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過ぎ去った嵐
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圧倒的優位をもってこちらを牽制しつつ帝国軍が撤退して行く。グラムス魔術師隊を預かるリアンはその様子を悠然と眺めながら安堵の声を漏らした。
「やれやれ、何とかしのいだようだ。」
「帝国軍が逃げた・・・お、追わなくて良いのかリアン?」
「いかに撤退戦が熾烈を極めると言えど、下手に我ら同盟が手を出そうものなら大やけどを負うのは間違いない。追撃などもってのほか、たいして欲しくもない殿軍の首など捨て置けば良いのだよ。」
「??・・・あ、あぁ」
かくして多大な犠牲の下に辛くも敵を退けたものの、勝利とは言えない結果に収まった。これは当初の目論見に則した上々な結果と言えよう。帝国を退けて権力の空白を埋めたアンダシルヴァ王国がマルトリス同盟の併合に乗り出す余力などもはや残っていまい。
大きく兵力を削がれた王国が独自に支配領域を固めるなどおぼつかない状況だ。しかし若き王の野心を挫いてグラムスがキャスティング・ボートを握るには不足のようにも見える。・・・まだ何やらあるのやもしれん。
リアンがモーゼルトたち二十三人会の企みに思いを巡らす一方で、仲間の下へと急ぐ少女の姿があった。
「リーファさま、そんなに急がれると危のうございます。」
「大丈夫だよバトラー。それより早く行かなきゃあ」
あの最後に炸裂していた青い大爆炎は間違いなくシンディーのフォックスファイアだった。あんなデタラメな規模の魔術を展開するなんて、シンディーってば想像以上にすごいヤツだったよ。
「アホには魔術なんて扱えねーんだ」ってバッキバキにムカつくこと言われたこともあるけど、さすがにアレを見せられちゃあホメないわけにはいかないよねぇ。あっリアンが見えた、そこにシンディーもいるはずだ。
心躍るリーファは一段飛ばしで階段を跳ね上がった。
「シンディー!・・・おや?グッタリしてる・・・シンディーに何があったの?」
「シンディーは軽い魔力枯渇だ、心配せずとも生命に別状はない。彼女なりに精一杯頑張ってくれたのだよリーファ。」
リーファに気づいたリアンが軽く状況を説明する。リアンもどうやらシンディーの活躍を高く評価していることにリーファも我が事のように嬉しい気持ちになった。石畳の上に身を横たえるシンディーをねぎらうかのごとく、彼女の手をにぎる。
「そうなんだ・・・本当に役に立ってくれたんだね。」
「リーファさま、ロードチャンセラーがついていながら申し訳ありませんの。」
「いや、基本的にシンディーは誰にも止められないんだ。むしろよくやってくれたよロードチャンセラー、ご苦労さま。みんなを守ってくれてありがとうね。」
「ありがたきお言葉ですの。ロードチャンセラーはもっと励みますの・・・ちょっおま、離すのハーフリング。気安く触んじゃねーの」
神妙な面持ちの妖精をつかまえ、至福の表情で頬ずりをかますティナもリーファとの会話に混ざろうとする。
「とりあえず乗り切ったね、リーファ。えげつない戦力差だったから、正直もう駄目かと思ったんだよ。」
「うん、帝国軍に仕掛けたサプライズがもう少し遅れたら切り札を全力投入するハメになったかもね。」
「サプライズ?もしかして帝国軍撤退に関係があるの?ってあれ?」
ちぇすと~!と勢い良く叫んだロードチャンセラーはティナの魔手から忽然と消失してしまった。いったい何が起こったのかわからないティナは不思議そうに自分の両手を眺めて目をぱちくりさせている。
それでは皆さま、次回もロードチャンセラーびっくり奇術ショーでお会いしましょう。乞うご期待!
