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異世界で毒消し草売ってます。

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「はい、毒消し草」


 私はいつものように懐から1束の草の束を取り出すと目の前で嘔吐物を撒き散らしながらのた打ち回っている人に差し出した。


「あがあああああありがあああってええええええ」

「御代は500ジェニーになります」


 藁にも縋る物というタイトルがぴったりの顔と声で毒消し草を受け取った人はすぐに口に含むと咀嚼する時間も惜しいと一気に飲み込んだ。
 効果は劇的。
 見る見るうちに土気色だった顔に赤味が帯び、震えて暴れるばかりだった四肢はその動きを収める。


「た、助かったぜ……。まさかアバラドニニシの毒を浴びちまうとは……もう少し遅かったら俺はあの世行きだった……。
 あ、あぁそうだったこれは代金だ。ありがとう」

「いいえ、お役に立てたのなら幸いです」


 アバラドニニシの毒が何なのか知らないけれど私には特に問題もない。
 私は毒消し草を売るだけだ。
 懐から無限に出てくるこの草の束を売るだけ。
 それが私。
 それだけが私の生きがい。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 しばらく歩けば太い木ばかりだった場所から草原に視界が切り替わった。
 もうちょっと歩けば次の街が見えてくるはずだ。

 でも視界に見えるのは草原ばかりではなかった。
 いつものことだ。問題ない。


「くそ! アドル! アドル!」

「ヒック! アドルの腕が! 腕がぁ!」

「わかってる! わかってるけど……!」


 気絶している男の腕は肩口からなくなっていて噴出すように血が溢れている。
 その男に縋りつくように女性が泣き喚き、もう1人の男も絶望の表情をしている。
 周りには緑の巨体にその体の半分近くもある棍棒がおちている。どうやら緑の巨体――オーガと戦闘をした結果のようだ。

 尚も絶望の叫びを上げ続けている女性と奥歯が砕けそうなほどに歯を噛み締めて耐えている男の下へいつもの歩調で向かう。

 手は懐に。

 私の視界に映るものは大体似たようなものだ。
 これも私に与えられた運命の1つ。
 だから私の歩調はいつでも変わらない。


「はい、毒消し草」

「え……」

「どく……けし、そう?」


 懐から出した草の束を女性の目の前に差し出すと2人はきょとんという顔で私の手を見つめる。
 大体いつもこんな感じだ。問題ない。


「腕に押し付けるようにしてみてください」

「ど、毒消し草で治るわけないでしょ!?」

「……い、いやまて! これは……」

「なによ!? 何なのよ!? アドルが死にそうなのよ!? それなのに毒消し草がなんだっていうのよ!?」


 ヒステリックに喚き散らす女性を押しのけ、私の手から壊れ物を扱うかのように草の束を受け取る男の表情は先ほどの絶望から驚愕の表情に変わる。
 これもいつものことだ。問題ない。


「あ、あんた……こ、こんな……いいのか!?」

「御代は500ジェニーになります」

「わかった! 受け取ってくれ! 頼む!」


 男が財布代わりの布袋を全部渡してくるのでその中から500ジェニー硬貨だけ貰うと残りを返そうとしたが、男はすぐに草の束を腕のなくなった男に押し付けている。
 これもいつものことだ。問題ない。
 邪魔をしてはいけないので袋を置いて私はいつもの歩調でゆっくりとその場を離れた。


 少し離れたところで歓喜に彩られた男と、腕が生えた!? という女性の驚愕の声が響いてきたけど私の歩調は変わらない。いつものことだ。問題ない。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 街に着く。
 街の中でも私の歩調は変わりない。
 人がたくさんいて色々な種族が混ざり合った混沌具合がこの世界のデフォルトだ。いつものことだ。問題ない。


