「彼を殺して私も死ぬわ!」と叫んだ瞬間、前世を思い出しました~あれ? こんな人別にどうでも良くない? ~

雨野六月(まるめろ)

文字の大きさ
上 下
3 / 34

3 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』

しおりを挟む
(――ここまで全部『リリアナ王女はくじけない!』そのまんまなのよね)

 クローディアはベッドの上でスープを飲みながら、ひとりごちた。
 ここは自室ではなく客間の一室。
 侍女の話によれば、クローディアは荒れ果てた部屋で倒れているところを発見されたあと、三日の間昏睡状態だったらしい。医者の見立てでは「元から栄養失調や睡眠不足が重なっていたところに、すぐ近くで落雷を聞いたショックによるものだろう」ということだが、クローディアに言わせれば、間違いなく前世の記憶を取り戻したことが原因だ。

(15歳の頭に、いきなり27年分の記憶が流れ込んできたんだもの。処理しきれずにパンクしちゃうのも当然だわ)

 前世のクローディアは小林玲子という27歳の喪女だった。職業は会社員。趣味は小説や漫画を読むことで、『リリアナ王女はくじけない!』は玲子が愛読していた少女漫画のタイトルである。

 主人公はリリアナというピンクブロンドの溌溂とした少女。彼女は物心ついたころから庶民として市井で暮らしていたのだが、ある日突然王宮からの迎えが来て、実は幼いころに誘拐された王女であることが判明する
 王宮に引き取られたリリアナは王立学院に編入し、王女らしからぬ振る舞いで様々な騒動を引き起こすが、その天真爛漫な性格は次第に周囲の人々を魅了していく。

 公爵家次男にして生徒会長のアレクサンダー・リーンハルトもそんな彼女に魅了された一人である。
 彼は幼いころから公爵家の道具になることを強要されて、半ば死んだように日々を過ごしていたのだが、リリアナに会って人間らしさを取り戻し、やがて心から彼女を愛するようになっていく。
 鈍感なところがあるリリアナは彼の恋心には気づかないものの、大人びたアレクサンダーを友人として慕い、何かにつけて彼に頼り、行動を共にするようになる。
 そして二人は様々なエピソードを経て絆を深めていくわけだが、そこに立ちふさがるのがアレクサンダーの婚約者であるクローディアである。

 伯爵令嬢クローディア・ラングレー。またの名のヤンデレ令嬢クローディアは、アレクサンダーに異常に執着し、リリアナに敵意をむき出しにする不気味なキャラクターとして描かれている。
 中でも雷鳴がとどろく中、悪鬼のようなクローディアが「アレク様を殺して私も死ぬわ!」と叫ぶシーンは圧巻で、掲載当時のネット掲示板は「キモい」「怖すぎ」「アレク様逃げてー」などといった感想であふれたものである。
 
 もっとも掲示板に寄せられた意見の中には、クローディアに同情するものも少数ながら存在していた。婚約者が他の女と仲睦まじくしていれば多少おかしくなって当然だ。そもそも婚約者のいる男性を頼るリリアナの態度こそ問題ではないか。「なんで分かってくれないのかしら。私とアレクはただのお友達なのに」というのがリリアナの口癖だが、そんなもの分からなくて当然ではないか、等々。

 ちなみに玲子もクローディアに同情的な読者だった。
 アレクサンダーが援助目当てで婚約させられたことを苦痛に思うのは良く分かるし、親に「売られた」ように感じてしまうのも無理はない。しかしその怒りをぶつけるべき相手は己の両親であってクローディアではないだろう。
 ラングレー家の援助で何不自由ない生活を送っておきながら、クローディアに対して一方的に被害者面をするのはあまりに身勝手が過ぎるのではないか、と。

 幸いなことにと言うべきか、前世の記憶を取り戻すと同時に、あれほど燃え盛っていたアレクサンダーに対する恋心はきれいさっぱり消えていた。

(あんな男、リリアナにでもさっさとくれてやるわ)

 そして自分は自分で幸せになる。クローディアはそう決意を固めた。
しおりを挟む
感想 223

あなたにおすすめの小説

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

処理中です...