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第一話

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「うー眩し……寝落ちしちゃったのかなぁ。あれ、ギアは?」

 意識が覚醒した私が薄っすらと目を開けるとキラキラと眩い光が降り注いでいた。目が慣れてくると、その光が木々の葉の間を抜けてきた木漏れ日であると理解出来る。
 でもおかしい。私は寝落ち(?)する前、確かにヘッドギアを頭に着けてログインしていたはずだ。バーチャルとはいえゲーム内ではプレーヤーの目に障害が出ないよう光は抑えられている。目が開けれぬほど眩しいのは不自然だ。さらにはむせ返るような森林の香り、頬を撫でて前髪を優しく靡かせる風、知らぬ間にアップデートしたにしては、その全てがあまりにも生々しい。

「何?何が起こって……」

 ゆっくりと上半身を起こしてみると、その違和感に言葉をつまらせた。

「ま、待って待って。これジークの目線じゃないよ!」

 私のゲームでのメインキャラ、聖騎士ジークの身長設定は187cm。使い慣れたキャラの視点はよく覚えているから間違うはずもない。
 私は慌てて立ち上がると、今の自分の姿を確認する。

「……これって踊り子職の初期セット?」

 感覚的には身長160cmない位、スタイルは良く、胸は現実より盛っている。身に着けた、ヒラヒラとしていてやたらと露出の激しいこの衣装は、踊り子職に転職すると転職イベントの発生する『ダイアナの酒場』のママが餞別だと言って持たせてくれる初期装備セットに間違いない。

「あ、そうだ。サブ垢にログインして弄ってたら寝ちゃったのね。なあんだ、そうかそうか。でも……消去選んだはずなんだけど、何か間違ったのかなぁ?」

 意識を失う前、サブ垢の踊り子キャラにログインしていた事を思い出した私は、再びこのキャラの削除を行おうと半透明のパネルを表示させたのだが……。

「あれあれ?レイアウト変わったのかなぁ……。随分シンプルになっちゃってない?」

 そこには、本来あるはずの歯車を模したマークの『各種設定』の項目が無く、キャラのステータス画面。エリアマップ。装備及びアイテムボックス一覧くらいしか無い。
 そして何より……

「待って待ってよ!何でログアウトの文字がどこにも無いの?冗談でしょ、テンプレなラノベじゃあるまいし!」

 つい叫んでしまった大声。それに反応したのか木々の上から無数の鳥が羽ばたいて飛び去った。鳥達が落としていった小枝や羽がパラパラと降り注ぐ。

「……何これ……もうバーチャルとかじゃないじゃん。リアル過ぎる……ってかリアルでしょ?」

 振動、風、香り、それに温度に手触り……周りの風景もグラフィックと呼ぶにはあまりに完璧過ぎて、これは現実だと考える方がすんなり納得できる気がする。

「やっぱりコレ……VRMMOからの異世界転生ってヤツなの?」

 だとしたら、何で何で……

「メインじゃなくて踊り子なのよぉぉぉぉーっ!」

 思わず発した絶叫に、先ほどより激しく森がざわつく。
 せめてジークで転生したのなら、異世界のイケメンに混じって組んず解れつ出来たのに。女性キャラの踊り子じゃあ、テンプレの男女の恋愛ものじゃない。誰が喜ぶって言うのよ、そんなの。

「待って……腐教!そうよ異世界にだって腐女子はいるはず!その娘達と力を合わせて信者を増やして行けばいい。そうと決まれば、こんな森さっさと……っ!」

 失敗だった。
 心ではゲームではなくリアル転生らしいと解っていても、私自身は平和ボケした日本人。常に危険と隣り合わせの状況だなんて考えやしない。
 無警戒に発した大声。それは森の中で『獲物』を探す魔物達にとっては願ってもない合図だったようで……。

