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23 図書館での再会

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 放課後になり、クローディアはルーシーと共に学院図書館へと赴いた。グループ課題で参考にする資料を借りるためである。初めて足を踏み入れた学院図書館は実に壮麗な建物で、だだっ広い空間いっぱいに何列もの本棚が連なって、そのひとつひとつに本がぎっしりと詰めこまれている。
 聞けば学術書や参考書のみならず、娯楽小説もそれなりにあるらしい。かつてのクローディアは学院図書館に出入りしたことなどなかったが、今後はなにかと愛用することになりそうだ。

「それじゃクローディア様、あっちとこっちで手分けして私たちのテーマに関係ありそうな本を探してきましょう」
「分かりましたわ、ルーシー様。それじゃあとで中央のソファのところで落ち合いましょうね」

 そう約束して別れた後、クロ―ディアははりきって担当の棚を見て回り、やがて何冊か使えそうな本を見つけることができた。ただあいにく本はいずれも最上段にあり、クローディアの手で届くかどうか微妙なところだ。おまけに備品の踏み台はどれも他の生徒が使用中らしい。

(仕方ないわね、背伸びすればなんとかなるでしょう)

 クローディアはつま先立ちになって指を伸ばし、目当ての本を引っ張り出そうと試みた。しかしきつくはまっているのか、本はなかなか出てこない。クローディアが懸命に力を込めると、ふいに抵抗がなくなった。そして――

「きゃあ!」

 まずいと思ったときはもう遅かった。大量の本が一緒に落ちてくるのを目の当たりにしたクローディアは、咄嗟に両腕で頭を庇ってうずくまった。
 しかし予想に反して、衝撃はなかなか訪れなかった。

「……大丈夫か?」
 
 澄んだバリトンにおそるおそる目を開けると、銀色の王子様がクローディアを心配そうに見下ろしている。どうやら彼が身体を張ってクローディアを助けてくれたらしい。

「ま、まあユージン殿下! またも助けていただいてありがとうございます。殿下こそお怪我はありませんでしたか?」
「私は大丈夫だ。とっさに身体強化魔法を使ったから。ところで君はこの前の、リリアナの友人……じゃない令嬢だな」
「はい、この前リリアナ殿下に勝手に友人扱いされましたけど、断じて友人じゃない令嬢です。クローディア・ラングレーと申します。以後お見知りおきを」
「そうか。ユージン・ウェルズワースだ。こちらこそよろしく。ラングレー嬢」

 そう言ってユージンはふわりと微笑んだ。笑うと氷のような美貌がふっと柔らかい印象になる。彼にそっくりだったと言うヴェロニカ妃は大層な美女だったに違いない。
 その後は散らばった本を片付けるのをユージンも一緒に手伝ってくれた。

「それで、君の目当てはどれなんだ」
「この本と、この本と……あ、この本も一緒に借りる予定ですわ」
「え、そうなのか」

 ちょっと困ったような表情を浮かべつつも、ユージンは言われた本を重ねてクローディアに手渡した。

「……もしかして、殿下もこれを借りるおつもりでしたの?」
「ああ、課題に使えそうだと思ってな。ただこういうのは早い者勝ちだ。君が先に見つけたんだろう?」
「ええまあ。でも助けていただいたわけですから、お礼にこちらはお譲りしますわ」

 クローディアは三冊のうちの一冊をユージンに差し出した。気持ちとしては二冊くらい進呈したいところだが、ペアを組んでいるルーシーのことを思うと、あまり勝手なこともできないだろう。

「ありがとう。なるべく早く読み終えるようにするよ」
「私たちもなるべく早く読み終えるようにしますわね」

 クローディアが本を抱えて中央のソファへと向かおうとすると、ユージンも本を抱えてついてきた。聞けば彼もグループ課題で組んだ友人と中央ソファで待ち合わせをしているらしい。

「良かったら、ソファのところまでそちらの本を持っていこう」
「まあお気遣いありがとうございます。でも二冊だけですし、これくらい大丈夫ですわ」

 ユージンは先ほどクローディアが渡した本の他にも数冊の本を抱えている。タイトルを見るといずれもクローディアたちの課題と関係ありそうなものばかりだった。

「もしかして、殿下も炎魔法のアレンジについてレポートを書く予定でしたの?」
「ああ、もしかして君たちもか?」
「ええ、実はそうなんですの。あれが一番やりがいがありそうだったんですもの」

 グループ課題は教師が提示した複数のテーマの中から一つを選んでレポートを作成するもので、クローディアたちが選んだのはその中でも特に高度の知識と魔力を必要とするテーマである。レポート作成は大変だが、その分上手くやれば高得点が付きやすい。学年首席のユージンが同じテーマを選ぶのは、当然と言えるのかもしれない。

 課題についてあれこれ語り合いながら二人で本棚の群れを抜け、中央のソファに到着したところ、反対側からルーシー・アンダーソンが現れた。しかしルーシーの方も一人ではなく、大量の本を抱える青年が隣に付き従っている。金茶色の髪と瞳の、どことなく人懐こい雰囲気の青年である。

「エドガーお前、そんなに借りるつもりなのか?」

 ユージンが呆れた声を上げると、エドガーと呼ばれた青年は「半分はこちらのアンダーソン嬢が借りる分だよ。レディが重そうな本を抱えているのを、男としては見過ごせないだろ?」と片目をつぶった。

「申し訳ありません、ランスウェル様」

 ルーシーが恐縮した調子で言うのを、エドガーは「いいっていいって」と笑いながらいなしてみせる。少し軽い印象だが、どこぞの騎士候補とは雲泥の差がある好青年だ。

(ランスウェル……エドガー・ランスウェル?)

 聞き覚えのある名前に、クローディアは少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の知識を記憶の中から引っ張り出した。
 エドガー・ランスウェル。
 現宰相であるランスウェル侯爵の次男。
 そして生徒会書記であるアーノルド・ランスウェルの弟だ。
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