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1巻

1-2

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「ところでマーサ、セシリアは侍女を連れてきていないから、誰か適当な女性をつけて欲しいんだ」
「まあ、サザーランド家から侍女を連れていらっしゃらなかったんですか」

 侍女さえ連れてこれないのかと言わんばかりの口調に、セシリアは「ええ、そうよ。お義父さまの意向なの」と短く答えた。
 セシリアとしては一人くらい気心の知れた使用人を連れてきたかったが、あまり外部の人間を入れたくないという義父の意向に従った結果である。

「分かりました。アンナをセシリア様にお付けしましょう。とても気の利く子ですので、ちょうどいいかと思います」

 マーサはしかつめらしくうなずいた。
 そして紹介されたアンナは、どこかふてぶてしい顔つきをした若い女性だった。マーサによれば「とても気が利く子」とのことだが、セシリアに対してその気遣いを発揮してくれるかは心もとなく思われる。

『――お嬢様、本当にお美しゅうございます』

 セシリアは花嫁衣装を着るのを手伝ってくれたメアリーのことを思い出し、「せめてあの子にはここに残ってもらえば良かったかも」という後悔に襲われたが、今さら後の祭りである。
 悲観的になっても仕方がない。アンナとはこれから付き合っていくうちに、打ち解けることもあるだろう。

「よろしくね、アンナ」

 セシリアはそう言って微笑みかけた。
 アンナは「はい。よろしくお願いします」と言葉を返したが、顔に浮かぶ表情はどこか冷笑めいていた。
 夜になり、セシリアは湯あみをして真新しい夜着に着替え、夫となった人の訪れを待ち受けた。
 ところが深夜になってもラルフはなかなか現れなかった。

(一体なにをしていらっしゃるのかしら)

 そしてセシリアがうとうととまどろみかけたとき、ようやく現れたラルフは、困り顔でとんでもないことを言い出した。

「すまないが、アンジェラの調子が悪いんだ。とても不安がっているから、もうしばらく彼女のもとについていてあげることにするよ」
「アンジェラさんはそんなにお悪いのですか? 今からでもお医者様を呼びにやりましょうか」
「いや、それには及ばないよ。アンジェラは昔から身体が弱くてね。すぐに体調を崩すんだ。いつものことだから、君はそのまま休んでしまって構わないよ」

 いつものことなら、なにもラルフが付き添うことはないのではないか。ガーランド侯爵家には世話をする人間なんていくらでもいる。
 他の日ならばいざ知らす、今夜は新婚初夜なのだ。
 無言になったセシリアに対し、ラルフは幼子に言い聞かせるような口調で言った。

「仕方がないだろう? 家族が病気のときに、とてもそんなことをする気にはなれないよ」
「そんなこと、ですか」
「言葉尻を捕らえるのはやめてくれ」
「ですが――」
「君はアンジェラが心配じゃないのか? 君には思いやりの心はないのかい?」

 仇を見るような冷たい眼差し、とげとげしい声音に、身体がすくむような心地がする。

「……申し訳ありません」

 思わずセシリアが謝罪すると、ラルフは打って変わった優しい声で「うん、分かってくれたらいいんだよ。私も少し言い過ぎたね」と言って、セシリアの髪をそっと撫でた。

「アンジェラが落ち着いたらここに戻ってくるから、それまで待っていてもらえるだろうか」
「分かりました。お待ちしております」
「ああ。すまないね。……愛してるよセシリア」

 ラルフはいつもデートのときに見せていた温かな日差しのような笑顔で言った。

「私も愛しております。旦那様」
「必ず戻ってくるから、待っていてくれ」

 しかし夜が白々と明けるころになっても、ラルフは戻ってこなかった。


      ◇ ◇ ◇


 一夜明けて、セシリアはぼんやりとベッドの上に座り込んでいた。
 窓の外ではすでに朝日が昇っており、小鳥たちのさえずる声が聞こえてくる。
 結局ラルフはあのあと一度も帰ってこなかった。

(アンジェラさんは一晩中離してくれなかったのね……)

 もやもやとどす黒い感情が沸き上がってきそうになるのを、セシリアは必死で押し殺した。
 身体が弱いのはアンジェラ本人の責任ではない。アンジェラを不快に思うのは筋違いだ。自分はもっと思いやりの心を持たねばならない。
 セシリアが己にそう言い聞かせていると、ノックの音が室内に響いた。

