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029,虐殺

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 いつも通りに、午前中は迷宮駆除だ。
 赤い魔法陣――次の階層への転移陣はすでに見つけたが、すべてのフロアの殲滅はまだ終わっていない。
 七階層ですでにフロア数は五十以上を確認している。
 八階層も基本的にはフロアとフロアを転移陣が繋げている迷路なので、順当にいけば五十以上のフロアがあるはずだ。
 現在のところ殲滅済みフロアは二十に届かない。
 まだまだ時間はかかるだろう。

 だが、その分収入もかなりいい。
 今日の午前中だけでの収入で、合計金額325,506円になっている。
 朝に食材を購入してあるので、その金額は抜いてある。
 毎日三十万円がコンスタントに入ってくるのは笑いが止まらないね。

 さて、午後は移動だ。
 迷宮都市では、迷宮で駆除される魔物の肉が食べられている。
 迷宮で魔物を倒すと、魔石を残して消滅してしまうので、何かしらトリックがあるのだろう。
 その方法は、死霊術師であるオレにとって喉から手が出るほど知りたい情報だ。
 このまま迷宮を駆除していけば、ランクの高い迷宮に入れるようになる。
 そうした際に、強い魔物と戦うことは増えるだろう。
 いや、確実に増える。
 魔物の死体が残る方法を知っていれば、有用な魔物を使役することが可能になる。
 いちいち外の世界を移動して、魔物を探さないで済むのだ。
 今までは運よく、ルトやポチ、ディエゴにブラックオウルと、かなり強い下僕を使役することができた。
 だが、そんな運に頼った方法ではこの先やっていくことは難しいだろう。

 下級下僕使役は、Lvが上がると使役対象の能力の底上げができる。
 ディエゴの魔法をみてわかるように、確かに有用な能力だ。
 しかし、そのLvアップ頻度は高くない。
 戦力の強化の観点でみれば、強い魔物を使役した方が圧倒的に効率はいいはずだ。
 もちろん、下級下僕使役のLv上げは当然行う。
 使役した強い魔物をさらに強くできるのだから、当然だ。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 タブレットのから顔をあげて、休憩がてら外の景色を見る。
 遠くに見える山や、その手前にある森など、自然豊かな光景が目に飛び込んでくるが、ぶっちゃけその景色は昨日もみているので飽きている。
 いつまでも眺めていられるほど楽しいものではないのだ。

 たまに、武装した集団が魔物と争っている場面なんかにも出くわすので、そういったものが見えたら望遠鏡で観察するが、長く観察できるほどこの馬車のスピードは遅くない。

 あっという間に景色が流れてしまうほどではないが、窓もそれほど大きくないので、望遠鏡で同じ箇所を眺められるほどではないのだ。
 それに、割と林なども点在しているので、遠くの景色などはすぐに隠れてしまう。

 そういった点在する林によって、前方の道なんかも遮られるようにしてあまり見通しがいいとはいえない場所だったからだろうか――

「主様! 前方で戦闘が発生しているようです」
「お? んー……。みえない」

 馬車と御者席との間には小さな窓があり、開けば会話くらいはできる。
 リウルがそう知らせてくれたのだが、小さな窓から覗いた程度ではよくわからなかった。
 馬車の前方で若干先行していたルトがいないところをみると、彼女は確認に向かったのだろう。

「あ、戻ってきた」
「ルト先輩! いかがでしたか?」

 やはり、先行して確認しにいってたらしいルトが、戻ってきたので、リウルがさっそく情報を聞き出している。
 実は、リウルとリーンはルトと意思疎通が若干だができる。
 会話などができるわけではないみたいだが、下級下僕使役で伝わってくる感情よりはずっとマシみたいだ。
 ちょっとうらやましい。

「主様、どうやらこの先で盗賊に襲われている馬車があるようです。装飾などが入った豪奢もののようで、おそらく貴族かと。護衛は完全武装の騎士と思しきものが数名。対するは三十名にも及ぶ盗賊の団体のようです」
「多くない?」
「はい、これだけの数ということは計画的なものかと」

 盗賊は、基本的に食い詰め者や犯罪者、冒険者崩れなどがなるものだ。
 多くても十人程度の集団が普通で、三十人という数は普通ではない。
 人数が増えればそれだけ食料が必要だし、寝床も必要になる。
 襲撃を行なっても、人数が多ければ配分も大変だし、それだけの人数を維持するには、一度や二度の襲撃ではとてもではないが賄いきれない。
 襲撃が多発すれば、当然放置されることはない。
 最悪、騎士団や軍が派遣されることだってある。

 なので、これほどの人数の盗賊がたまたま貴族の馬車を襲ったとは思えない。

「騎士は強そうだった?」
「ルト先輩の見立てでは、それほどでもないようです」
「なんだぁ……。盗賊は?」
「そちらは数だけです」
「んー……。貴族かぁ。どこの誰でどの程度のものかわかる?」

