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4 父の見舞い
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『リリアナ王女はくじけない!』によれば、あの後アレクサンダーのもとに押しかけたクローディアは、得意の闇魔法で彼を攻撃するが、王女リリアナの光魔法によって返り討ちに遭ってしまう。
リリアナの慈悲によって処罰は免れたものの、顔が焼けただれたクローディアは館に引きこもるようになる。そしてリリアナを呪いながら日々を過ごしているうちに、闇堕ちして邪神に憑依されてしまうのである。
邪神と同化したクローディアは国中を恐怖に陥れるが、リリアナとアレクサンダーが協力し合ってクローディアごとこれを撃破。二人は救国の英雄となる。
一方ラングレー伯爵家は責任を取る形で取り潰されて一家離散、リーンハルト家のラングレー家に対する莫大な負債も帳消しになる。晴れて自由の身となったアレクサンダーはリリアナに交際を申し込む、という流れである。
ちなみにその騒動のさなかにリリアナの異母兄であるユージン殿下が死んでしまい、リリアナが将来の女王になることが確定したりするのだが、まあそんなことはどうでもいい。
(あんな男のために死なない。邪神を復活させたりもしない。円満に婚約解消してやるわ)
口元をナプキンで拭いながら、改めて決意を固めていると、ふいにノックの音がした。
「どうぞ」
返事をすると、父親のラングレー伯爵が現れた。
「やっと目が覚めたと聞いたが、具合はどうだ」
「もう何ともありませんわ」
「そうか、良かった。本当に良かった」
そう言って涙ぐむ父の姿に、クローディアは胸が熱くなるのを感じた。
物心つく前に母を亡くしたクローディアは、幼いころは父に甘えてばかりいた。しかしクローディアが8歳のとき、父が義母と再婚したことをきっかけに溝ができていたのである。
――どうせお父様は私なんかよりあの女の方が大切なんでしょ!
――お父様はきっとお母様のことなんか忘れちゃったんだわ!
クローディアは歩み寄ろうとする父の手をはねつけ、徹底して拒否を貫いた。父はあくまで世間体のために気遣っているふりをしているだけで、本心では自分のことなど邪魔なのだろうと頑なに思い込んでいた。
しかし今のクローディアは知っている。邪神と同化したクローディアを救おうと必死になって駆けずり回っていた父の姿を。
(邪神に魅入られた娘なんてさっさと見捨ててしまえば没落は免れたかもしれないのに、お父様ったら何とか娘を助けてくださいと各方面に手を回して、必死に王女とアレクサンダーの邪魔をしていたのよね)
「お父様にはご心配をおかけしました」
クローディアが頭を下げると、父はびっくりしたように目を見開いた。
「いや、それはいいんだが……もしかして何かあったのか? その、落雷で気を失う前から少し様子がおかしかったから、ずっと気になっていたんだが」
「実はアレク様に言われたことがショックで、色々と取り乱していたのです」
「アレクサンダーくんに?」
「はい」
クローディアはアレクサンダーに吐かれた暴言を洗いざらい打ち明けた。事情を聞いた父は「アレクサンダーくんが、そんなことを……」と呟いたきり絶句していた。
無理もない。クローディアは今まで彼に冷たくされていることを一切父に打ち明けておらず、たまに「アレクサンダーくんとはうまくいっているのかい?」と訊かれたときは「当たり前です」と冷たく答えるだけだったのだから。
「だから私はアレク様との婚約を解消したいと思います」
「婚約解消? しかしお前はあんなに彼のことを……」
「好きでしたが、あそこまで言われて思いがすっかり冷めました。あんな人と結婚しても、幸せになれるとは思えません」
「そうだな、確かにその通りだ。その通りなんだが、しかし……」
「解消は難しいのですか?」
「ああ。何しろ公爵家との正式な契約だからな。我々の側から申し出ても、何か正当な理由がないとなかなか難しいと思う」
父が言うには、常日ごろから罵っているならともかく、一度きりの暴言というのは解消理由としては弱いらしい。他の女生徒と仲良くしすぎているのは問題だが、相手が王女殿下である以上、下手なことを言うとこちらが不敬罪になりかねないとのこと。
「しかしお前の気持ちはよく分かった。なんとか解消できないか動いてみるよ」
「ありがとうございます、お父様。それから、突き飛ばしたりしてごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい。お前がそんなに辛い思いをしていたのに、気付いてやれなくてすまなかったな」