「……どうぞ」

 おそらく今ごろになってラルフが弁解に来たのだろう。セシリアは昨日の冷たい眼差しを思い出し、なんとか笑顔を作って彼の訪れを待ち受けた。
 不機嫌な顔を見せてはラルフに嫌われてしまうだろう。なんとも思っていないふりをして、彼を優しく迎えなければ。
 ところが入ってきたのはラルフではなく、昨日セシリア付きとして紹介された侍女のアンナだった。

「お早うございます。お顔を洗う湯をお持ちしました」

 アンナはにこりともせずに淡々とした口調で言った。
 そしてセシリアが顔を洗い終えるのを待ってから、「朝食はこのまま寝室でお召し上がりになりますか?」と問いかけた。

「旦那様はどうなさったのかしら」
「旦那様はすでに食堂で召し上がっておいでです」
「え?」
「朝になってようやくアンジェラさまの体調が落ち着いて、朝食をお取りになれるとのことだったので、付き添っておられた旦那様もそのままご一緒に朝食を召し上がるとのことでした」
「なんですって……」

 セシリアは一瞬眩暈めまいがした。ラルフは戻れなかったことをセシリアに詫びに来るよりも、アンジェラと一緒に食事をとることを優先したのだ。

「それで、どうなさいますか? こちらに朝食をお運びしますか?」
「いいえ。私も食堂に行くわ。着替えるから手伝ってちょうだい」
「え、おいでになるんですか?」

 アンナの声にはどこか不満そうな響きがあった。

「着替えるから手伝いなさい」
「……かしこまりました」

 セシリアは身支度を整え、急ぎ足で食堂に向かった。
 食堂が近づくにつれ、男女の楽し気な笑い声がセシリアの耳に響いてきた。

「うふふ、いやだラルフったら、そんな冗談ばっかり言わないでちょうだい」
「いや冗談じゃないさ、私は本当にそう思ってるんだ」

 食堂に入ると、声を上げて笑いあうラルフとアンジェラの姿が目に映った。二人は入ってきたセシリアに気付くと、それぞれ対照的な反応を示した。

「セシリアさん、お早う。昨日は邪魔をしてしまってごめんなさいね。もしかして、朝までずっと待っていたのかしら」

 笑顔で声をかけてきたのはアンジェラである。アンジェラの頬は薔薇色で、とても半日せっていた病人とは思えないほどに血色がよい。

「……すまないセシリア。食事が終わったら、君に詫びに行こうとは思ってたんだ」

 一方のラルフはさすがに気まずそうな表情で、もごもごと言い訳がましくつぶやいた。

「そうですね。せめて朝食を召し上がる前に、一言私に声をかけていただけたらと思いました。昨日のこともありますけど、朝は旦那様と一緒にいただきたいと思っていたので」
「いや、君にも声をかけようとは思ってたんだ。だけどまだ眠っていたら悪いし、それに結婚式の翌朝は、花嫁は疲れているから寝室で朝食をとることが多いとマーサに聞いたものだからね」

 結婚式の翌朝に花嫁が疲れているのは、初夜が行われた場合だろう。一晩放置した花嫁を朝食の席でも放置していい理由にはまったくならないだろうに、この人はなにを言っているのか。

「ねえ仲間外れみたいに感じたのなら申し訳なかったわ。どうか機嫌を直してちょうだい。私たちこれから三人で仲良くやっていかなきゃならないんだから。今から喧嘩なんかしたくないわ」
「そうだな。アンジェラの言う通りだ。セシリア、どうか機嫌を直してくれ。ほら、君も席について。うちの料理長のコンソメスープは絶品なんだよ」

 二人の言葉に、セシリアはぐっと奥歯をかみしめた。自分だって新婚早々喧嘩なんてしたくない。

(だけどこれから三人でってどういうこと? アンジェラさんはこの先もずっと居座り続けるつもりなの?)
「なあセシリア、そんな風に立ったままでは給仕役が困ってしまうよ」

 ラルフに促されて、セシリアが仕方なく席に着いた。
 言いたいことはたくさんあったが、使用人たちも見ている場で、女主人が感情的になって諍いを起こすのは適切ではない。話し合うとしたら、ラルフと二人きりになってからだろう。
 やがてセシリアのもとにも料理が運ばれてきた。ラルフが言っていた通り、コンソメはなかなかの味だった。

