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3 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』
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(――ここまで全部『リリアナ王女はくじけない!』そのまんまなのよね)
クローディアはベッドの上でスープを飲みながら、ひとりごちた。
ここは自室ではなく客間の一室。
侍女の話によれば、クローディアは荒れ果てた部屋で倒れているところを発見されたあと、三日の間昏睡状態だったらしい。医者の見立てでは「元から栄養失調や睡眠不足が重なっていたところに、すぐ近くで落雷を聞いたショックによるものだろう」ということだが、クローディアに言わせれば、間違いなく前世の記憶を取り戻したことが原因だ。
(15歳の頭に、いきなり27年分の記憶が流れ込んできたんだもの。処理しきれずにパンクしちゃうのも当然だわ)
前世のクローディアは小林玲子という27歳の喪女だった。職業は会社員。趣味は小説や漫画を読むことで、『リリアナ王女はくじけない!』は玲子が愛読していた少女漫画のタイトルである。
主人公はリリアナというピンクブロンドの溌溂とした少女。彼女は物心ついたころから庶民として市井で暮らしていたのだが、ある日突然王宮からの迎えが来て、実は幼いころに誘拐された王女であることが判明する
王宮に引き取られたリリアナは王立学院に編入し、王女らしからぬ振る舞いで様々な騒動を引き起こすが、その天真爛漫な性格は次第に周囲の人々を魅了していく。
公爵家次男にして生徒会長のアレクサンダー・リーンハルトもそんな彼女に魅了された一人である。
彼は幼いころから公爵家の道具になることを強要されて、半ば死んだように日々を過ごしていたのだが、リリアナに会って人間らしさを取り戻し、やがて心から彼女を愛するようになっていく。
鈍感なところがあるリリアナは彼の恋心には気づかないものの、大人びたアレクサンダーを友人として慕い、何かにつけて彼に頼り、行動を共にするようになる。
そして二人は様々なエピソードを経て絆を深めていくわけだが、そこに立ちふさがるのがアレクサンダーの婚約者であるクローディアである。
伯爵令嬢クローディア・ラングレー。またの名のヤンデレ令嬢クローディアは、アレクサンダーに異常に執着し、リリアナに敵意をむき出しにする不気味なキャラクターとして描かれている。
中でも雷鳴がとどろく中、悪鬼のようなクローディアが「アレク様を殺して私も死ぬわ!」と叫ぶシーンは圧巻で、掲載当時のネット掲示板は「キモい」「怖すぎ」「アレク様逃げてー」などといった感想であふれたものである。
もっとも掲示板に寄せられた意見の中には、クローディアに同情するものも少数ながら存在していた。婚約者が他の女と仲睦まじくしていれば多少おかしくなって当然だ。そもそも婚約者のいる男性を頼るリリアナの態度こそ問題ではないか。「なんで分かってくれないのかしら。私とアレクはただのお友達なのに」というのがリリアナの口癖だが、そんなもの分からなくて当然ではないか、等々。
ちなみに玲子もクローディアに同情的な読者だった。
アレクサンダーが援助目当てで婚約させられたことを苦痛に思うのは良く分かるし、親に「売られた」ように感じてしまうのも無理はない。しかしその怒りをぶつけるべき相手は己の両親であってクローディアではないだろう。
ラングレー家の援助で何不自由ない生活を送っておきながら、クローディアに対して一方的に被害者面をするのはあまりに身勝手が過ぎるのではないか、と。
幸いなことにと言うべきか、前世の記憶を取り戻すと同時に、あれほど燃え盛っていたアレクサンダーに対する恋心はきれいさっぱり消えていた。
(あんな男、リリアナにでもさっさとくれてやるわ)
そして自分は自分で幸せになる。クローディアはそう決意を固めた。
クローディアはベッドの上でスープを飲みながら、ひとりごちた。
ここは自室ではなく客間の一室。
侍女の話によれば、クローディアは荒れ果てた部屋で倒れているところを発見されたあと、三日の間昏睡状態だったらしい。医者の見立てでは「元から栄養失調や睡眠不足が重なっていたところに、すぐ近くで落雷を聞いたショックによるものだろう」ということだが、クローディアに言わせれば、間違いなく前世の記憶を取り戻したことが原因だ。
(15歳の頭に、いきなり27年分の記憶が流れ込んできたんだもの。処理しきれずにパンクしちゃうのも当然だわ)
前世のクローディアは小林玲子という27歳の喪女だった。職業は会社員。趣味は小説や漫画を読むことで、『リリアナ王女はくじけない!』は玲子が愛読していた少女漫画のタイトルである。
主人公はリリアナというピンクブロンドの溌溂とした少女。彼女は物心ついたころから庶民として市井で暮らしていたのだが、ある日突然王宮からの迎えが来て、実は幼いころに誘拐された王女であることが判明する
王宮に引き取られたリリアナは王立学院に編入し、王女らしからぬ振る舞いで様々な騒動を引き起こすが、その天真爛漫な性格は次第に周囲の人々を魅了していく。
公爵家次男にして生徒会長のアレクサンダー・リーンハルトもそんな彼女に魅了された一人である。
彼は幼いころから公爵家の道具になることを強要されて、半ば死んだように日々を過ごしていたのだが、リリアナに会って人間らしさを取り戻し、やがて心から彼女を愛するようになっていく。
鈍感なところがあるリリアナは彼の恋心には気づかないものの、大人びたアレクサンダーを友人として慕い、何かにつけて彼に頼り、行動を共にするようになる。
そして二人は様々なエピソードを経て絆を深めていくわけだが、そこに立ちふさがるのがアレクサンダーの婚約者であるクローディアである。
伯爵令嬢クローディア・ラングレー。またの名のヤンデレ令嬢クローディアは、アレクサンダーに異常に執着し、リリアナに敵意をむき出しにする不気味なキャラクターとして描かれている。
中でも雷鳴がとどろく中、悪鬼のようなクローディアが「アレク様を殺して私も死ぬわ!」と叫ぶシーンは圧巻で、掲載当時のネット掲示板は「キモい」「怖すぎ」「アレク様逃げてー」などといった感想であふれたものである。
もっとも掲示板に寄せられた意見の中には、クローディアに同情するものも少数ながら存在していた。婚約者が他の女と仲睦まじくしていれば多少おかしくなって当然だ。そもそも婚約者のいる男性を頼るリリアナの態度こそ問題ではないか。「なんで分かってくれないのかしら。私とアレクはただのお友達なのに」というのがリリアナの口癖だが、そんなもの分からなくて当然ではないか、等々。
ちなみに玲子もクローディアに同情的な読者だった。
アレクサンダーが援助目当てで婚約させられたことを苦痛に思うのは良く分かるし、親に「売られた」ように感じてしまうのも無理はない。しかしその怒りをぶつけるべき相手は己の両親であってクローディアではないだろう。
ラングレー家の援助で何不自由ない生活を送っておきながら、クローディアに対して一方的に被害者面をするのはあまりに身勝手が過ぎるのではないか、と。
幸いなことにと言うべきか、前世の記憶を取り戻すと同時に、あれほど燃え盛っていたアレクサンダーに対する恋心はきれいさっぱり消えていた。
(あんな男、リリアナにでもさっさとくれてやるわ)
そして自分は自分で幸せになる。クローディアはそう決意を固めた。
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