「うん、バシレウス王国に帝国軍の背後を突かせてるんだ。アルフォンスがひそかに進めてきた策略だからティナたちに教えることはできなかったんだけどね。」
「え~、せめて私には教えといてほしいんだよ~。もしかしてリーファはティナお姉さんのこと信用してないの~」
口をとがらせてぶーたれるティナに、リーファも後ろめたい気持ちでいっぱいになる。仲間を裏切ってしまったようで何とも居心地の悪い表情を浮かべた。
「う~、そう言われると心苦しい・・・」
「ティナ、リーファを責めないでやってほしい。彼女の立場上、不用意なことは慎まねばならない。たとえ信頼できる仲間であっても決して策略の内容を教えてはならぬと具申したのはこの私なのだ。」
「そうなの?まぁリアンが言うことなら私だって無下にはできないんだよ~・・・あっ!」
リアンの弁明で事情を理解したティナもあっけなく矛を収める。理由無き隠し立てではない以上、リーファを責めるのはお門違いというものだろう。
「え、どうしたのティナ?」
「だからチマチマトラップ妨害で時間稼ぎしてたのかぁ。どれだけ邪魔したってこっちから襲撃しなきゃ意味ないのに、何でこんなことしてるんだろって思ってたんだよ!」
「あぁ、それマイクも言ってた。」
「やっぱマイクもそう思ってたんだ?まぁアレはアレでそこそこ楽しかったからもうどうでもいいんだよ~」
ティナは手先が器用だから暇があれば何やら試作していたりするんだよね。いつも使っている暗器もティナの自作で、ものづくりはティナの趣味でもあるんだ。
気をまぎらわすような趣味が無い私は今回、気が張ってばっかで何にも楽しくなかったよ。まぁロミアたちに会えたのは楽しかったけど、それだってたった数日だもん。
「私はもうこんな戦争に巻き込まれるなんてこりごりだぁ。こんなんじゃいくら生命があっても足んないよぅ。後はクラウスに戦争回避の仕組みを作ってもらうしかないや~」
「そのためにも顧問殿にはこれからも頑張ってもらわねば」
うぎゃー、私はもう付き合いきれない。本当は中央城塞への撤退通路を確保するだけで良かったはずなのに、王国兵士が掟破りの撤退をかましてくれたおかげで冷や汗かきまくったんだぞ。魔鉱レンガではない城壁が完全崩壊したシナリオが事前に無ければ、あたふたして窮地に陥ってたかもしれない。
「やめちくれ~リアン~。帝国との戦いは終わったんで顧問は引退しますぅ~」
「フフフ、そうだな。それが良かろう。」
***
今後の方針を議論する王国首脳の下にもマルセロ=ド=ギルビー侯爵による帝国侵攻の詳報が届いた。だがその詳報は誰もが予期せぬとんでもない内容であったため、にわかに議場が騒然となる。
「ガイアロドハイムだと・・・そんなことが可能なのか?」
「ギルビー襲来の報が遅れに遅れたのはつまりそういうことか。」
「ギルビーめ、我らを捨て石にして帝国を大きく切り取りに来たのだ。忌々しい・・・」
ギルビーが遠く離れたガイアロドハイムを襲撃できた理由は帝国による過去の侵略行為が原因だ。
かつてバシレウス王国侵略を目論む帝国は国境を守備するギルビー侯爵家の居城、アクロバルト城を数次に渡り攻撃した。しかしその侵攻作戦はことごとく失敗に終わる。
そして帝国軍が撤退する度にギルビー侯爵家から苛烈な逆襲をこうむったのがハンザルム地方一帯。帝国の領土的野心に翻弄され続けたハンザルム地方は著しく疲弊することになる。
当代ギルビー侯爵からの最後通牒を受けたハンザルム地方の選択は満場一致で服従だったようだ。むしろガイアロドハイム攻略へこぞって参加するほどに帝国への憎悪感情が高まっていた。
結果としてギルビー侯爵に立ち向かう勢力は無く、気づけば遠くガイアロドハイム一直線の経路が出来上がったという次第である。
「しかしギルビーがガイアロドハイムを手に入れた場合、勢力圏が大幅に接近することになります。万が一にもあの凶悪なギルビーと境界を接することにでもなれば、我が王国にとって由々しき事態ですぞ。」
「ガイアロドハイムに転進した帝国兵には何としてもギルビーを蹴散らしてもらわねば・・・」
「どちらが勝っても面白くない結果となろう・・・まこと想像だにせぬ事態よ。」
「やれやれ、何とかしのいだようだ。」
「帝国軍が逃げた・・・お、追わなくて良いのかリアン?」
「いかに撤退戦が熾烈を極めると言えど、下手に我ら同盟が手を出そうものなら大やけどを負うのは間違いない。追撃などもってのほか、たいして欲しくもない殿軍の首など捨て置けば良いのだよ。」
「??・・・あ、あぁ」
かくして多大な犠牲の下に辛くも敵を退けたものの、勝利とは言えない結果に収まった。これは当初の目論見に則した上々な結果と言えよう。帝国を退けて権力の空白を埋めたアンダシルヴァ王国がマルトリス同盟の併合に乗り出す余力などもはや残っていまい。
