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「俺、山岸亜佳梨と付き合い始めたから――」

 光友祥太からそう言われたとき、小畑蒼真の頭の中は真っ白になった。

「……嘘だろ?」

 今朝、亜佳梨に会って話をしたとき、そんな素振りは一切見せなかった。いつもの亜佳梨だった。

 だが、いつもの亜佳梨だと思っていたのは蒼真だけで、亜佳梨はもういつもの亜佳梨ではなくなっていた。

 すでに祥太のものになっていたのだ。

 そんなことも知らずに蒼真は亜佳梨とくだらない会話をして楽しいと思っていた。心をときめかせていた。

 もう他の男のものになっていることも知らずに――。

「いや、マジで。昨日亜佳梨に告白して、オッケーもらった」

 祥太は気持ちの悪いにやけた顔で答える。

 本当に気持ちの悪い顔をしている。
 腹が立つ顔をしている。

「あ、そうなんだ」

 蒼真はことさらに落ち着いたふりをして素っ気なく答える。

「いいんだよな?」
「何が?」
「俺が亜佳梨と付き合っても」
「いいも何も、俺は関係ねぇだろ?」
「そうだよな。別に蒼真は亜佳梨のことはどうでもいいもんな」

 祥太にそう言われ、蒼真はイラっとした。

 どうでもいいわけないだろ!
 今まで一度だって亜佳梨のことをどうでもいいなんて思ったことねぇよ!

 心の中ではそう思っていた。
 だが、表情には出さなかった。無表情であることを努めた。感情を表に出すべきではなかった。感情を露わにしたら負けだと思った。

「幼馴染みなだけだしな」

 蒼真は強がって言う。
 自虐的であったかもしれない。
 
 幼馴染みという最高のスタートラインを手にしながら、そのことに安心し、祥太に先を越された。蒼真が幼馴染みという地位でまごついているうちに、祥太は亜佳梨の恋人という地位を手に入れたのだ。

 蒼真は亜佳梨の恋人にはなれなかった。

 みすみすチャンスをふいにしたかもしれなかったが、結果は恋人になれなかったという事実だけが残った。

 蒼真は亜佳梨の幼馴染みでしかないのだ。
 これまでも、そしてこれからも――。

「そのことなんだけどさ」

 祥太は言いにくそうな表情でそう言いながらも、そこには優越感が滲み出ている。

「何だよ?」
「これからもう亜佳梨にちょっかいをかけないでくれるか?」

 祥太にそう言われて蒼真はキレそうになった。

 は? いつ俺が亜佳梨にちょっかいをかけたよ?

 そう言いそうになった。

 しかし、これまでの蒼真の亜佳梨に対する行動は、祥太からすれば、蒼真が亜佳梨にちょっかいをかけているようにしか見えなかったということだ。祥太の言い方には問題があると思うが、言いたいことはわからないでもなかった。

 とはいえ、蒼真のいらだちは収まらない。

「わかった。金輪際、亜佳梨とは絶対に口をきかねぇよ」

 蒼真は「絶対に」のところに力をこめて言った。

 俺と話ができなくなったら亜佳梨は絶対に悲しむ。それが祥太のせいだとわかったら、亜佳梨は絶対に祥太を恨むだろう。亜佳梨に恨まれればいいんだ――。

 蒼真はそんなことを思いながら、亜佳梨と絶交することを確約した。

 それから蒼真は亜佳梨と疎遠になった。
 家は近所なのに動線すら交わることもなくなった。

 蒼真の目論みは外れた。
 亜佳梨はいつまで経っても蒼真と距離ができたことに嘆くことはなかった。

 逆に日に日に祥太と亜佳梨がアツアツのカップルになっていくのが目に見えてわかった。

 蒼真は亜佳梨の幼馴染みの地位さえ失ってしまった――。

 そんなある日のことだった。
 祥太に聞きたいことがあると言われ、放課後に屋上に呼び出された。

「何だよ、聞きたいことって?」

 蒼真はふてくされたように言う。

 正直なところ、亜佳梨の恋人となった祥太との接し方がわからなかった。だから、祥太が亜佳梨と付き合い始めてから、蒼真は祥太のことを避けていた。

「正直に答えろよ」

 祥太は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「はぁ?」

 蒼真は祥太を睨む。
 質問する前から「正直に答えろ」とは言いがかりにもほどがある。

「何をだよ?」

 蒼真は逆に質問をして祥太を促す。
 そうでも言わなけれなば話は進まない。

「何をって、それは……」

 言い淀む祥太はどこか憔悴したような顔をしていた。

「蒼真……。おまえ、亜佳梨とヤッたのか?」
「は?」

 蒼真は訊き返す。
 意味がわからない。

「だから、亜佳梨とセックスしたのかって訊いてるんだよ」
「どういうことだよ?」
「だから、言った通りだよ。おまえらずっと仲良かっただろ? 亜佳梨の初体験の相手はおまえだったのかって訊いてるんだよ」

 え?
 どういうことだ?

 今度は蒼真のほうが憔悴する番だった。

「……お、俺じゃねぇよ。あいつとは何もなかったよ」

 蒼真はそう答えながら、なぜ祥太はそんなこと訊くんだ――という疑念が頭の中でぐるぐる回っていた。

 背中に大粒の汗が流れた。
 虫が這いまわっているような不快な感触だった。

「な、なんでそんなこと俺に訊くんだよ?」

 蒼真は呼吸困難に陥りそうになりながらも祥太に訊く。
 咽喉の奥のほうが痛かった。そして、胸が痛かった。

 祥太は亜佳梨の問題の相手が蒼真ではなかったことにホッとしつつも、搾り出すような声でこう言った。

「亜佳梨は処女じゃなかった――」




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