「どうだい?」
「とても美味しいですわ」
「そうか、君の口にあってよかったよ」

 ラルフは安堵あんどしたように言うと、「このスープはアンジェラの大好物なんだ」と付け加えた。

「そうなの。私が大好きだって言ったら、マーサが料理長に言って、毎日出してくれるようになったのよ」

 アンジェラが得意げに言い添える。セシリアはなんだか急に味がしなくなったように感じていた。
 その後、ラルフとアンジェラはセシリアが来る前に交わしていた会話の続きを始めた。

「そうよねぇラルフ、私もあの態度はないって思ったわ」
「だろう? だから私はあのとき支配人にはっきりこう言ってやったんだ――」

 二人は朝食の間中、いかにも楽しげに言葉を交わした。
 セシリアが何度か会話に加わろうとしても、アンジェラが「オペラと言えば、あのとき一緒に行ったオペラを覚えてる?」「そうそう、ラルフってばそういうところがあるのよね。ほらあのときも――」などとすぐに二人の思い出話に持ち込んでしまうため、セシリアはひたすら蚊帳かやの外に置かれ続けた。
 それでいて時おり思い出したように、「もうラルフったらそんなこと言って、ほんとに意地悪なんだから。ねえセシリアさんもそう思うでしょ?」などと白々しく同意を求めてくるのが余計に疎外そがい感を募らせる。

(まるで私は邪魔ものみたいね)

 いかにも親密そうに会話を続ける二人と、時おり相槌を打つだけの自分。
 これではまるでアンジェラとラルフこそがこの屋敷の主人夫妻で、セシリアは厄介者の居候いそうろうのようだ。
 ――それにしても、彼らのこの距離感はなんだろう。
 食事中にも気軽にボディタッチを繰り返し、顔を近づけ、微笑みをかわす。
 ラルフはアンジェラを「私にとっては妹のようなものなんだ」と言っていたが、実の兄妹でもここまで距離が近いのはありえないのではないか。
 セシリアは実兄のリチャードとそれなりに良好な関係を築いているつもりだが、思春期を過ぎてからこんな風にべたべたしたことはない。
 むしろ兄を相手にこんな風にふるまうなんて、想像しただけでも気持ちが悪い。
 この距離感は、兄妹というよりはむしろ――
 セシリアは湧き上がってくる疑惑をおさえることができなかった。
 砂をかむような朝食が終わると、セシリアは一緒に庭を散歩しようとラルフを誘った。

「パーティで使われたお庭がとても美しかったので。ぜひ旦那様に案内していただきたいんです。昨日はお客様のお相手に追われて、ゆっくり拝見できませんでしたから」
「ああ、もちろん構わないよ。それじゃアンジェラも一緒に――」
「アンジェラさんは病み上がりなのですから、お部屋でお休みなった方がいいんじゃないでしょうか」
「そうか、そうだな……」
「あら、私は平気よ? 一緒に行きましょう」

 アンジェラがすかさず反論するも、ラルフは「いや、アンジェラは少し休んでいた方がいいよ」と優しい眼差しで言った。
 そしてようやく夫婦二人の時間が訪れた。
 二人きりになると、ラルフは婚約時代と変わらない紳士ぶりを発揮した。
 セシリアを気遣い、セシリアの歩調に合わせてゆったりと歩きながら、あの花はもうすぐ見ごろだとか、あの温室は祖父が作らせたとか、当時のエピソードを交えながらあれこれ解説してくれる。
 ラルフのエスコートはとても心地よくて、セシリアはこの優しい空気を壊すことにためらいを覚えた。
 いっそこのまま何も知らぬふりをして、散歩を終えてしまおうか。
 ふと、そんな考えが胸に浮かんだが、これ以上もやもやした疑惑を抱え続けるのもやはり辛いものがある。
 セシリアの迷いが断ち切られたのは、ラルフの「ああその薔薇はね、アンジェラが好きだから植えたんだよ」の一言だった。

「母は白いバラを植えるつもりだったんだが、アンジェラがどうしてもピンクがいいって言い張ってね。結局母が折れたんだよ。あのときのアンジェラは本当に――」

 目を細めてアンジェラとの思い出を語るラルフの姿に、セシリアはついに意を決して口を開いた。

「旦那様、その、アンジェラさんのことなのですけど」
「うん? なんだい?」
「あの方は、もしかして旦那様の愛人なのですか?」
「……君は本気で言っているのか?」

 地を這うような低い声に、セシリアは身をすくませた。

「よくもそんな汚らわしい……よくもそんな下衆げすなことを思いつくものだ!」

 強い力でいきなり肩をつかまれて、思わず悲鳴が漏れそうになる。

「旦那様、痛いです」
「一体どこからそんな下衆げすな発想が出てきたんだ! 君自身が下衆げすな人間だから、そんな発想が出てくるのか?」
「痛いです、乱暴なことはやめてください!」

