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 亜佳梨が処女じゃなかった――。

 そのことが蒼真の脳裏からこびりついて離れなかった。

 亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。亜佳梨が処女じゃなかった。

 いつからだ?
 いつ亜佳梨は処女じゃなくなったんだ?

 そして、誰だ?
 誰が亜佳梨の処女を奪ったんだ?

 わからない。
 何もわからない。

 亜佳梨はもう処女じゃない。
 亜佳梨はもう男を知っている。

 そんなことも知らずに亜佳梨に恋心を抱いていたのかと思うと、それまでの自分が情けなくなる。

 まるで道化師じゃないか。
 俺だけ空回りしていたのか。

 しかし。
 まったく気づかなかった。
 ずっと亜佳梨のことは見ていたつもりだった。
 なのに気づかなかった。
 亜佳梨が誰かと付き合っていたということに。

 誰だ?
 亜佳梨はいつ、誰と付き合っていたんだ?

 蒼真の頭の中に亜佳梨とかかわりがありそうだった男を順に思い浮かべてみる。

 部活か? クラスメイトか?
 同級生か? 先輩か?

 いるのか?
 亜佳梨と付き合っていたような男が――?

 自分よりも距離が近かった男はまったく思い当たらない。
 ずっと自分が亜佳梨のいちばんそばにいた。
 その自信はある。

 だったらなぜ初体験の相手、光友祥太の二人の男に先を越されているんだ?

 わからない。
 
 なぜ亜佳梨は俺以外の男を選んだんだ?
 俺のことが嫌いだったのか?
 
 わからない。

 亜佳梨が何を考えているのかわからない。

 とにかく亜佳梨はもう処女じゃなく、今も光友祥太という彼氏がいるということだ。
 
 皮肉なことだが、これまで以上に蒼真は亜佳梨を異性として意識するようになった。男の目で亜佳梨のことを見るようになっていた。亜佳梨の女の部分ばかりに目が行くようになっていた。

 亜佳梨のやつ、あんなに胸が大きかったんだ……。
 あんなに丸みのあるお尻をしていたんだ……。

 亜佳梨はもう祥太のものになっているというのに、祥太から亜佳梨にちょっかいを出すなと釘を刺されているというのに、亜佳梨のことが気になってしょうがなかった。

 正直なことを言えば、亜佳梨が祥太の彼女となって、亜佳梨が処女でないと知ってから、蒼真は亜佳梨のことをオカズにするようになった。

 亜佳梨は処女じゃなかった――。

 祥太がそういうことを言うということは、つまり、祥太も亜佳梨とそういうことをしたということだ。

 祥太と亜佳梨はもう恋人同士なのだから、そういうこともするだろう。

 しかしまだ、蒼真の心のどこかで、その現実を受け入れられないでいる。そんなことをするわけがないと思うことを諦められないでいる。

 わかっている。

 冷静に考えれば、祥太と亜佳梨は肉体関係にあるのは確実なのはわかっている。すべての状況が証拠になっているからだ。

 それでも祥太が亜佳梨の胸を揉んでいるなんて考えられない。祥太が亜佳梨のパンツを脱がせているなんてありえない。祥太が亜佳梨と裸で抱き合っているなんて信じられない。

 蒼真がどう思おうと現実は変わらない。けれども、蒼真はひたすらに現実を受け入れることを拒んだ。

 それだけが蒼真の精神を破綻から守る唯一の方法だった。

 だから、祥太から「亜佳梨の初体験の相手がわかったぜ」と言われたときは、それが誰か知りたいと思う反面、それを知ってしまったら自分を形成する核となるものが崩れてしまいような気がしていた。

 ある日の放課後、以前と同じように蒼真は祥太に屋上に呼び出された。

 頭上には腹立たしいほど晴れ渡った青空が広がっている。
 校庭からは部活の活気のある声が聞こえてくる。

「誰なんだよ」

 蒼真はストレートに祥太に訊いた。
 もう興味のないふりをするのはやめた。

 もし興味のないふりをして教えてもらえなかったら、これからの人生、ずっとそのことが気になることになる。聞かなかったことを後悔することになる。

 実際はそんなことを考えている余裕はなかった。
 ただただ知りたかった。亜佳梨の初体験の相手が誰なのか知りたかった。

「知りたいか?」

 祥太はもったいぶるように訊いてくる。

「ああ、知りたい」

 率直にうなずく。
 もうプライドも何もなかった。

「誰にも言うなよ」
「ああ、言わない」

 祥太は一度周りを見渡す。
 屋上には蒼真と祥太以外は誰もいない。

 誰にも聞かれていないことを確認した祥太はゆっくりと口を開いてこう言った。

「チュウサンノトキ、アイテハジュクコウノダイガクセイダッテヨ」

 一瞬、祥太の言った言葉が蒼真の中で意味を形成しなかった。

 チュウサン? 
 ちゅうさん?
 中さん? 
 中三?
 中三のとき?

 ジュクコウ?
 熟考?
 熟工?
 塾講?
 塾講の大学生?

 !!

 蒼真の脳内でその言葉が明確に意味をなしたとき、ひとりの男の顔が突如として浮かび上がってきた。

 黒川昌隆だ。

 中学生のとき、蒼真は亜佳梨と同じ塾に行っていた。そのとき亜佳梨の担当だった講師は一人しかいない。

 確かに黒川は亜佳梨と親しくしていた。
 だが、その親しさは講師と生徒の関係としてだ。
 塾の中だけに限った健全な関係。
 少なくとも蒼真はその認識だ。

 だから、亜佳梨の恋愛の相手を考えたとき、黒川は候補にもあがらなかった。そもそも黒川はいかにも人畜無害そうな、いかにも真面目そうな大学生だった。そういう点でも、黒川を除外してしまった。完全に盲点だった。

 まさかあの黒川がプライベートでも亜佳梨と親しくしていたとは……。

 まったく遊び人という感じのしない、いたって真面目な大学生。

 だが、その裏の顔は――。

 くそっ。
 黒川の野郎が亜佳梨のことをもてあそんでいたとは……。

「蒼真、知ってんの?」
「知ってる。この春大学卒業して今は名古屋にいるはずだ。名古屋で就職したって言ってたはずだからな」

 そうか。
 黒川は名古屋に行かなければならない。
 だから、黒川は亜佳梨を捨てた。
 そして、そんな亜佳梨の前に突如として祥太が現れた。
 祥太はまんまと亜佳梨の心の隙間をついた。

 すべてがつながったような気がした。

「そうそう。今名古屋にいるって言ってたわ。名古屋に行ったくせに、先月も亜佳梨に会いに来てたらしい」

 先月も会いに来てた?
 わざわざ名古屋から?

 あの野郎、亜佳梨をもてあそびやがって!

 蒼真は歯ぎしりをする。

「まあまあ、そう怒んなって。亜佳梨には彼氏ができたからって連絡とらせて、その大学生の連絡先も消させたからさ」

 祥太は蒼真が憤りを感じているのを敏感に感じ取り、取りなすように笑って言う。

「怒ってねぇよ」
「そうか、なんか蒼真、わなわな震えてたからさ」
「だから怒ってねぇつーの!」
「いいもの見せてやるから落ち着けって。ほら――」

 祥太がそう言って蒼真に見せたのは、スマホの画面に映された亜佳梨の上半身裸の写真だった。



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