この優しい父のためにも、絶対に没落の原因になるようなことはするまい。クローディアはそう心に誓った。
リリアナの慈悲によって処罰は免れたものの、顔が焼けただれたクローディアは館に引きこもるようになる。そしてリリアナを呪いながら日々を過ごしているうちに、闇堕ちして邪神に憑依されてしまうのである。
邪神と同化したクローディアは国中を恐怖に陥れるが、リリアナとアレクサンダーが協力し合ってクローディアごとこれを撃破。二人は救国の英雄となる。
一方ラングレー伯爵家は責任を取る形で取り潰されて一家離散、リーンハルト家のラングレー家に対する莫大な負債も帳消しになる。晴れて自由の身となったアレクサンダーはリリアナに交際を申し込む、という流れである。
ちなみにその騒動のさなかにリリアナの異母兄であるユージン殿下が死んでしまい、リリアナが将来の女王になることが確定したりするのだが、まあそんなことはどうでもいい。
(あんな男のために死なない。邪神を復活させたりもしない。円満に婚約解消してやるわ)
口元をナプキンで拭いながら、改めて決意を固めていると、ふいにノックの音がした。
「どうぞ」
返事をすると、父親のラングレー伯爵が現れた。
「やっと目が覚めたと聞いたが、具合はどうだ」
「もう何ともありませんわ」
「そうか、良かった。本当に良かった」
そう言って涙ぐむ父の姿に、クローディアは胸が熱くなるのを感じた。
物心つく前に母を亡くしたクローディアは、幼いころは父に甘えてばかりいた。しかしクローディアが8歳のとき、父が義母と再婚したことをきっかけに溝ができていたのである。
――どうせお父様は私なんかよりあの女の方が大切なんでしょ!
――お父様はきっとお母様のことなんか忘れちゃったんだわ!
クローディアは歩み寄ろうとする父の手をはねつけ、徹底して拒否を貫いた。父はあくまで世間体のために気遣っているふりをしているだけで、本心では自分のことなど邪魔なのだろうと頑なに思い込んでいた。
しかし今のクローディアは知っている。邪神と同化したクローディアを救おうと必死になって駆けずり回っていた父の姿を。
(邪神に魅入られた娘なんてさっさと見捨ててしまえば没落は免れたかもしれないのに、お父様ったら何とか娘を助けてくださいと各方面に手を回して、必死に王女とアレクサンダーの邪魔をしていたのよね)
「お父様にはご心配をおかけしました」
クローディアが頭を下げると、父はびっくりしたように目を見開いた。
「いや、それはいいんだが……もしかして何かあったのか? その、落雷で気を失う前から少し様子がおかしかったから、ずっと気になっていたんだが」
「実はアレク様に言われたことがショックで、色々と取り乱していたのです」
「アレクサンダーくんに?」
「はい」
クローディアはアレクサンダーに吐かれた暴言を洗いざらい打ち明けた。事情を聞いた父は「アレクサンダーくんが、そんなことを……」と呟いたきり絶句していた。
無理もない。クローディアは今まで彼に冷たくされていることを一切父に打ち明けておらず、たまに「アレクサンダーくんとはうまくいっているのかい?」と訊かれたときは「当たり前です」と冷たく答えるだけだったのだから。
「だから私はアレク様との婚約を解消したいと思います」
「婚約解消? しかしお前はあんなに彼のことを……」
「好きでしたが、あそこまで言われて思いがすっかり冷めました。あんな人と結婚しても、幸せになれるとは思えません」
「そうだな、確かにその通りだ。その通りなんだが、しかし……」
「解消は難しいのですか?」
「ああ。何しろ公爵家との正式な契約だからな。我々の側から申し出ても、何か正当な理由がないとなかなか難しいと思う」
父が言うには、常日ごろから罵っているならともかく、一度きりの暴言というのは解消理由としては弱いらしい。他の女生徒と仲良くしすぎているのは問題だが、相手が王女殿下である以上、下手なことを言うとこちらが不敬罪になりかねないとのこと。
「しかしお前の気持ちはよく分かった。なんとか解消できないか動いてみるよ」
「ありがとうございます、お父様。それから、突き飛ばしたりしてごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい。お前がそんなに辛い思いをしていたのに、気付いてやれなくてすまなかったな」
この優しい父のためにも、絶対に没落の原因になるようなことはするまい。クローディアはそう心に誓った。
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