幼女と執事が異世界で

天界

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第7章

155,ドリル再臨

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 氷の台座が重い響きを立てて床に落ちる。
 さっき罠に当たったばかりだったので今回は何も起きずにちょっとホッとした。
 単独転移で台座の上に移動すると、腰に下げたランタンの照明範囲も同じように移動して周囲を照らす。
 気配察知Lv3によりかなり広くなった察知範囲には魔物の気配はない。

 ……一体いつになったら青いクリスタルが見つかるのだろうか。

 罠を回避するための苦肉の策とはいえ、氷の台座を投げてその上に転移するのは時間がかかって仕様が無い。
 歩くよりも圧倒的に遅い速度であるため遅々として進まない。
 いっそのこと壁を走って駆け抜けたい衝動に駆られるが、さすがにずっと壁走りを続けるのは難しい。
 壁を走りながら台座を作るのは無理だし、オレが乗れるくらいの氷の槍を打ち出して距離を稼ぐという案も通路がまっすぐならある程度は可能だろう。
 だが残念ながらまっすぐな通路などそれほど距離はないのが現実だ。

 ……壁を走って限界まで来たらグレートコーンを壁に打ち付けて、その上で休憩を取るのはどうだろうか。

 氷の台座を壁の近くに落ちるように放り投げてグレートコーンを壁に打ち付ける試みを実行してみる。
 突然増加した超重量に台座に一気に亀裂が走ったので追加で氷の台座を囲むように補強を入れる。危ない危ない。
 なんとかグレートコーンの超重量を耐えられるだけの即席の足場を確保したので振りかぶって壁にたたきつけてみた。

 一瞬叩きつけた衝撃で埃がパラパラ、と落ちてきたがグレートコーンは壁にめり込むことなく壁を若干へこませ、直撃痕を中心に亀裂を走らせただけだった。
 その亀裂もさすがは迷宮というべきか、どんどん小さくなっていく。
 これではグレートコーンを打ち付けて即席の休憩所を作るのは不可能だ。
 氷の螺旋槍などの直撃を受けても多少抉って終わるだけだったのだから、いくらグレートコーンといえど物理的な衝撃ではこんなものなのかもしれない。

 グレートコーンを仕舞い、大きく溜め息を吐くと氷の台座を作ってまた放り投げた。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 何度も分岐通路を通ったのに未だに青いクリスタルは見つからない。
 正直カトルゼを攻略し始めてから、同じ階層にいる時間としては最長なのではないだろうか。
 アルに会いたいという想いはじわじわじわじわ、オレの心を蝕んでいる。

 焦る心がミスを呼ぶ。

 単独転移で台座に移動した瞬間に気配察知範囲内に魔物を感知し、すぐに潰しに入る。
 しかしほぼ必中を誇っていた氷の槍が何本か外れた。
 暗闇で見えないが直撃したときの音が足りない。少しして壁に激突しただろう破砕音がする。
 その間にも魔物達はこちらとの距離を詰めている。
 しかも悪い事に魔物は足が速いタイプのようだ。
 この階層であれだけ足が速い魔物となるとスティールヘッジホッグだろう。ハリネズミ型の魔物で毛の硬度が異常に高く、足も異様に早い。
 普段ならオレがミスってもレーネさんが仕留めるか、近寄られてもアルがいるから何の問題もない。

 ……だが今はそのどちらもいない。アルがいない。


「クソッ!」


 精神状態が普通であればもっとたくさんの選択肢があっただろう。
 だが今のオレにはそんなものはなかった。
 氷の槍を避けられた事が頭にあったためスティールヘッジホッグの進行上の通路を塞ぐ形で氷の壁を作り上げる。
 突然作り出された壁に激突して、その異様なほどの速度が仇となったスティールヘッジホッグは赤い花を咲かせた。
 だが意外と距離があったのと通路を塞ぐ形で氷の壁を作ったために一気にMPをもっていかれてしまった。

 感覚的に残りはすでに1桁だろうか。

 残りの魔物は最初の氷の槍で全滅していたので問題ないが、1歩間違えば接近を許していた。
 アルがいない状況で魔物に接近を許すのは……正直怖い。
 もうずっとそんな状況にはなっていないので、抵抗感が凄まじい。

 MPを回復させるのとちょっと頭を冷やすのとで、氷の台座の上で頭を抱えた。
 何をやっているんだ、オレは……。

 自分があまりにも余裕がなくなっている現状を自覚して溜め息が出る。

 本当に何をやっているんだ、オレは……。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 一旦頭を冷やして多少余裕を取り戻したので、床に魔力を内包させた氷のブロックを落としてまくって安全を確かめる。
 ブロックを落としたのはもちろん罠の確認のためだ。魔力を内包させたのは当然転移の罠の確認のため。
 とりあえず今氷の台座がある周りは安全なようだ。

