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インタラクティブな夜

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誰もいなくなった階段。途中の階では何やら怒号のようなものまで聞こえて来る惨状なのだが、羊娘はどこ吹く風とばかりに先を進んでいく。

「そろいもそろってうっかりさんなんな。アミルを見習って寄り道するのも人生ですんに。」

「行き当たりポックリ風味が強めだけどね。見てるこっちはヒヤヒヤだよアミル。」

会話に聞こえるかもしれないが、ハニービーの声は一切アミルには届いていない。心配の絶えない世話焼き苦労蜂が羊娘に一方送信で寄り添っているだけなのだ。

「声が届かないのが寂しくもあるんだけど、アミルはもっと心細いに違いないんだ。でも安心して~、ココにいるよ~ん」

「浮足立ってる今がチャンスなん。潮目が変わりましたのん。」

アミルをつかまえようと別ルートで回り込んだ従業員たちはたどり着いたはいいものの、怒り狂った宿泊客にことごとく苦情窓口としてつかまってしまった。

そのことを知ってか知らずかアミルの言葉どおり脱出難易度は下がったようだ。

スルスル階段を降る羊と蜂。樽とともに歩むなんとなくディオゲネスな流行最先端も既に終わりを迎えたのだ。

「やったん。とうとう一階までたどり着いたのんな。」

「アミル、嬉しいんだね。小躍りも軽やか~。」

「さて・・・問題はこの扉の向こうに人がいるかどうかですん。」

いつもの緩んだ顔つきからキリッと真剣な表情を見せたアミル。その成長ぶりにハニービーも感慨深げにうなずいて見せた。

「確かに。アミルもすっかり慎重になって」

「イチかバチ子になってみるんも手なん。」

ハニービーの目が節穴であることが満天下に示された。

「いやいや待ってよアミル!イチかバチかじゃなくて、ここはもう少し様子を」

<ガチャ>

「はうっ!」

何といきなり目の前の扉が開いたことに羊と蜂が凍りついた。考えたら当たり前だが、何も扉を開けるのは自分たちだけではない。開けるか開けまいかばかり考えているからこうなるのだ。

「何だ?」

さもありなん。外回りを終えて屋内に足を踏み入れようとした従業員が違和感を覚えて立ち止まってしまったではないか。

「ん?どうした。」

「今誰かの声が聞こえたような・・・」

「あ?誰もいないじゃないか。」

風がしのげるだけマシとは言いつつも底冷えする出入口にいつまでも留め置かれてはたまらんと後ろの男が口をとがらせる。寒いのはお互い様で、前にいる男もさっさと上がりたい気持ちが無いわけではない。

「気のせいか。」

「ここは寒くてかなわん。俺ぁ早く戻って温まりてえんだ。」

「ちげえねえ。今のは風だったかね、まあそう怒るなって」

<バタン!コツコツコツ・・・>

「心臓が止まりかけましたん。」

とっさの判断でアミルは開いた扉の裏側に隠れ、間一髪従業員の視界から外れたらしい。

「こっちもショック死寸前だったよ。暗いのが幸いしたね~」

「こんな目に会うくらいならDON'T CRY。駆け抜けるのん」

「詩人だねアミル・・・いや、ポーズ決めてる場合じゃないから。はよ進め」

アミルが扉を開けると少し離れた位置にゴドウィンリーたちを預けた厩舎が見えた。客層が上流階級なだけになかなか立派な建物でもある。

「おぉ、ついに厩舎が見えましたん。」

見つからない程度に四割引の熱狂を見せたアミル商店スーパータイムセール。辺りをキョロキョロ見渡すと、今までの慎重さがウソのように一直線に飛び込んで行く。

「ヒヒーン!」

「みぽりんの声なんっ!」

「えーと、ラミポーラだね。って、何で鳴き声でわかるのアミル!それ本当かなあ?」

「ヒヒヒーン、ブルルッ!」

「こっちはべーやんなん!やっぱり警告してますんな。」

「べーやん?マックベーンだっけ。・・・警告?え、そうなの?あっ、疑うくらいなら私が偵察に行けばいいんだ。」

普通の人間には見えないのをいいことにハニービーがスルリと潜入に成功する。すると目に飛び込んで来たのはガラ空きの入口付近に姿を隠した男だ。どうやら本当に馬たちはアミルに危険を知らせるべく騒ぎ立てていたらしい。

ひとまずアミルがこれ以上厩舎に近づかないことを確認したハニービーは待ち伏せを決め込む男の正体を暴きに近寄っていく。

「あれは確か・・・」

「早く飛び込んで来ればいいものを・・・まだ入って来ないのか?」

なかなか入って来ないことにイラ立つ男がギリギリと爪を噛む。だがいくら待とうと羊娘は入って来ないのは、既に潜んでいることがバレているからだ。

「そこにいるのはわかってますん!」

「クソ!何て勘のいいガキだ。」

聞き覚えのある悪態にアミルの顔が見る見るうちに青ざめて行く。

「な、ななな・・・」

「お前が馬を取り戻しに来るかどうかは賭けだったがやっぱり来たようだな。へっへっへ、今度は逃がさねえぞ」

不意討ちの目論見が潰えた支配人の男がナイフを手に扉の側面から姿を現す。今度は斧とは違って取り回しやすい兇器を選択したらしい。

つい先ほど殺されかけた恐怖感からアミルがガタガタ震え出した。

「ひいぃぃー!」

金縛りのように動けなくなったアミルから大量の汗が噴き出す。その変化に支配人の男は得物のナイフをベロンと舐めて凶悪な笑みを浮かべた。

「嬉しいねえー、そんなに喜ばれるとおっ」

<ガゴン!>

「んなあっ!」

大きな音が轟いた次の瞬間、男は何かの下敷きになって気を失っていた。おそるおそる近づいて確かめるととんでもない大きさの金ダライではないか。

「このナイスチョイス・・・もしかしなくとも妖精さまですん!」

大興奮のアミルが辺りを見回すと何とそこには紛れもないシルフィードの姿があるではないか。

「いよぉ~っし!次行ってみよ~・・・アレ?」

「妖精さまなん。やっぱりいましたんな!」

「妖精?おや、本当だ!シルフィードになっちゃったぞ?」

エンプレス=メリッサに名前もいただいていない有象無象の下っ端でしかない私が何で?・・・ダンジョンコアの魔力が流れ込んで来てる?もしかして暴漢を倒してレベルアップしたってことなのかな?

「ゴリさんたちに合流できたんも妖精さまのおかげですんな。」

暗くて見えにくかったけど、支配人から逃げ出した時の騒動でアミルの手足はすり傷だらけだ。あのヴァイスから受けた打撲も残っている。

孤立無援でもアミルがへこたれずに戦い抜いて来たって証じゃないの。その頑張りに報いてあげられなきゃ、レベルアップなんて無意味だよね。

「今の私にできないことなど無いのだぁ!そいやっさー!」

「うわぁ、傷も痛みもまるっと消えましたん。しゅ・・・しゅごい回復力ですん!」
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