 肩をつかんで揺すぶられながら、セシリアが抗議の声を上げると、ラルフはようやく手を放した。そして深々とため息をつくと、冷たい眼差しでセシリアを見据えた。

「アンジェラはただの幼馴染だ。私にとっては妹のような存在だと最初に言っていただろう?」
「ですが――」
「なんだ?」

 被せるように問いかけられて一瞬ひるみそうになるも、セシリアはなんとか言葉を続けた。

「ですがただの幼馴染にしては、あまりに距離が近すぎるように感じました」
「それは下衆げす勘繰かんぐりというものだ。誓って言うが、私とアンジェラの間にやましいことは何もない。分かっているのか? 君はそういう色眼鏡で見ることで、私とアンジェラの両方を侮辱ぶじょくしているんだぞ?」

 ラルフの声や表情は、理不尽な言いがかりをつけられて、心底憤慨ふんがいしている男性そのものだった。ラルフとアンジェラの間に、本当に肉体関係はないのかもしれない。

「……申し訳ありません、私の考えすぎだったようです」
「分かったのならいい。今後二度とそんな下品なことは口にしないでくれ。不愉快だ」
「ですが純粋な幼馴染だったとしても、やはり距離が近すぎるように感じました」
「じゃあどうしろと言うんだ? もう二度とアンジェラと話すなと? 顔も見るなというつもりか? ……君がそこまで我がままで独占欲の強い女だとは思わなかったよ」

 ラルフは吐き捨てるような口調で言った。

「……君はそのまま一人で庭を散歩するといい。私はこれで失礼するよ。しばらく君の顔を見たくない」

 ラルフはそう言い捨てると、そのまま屋敷の方へと戻って行った。一人残されたセシリアは、唇をかみしめて立ちつくすよりほかになかった。


      ◇ ◇ ◇


 部屋に戻ってからしばらくの間、セシリアはなにも手につかずにただ呆然と座り込んでいた。
 ラルフが自分にぶつけた蔑みの言葉、冷たい嫌悪の眼差しが、セシリアの頭の中でぐるぐる回る。

(旦那様に対してあんなことを言ったのは、やっぱり間違いだったのかしら)

 少なくとも今までのラルフはセシリアのことを邪険じゃけんに扱っていたわけではない。
 あくまでアンジェラ優先ではあったが、セシリアに対してもそれなりに優しい態度をとっていたと思う。
 だけど先ほどのやり取りで、その全ては失われてしまった。
 愛するラルフに嫌われてしまった、その事実がセシリアに重くのしかかる。
 こんなことならなにも言わなければ良かった。
 ラルフがアンジェラと恋人のようにじゃれあっていても、見て見ぬふりでやり過ごせばよかった。
 そんな思いがセシリアのうちに湧いてくる。
 とはいえ食事のたびに疎外そがい感を味わい、アンジェラの「セシリアさんもそう思うでしょ?」という言葉に相槌を打つ日々を思うと、それはそれで耐え難いように思われた。

(私はどうすれば良かったのかしら。これからどうすればいいのかしら)

 結論が出ないまま昼近くなって、侍女のアンナが「昼食はお部屋でとることになさいますか?」と聞いてきた。
 セシリアは食堂に行くと答えたかったが、今の彼女には、あの二人と同席する気力は残っていなかった。

「……ええ、部屋でとることにするわ」

 セシリアが答えると、アンナは満足げに笑ったように思われた。今朝のことも考え合わせれば、おそらく気のせいではないだろう。

(あの子はアンジェラの味方なのね)

