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19 朝の災難
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翌朝。クローディアの髪飾りを目にした父は明らかにそわそわした様子だったが、それについて自分から口にすることはなった。おそらくクローディアの逆鱗に触れるのを警戒してのことだろう。何しろ義母の存在は、親子関係がこじれにこじれまくったそもそもの元凶なのである。
そこでクローディアは自分から水を向けることにした。
「お父様、この髪飾り、似合うでしょうか」
「あ、ああ、よく似合っていると思うよ」
「私もそう思いますの。お義母様にお礼を伝えておいてくださいませ」
「分かった。伝えておくよ」
父の返事はそれだけだったが、その表情からは隠しきれない喜びが伝わってきた。おそらく朝のうちに義母へ伝えに行くのだろう。
(お父様、嬉しそうだったわね)
馬車の中で父とのやり取りを思い返して、クローディアは一人苦笑した。
今日は朝からとても気分が良い。父の喜ぶ顔が見られたし、髪形は決まっているし、体調も良好だし、予復習もきちんとやっている。さあ、今日も楽しい学院生活の始まりだ。さわやかな気分で馬車から降り立ち、教室へと向かおうとしたところで、ふいに声を掛けられた。
「お早う、クローディア」
「……お早うございます、リーンハルト様」
礼儀として挨拶を返したが、クローディアは違和感でいっぱいだった。入学してこの方、アレクサンダーの方から挨拶をもらったのはこれが初めてのことである。今まではクローディアが挨拶しても、せいぜいうなずく程度だったし、リリアナが転入して以降はそれすらせずに通り過ぎるのが常だった。
それなのに今朝のアレクサンダーときたら、自分から挨拶した上に、強張った笑みさえ浮かべている。
「教室まで鞄を持とうか」
「いいえ、結構ですわ。そんなことをしていただく理由がありませんし」
「理由って……俺たちは婚約者同士じゃないか」
「いずれ解消予定の婚約者ですわ」
「まだそんなことを言っているのか」
「解消するまで言い続けますわ。ところでこれってご両親のご指示ですか? それともまさかリリアナ殿下でしょうか」
クローディアがリリアナと口にした途端、にアレクサンダーの顔にさっと朱が走る。どうやら後者だったらしい。
「もしリリアナ殿下でしたら、臣下のプライベートにまで首を突っ込まないで欲しいとお伝えいただけないでしょうか」
「そんな言い方はないだろう? リリアナ様は優しいから、あの件をご自分のせいだと思って大層気に病んで下さっているんだぞ」
「それはそれは、大変勿体ないことですわね。でも正直いって有難迷惑なんですの」
「お前は……! リリアナ様の思いやりの心が分からないのか? なんでそこまでリリアナ様を憎むんだ」
「なんでそうなるんでしょう。私は殿下を憎んでなんかいませんわ」
かつては確かに憎んでいたが、今のクローディアにとってはただ厄介で煩わしいだけの存在である。
「リリアナ殿下が私とリーンハルト様の婚約解消を後押ししてくださったら、きっと大好きになると思いますわ」
「……言いたいことはそれだけか」
「そうですわね。今のところは」
「あんまり意地を張っていると、そのうち後悔することになるぞ」
アレクサンダーはそう吐き捨てると、足音も荒く立ち去った。教室ではなく生徒会室の方に向かったところを見ると、事の次第をリリアナに報告するのだろう。
(つくづく面倒な王女様ね……)
あの二人のおかげで、せっかくのさわやかな気分が台無しだ。
早くルーシーに会って癒されたい。また昨日のように二人で女子トークをして盛り上がりたい。そんな思いを胸に速足で廊下を進むと、教室の前で目当ての後ろ姿を発見した。柔らかそうな茶色い髪とほっそりした体つき。
クローディアは「ルーシー様」と声を掛けようとして、慌ててそれを飲み込んだ。見ればルーシーは一人ではなく、精悍な赤毛の青年と一緒だった。
