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17 王家の裏事情

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 クローディアが伯爵邸に帰宅すると、父が笑顔で出迎えてくれた。

「お帰りクローディア、久しぶりの登校で疲れただろう」
「お父様、ただいま戻りました。ええ本当にくたくたですわ。今日は盛りだくさんの一日でしたの」

 その後二人で夕食を取りながら、クローディアは今日の出来事をあれこれと父に報告した。父はアレクサンダーの言動に苦笑したり、モートンの態度に憤慨したりしながら熱心に耳を傾けてくれ、ルーシーと友人になった件についてことのほか喜んでくれた。どうやら娘に友人がいないことを、ひそかに心配していたらしい。

「そういうわけで、最後はユージン殿下に助けていただいたんですの。リリアナ殿下の代わりに謝罪までしてくださって、とても気さくな方だと感服しましたわ」

 クローディアはデザートのババロアに舌鼓を打ちながら言葉を続けた。

「それで少し不思議に思ったのですけど、ユージン殿下は何故まだ正式に王太子になっていないんでしょう」

 ユージンはこの国における唯一の王子に他ならない。リリアナと同学年だが、ユージンの方が半年早く生まれている上、ユージンの生母ヴェロニカは公爵家出身の正妃であるのに対し、リリアナの生母マリアは男爵家出身の側妃である。またルーシーに聞いたところによれば、ユージンは成績も学年トップだとのこと。客観的に見て迷う理由などどこにもないというのに、何故まだ立太子式を終えていないのか。

 付け加えると、王立学院に在籍中の王子が生徒会に入っていないのも異様である。本来ならば公爵令息のアレクサンダーよりも王子のユージンこそが生徒会長になるべき立場ではないのか。今まで「アレク様」以外は眼中になかったクローディアはまるで気に留めていなかったが、こうして改めて考えてみると、これはなかなか不可解だ。

「ううん……それは、一応表向きはユージン殿下が病弱だからということになっているよ」
「実際には違うんですの?」
「滅多なことは言えないから、これはあくまで噂であることを心にとめておいて欲しい。間違っても表で口にしてはいけない」
「分かりました。お約束しますわ、お父様」
「4年前。ユージン殿下が王立学院に上がる前年に、ヴェロニカ妃が身罷られたのは覚えているな?」
「はい。急な病でお斃れになったとか」
「表向きは病死だが、陰で国王から毒杯を賜ったとの噂がある」
「毒杯……ですか」
「繰り返すが、あくまで噂だ。ヴェロニカ妃が具体的にどんな問題を起こして、処刑に至ったかも分からない。ただあれ以来、国王陛下がヴェロニカ妃の墓に一度も参っていないことや、ヴェロニカ妃そっくりのユージン殿下を嫌悪していることは半ば公然の秘密となっている」

 父の話は転生者であるクローディアにとっても初めて聞くことばかりだった。

 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!」において、国王と言えば「リリアナを溺愛する愉快なおじさん」という位置づけである。再会するなり「パパって呼んでくれ!」とリリアナを抱きしめて、リリアナのやることなすこと感激し、リリアナの望みを何でもかなえようとして暴走し、リリアナの男友達については「許さん! 許さんぞ!」と激高する。言ってみればネタキャラだ。
 それでもリリアナとの親子団欒シーンでは、たまにしんみりしたやり取りもあったりして、読者にも好評だったりしたのだが――

(そういえばあの手の団らんシーンって、いつもユージン殿下はいなかったわね)

「陛下としては最愛のマリア妃の娘であるリリアナ殿下を跡取りにしたがっているが、ユージン殿下を支持する貴族も多いことから、なかなか踏み切れないのではないかと言われているよ」
「つまりユージン殿下の立場はとても不安定なんですね」
「噂だからな?」
「もちろん分かってますわ。噂ですね、噂」

 とはいえその話は奇妙に説得力を感じさせた。ユージンは少しでも瑕疵があればすぐにも放逐されかねない状況の中、薄氷を踏む思いで今まで生きてきたのだろう。生徒会入りしなかったのも、あえて身を慎んで目立つことを避けたと言ったところだろうか。

(それなのに結局は邪神騒動の巻き添えになって死んでしまうのよね、ユージン殿下。つくづくリリアナに優しい世界だわ)

 記憶が戻ったばかりの頃は、自分の悲惨な運命のインパクトが強すぎて、赤の他人のユージンなど知ったことかという心境だったが、もはやそんな風には思えない。直接顔を合わせ、あまつさえ厄介な状況から助け出してもらった相手である。ユージンが非業の死を遂げたら、きっと胸が痛むだろう。

(でも、私が邪神に取り憑かれたりしなければ大丈夫なはずよね……?)

 クローディアは今日会った美貌の王子様を思い返しながら、そんなことを考えていた。
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