 憂鬱ゆううつな気持ちで昼食を終えた後、セシリアはつらつらと嫁いでからの出来事を思い返した。
 ラルフは気づいていないようだが、アンジェラのセシリアに対する態度には明らかに悪意が感じられた。
 それが恋愛感情によるものか、あるいは子供じみた独占欲なのかは分からないが、アンジェラにとってセシリアは自分とラルフとの世界を壊す無粋ぶすい闖入者ちんにゅうしゃなのだろう。
 そして侍女のアンナはそんなアンジェラに肩入れしている。
 アンジェラに肩入れと言えば、女中頭のマーサの存在も気にかかる。
 結婚式のとき、ラルフにアンジェラを運ぶよう言ったのは他ならぬマーサだ。本来なら従僕に頼めば良いことを、よりによって花婿のラルフに頼むなんて、今考えると異常である。
 そういえば朝食の際に「花嫁は寝室で朝食をとることが多い」とラルフに進言して、セシリアを放置する流れを後押ししたのもマーサだった。
 女中頭のマーサは、女性使用人の元締めだと聞いている。アンナがあんな風なのは、おそらくマーサの影響によるものだろう。つまりマーサの影響下にある女性使用人は、すべてアンジェラの味方である可能性が高い。

(私は女主人として、忠誠心が別のところにある使用人たちを扱っていかなければならないのね……)

 むろん家政の取り仕切りは女主人の権限であり、気に入らない使用人は辞めさせることも可能である。
 とはいえ夫ラルフの後ろ盾のない身で、年季の入った女中頭とその一派に手を出すのはなかなかに骨の折れる問題だ。

(もしかして男性使用人も? 執事のジェームズはどうなのかしら)

 セシリアは昨日紹介された老執事の様子を思い返した。
 ジェームズはガーランド家の新たな女主人を心から歓迎する態度を示しており、会った限りでは好印象だったが、しかし――
 物思いにふけるセシリアの耳に、ノックの音が響いてきた。
 セシリアが返事をすると、現れたのはラルフだった。彼は照れたような笑みを浮かべて「君と仲直りしようと思ってきたんだよ」と切り出した。

「あのあと一人になって色々と考えたんだ。それで嫁いだばかりで神経質になっている君に対して、少し思いやりが足りなかったと気が付いたんだよ」
(私がアンジェラさんを気にするのは、私が神経質なのが原因だということでしょうか)
「君にしてみれば、二人きりの新婚生活を夢見ていたところに他の女性がいるのだから、つい嫉妬してしまうのも無理はない。それで変な風に邪推したり、邪魔者扱いしたくなったりするのも仕方がないのかもしれない。……だけどセシリア、これだけは分かってほしい。少なくともアンジェラの方は、心から君と仲良くすることを望んでいるんだ」
(食堂での態度はどう見たってそんな風ではありませんでした。いいえ、もしかしたら結婚式の最中倒れたことや、その後ずっと体調不良を訴えたのだって、わざとなのかもしれません)
「恵まれた君にはまるで想像もつかないだろうが、アンジェラは子供のころから身体が弱いせいで、私のほかには遊び友達もいなかったんだ」
(それは身体が弱いせいではなく、アンジェラさんが貴方と二人きりで過ごすことを望んだからではないでしょうか)
「だから彼女は君が屋敷に来ることをそれは楽しみにしていたんだよ。君もアンジェラのそういう健気な思いを、ほんの少しだけでもいいから汲んでやって欲しい。そしてどうかアンジェラを邪険じゃけんにしないで、家族として受け入れてやって欲しいんだ」
邪険じゃけんにされているのは私の方です)
「なあセシリア、私にとっては君もアンジェラも同じくらいに大切なんだよ。婚約時代の君はいつも優しくて、誰に対しても親切だった。そんな君ならきっとアンジェラとも仲良くやってくれると信じていたし、今だって信じたいと思っているんだ」
(私は貴方の妻になるためにガーランド家に来たのです。アンジェラさんのお友達になるためではありません)

 ラルフに対して反論したいことは山ほどあった。
 しかしセシリアはすべてを無言のうちに飲み込んだ。ここで何か言ったところで、またもラルフを激高させるだけだろう。

「セシリア、私たちにはまだ時間が足りない。これからゆっくりと夫婦になって行こう」
「はい」

 最後の言葉だけは、心から同意できることだった。
 食事のときに疎外そがい感を味わったのは、まだ自分とラルフの間に積み重ねた時間が足りないからだ。これからラルフといろんな経験を重ねて二人の思い出を作って行けば、自分一人が蚊帳かやの外に置かれることもなくなるだろう。アンジェラのことは出来るだけ気にしないことにして、ラルフと良い夫婦になるために、自分なりにできるだけのことをしてみよう。
 セシリアはそう決意した。それは夫であるラルフを愛していたから。いや少なくとも愛していると思っていたからこそである。
 ところがあるおぞましい事件をきっかけにして、セシリアはラルフに対する愛情をすっかり失ってしまうことになる。


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