 盗賊に襲われる貴族の馬車。
 これだけ見たらまさに異世界もののラノベのテンプレートだろう。
 華麗にかけつけて盗賊をバッタバッタとなぎ倒して、馬車に乗っている貴族のご令嬢と懇意となる。
 令嬢が乗っていなくても、貴族を助けるんだからコネの形成につながるだろう。

 でも、オレにとってはそんなものより、強い死体が手に入ることのほうが重要だ。
 だって、外の世界にあんまり興味ないもの。
 だが、その騎士もあまり強くないという。
 盗賊の方もただ数が多いだけというなら、もうほんとがっかりだ。

「リウル。この場合、助けたほうがいいの? このままここで待機するか、無視して行っちゃっても平気?」
「無視して通るのはあまりよろしくはないかと存じます。待機するにしても、すぐに終わるかどうか……」
「んじゃ助けたほうがいい?」
「その場合でも、おそらく道中の護衛を申し込まれる可能性があります」
「おおう、面倒くさい!」

 オレよりも外の世界に詳しいリウルにどうしたらいいか聞いてみるが、どの答えも微妙だ。
 すべてが終わるまで待つのも時間がかかるだろうし、無視して行くのもだめ。
 助けたら助けたでこちらの戦力をあてにされて護衛を依頼される。
 断ればいいかもしれないが、相手は貴族だ。
 何を言われるかわかったものじゃない、とリウルの顔に書いてある。

「なんだてめぇら! おい! こっちにもいやがるぞ!」
「あー……。見つかっちゃったよ。何やってんの、ルト」

 どうやら、盗賊は全員が全員貴族の馬車に群がっているわけではなく、周囲の警戒もやっていたようだ。
 というか、計画的なものなら当たり前だよね。
 相手もバカじゃないんだから。

「しゃーない。殲滅開始」
「畏まりました!」

 オレたちを見つけて大声を張り上げる盗賊A。
 貴族の馬車の方には三十人くらいいたらしいのに、まだまだいるようで、周囲の林からどんどん集まってくる。
 弓なんかも持ったやつも多数いるようで、馬車に向かって散発的に放たれるが、そのどれもが空中で爆散して届かない。

 そして、空中で爆散した矢に驚いている間に、集まってきた盗賊はどんどん打ち倒されていった。
 首の骨をへし折られて数回転して地面をえぐっていくものや、鋭い槍の穂先で的確に急所を貫かれていくもの。
 地面から生えた石の剣山で絶命するものや、矢を爆散させた風弾を急所に受けて吹っ飛んでいくもの。
 三頭の狼も抜群の連携で次々に盗賊を地面に引き倒して確実にとどめを刺していく。

 その光景は、端的に言って虐殺だった。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「助力感謝する。私はメッサーラ家に仕える騎士、ウーリッシュ・ラウドだ」
「いえ、たまたま通りかかっただけですので」
「それにしてもよい護衛をお持ちだ。動物たちも実によく飼いならされている。あのご老人の魔法は特に素晴らしい――」

 結局、集まってきた盗賊を皆殺しにして、貴族の馬車の方を襲っていたのも一方的に排除した。
 相対していた騎士たちは、馬車を守るのを優先していたのもあって、苦戦していた。
 弓による遠距離攻撃と多勢に無勢状態だったのも、攻勢にでれない原因だったろう。

 オレたちの方にきた盗賊よりも、こちらのほうが弓を所持してい数がかなり多い。
 さらには、盾や槍など、結構まともな装備をもっていたのだ。
 こちらが主力で、オレたちのほうにきたのが予備戦力だろう。
 まあ、ルトたちにとっては誤差だったけど。
 あ、リウルはちょっと苦戦したかな?

 ちなみに、ほとんどはディエゴの魔法で片付けた。
 ディエゴは小さな老人にみえているはずだけど、ブラックオウルは多少マイルドな外見とはいえ、梟だ。
 貴族相手にみせて欲しがられても困る。

「どうだろうか、マッシールの街まで護衛を頼めないだろうか。もちろん、謝礼については弾もう。望むのであれば士官の口利きをしてもいい――」

 結局、貴族を救ってしまったのだが、リウルの予測どおりになっている。
 ただ、馬車の持ち主は現れず、騎士たちに指示を出していた壮年の騎士が対応しているが。

 まあ、オレも馬車から出ないで、リウルがひとりで対応してるんだけどね。
 うちの馬車の方は装飾は少なくてもみるものがみればわかるほどに高級なものだ。
 だが、貴族の馬車のように紋章がついた旗や、馬車本体にも紋章はない。
 現代日本で作られた馬車なのだから当たり前だ。
 そもそも貴族じゃないしね。

 騎士ウーリッシュは、紋章がないことから貴族ではないが、高級な馬車を所有し、守勢に回らざるを得なかったといえ、自分たちが苦戦していた相手を一方的に排除したオレたちを決して侮ったりはしなかった。
 まあ、もちろん取り込めるようなら取り込もうと勧誘だけはしていたけどね。
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