 氷のブロックが消滅したのを確認して床に下りて結界の魔道具を取り出して設置する。

 かなり広い範囲をカバーしている気配察知があるとはいっても迷宮内で休憩するのに結界を使わないのは慢心といえる。
 転移の罠には魔物も引っかかるのだ。気配察知内に魔物が転移してくることだってある。
 というか何度かあった。
 しかし結界魔道具を使っておけばその場から動けなくなる代わりに転移してきた魔物を結界の外にずらす事が出来る。

 魔物も突然転移させられると数秒はその動きを止める。
 オレにとってはその数秒で十分なので今のところ問題にはなっていない。

 ……まぁちょっとパニくったり、過剰な威力になったりはするけど……。

 そんなわけで結界の魔道具は休憩には必需品だ。
 結界の中でアイテムボックスから果物を取り出して齧る。
 もっと色々食料は入っているけれど、正直食欲が沸かない。でもお腹は空いているので無理やり食べる。
 今は1人なのだからきちんと食べておかなければいけないのだ。

 壁に背中を預けて膝を抱えながらチビチビ、と果物を食べて少し紅茶を飲む。
 相変わらずの蛍光色だが今ではこの色がオレの日常だ。
 アイテムボックスに入れておけば時間が止まって劣化しない。でもやっぱりアルが淹れてくれたばかりの紅茶の方が美味しい気がする。いや絶対そうだ。
 合流したらアルに紅茶を淹れてもらおう。

 そんなことを思えばちょっとだけ元気が出てきた。自然と口元にも笑みが出来る。

 しかしそんなちょっとした淡い時間は突然の闖入者によってぶち壊された。


「――ローゼ・シャル・ウィシュラウが相手になりますわ!
 ……あら? ここはどこですの?」


 金髪の縦ロールが眩しい貴族様は最後に見た時に持っていた細剣ではなく、真っ青で精緻な装飾が施された刃が透けて見えるほどのものすごく薄い直剣を構えながら突然現れた。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「お久しぶりですわ、わたりん。ご機嫌如何かしら?」

「あいむべりーたいやーどげっとあうとひあ」

「わたりん、それはなんという言葉ですの? わたくしの知らない言葉を知っているなんてわたりんは博識ですのね」


 突然現れた――転移の罠を踏んだのだろう――ドリルはやっぱりあのアリアローゼ・シャル・ウィシュラウだった。
 以前会った時よりもずっと使い込まれたのが分かる防具とそれとは対照的に一切の曇りのない真っ青な直剣。明らかに業物。つまりは魔道具だろう。


「それよりもわたりん。アル様はどこですの? わたくしアル様に挨拶がしたいですわ」

「今は別行動中です。あとわたりんはやめてください」


 きょろきょろ、と視線をあちこちに移しながら少し頬を紅潮させるドリルさん。
 正直に現状を話す必要も無いのでここは適当に流しておく。


「まぁ! カトルゼにソロで潜るのはお奨めできませんわ! いくら親友のわたりんでも過信は禁物というものですのよ!」


 オレの親友にドリルポジションはないはずなのだが、このドリルさんの中ではオレは親友らしい。しかも呼び名への抗議はスルーだ。


「それにしても困りましたわ。カイトとアンがはぐれてしまうなんて……。
 これでは1人で帰還するわけには参りませんわ」

「どっちかっていうとアリアローゼさんがはぐれたのでは?」

「あら、そんなことはありえませんわ! だってわたくしはアリアローゼ・シャル・ウィシュラウなのですわ!
 シトポーの祝福を受けし、王家に認められた勇者なのですから!
 あ、でもわたくしのライバルであり、親友のわたりんも同じくシトポーの祝福を受けていますから王家ですぐに認めてもらえますわ。一緒に勇者活動をしましょう!」

「いやです」


 相変わらず大仰な態度のドリルさんはここで演劇でも始めるつもりなのだろうか。しかも親友だけじゃなくてライバルにもなってるし。
 いやライバルなのはアルを渡さないためにありなのかもしれないが……。
 ていうか王家ってたぶんエストリア姫のことだろう。認められるとか与することになるから絶対無理。


「つれないですわ、わたりん。でもいつでもいってくださいまし。
 わたくしはいつでも待っておりますわ!
 さぁ帰りますわよ!」

「ちょ、まっ!」


 自由というか聞く耳をまったく持たないドリルさんがオレの手を取って歩き出そうとしたので、踏ん張ってその1歩を踏ませないようにする。ちなみに結界はすでに解除している。解除しない方がよかったかもしれないが……。
 この人なら最初の1歩から転移の罠を踏みそうな気がする。ていうか絶対フラグ立ってるだろこれ。


「なんですの、わたりん。わたくし急いではいませんけど、ゆっくりしている暇もありませんのよ?」

「アリアローゼさんは罠察知かなんかのスキル持ってるんですか?」

「そんなものありませんわ!」

「じゃあ罠を発見する類の魔道具は?」

「そんなものありませんわ!」

「……絶対罠踏みますよ?」

「わたくしにおまかせなさいな!」

「無理」


 大きな溜め息が長々とオレの口から抜けていった。


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