(あれってフィリップ・エヴァンズよね)
フィリップ・エヴァンズ。騎士団長の息子にして生徒会庶務。そしてルーシーの婚約者である。
そこでクローディアは自分から水を向けることにした。
「お父様、この髪飾り、似合うでしょうか」
「あ、ああ、よく似合っていると思うよ」
「私もそう思いますの。お義母様にお礼を伝えておいてくださいませ」
「分かった。伝えておくよ」
父の返事はそれだけだったが、その表情からは隠しきれない喜びが伝わってきた。おそらく朝のうちに義母へ伝えに行くのだろう。
(お父様、嬉しそうだったわね)
馬車の中で父とのやり取りを思い返して、クローディアは一人苦笑した。
今日は朝からとても気分が良い。父の喜ぶ顔が見られたし、髪形は決まっているし、体調も良好だし、予復習もきちんとやっている。さあ、今日も楽しい学院生活の始まりだ。さわやかな気分で馬車から降り立ち、教室へと向かおうとしたところで、ふいに声を掛けられた。
「お早う、クローディア」
「……お早うございます、リーンハルト様」
礼儀として挨拶を返したが、クローディアは違和感でいっぱいだった。入学してこの方、アレクサンダーの方から挨拶をもらったのはこれが初めてのことである。今まではクローディアが挨拶しても、せいぜいうなずく程度だったし、リリアナが転入して以降はそれすらせずに通り過ぎるのが常だった。
それなのに今朝のアレクサンダーときたら、自分から挨拶した上に、強張った笑みさえ浮かべている。
「教室まで鞄を持とうか」
「いいえ、結構ですわ。そんなことをしていただく理由がありませんし」
「理由って……俺たちは婚約者同士じゃないか」
「いずれ解消予定の婚約者ですわ」
「まだそんなことを言っているのか」
「解消するまで言い続けますわ。ところでこれってご両親のご指示ですか? それともまさかリリアナ殿下でしょうか」
クローディアがリリアナと口にした途端、にアレクサンダーの顔にさっと朱が走る。どうやら後者だったらしい。
「もしリリアナ殿下でしたら、臣下のプライベートにまで首を突っ込まないで欲しいとお伝えいただけないでしょうか」
「そんな言い方はないだろう? リリアナ様は優しいから、あの件をご自分のせいだと思って大層気に病んで下さっているんだぞ」
「それはそれは、大変勿体ないことですわね。でも正直いって有難迷惑なんですの」
「お前は……! リリアナ様の思いやりの心が分からないのか? なんでそこまでリリアナ様を憎むんだ」
「なんでそうなるんでしょう。私は殿下を憎んでなんかいませんわ」
かつては確かに憎んでいたが、今のクローディアにとってはただ厄介で煩わしいだけの存在である。
「リリアナ殿下が私とリーンハルト様の婚約解消を後押ししてくださったら、きっと大好きになると思いますわ」
「……言いたいことはそれだけか」
「そうですわね。今のところは」
「あんまり意地を張っていると、そのうち後悔することになるぞ」
アレクサンダーはそう吐き捨てると、足音も荒く立ち去った。教室ではなく生徒会室の方に向かったところを見ると、事の次第をリリアナに報告するのだろう。
(つくづく面倒な王女様ね……)
あの二人のおかげで、せっかくのさわやかな気分が台無しだ。
早くルーシーに会って癒されたい。また昨日のように二人で女子トークをして盛り上がりたい。そんな思いを胸に速足で廊下を進むと、教室の前で目当ての後ろ姿を発見した。柔らかそうな茶色い髪とほっそりした体つき。
クローディアは「ルーシー様」と声を掛けようとして、慌ててそれを飲み込んだ。見ればルーシーは一人ではなく、精悍な赤毛の青年と一緒だった。
(あれってフィリップ・エヴァンズよね)
フィリップ・エヴァンズ。騎士団長の息子にして生徒会庶務。そしてルーシーの婚約者である。
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