「おい、聞いたか? 領主の娘の病がそろそろやばいらしいぞ」

「あぁ聞いたぜ。遠くの魔導師まで呼び寄せてたのになぁ」

「あぁ、残念だ」


 たくさんすれ違う人々の隙間から色々な噂話が聞こえてくるが、その中から私は1つの噂話を選んだ。
 次の販売先が決定した。いつものことだ。問題ない。



「ま、まて! 止まれ! とま! とまって! お願いだから!」


 私の足に縋りついて泣き喚いているのは領主の館を守護する騎士の皆さんだ。
 私が懐から出した草の束で斬りかかってくる剣を捌き、突いてくる槍を捌き、弾き飛ばそうとする盾を捌き、閉じようとする門を捌き、最後には肉の壁として立ちはだかったのを捌いたらこうなった。

 いつものことだ。問題ない。


「お願いだから! お願いします! 止まって! 止まってくださいいぃっぃいい」


 何人も縋りついて来る騎士の皆さんを引きずったままいつもの歩調でいつものように。
 すぐにまた肉の壁が出来るけれど、草の束で捌く。捌く。捌く。

 引きずる量が広い廊下いっぱいになる頃には目的の場所についたようだ。


「や、やめぐすえぐ、ほんとにやめでぐだざいいいいいそこはりょうじゅざまのむすめのリオーネさまのへやでずうううう」


 鶏冠のついた兜をかぶって偉そうにしていた騎士の人が私の足に縋りつきながら顔を歪めて大泣きしているけれど、いつものことだ。問題ない。


 扉には鍵がかかっていたけれど、草の束で一撫ですれば鍵はカチャリと音を立てて外れる。
 中には悲壮な表情で武器を震える手で構えた侍女達がいるけれど、私の足に縋りつき泣いている騎士の皆さんをみた瞬間には全員が武器を取り落とし、腰が抜けたのか座り込んでしまった。

 これもいつものことだ。問題ない。


「な、何者なんだ……き、君は……」


 1人だけ腰が抜けていない壮年の男性が震える声で誰何してくる。
 私の歩調は変わらない。

 いつものように。

 いつものように、歩み。彼の前に着くと懐から新しい草の束を取り出して差し出す。


「はい、毒消し草」


 私の差し出す草の束を訳が分からないという表情で受け取った壮年の男性は草の束と私を何度も交互にみる。
 いつものことだ。問題ない。


「飲ませる」

「……わ、わかった……」


 一言だけ簡潔に説明すると、男性は喉を鳴らすほどの大きさで唾を飲み込み滴る汗を拭いもせずに震える手に握った草の束をベッドに横たわっている少女の口元に持っていった。
 だが少女は自力で口を開くことも困難なようだ。
 このままでは飲ませるのも難しいだろう。困った表情で振り返る男性。いつものことだ。問題ない。


「はい、毒消し草」


 懐からまた新しい草の束を取り出すとそれを一瞬ですり潰して取り出した容器にいれると差し出す。
 これなら飲めるだろう。


「あ、あぁ……ありがとう」


 私が草の束をすり潰す様を口をあんぐりとあけて凝視していた男性だったが、差し出された容器を受け取り目は見開いたまま礼を口にする。

 少女が草の束のすり潰しを飲んだあとは劇的だ。
 顔色の悪かった少女の頬に赤味が差し、単発的だった呼吸も平常時のソレに戻る。
 すぐにうっすらと瞼を開けた少女は定まらぬ視線を彷徨わせた後、横にいる男性に気づいた。


「おとう……さま……わた……し……?」

「ううおおあああありおおおおねえええええ」


 ダムが決壊したように流れ出る涙。
 縋りつくように、愛しく抱きしめる少女もまたその瞳には涙が光っていた。


 用も終わったので呆然としている騎士の皆さんを足から引き剥がして館を後にする。
 行きと違って誰も私の前に立ちはだかったりしない。いつものことだ。問題ない。


 私の行く先はいつもこんな感じだ。
 だから何も問題などない。

 いつものように、いつもの如く、ただただ草の束を売る。


 私は毒消し草売り。


 いつもの歩調でいつものように、この毒された腐り落ちるだけの世界で私は今日も毒消し草を売る。






「あ、御代貰うの忘れた」


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