷静さを保っていた時芝の目が、再び焦りと恐怖に彩られていく。

「もちろん、こうするためですよ」

 抵抗しようとする時芝を押さえ込み、その体に覆い被さっていった。
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