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翌日から、夏木はそれまで以上に龍前に絡むようになった。遊びの誘い、昼食の誘い、仕事が終わる時間が重なるときは一緒に帰ろうと誘ってくる。正直、夏木といるのは心地よかったので、嫌な気はしなかった。
しかし一方で、夏木への気持ちを見極めることから逃げて、朝井と体を重ねた。狙った男は百発百中落とすだけあって、朝井の体はいくら貪っても飽きない。それでも、抱いている最中に夏木のことを考えてしまうことはしばしばあった。
夏木は正真正銘の男だから、朝井のように乳房があるわけではないが、代わりに自分と同じものがついているから、それをくわえたらどんな味がするんだろう。といういやらしい妄想から、もしかしたら自分が抱かれる側かもしれない。朝井が夏木だったらという浅ましい考えまで浮かび、これまで以上に欲望を溢れさせたりもした。
それを事後になって冷静に思い返したりすると、なにを考えているのだ自分は、と密かに悶絶したりした。これでは、まるで夏木を好きになってしまったみたいではないか。
そこまで考えが及んだとき、携帯が震えてメールの受信を伝えた。確認すると、夏木からである。このところ完全に私用のメールばかりになっていて、またお誘いの内容だろうかと頬が緩む。
「なにその顔。誰から?」
携帯を操作していると、寝そべっていた朝井が毛布を体に巻き付けて、後ろから覗き込んできた。反射的に隠そうとしたが間に合わない。取り上げられて、勝手に中を見られる。
「夏木くんじゃない。ちょっと借りるわね」
そう言うと、朝井自身の携帯も取り出して操作し始める。 背筋が寒くなった。まさか。
「なにやってるんだ」
慌てて取り返そうとするが、朝井の満足そうな顔に、手遅れなことを知る。こういう時の朝井は、行動が早い。
「今度、遊びにいってくるわね」
誰となんて聞くまでもなかった。
「先輩、メール見ましたよ。厄介なことになりましたね」
翌日の昼休憩に、食堂で夏木と顔を付き合わせて話す。昨日の朝井の行動は、すでに説明を終えていた。ちなみにもう一人の後輩は、話を聞かれたらまずいので今日のところは遠慮してもらった。
「あいつが浮気性なのは昔からだが、流石に携帯からアドレス抜かれたのは初めてなんだ。よほど夏木が気に入ったんだと思う」
溜め息をつきながら、頭痛を感じて目頭に手をやる。そんな龍前を見て、夏木は少し考える素振りをした後で、
「無視したいですけど、一度話をつけた方がいいとも思うんですよね」
「話をつけるって、なにを言うんだ」
「だから俺が、先輩を好きだってこと」
さらりと何でもないことのように口にされて、顔が熱くなった。
「おま、夏木」
「先輩が彼女さんの方が好きだとしても、俺は諦めません。奪ってみせます」
夏木は 大衆の面前でも構わずに言ってのけると、次の休日に朝井と会って話をしてくるから、心配するなと言った。
心配しない方が無理な話だった。
休日、二人をつけることにした。夏木にどこで会うかは聞き出しているが、後をつけることは言っていない。
その喫茶店に向かう途中の交差点に差し掛かった時だった。横断歩道の向こう側に、遠目からでもお似合いな美男美女が目につく。女の方が男の方に腕を絡ませているが、男は迷惑そうにしている。カップルの痴話喧嘩だろうかと思い、よく見てみると正体は夏木と朝井だった。
「喫茶店に着く前に会ったのか」
焦りが声に現れていた。それに後押しされて、信号が青に変わった瞬間に走り出す。
ここで見つかったらつけていたことがばれるとか、ばれたら何て説明するのだとか冷静に思う気持ちもあったが、それ以上に二人が一緒のところを見ていたくなかった。
「夏木、愛美」
息を切らしながら二人を呼ぶと、先に夏木がこちらに顔を向ける。
「先輩」
それに反応して、朝井も振り向いた。龍前に気づくと、驚くほど冷たい顔をする。
「あら、あなただったの」
「どういうつもりなんだ、愛美。そんなに夏木がいいのか。俺の大事な後輩にまで手を出すのか」
朝井が詮索されるのを嫌うことも、そうしたら朝井とは別れることになるということも忘れ、溜まったものが洪水のように溢れ出す。その内容が、だんだん飛躍したものになっていくのを感じたが、止まらなかった。
「夏木は俺が好きなんだ。朝井は男なら誰でもいいんだろ、わざわざ夏木に手を出すなよ」
終いには夏木を独り占めする台詞がするりと出てきて、困惑する間もなく、ようやく自覚した。
それを見た朝井がバカにしたように笑い、夏木の腕に絡みついた。
「あんた、男が好きになったのね。残念だけど、この人は私がもら――」
最後まで朝井が言う前に、夏木が動いた。朝井の手を振りほどき、龍前を抱き締め、その唇にキスをする。
悲鳴が上がった。それを背中越しに聞きながら、夏木と手を繋いで歩いた。街中だったが、恥ずかしくもなんともなかった。
