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ヴァイスの置き土産

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「そこの馬車。止まれ!」

「どおーどおー。こりゃ何や。戦でもあったんかいな?」

馬車を駆るマリンの前にはぐったりと地面に座り込んだ兵士たちの姿があった。統率を重んじる軍にはおよそありえない光景だが、恥も外聞もないほど徹底的に叩きのめされたような雰囲気だ。

「この中に治癒術師はおらぬか。」

「治癒術師ったってウチら商人でっせ。」

自身も負傷して上半身を痛々しく包帯が覆っているが、うるさいと感じるほど大きな声で話す男が馬車へと近づく。

「それを承知で聞いておるのだ。治癒術師がおらずとも良い。ポーションが無理でも包帯などでも良いのだ。分けてもらえぬだろうか。」

獣人差別の激しい帝国大都市近辺にあって、タヌキ娘が対等に話ができるのもリーファの幻術カムフラージュのおかげだ。周りの人間にはマリンの耳や尻尾など見えない。

ウチなるべく厄介事に巻き込まれとうないんやけどなあ。ホンマにウチ、ヒュームに見えとるんやろか?

「ポーションも品不足が続いてるし、無茶やで。」

「礼は弾む。何とかならんか。人助けと思ってここはひとつ」

「そう言われてもなあ・・・」

「重傷者が今にも生命を落とさんとしておる。」

「重傷者は何人いるんだ?」

マリンが難渋していると馬車からひょっこりリーファが顔を出した。マリンが困っているので助け舟を出そうというリーファの心意気だったが、振り返ったマリンと目が合った。

「リーファ?」

子供だが前向きに話を聞いてくれそうな雰囲気に目の前の男が嬉しそうな顔をして答える。

「ざっと20というところだ。」

「持ち合わせでギリギリってとこだね。」

「そうか!それはありがたい」

「ちょい待ち!お兄さんもちょこーっと待っててな。」

「ん?うむ」

ワケもわからずポカンと呆けたように返事をする男を残して、マリンが馬車の中にリーファを引き込む。

「いきなり何言い出すのんなリーファ?ほんまに重症者を治癒できるだけの量持っとるんかいな。」

「持ってないよ。」

「はっはーん、おもろいこと言うやん?洒落に寛容なマリンさんやなかったらブチキレ散らかすところやで~。何ぞ考えがあるんやろうな、リーファ?」

「ちょいと試したいことがあってね。」

「おいおい、アタシも混ぜろよ。何か面白えことなんじゃ」

周りの仲間が居眠りしていてヒマを持て余したシンディーが身を乗り出している。

「シンディー姉はそこで大人しゅうしといて。」

「はい」

マリンにピシャリと締め出されたシンディーがバツの悪そうな表情ですごすごと引き下がる。こんなシンディーも何だか珍しい。私やティナが同じこと言ったら中暴れしそうだけどね。

「ほなまかせるわ。」

リーファはマリンの期待にガッツポーズで応じると馬車から飛び降りた。

「リーファだけで大丈夫か?」

「大丈夫。シンディー姉は心配性やなあ。」

「待たせた。」

「この程度、待った内にも入らん。さあ、こちらへ来てくれ・・・ん、荷物はそれだけか?」

「ああ、こう見えて結構入るんだ。」

リーファはそう言いつつ小さなカバンをヒラヒラ見せる。兵士はとても目の前の少女の言うとおりとは思えないといった顔つきだ。まさかこんな時に冗談など言うまいと信じ、言葉を飲みこむことにする。

「そうか。ならば良いのだ。あの幕屋の中に怪我人を収容しておる。ひどい有様ゆえ心しておくのだぞ。」

「わかった。」

「さあ入ろう。」

「これは・・・」

兵士が幕屋の入口を開けてリーファを招き入れると、内部は酷い有様だった。埃っぽいだけでなく、血のにおいが充満してそれだけでも気分が悪くなりそうになる。治癒術師の手も足りなければ医薬品その他もまったく不足しているのが明らかだ。苦し気なうめき声とともに重傷者のほぼ全てが地面に敷いた布の上に横たわっているではないか。