「い、いったい何匹いるのよ……コレ?」

 私の周りにはゴブリンやオークをはじめとした様々な魔物が集まっていて、包囲した私に襲いかかるのをそれぞれ牽制や威嚇をしながら機会を伺っている。

「や、やばい死ぬ死ぬ絶対死ぬ!そ、そうだ、ジョブチェンジ。ジョブチェンジよ!」

 先ほどから出したままだった半透明のパネル。私は大慌てでステータス画面をスライドさせ、攻撃能力を持った踊り子の派生職を選択し『ジョブ変更』をタップする。
 瞬間、眩い光が辺りを真っ白に染め上げ、その光の中心で私の装備が光の粒子となって変わって行く。

「何これ、まるっきり魔法少女じゃん!ってか、急げー急げーっ!」

 幸い、あまりにも眩しい光に目が眩み、魔物達も今は身動きが出来ないようだ。

「よし換装完了!スキル『飛翔』!」

 まるでどこかの野菜星の戦闘民族よろしく、私の体がギュンッと弾丸のように天に向かって飛び上がる。

「アバババババババババババババ……」

 キャラのスキルとはいえ、使う本人は生身。まあ、こうなりますわな……。
 目からは涙を風に散らし、唇はめくれて歯茎まで丸見えの状態でブルブルとか風圧に揺られている。そのあまりの風圧に耐えかねて、慌てて急制動をかけた時には、森は遥か眼下に緑の塊のように見えていた。

「ハアハア、もう何でもいいや、いっけぇぇぇ!『断罪の光ジャッジメント』!」

 選んだのはこのジョブ最大の殲滅魔法。これが通用しなければ、はっきり言ってこの世界では生きていけないだろう。そう考えて(本当は考えられるほど頭が働いてなかったが……)私が放った魔法。それは光の柱となって目標である森に降り注ぎ……


 一瞬の沈黙そして



 次の瞬間、激しい爆音を放つ光のドームが形成され、それが消え去った時には、



 この世界の地図上から一つの広大な森が……消滅していた。



「やば、最上位職の『大天使アークエンジェル』はオーバーキル過ぎたかも……」

 頭上に輝く輪を浮かべ背中に三対六枚の白い羽を生やした私は、その核兵器にも似た破壊力に只々呆然として空に浮かんでいた。

「と、とりあえず別の国からスタートって事にしましょかね。うん、それがいい!」

 その日、まるでどこかの三世よろしく「あーばよぉぉー」と言いながら飛び去る飛行物体がいたとかいないとか……。

◆◆◆

 この世界の地図上から一つの『魔境』が消滅した。
 
 魔境とは、自然発生または人為的な事象によって発生した瘴気を発する『魔素溜まり』の事で、そこでは魔物が強化された上に凶暴化し、凶悪化して乱れた生態系によって何人も立ち入ることが出来なくなった場所の事をいう。
 各地に幾多ある魔境は、じりじりとその範囲を拡大しており、突如発生した魔境によって滅んだ国家さえあるのだ。
 何より、魔境は一度発生させてしまうと如何なる手段でもそれを消し去ることが出来ない。
 最早魔境の問題は、この世界での各種族の存亡を賭けた難題なのである。

 彼女が消滅させた魔境を国内に抱えるのは人族の王が支配する国家『スヴェン王国』。
 最初は魔境近辺の街道や農村などから天から降り注ぐ光の柱の目撃情報が多数寄せられた。
 当初それはよくある噂話だと、さして取り上げられる事も無かったのだが、各地で同様の報告が相次ぎ、更にはとある狩人によって「魔境が消滅していた」との目撃情報がもたらされたことをきっかけに、国もいよいよ重い腰を上げ、調査に乗り出すこととなったのだ。

 そして魔境から溢れる魔物を狩り、それらの素材によって大きな収入を得ている『冒険者ギルド』もまた、国に先んじる形で調査隊を結成、これを情報にあった魔境跡地へと送り込んだ。

 これらの噂に踊り出さんばかりに歓喜したのは国内の教会幹部達。彼らは、これ幸いと『神の奇跡』と持て囃して架空の逸話をでっち上げ、これを神に祈り続けた教会の功績にすることで、さらなる布教への追い風とした。


 だが、この騒動がたった一人の踊り子によって起こされたことであるという事実を、知る者は誰もいない……。

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