幼女と執事が異世界で

天界

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第2章

36,ランニング

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 薄い水色のワンピース。
 胸元に何かの花の刺繍が彩られている。
 小さな足首まで覆い隠すようなロングスカートは多少の風ならめくれる事はない。
 もし捲れてもその中にあるのはカボチャパンツだ。特殊な性癖の持ち主でもなければ問題はあるまい。
 髪は精緻に編みこまれ、前に垂らした毛先を軽くカールさせた髪が妙にくすぐったい。
 編みこまれた髪を留めるために後頭部には大きな青いリボンが乗っかっている。


 こんにちは、おはようございます、こんばんは。
 どうもワタリです。
 異世界生活3日目です。

 現在はすでに2つの太陽が真上辺りまで来ているお昼頃。
 エリザベートさんとの約束はお昼を一緒に食べるということ。
 そのときに集めてもらった情報を教えてもらうことになっている。
 情報収集を頼んでから1日経ってない状態でどの程度情報が集まっているか微妙なところだけど、それでもないよりはずっとましだ。
 それにエリザベートさんは結構自信があったように思える。
 たわわに実った大きなロケットを見事に張って太鼓判を押していたし。


 もうすぐ冒険者ギルドに着く。
 海鳥亭からはほとんど離れていないのですぐたどり着く事が出来る。
 だが今のオレからしたらその道程はかなり長い。

 慣れないスカート。
 カールした髪が風に乗って顔を優しく擽る。
 後頭部に装着されたリボンが同じく風に揺れるがこちらはくすぐったくない代わりにその存在を思い出させる。


 はっきり言おう、これは羞恥プレイである!


 オレは元男だ。
 だが今こんな格好をしているのは訳がある。なかったらただの女装趣味に目覚めたナニカになってしまう。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ちょっと巻き戻ってそれは今朝のことだ。
 昨日のうちにマスターに聞き出しておいた運動の出来そうな場所で軽く早朝トレーニングを行う為に少し早めにアルに起こしてもらった。

 服は昨日トレーニングしてから着替えた服そのままだったけど、特に問題はないだろうと思っていたら何やらアルが言い出した。


「ワタリ様、本日お召しになる服の候補を選別致しました。いかがなさいますか?」

「うん? あれ? 服いつのまにオレのアイテムボックスから? っていうかアルはオレのアイテムボックスから取り出せるの?」

「答えは否。ワタリ様が昨日整理中にお預かりいたしました。
 声もお掛けしましたが、夢中になっておられるようでしたので聞こえていなかったと存じます」

「おおぅ、まじすか。まぁ確かに結構無心でやってたもんなぁ……まぁいいや……って」


 アルが用意した服は3着。
 胸元に花の刺繍の入った水色のワンピース。
 ピンクの花柄のチュニックワンピースとニーソックス。ワンピースのスカート部分は水色ワンピよりは短めの膝丈。
 襟にフリルがたっぷりついている深い青のフロッキーブラウスとプリーツスカートとガーターベルト。

 まぁ買った物の種類が少ないから組み合わせはある程度限定されてしまうのは仕方ない。
 着まわしもある程度は利くしそれほどでもないとは思う。

 ただ問題なのは……。

 これをオレが着るということだ。
 アルが選んだ物なので全部なかなかセンスのよい可愛い系に比重が傾いている物だけど、悪くはない。

 水色のワンピースは清楚な雰囲気が前面に押し出されているおしとやかなお嬢様系。
 チュニックワンピは柔らかい感じがするふわふわガーリー。
 フロッキーブラウスとプリーツスカートの組み合わせはガーターベルトも相まってちょっと刺激的な大人の女性を意識した背伸びしたお姉さん系。

 うん、3種類ともそれぞれ趣向が違うし組み合わせ的にも悪くない。

 悪くはない……。


「アル、オレはコレを着るよ!」

「却下にございます」


 アルが用意した3種類から目を逸らし、アイテムボックスからおもむろに取り出した男物の上下を見せながら言ったのだが……1秒と待たずに即座に却下された。


「ふ、服は自分で選びたい……です」

「却下にございます」


 有無を言わせぬ従者君。
 なんだろう。凄まじく威圧感がある。ランカスターさんの威圧より遥かに怖い。


「で、でもほら今からトレーニングに行くわけだし! とりあえずこれで!」


 トレーニングに行くわけだからアルが選んだ服を着ることはできない。
 全部スカートだしさ。とてもじゃないが運動できるような服じゃない。
 なんとかアルを説得する素晴らしいいいわけを考えなければいけないし、とにかくその場は切り抜け教えてもらった場所まで行くことにした。

 宿を出る時に女将さんがまだ陽が登り始めたばかりなのに、ものすごい元気な大声で声をかけてきたのに苦笑しつつちょっと小走りで向かう。

 朝靄は出ておらず、それでも陽が登り始めたばかりの町並みは幻想的だ。
 夜の焚き火に照らされたファンタジー溢れる世界とはまた異なり、動き出した世界という感じがひしひしと伝わってくる。
 まだ陽が登り始めたばかりなのにそれなりに交通量もある。
 お店の開店準備に忙しそうにしている人もたくさんいて、すでに開店しているお店もちらほら目に付くくらいだ。