「治癒術に長けた者もおるが手が回らん。手の施しようも無い者も多い。」

結構時間が過ぎているのかなあ。こりゃあ無理かもしれないけど、やってみようか。

「はい、リーファさま」

「じゃあ手近なこの人からにしよう。脚はそれで良いんだね?」

「そうだが千切れた脚はもうどうにもならんだろう?」

あり得ないほどの力でねじ切られたかのようにグチャグチャな切断面に、リーファも顔をしかめる。もしかしなくともヴァイスがやったんだろう。殺さない程度に痛めつけたのは兵士たちが救護のために留まらざるを得ない状況を強いるためだ。

「その脚をちょっと支えておいて」

「いや待て。包帯を解かれては」

んなこと言ったって始まらないんだから取っちゃう。うひゃあ、痛そう
どす黒く染まった包帯を取っ払うが重傷者はもはや激痛に叫ぶ気力もなくグッタリした様子だ。長引かせるのも酷な仕打ちだろう、ちゃちゃっとやってやんないと可哀そうだな。

「いいから。しっかりと離れないように持ってて」

「むぅ・・・承知した。」

もし冗談だったならばタダではおかんと思いつつも、何やら考えがあるように見える。兵士は言われるがままリーファを手伝う。

「行くよ」

リーファがカバンから取り出したものは水瓶だった。おもむろに透明な液体をかけると意識が朦朧としていた重傷者が耐え難い痛みに断末魔のような叫び声を上げる。

「うわああぁっ!」

「これは!」

目が飛び出んばかりの衝撃を受けた兵士が固まっている。何かをかけた次の瞬間には脚が繋がっているではないか。一体あの液体は何なのか?

「よし!良いだろう、次行ってみよう」

「待て!これは何だ?千切れた脚が接がれておるではないか!」

あまりの自信に半信半疑であったもののここまで凄まじいものだとは。こんな効果のある薬品など見たことも聞いたこともないぞ。可能性として考えられるのはエリクサーだが・・・そんな馬鹿な!

「ああ、だが不完全だ。二月は安静にしてないとまた千切れるぞ。」

「何と?エリクサーではないのか。」

エリクサー?バルトロメオの持っていたアレか。
そんなはずないじゃん、きっと本物のエリクサーは見たことないんだ。だってバルトロメオはエリクサーを飲んで失った下半身が生えたんだよ。さすがの私も目を疑ったほどにすさまじい効果だった。あれと比べちゃいけない。

「エリクサーなんてそんなわけないじゃん。これはとっておきの目玉商品なんだ。それともこれじゃ不満?」

「いやいやいや、願ってもないことだ。だがどこでそんな医薬品を手に入れたのだ?」

「これだけの数を助けたいなら詮索しないことだ。こちらも商売なんでね。」

いいよバトラー。すっかり超絶ポーションだって信じ込んでいるよ。実はハニービー=キュアなんだよね。バトラーのおかげでただの水も万能薬だ。

「よろしいのですか。ついこの間まで敵だった者どもを」

「まあ完治させるわけじゃないし、良いんじゃない。千切れた手足をとりあえずくっつけるだけだもの。」

「何とお優しい。リーファさまの慈悲の御心は海よりも広く、また深いのですね。」

へへへ、そんな大層なもんじゃないってバトラー。コイツらに恩を売りつけておくのもアリかって思うんだよね。

「さすが我が主、リーファさまです。」

私がバトラーとワイワイやっていると血を失って青い顔をしている元重傷者が無理に上半身を起こそうとしているのが見えた。

「うぅ、ありがたい。必ずこの脚の恩に報いる・・・俺は」

「良いから寝てなよ。あんま無茶するなよな。時間ないから、ほい次ぃっ」

遊んでいる場合じゃない。次々処置してやんないと死にそうになってるヤツが多いんだった。
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