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041,貴族様

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 グンドたちとの合流までずっと迷宮探索に明け暮れるというわけにもいかない。
 それなりに高い宿に泊まっているといっても、ずっと部屋にこもりっきりというのもおかしいしね。
 昼の食休みの時間を使って、宿の部屋から出てちょっとだけ外を散策する程度のことはやっておこうかなと思う。

 しかし、何の因果か、そういうときに限って厄介事というのは舞い込むものだ。
 妹神よ。そういうのはいらないんだけど?

「ほう。これはずいぶんと。よかろう。光栄に思うが良い! 貴様は私の妾になる栄誉を与えよう! ついでに鋼要塞も私がもらってやる! ありがたく思うが良い!」
「リーン、リウル呼んできて。あとギルドの偉いのも」
「かしこまりました」

 ルトたちといざ散策へ、と宿のフロントまで降りてきたところで、何やらちょび髭の頭のおかしい男に絡まれた。
 服は貴族が着ていそうな仕立ての良さげなもので、男の後ろには執事っぽい人間や、護衛っぽい人間を多数引き連れている。
 オレをみて開口一番のセリフがこれだ。
 どうみても定番のクソ貴族です、本当にありがとうございました。

 オレの泊まっている宿は、冒険者ギルドから徒歩数分の位置にある。
 リウルは今グンドたちに付き添っているので違う宿だが、ここから冒険者ギルドで事情を説明してから向かっても十分もかからないだろう。
 小声でリーンに指令を出すと、彼女が宿の裏口へ向かってこっそり移動を開始する。
 あとは、少し時間を稼げはいいだけだ。

「私に何用でしょうか、貴族様?」
「うむ。さあ、一緒に来るがいい」
「そう急がずともよろしいではありませんか。まずはお互いのことを知るところから始めるのはいかがでしょう? ちょうど向かいに雰囲気の良い店がありますので」

 こんなクソ貴族にはもったいないが、時間を稼ぐためには一芝居くらいはオレだって打てる。
 ミリニスル嬢たちを観察して培った本物の貴族令嬢の所作と笑顔を発揮するときだ。

「ふ、む。ま、まあいいだろう」
「では、参りましょう」

 それまでとは違った、リーンにお墨付きをもらった貴族令嬢の雰囲気を纏ったオレに、目の前の貴族とその他諸々が気圧される。
 完璧なまでに完璧な美幼女であるオレの容姿に、ミリニスル嬢のような生粋の貴族の令嬢としての所作が組み合わされば、それだけで場の主導権を握るのは容易い。
 まだまだ付け焼き刃だが、かなり頑張って練習したかいがあった。

 なにせオレは戦闘面では役に立たないからね。
 それ以外で色々とやれることはやっておかないと。
 特にミリニスル嬢たちとの出会いで、この国の貴族とはどういったものかを短い時間ではあったが学ぶことができた。
 大体オレの知っているものに近かったが、部分的に若干違っていたり、実際に所作を真似るのがちょっと大変だったりしたが。

 だが、リーンとふたりで寝るまでの時間で、ずっと訓練したりして大体ものにできた。
 実際に効果は抜群だったようだしね。

 ゆっくりと優雅に、気品漂う速度で宿を出ると、そのまま向かいのテラス席がある飲食店に入っていく。
 あとは適当に雑談でもしつつ、リーンたちの到着を待つだけだ。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 テラス席について、適当に飲み物を注文すると、頼んでもいないのにクソ貴族が如何に自分が優れているのかのたまいだした。
 貼り付けた笑顔でその戯言を右から左に聞き流していると、冒険者ギルドから慌てて走ってくる人たちがみえる。
 リーンを送り出してから、数分。まあまあの時間だろうか。
 リーンはそのまま、リウルに連絡しにいったのだろう、やってきた中にはいない。

「お、お待たせ致した、ソラ様ですな?」
「ええ、お待ちしておりました。あとは頼んでもよろしいですか?」
「き、貴様! ガバル! 何の用だ!」
「バジード男爵。冒険者ギルド、ドユラス支部ギルドマスターガバルの名においてギルド法六条二項が申請されたことをお伝え致します。これ以上は冒険者ギルドを通していただくことになります。もし、拒否なさる場合、王国法十二条に抵触致しますのでご覚悟ください」

 駆けつけた人たちは、やはり冒険者ギルドの関係者だった。
 というか、ギルドマスターらしい。
 確かに偉いの、と言ったけど、まさかギルドマスター自ら出てくるとは。
 ……いや、相手は貴族だし、ギルドマスターが出てくるのが一番場を収めやすいか。

 ちなみに、ギルド法とは冒険者ギルドが置かれているすべての国で共通する法律で、冒険者の権利を守ったり、逆に罰則を与えたりする法律のことだ。
 今回はその中でも、魔法銀証級の保護にあたる条文、六条を適用したみたいだ。
 これはガバル氏が言ったように、この国の場合は破れば王国法十二条に抵触し、たとえ貴族であっても、いや、むしろ貴族であるほうが罪が重くなる。
 要するに、権力に笠を着て私兵として戦力を集めるのを防止するための法律だ。
 なにせ、魔法銀証級の冒険者は一騎当千級。
 さすがに言葉通りに千人相手にできるほどではなくとも、一般兵なら百人くらいはなぎ倒せるらしい。
 ルトたちならそれくらい普通にできそうだから、本当っぽいよね。