 あんまりゆっくり眺めていてはトレーニングの暇がなくなる。
 今日は場所の確認もあるのであまりのんびりはしていられない。
 小走りで目的の場所まで行くと、そこは街をぐるっと囲む壁の側を通る壁面に沿った外周路とでも言うべき場所だ。
 壁の補修なんかにもスペースが必要なので大きめに取られた道が壁に沿って延々と続いている。
 あまり人もこないし、見通しもいいのでランニングするには最適の場所だとマスターに教わったのだ。


「おー……これだけ見通しがいいなら不意打ちを受けることもなさそうだ」


 一体誰から攻撃されるのを前提にしているのかちょっと微妙だけど、備えや心構えはあったほうがいい。
 胸当てと篭手はつけていないけれど、靴とベルトと短剣はしっかり装備してきている。
 つけていない防具2つもアイテムボックスにいれてあるので不意打ちさえ受けなればなんとか出来るはずだ。

 ただランニングなので筋力増加と敏捷増加は外しておかないといけない。
 筋力増加は昨日の筋トレでつけているとどれだけ走らないといけないのかわからなくなるし、敏捷増加も走るのだから同じ結果になるだろう。
 長々と走るつもりもないのでこの2つを外して回復力に回して行う予定だ。

 敏捷に絶大な効果を与えてしまう黒狼石の短剣も今回はアイテムボックスの中だ。
 装備している短剣は銅の短剣。丸腰で走るのはちょっと頂けない。

 筋力増加を外したので防具が少し重い。2つしかつけていないのだが、ずっしりと重く感じてしまう。
 やはり筋力増加は相当なものだな。


「じゃぁアル、行って来るね」

「いいえ、私もついていきます」

「ん? そうなの? じゃぁ一緒に走ろうか」


 たぶんすぐ戻ってくることになると思うので待っててもらおうかと思ったのだが、ついてくるようだ。
 まぁ考えてみれば当たり前か。傍を離れないって宣言してたし。

 走りだしてすぐわかったが、やはり筋力増加、敏捷増加がないとすぐにばてた。
 500mも走らないで肩で息をしているような状態だった。

 回復力をその分増加させているのですぐに回復して走り出すのだが、走っては少し休憩、走っては少し休憩といった状態になってしまう。


「はぁ……はぁ……アルぅ~……こんな調子のランニングでも効果あるかなぁ?」

「答えは是。問題ないかと愚考致します」


 だらだらと汗を流し荒い息を無理やり整えるオレとは対照的な、涼しい顔で汗1つかかずについてくる今日は執事の格好じゃない従者君。
 今日から必要な時以外は昨日買った一般的な服を着てもらっている。
 アル的には特に拘りもないようで文句も言わずに着替えてくれたが、普通の服なのにこいつが着るとすげー似合う。イケメンは普通の服を着てもやはりイケメンのようだ
 でも休憩に入るとすぐに甲斐甲斐しく汗を拭いてくれるのでそれはありがたい。

 走ってはすぐ休憩する微妙なランニングを続ける。
 ある程度距離が進んだら戻る。はっきりいって、あんまり距離は走れていない。
 でもアルも大丈夫だと言ってるんだから大丈夫だろう。

 時間にして1時間も走っていないが最初の場所まで戻ってきた。
 はっきりいってしんどい。すぐにスタミナが回復して走れるようになるんだけど、走ったらすぐにそのスタミナも切れる。
 すぐに回復しては走る、の繰り返しだったので、精神的にひどく疲れるのだ。
 これなら筋力増加を少しつけて走る方がいいかもしれない……。時間は多少かかるけど。
 もしかしたら慣れるのかもしれないので、とりあえず今日はそのまま走ってみたがいまいち慣れなかった。

 朝食の時間制限もあるので、汗が染み込んだ服を浄化で綺麗にしてもらうとすぐに宿に戻った。
 今日は日の出のタイミングで起こしてもらったけど、明日はもう少し早めに起きた方がいいかもしれない。

 運動してお腹が大分空いてしまったのもあり、朝食はものすごく美味しかった。
 朝はマスターがいないので雑談することもなく、食べたらすぐに部屋に戻る。昨日と同じくウエイトレスのお姉さんがアルに一生懸命話しかけていたけど、アルの態度は終始つれなかった。

 がんばれお姉さん……無駄だろうけど。


 部屋に戻ってきて思い出した。
 服の言い訳考えてなかった……。

 ランニング中は予想外の状況にていっぱいだったし、朝食は美味しくて夢中だったし、お姉さんの頑張ってアルを口説く姿が面白かったしですっかり忘れていた。


「あ、アル……あ、あのね?」

「ワタリ様、私の使命はワタリ様のお世話をすることにございます。
 ワタリ様の御身を着飾ることもコレに含まれております」


 またものすごい威圧感が膨れ上がっている。
 あ、だめだ。無理。


「……はい……」


 結局その強烈な威圧感に負けたオレは最後の抵抗として水色のワンピースを選んだのだった。
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