「彼を殺して私も死ぬわ!」と叫んだ瞬間、前世を思い出しました~あれ? こんな人別にどうでも良くない? ~

雨野六月(まるめろ)

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8 婚約解消して下さい

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「はい。クローディア・ラングレーですわ。お早うございます。リーンハルト様」

  あえて「アレク様」ではなく家名を呼ぶと、アレクサンダーはぴくりと肩を震わせた。

「その呼び方は……いや、そんなことはどうでもいい。こっちへ来い、話がある!」
「お話でしたらここでうかがいますけど」
「いいから来い!」
「痛いから引っ張らないでください」

 クローディアは強引に腕を取られて、近くの空き教室へと引きずり込まれた。



「……どういうつもりだ」

 空き教室の扉を閉めると、アレクサンダーは苛立ちもあらわに問いかけた。

「何がでしょうか」
「とぼけるな。ラングレー伯爵が、俺とお前との婚約を解消したいと言って来た」
「はい。私が父にお願いしたのですが、それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないだろう? あれだけ俺に付きまとっていたくせに、いきなり婚約解消などと、一体どういうつもりかと聞いているんだ」
「まあ、リーンハルト様はご自分のおっしゃったことを覚えてらっしゃらないのですか?」

 クローディアはあきれたと言わんばかりに苦笑して見せた。

「どうせ俺はお前の家に買われた身だ。お前と結婚することは仕方がないと諦めている。しかし結婚したからと言って、俺に愛されるなどと思わないことだ。お前を見ていると虫唾が走る。結婚しても生涯お前を愛することはない」

 クローディアがすらすらとそらんじると、アレクサンダーはさすがに気まずそうに視線を落とした。

「あそこまで仰っていただいて、私もようやく目が覚めました。そこまで嫌がられているとは存じませんで、今まで失礼いたしました。お望み通り婚約解消いたしましょう」

 クローディアはそう言ってにっこり微笑みかけた。しかし二つ返事で同意するかと思われたアレクサンダーは、ぼそぼそと「……誰も、婚約解消したいとまでは言ってないだろう」と言葉を濁した。

「……はい?」
「だから、お前との結婚は仕方ないから諦めていると言っただろう」
「だから、諦める必要はないと申し上げているのですが?」 
「そんなこと……できるわけがないだろう?」
「なぜでしょうか」
「だってこれは家同士の契約じゃないか。お前みたいに色恋沙汰で頭がいっぱいの女には分からないだろうが、俺とお前の婚約は、双方の家の政略のために結ばれたものなんだ。それをお前や俺の我が儘のために解消するわけにはいかない」
「父は受け入れてくれましたよ? 私がリーンハルト様に言われたことを伝えたら、そんな相手に嫁いでも幸せになれないと同意してくれました」
「しかし、俺の両親は――」

 なにか言いかけて、口ごもる。

(ああ、そういうことね)

 クローディアはアレクサンダーのおかれた状況をなんとはなしに理解した。大方ラングレー家の援助が途絶えることを恐れたアレクサンダーの両親が、慌てて彼を叱責したのだろう。お前は何をやっているんだ、クローディア嬢の機嫌を損ねるな。ちゃんとクローディア嬢をつなぎ留めておけと。

 ちなみに『リリアナ王女はくじけない!』によれば、アレクサンダーの両親は長男を溺愛しており、次男のアレクサンダーにはほとんど関心を払っていない。アレクサンダーはそんな両親に反感を覚えつつも、心のどこかで彼らの愛を求めているという設定だ。
 最終的には聖母のようなリリアナの愛が彼の孤独を救うわけだが、現時点ではそこまで至っていないので、彼はまだまだ「両親に認めてもらいたい」願望の持ち主である。そんな彼にとって両親からの叱責は、さぞやこたえたに違いない。

(あの人たちって、クローディアがアレクサンダーに夢中だったころは、息子がいくらクローディアをないがしろにしても注意もせずに放置してたくせに、今になってこれだもの。いい根性してるわよね、本当に)

 付け加えると、ラングレー家の援助が途絶えれば、アレクサンダー自身も色々と厄介な立場に立たされるし、新たに金持ちの婚約者を捕まえるのはなかなか容易なことではない。彼にとってのクローディアはストーカー行為が鬱陶しい反面、どれだけ邪険にあしらっても一方的に慕い続けてくれる、大変都合のいい存在なのである。

(そう都合のいい存在だったのよね、今までは。でもこれからは違うけど!)

 クローディアがそんなことを考えていると、アレクサンダーはふいにはっとした調子で口を開いた。

「……そうか。お前はどうせ俺が婚約解消できないを分かっているから、平気でそんなことを言ってるんだな?」
「はい?」
「あれだけ付きまとって来たくせに急に解消なんて言い出して、何かおかしいと思ったら……俺の気をひくための作戦か?」
「いえ、あの、ちょっと待ってください」
「そんなことをしても無駄だ。前にも言った通り、俺は生涯お前を愛することはない!」

 アレクサンダーはそう言い捨てるや、足音も荒く空き教室を出て行った。あとに残されたクローディアは、ただ茫然と立ち尽くすよりほかになかった。
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