「なっ!? き、貴様! どういうつもりだ!」
「どうもこうもありません。再度警告致します。王国法十二条」
「だ、黙れ!」
「いけません、男爵閣下! ここはお引きなったほうが」
「く、くそ! 覚えていろ!」

 さすがに王国法を持ち出されては、貴族といえど分が悪い。
 しかも相手は冒険者ギルドのギルドマスターだ。
 真正面からやりあえば負けるのはあちらなのは明白。
 お付きの執事や護衛に諌められ、小悪党のような捨て台詞を残して去っていった。

 なかなかの手際だ。
 このギルドマスターはやり手のようだね。

「助かりました、ガバル様」
「いえ、礼ならば鋼要塞にお願い致します。男爵の狙いは、元々は彼らです。我々は冒険者を守るのも義務。そして、彼らは我々冒険者ギルドが全力で守るに値するものたちです。それだけの実績を積んできた彼らだからこそ、私は全力を尽くすのです。ですので、礼は彼らに」
「そうですか。わかりました、そうさせていただきます。この出会いに感謝を」

 ギルドマスターの真摯な答えに、冒険者ギルドの評価がオレの中でかなり上がった気がする。
 彼のようなギルドマスターばかりではないかもしれないが、最低でもドユラスの街の冒険者ギルドは良いところなのだろうね。

 もちろん、ここまで言わせるグンドたちの評価もかなり上がったのは言うまでもない。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 それから五日。
 少し長引いてしまったが、フレイムリンクスの調査が終わり、鋼要塞の解散の余波も無事収束した。
 あのクソ貴族以外は接触してくる貴族や豪族などはおらず、冒険者が多少売り込みに来たくらいで済んだ。
 あのクソ貴族へギルドマスターが警告したことが結構広がっているらしく、ほかの貴族はすべて冒険者ギルドを通してきたそうだ。
 だが、オレの前にすべてグンドたちがシャットアウトしたので、こちらまで届いていないだけだ。
 もちろん、グンドたちにはそうしろと命じてあるので問題ない。
 大体、せっかく使役した魔法銀証級のふたりを貴族に売るわけないじゃないか。

 冒険者たちの売り込み自体は、特に禁止されていない。
 ただ、魔法銀証級などの高ランクならともかく、鉄証級程度が売り込みにきても門前払いだ。
 売り込みにきた中には、鋼要塞に憧れていた銀証級の冒険者もいたので、一度だけ冒険者ギルドでルトに試験を行わせた。
 もし、連れて行ってもいいと思えるほどの戦力をもったものがいたら、街を出たあとに殺して使役するのも悪くない。

 まあ、結局のところ全員ルトに瞬殺されて不合格だったけど。
 瞬殺といっても本当に殺したりはしていない。
 せいぜい骨折程度だ。
 ただ、全員もれなく気絶はしたけどね。

 その試験のあとは一切売り込みにくる冒険者がいなくなったので、面倒がなくてよかった。

「では、しゅっぱーつ」
「かしこまりました! 主様!」
「了解致しました。姫様」

 ドユラスの街を出発する前に、冒険者ギルドのギルドマスターであるガバル氏を筆頭に、鋼要塞に世話になったという冒険者や商人など、様々な人たちが見送りに来てくれた。
 思った以上にグンドたち鋼要塞は人気があったらしい。
 ドユラスの街で活動していた時間も割と長く、十年近くもいたらしいのでこの人気は納得だ。
 そもそも数少ない魔法銀証級だからね。
 だからか、亡くなったメンバーたちを悼む声も多かった。
 半分以上は残ったグンドとキールのこれからを祝福する声だったけど。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 たくさんの人達に見送られて出発したドユラスの街が見えなくなった頃、ちょっと深い森に入り、一度部屋のドアを開いてイリーたちを同行させる。
 彼らには、すぐに森に入ってもらい、先行して目標を囲むように移動させる。

 キールとリウルがちょっと前に掴んできた情報通り、やつらはやはりこの森でオレたちを待ち伏せしていたようだ。
 だが、相手が悪いとしか言いようがない。

 イリーはフレイムリンクスでも規格外と言わざるを得ないほどの強さだ。
 番だったもう一頭もフレイムリンクスとしてはかなりの強者。
 それを下級下僕使役でさらに強化しているのだ。

 たかだか男爵・・風情の私兵数十人程度に負けるわけがない。

 実際、イリーたちが目標を殲滅するまでにかかった時間は囲んでからものの数秒だ。
 証拠は一切残らないように念入りに燃やすように命令したので、見つかっても消し炭だけだろう。
 現代日本じゃあるまいし、それだけでは特定など不可能だ。
 もちろん、火事にならないようにディエゴとブラックオウルを後詰に同行させている。
 あのまま諦めて去ればよかったものを、馬鹿なやつらだったね。

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