上 下
164 / 167

ファンタスマゴリア・オブ・ザ・ナイトメアact2

しおりを挟む
「くっ・・・スキルを使いすぎた」

普段であれば戦闘中の駆け引きなど考えもしない。だがさすがに己を圧倒する敵となれば別の話だ。

ヴァイスにしては珍しく、後先を顧みぬ派手な攻撃の裏に緻密な罠を織り込んで見せたのだ。これには口うるさいジェゼーモフもうなずいたに違いない。だがその彼も今や雪の下で永遠の眠りについているのだろう。

何故ここに来てそんなことを考えたのかヴァイスには見当もつかなかった。風の無い街、よどんだ寒気のみが身に染み渡る・・・

「・・・」

しばしの沈黙。どこからともなく降ってわいたような感傷に険しい表情のヴァイスが振り向くと、目の前には全てを飲み干す暗闇がそのあぎとを開いて待ち構えている。

「さて」

退き際はどこかという声が頭をよぎる。

手を引けば引いたで着手金3倍の違約金がのしかかる。当面は苦しいが、さりとてヴァイスの実力をもってすればどうとでもなろう。想像以上に手を焼くこの案件など今すぐ放り投げて帰る手もある。

「なんてな・・・」

自嘲気味に笑うヴァイスは撤退の選択肢をなげうつ。
先ほどからしきりに意識に浮かび上がる不安の正体をつかめぬのであれば、いっそのこと忘れてしまうのがよいのだ。

失われつつある自分を取り戻すかのように、ヴァイスは普段の思考パターンをなぞる。

残る敵は二人。なかなかの手練のようだが・・・

「コケにされたまま黙っていられるか。」

件の敵はと言えば、どうにも寄せ集めにしかすぎないようだ。個々の動きはそれなりにしても、連携が取れていない。挙句の果てには報酬を独り占めしようとして仲間割れでもしたのだろう。

互いに無傷でなくば仕留めるなど容易い。よもやニールほど手こずることもあるまい。

ヴァイスは賊が逃走した方角へ糸を放つと、一気に建物の上に取り付く。

「逃げられると思うなよクズども」

次々と建物伝いに跳躍していくヴァイス。だが、不意に地上から声が響いた。

「夜空に舞う天魔のごとし。」

<ボワァ>

「何だ?」

彼女に向けて突如火球が放たれる。空中でのあらぬ方向からの奇襲にキリモミ状の落下を余儀なくされたヴァイスは寸でのところで地面との激突を回避した。

「テメエか、ジジイ」

「あな、恐ろしや。聖レクスティウスの調伏せし天魔バイデーンもかくにやありけむ。」

恐ろしいと言う割には不気味な笑みをこぼす老人は錫杖を片手にヴァイスを見つめている。

「法衣のジジイが僕に何の用だって聞いてんだ。訳わからねえことほざいてんじゃねーぞ!」

まさかあの金ピカゴリラやミミズ野郎どもの仲間とも思えねえが・・・コイツは何だ?次から次に一体どうなってやがる

「幸いなるかなレクスティウス。」

「あぁ?」

「汝、主に仇なす天魔とまみえり。主の右の御手は剣となりて左の御手によりこれを賜へり。すなわち天魔の前にして正しからざるはなし。」

何やら古い詩篇のようなものを口ずさみ始めた老人を前にヴァイスがげんなりする。レクスティウスなる人物が何者かさっぱり見当もつかない。

「黙って聞いてりゃあ会話にもなりゃしねえ。まさか頭ボケてんじゃねえだろうな?」

「喝っ!」

茶々を入れるヴァイスを一喝するかのように老人が信じられないほどの大声を張り上げた。すると辺りを煌々と照らす火球が3つ現れ、法衣の老人の周囲をまわり始めたではないか。
どうやら詩篇を詠うと見せかけて、術式詠唱だったのだろう。だが本当のところはどちらであろうとも構わない、最初に攻撃を受けた段階で殺すべき敵であることは確定している。

「なるほどね、殺る気満々ですってところか・・・。前衛も無しに魔術師が単独で僕に挑もうって、余程自信があるのかねえ?おおかたお前もエルフ目当てなんだろうよ。」

ん?この紋章どこかで・・・西方審問騎士団か!このジジイが?

「・・・且つは嘆き、且つは憎む。朝夕は短く、直くあるは難し。衆生の情欲即ち泥濘の夢」

「詠唱なんざ待つかよボケぇ」

「煉獄、寿ことほぎ」

西方審問騎士団の紋章に気を取られて動き出しが鈍ったヴァイスは攻撃こそできなかったものの、ダイアモンド=コクーンで老人から放たれた業火を後方に受け流す。

「は、後がねえぞジジイ!残り2発」

西方審問騎士団だろうがこの程度。連続詠唱を全てやり過ごしたら一気にバラ
先ほどの業火によって後方の建物に火の手が上がると、焼け付くような空気に背中を押されるような感覚を覚えた。

「天にも届く傲慢のくるわ

法衣を取り巻く火球の回転速度が増していくのを冷静に眺めるヴァイス。一度見たからにはなにも真正面から受けてやる必要などあるまい。火球が大業火となって自らに襲い来る前に回避すべく、密かにワイヤーアクションを仕込み始める。

「煉獄、よろこび」

「どこ狙ってやがんだ。オラ、大事だぜラス1」

「主命なきまどろみを生と呼ぶは許さじ」

ワイヤーアクションによりあっさりかわされてしまった光景に老人が目を見張る。だがそれも一瞬、残りの一撃を確実に見舞うべく詠唱を絶やさなかった。

「煉獄、祈り」

「当たるかよ、くたばれジジイ!」

ワイヤーアクションによって訳もなく大業火を見送ったヴァイスは連続術式詠唱を使い切り、まったくの無防備となった法衣の老人を瞬殺すべく攻撃のみに全ての意識を傾ける。
目の前の老人は次の詠唱などに取り掛かるわずかな時間すらも残されていなかった。だが最後のあがきだろうか、魔力を練り上げる兆候すらもなくただ一言何かをつぶやいて見せたのだった。

「ドゥーオマギクス」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

処理中です...