「彼を殺して私も死ぬわ!」と叫んだ瞬間、前世を思い出しました~あれ? こんな人別にどうでも良くない? ~

雨野六月(まるめろ)

文字の大きさ
上 下
8 / 34

8 婚約解消して下さい

しおりを挟む
「はい。クローディア・ラングレーですわ。お早うございます。リーンハルト様」

  あえて「アレク様」ではなく家名を呼ぶと、アレクサンダーはぴくりと肩を震わせた。

「その呼び方は……いや、そんなことはどうでもいい。こっちへ来い、話がある!」
「お話でしたらここでうかがいますけど」
「いいから来い!」
「痛いから引っ張らないでください」

 クローディアは強引に腕を取られて、近くの空き教室へと引きずり込まれた。



「……どういうつもりだ」

 空き教室の扉を閉めると、アレクサンダーは苛立ちもあらわに問いかけた。

「何がでしょうか」
「とぼけるな。ラングレー伯爵が、俺とお前との婚約を解消したいと言って来た」
「はい。私が父にお願いしたのですが、それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないだろう? あれだけ俺に付きまとっていたくせに、いきなり婚約解消などと、一体どういうつもりかと聞いているんだ」
「まあ、リーンハルト様はご自分のおっしゃったことを覚えてらっしゃらないのですか?」

 クローディアはあきれたと言わんばかりに苦笑して見せた。

「どうせ俺はお前の家に買われた身だ。お前と結婚することは仕方がないと諦めている。しかし結婚したからと言って、俺に愛されるなどと思わないことだ。お前を見ていると虫唾が走る。結婚しても生涯お前を愛することはない」

 クローディアがすらすらとそらんじると、アレクサンダーはさすがに気まずそうに視線を落とした。

「あそこまで仰っていただいて、私もようやく目が覚めました。そこまで嫌がられているとは存じませんで、今まで失礼いたしました。お望み通り婚約解消いたしましょう」

 クローディアはそう言ってにっこり微笑みかけた。しかし二つ返事で同意するかと思われたアレクサンダーは、ぼそぼそと「……誰も、婚約解消したいとまでは言ってないだろう」と言葉を濁した。

「……はい?」
「だから、お前との結婚は仕方ないから諦めていると言っただろう」
「だから、諦める必要はないと申し上げているのですが?」 
「そんなこと……できるわけがないだろう?」
「なぜでしょうか」
「だってこれは家同士の契約じゃないか。お前みたいに色恋沙汰で頭がいっぱいの女には分からないだろうが、俺とお前の婚約は、双方の家の政略のために結ばれたものなんだ。それをお前や俺の我が儘のために解消するわけにはいかない」
「父は受け入れてくれましたよ? 私がリーンハルト様に言われたことを伝えたら、そんな相手に嫁いでも幸せになれないと同意してくれました」
「しかし、俺の両親は――」

 なにか言いかけて、口ごもる。

(ああ、そういうことね)

 クローディアはアレクサンダーのおかれた状況をなんとはなしに理解した。大方ラングレー家の援助が途絶えることを恐れたアレクサンダーの両親が、慌てて彼を叱責したのだろう。お前は何をやっているんだ、クローディア嬢の機嫌を損ねるな。ちゃんとクローディア嬢をつなぎ留めておけと。

 ちなみに『リリアナ王女はくじけない!』によれば、アレクサンダーの両親は長男を溺愛しており、次男のアレクサンダーにはほとんど関心を払っていない。アレクサンダーはそんな両親に反感を覚えつつも、心のどこかで彼らの愛を求めているという設定だ。
 最終的には聖母のようなリリアナの愛が彼の孤独を救うわけだが、現時点ではそこまで至っていないので、彼はまだまだ「両親に認めてもらいたい」願望の持ち主である。そんな彼にとって両親からの叱責は、さぞやこたえたに違いない。

(あの人たちって、クローディアがアレクサンダーに夢中だったころは、息子がいくらクローディアをないがしろにしても注意もせずに放置してたくせに、今になってこれだもの。いい根性してるわよね、本当に)

 付け加えると、ラングレー家の援助が途絶えれば、アレクサンダー自身も色々と厄介な立場に立たされるし、新たに金持ちの婚約者を捕まえるのはなかなか容易なことではない。彼にとってのクローディアはストーカー行為が鬱陶しい反面、どれだけ邪険にあしらっても一方的に慕い続けてくれる、大変都合のいい存在なのである。

(そう都合のいい存在だったのよね、今までは。でもこれからは違うけど!)

 クローディアがそんなことを考えていると、アレクサンダーはふいにはっとした調子で口を開いた。

「……そうか。お前はどうせ俺が婚約解消できないを分かっているから、平気でそんなことを言ってるんだな?」
「はい?」
「あれだけ付きまとって来たくせに急に解消なんて言い出して、何かおかしいと思ったら……俺の気をひくための作戦か?」
「いえ、あの、ちょっと待ってください」
「そんなことをしても無駄だ。前にも言った通り、俺は生涯お前を愛することはない!」

 アレクサンダーはそう言い捨てるや、足音も荒く空き教室を出て行った。あとに残されたクローディアは、ただ茫然と立ち尽くすよりほかになかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 223

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。 自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。 そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。 さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。 ◆エールありがとうございます! ◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐 ◆なろうにも載せ始めました ◇いいね押してくれた方ありがとうございます!

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

義妹のせいで、婚約した相手に会う前にすっかり嫌われて婚約が白紙になったのになぜか私のことを探し回っていたようです

珠宮さくら
恋愛
サヴァスティンカ・メテリアは、ルーニア国の伯爵家に生まれた。母を亡くし、父は何を思ったのか再婚した。その再婚相手の連れ子は、義母と一緒で酷かった。いや、義母よりうんと酷かったかも知れない。 そんな義母と義妹によって、せっかく伯爵家に婿入りしてくれることになった子息に会う前にサヴァスティンカは嫌われることになり、婚約も白紙になってしまうのだが、義妹はその子息の兄と婚約することになったようで、義母と一緒になって大喜びしていた 。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...