呪縛から解き放たれ、羽のように体が軽くなっていた。
End
しかし一方で、夏木への気持ちを見極めることから逃げて、朝井と体を重ねた。狙った男は百発百中落とすだけあって、朝井の体はいくら貪っても飽きない。それでも、抱いている最中に夏木のことを考えてしまうことはしばしばあった。
夏木は正真正銘の男だから、朝井のように乳房があるわけではないが、代わりに自分と同じものがついているから、それをくわえたらどんな味がするんだろう。といういやらしい妄想から、もしかしたら自分が抱かれる側かもしれない。朝井が夏木だったらという浅ましい考えまで浮かび、これまで以上に欲望を溢れさせたりもした。
それを事後になって冷静に思い返したりすると、なにを考えているのだ自分は、と密かに悶絶したりした。これでは、まるで夏木を好きになってしまったみたいではないか。
そこまで考えが及んだとき、携帯が震えてメールの受信を伝えた。確認すると、夏木からである。このところ完全に私用のメールばかりになっていて、またお誘いの内容だろうかと頬が緩む。
「なにその顔。誰から?」
携帯を操作していると、寝そべっていた朝井が毛布を体に巻き付けて、後ろから覗き込んできた。反射的に隠そうとしたが間に合わない。取り上げられて、勝手に中を見られる。
「夏木くんじゃない。ちょっと借りるわね」
そう言うと、朝井自身の携帯も取り出して操作し始める。 背筋が寒くなった。まさか。
「なにやってるんだ」
慌てて取り返そうとするが、朝井の満足そうな顔に、手遅れなことを知る。こういう時の朝井は、行動が早い。
「今度、遊びにいってくるわね」
誰となんて聞くまでもなかった。
「先輩、メール見ましたよ。厄介なことになりましたね」
翌日の昼休憩に、食堂で夏木と顔を付き合わせて話す。昨日の朝井の行動は、すでに説明を終えていた。ちなみにもう一人の後輩は、話を聞かれたらまずいので今日のところは遠慮してもらった。
「あいつが浮気性なのは昔からだが、流石に携帯からアドレス抜かれたのは初めてなんだ。よほど夏木が気に入ったんだと思う」
溜め息をつきながら、頭痛を感じて目頭に手をやる。そんな龍前を見て、夏木は少し考える素振りをした後で、
「無視したいですけど、一度話をつけた方がいいとも思うんですよね」
「話をつけるって、なにを言うんだ」
「だから俺が、先輩を好きだってこと」
さらりと何でもないことのように口にされて、顔が熱くなった。
「おま、夏木」
「先輩が彼女さんの方が好きだとしても、俺は諦めません。奪ってみせます」
夏木は 大衆の面前でも構わずに言ってのけると、次の休日に朝井と会って話をしてくるから、心配するなと言った。
心配しない方が無理な話だった。
休日、二人をつけることにした。夏木にどこで会うかは聞き出しているが、後をつけることは言っていない。
その喫茶店に向かう途中の交差点に差し掛かった時だった。横断歩道の向こう側に、遠目からでもお似合いな美男美女が目につく。女の方が男の方に腕を絡ませているが、男は迷惑そうにしている。カップルの痴話喧嘩だろうかと思い、よく見てみると正体は夏木と朝井だった。
「喫茶店に着く前に会ったのか」
焦りが声に現れていた。それに後押しされて、信号が青に変わった瞬間に走り出す。
ここで見つかったらつけていたことがばれるとか、ばれたら何て説明するのだとか冷静に思う気持ちもあったが、それ以上に二人が一緒のところを見ていたくなかった。
「夏木、愛美」
息を切らしながら二人を呼ぶと、先に夏木がこちらに顔を向ける。
「先輩」
それに反応して、朝井も振り向いた。龍前に気づくと、驚くほど冷たい顔をする。
「あら、あなただったの」
「どういうつもりなんだ、愛美。そんなに夏木がいいのか。俺の大事な後輩にまで手を出すのか」
朝井が詮索されるのを嫌うことも、そうしたら朝井とは別れることになるということも忘れ、溜まったものが洪水のように溢れ出す。その内容が、だんだん飛躍したものになっていくのを感じたが、止まらなかった。
「夏木は俺が好きなんだ。朝井は男なら誰でもいいんだろ、わざわざ夏木に手を出すなよ」
終いには夏木を独り占めする台詞がするりと出てきて、困惑する間もなく、ようやく自覚した。
それを見た朝井がバカにしたように笑い、夏木の腕に絡みついた。
「あんた、男が好きになったのね。残念だけど、この人は私がもら――」
最後まで朝井が言う前に、夏木が動いた。朝井の手を振りほどき、龍前を抱き締め、その唇にキスをする。
悲鳴が上がった。それを背中越しに聞きながら、夏木と手を繋いで歩いた。街中だったが、恥ずかしくもなんともなかった。
呪縛から解き放たれ、羽のように体が軽くなっていた。
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