大きく兵力を削がれた王国が独自に支配領域を固めるなどおぼつかない状況だ。しかし若き王の野心を挫いてグラムスがキャスティング・ボートを握るには不足のようにも見える。・・・まだ何やらあるのやもしれん。
リアンがモーゼルトたち二十三人会の企みに思いを巡らす一方で、仲間の下へと急ぐ少女の姿があった。
「リーファさま、そんなに急がれると危のうございます。」
「大丈夫だよバトラー。それより早く行かなきゃあ」
あの最後に炸裂していた青い大爆炎は間違いなくシンディーのフォックスファイアだった。あんなデタラメな規模の魔術を展開するなんて、シンディーってば想像以上にすごいヤツだったよ。
「アホには魔術なんて扱えねーんだ」ってバッキバキにムカつくこと言われたこともあるけど、さすがにアレを見せられちゃあホメないわけにはいかないよねぇ。あっリアンが見えた、そこにシンディーもいるはずだ。
心躍るリーファは一段飛ばしで階段を跳ね上がった。
「シンディー!・・・おや?グッタリしてる・・・シンディーに何があったの?」
「シンディーは軽い魔力枯渇だ、心配せずとも生命に別状はない。彼女なりに精一杯頑張ってくれたのだよリーファ。」
リーファに気づいたリアンが軽く状況を説明する。リアンもどうやらシンディーの活躍を高く評価していることにリーファも我が事のように嬉しい気持ちになった。石畳の上に身を横たえるシンディーをねぎらうかのごとく、彼女の手をにぎる。
「そうなんだ・・・本当に役に立ってくれたんだね。」
「リーファさま、ロードチャンセラーがついていながら申し訳ありませんの。」
「いや、基本的にシンディーは誰にも止められないんだ。むしろよくやってくれたよロードチャンセラー、ご苦労さま。みんなを守ってくれてありがとうね。」
「ありがたきお言葉ですの。ロードチャンセラーはもっと励みますの・・・ちょっおま、離すのハーフリング。気安く触んじゃねーの」
神妙な面持ちの妖精をつかまえ、至福の表情で頬ずりをかますティナもリーファとの会話に混ざろうとする。
「とりあえず乗り切ったね、リーファ。えげつない戦力差だったから、正直もう駄目かと思ったんだよ。」
「うん、帝国軍に仕掛けたサプライズがもう少し遅れたら切り札を全力投入するハメになったかもね。」
「サプライズ?もしかして帝国軍撤退に関係があるの?ってあれ?」
ちぇすと~!と勢い良く叫んだロードチャンセラーはティナの魔手から忽然と消失してしまった。いったい何が起こったのかわからないティナは不思議そうに自分の両手を眺めて目をぱちくりさせている。
それでは皆さま、次回もロードチャンセラーびっくり奇術ショーでお会いしましょう。乞うご期待!
「うん、バシレウス王国に帝国軍の背後を突かせてるんだ。アルフォンスがひそかに進めてきた策略だからティナたちに教えることはできなかったんだけどね。」
「え~、せめて私には教えといてほしいんだよ~。もしかしてリーファはティナお姉さんのこと信用してないの~」
口をとがらせてぶーたれるティナに、リーファも後ろめたい気持ちでいっぱいになる。仲間を裏切ってしまったようで何とも居心地の悪い表情を浮かべた。
「う~、そう言われると心苦しい・・・」
「ティナ、リーファを責めないでやってほしい。彼女の立場上、不用意なことは慎まねばならない。たとえ信頼できる仲間であっても決して策略の内容を教えてはならぬと具申したのはこの私なのだ。」
「そうなの?まぁリアンが言うことなら私だって無下にはできないんだよ~・・・あっ!」
リアンの弁明で事情を理解したティナもあっけなく矛を収める。理由無き隠し立てではない以上、リーファを責めるのはお門違いというものだろう。
「え、どうしたのティナ?」
「だからチマチマトラップ妨害で時間稼ぎしてたのかぁ。どれだけ邪魔したってこっちから襲撃しなきゃ意味ないのに、何でこんなことしてるんだろって思ってたんだよ!」
「あぁ、それマイクも言ってた。」
「やっぱマイクもそう思ってたんだ?まぁアレはアレでそこそこ楽しかったからもうどうでもいいんだよ~」
ティナは手先が器用だから暇があれば何やら試作していたりするんだよね。いつも使っている暗器もティナの自作で、ものづくりはティナの趣味でもあるんだ。
気をまぎらわすような趣味が無い私は今回、気が張ってばっかで何にも楽しくなかったよ。まぁロミアたちに会えたのは楽しかったけど、それだってたった数日だもん。
「私はもうこんな戦争に巻き込まれるなんてこりごりだぁ。こんなんじゃいくら生命があっても足んないよぅ。後はクラウスに戦争回避の仕組みを作ってもらうしかないや~」
「そのためにも顧問殿にはこれからも頑張ってもらわねば」
うぎゃー、私はもう付き合いきれない。本当は中央城塞への撤退通路を確保するだけで良かったはずなのに、王国兵士が掟破りの撤退をかましてくれたおかげで冷や汗かきまくったんだぞ。魔鉱レンガではない城壁が完全崩壊したシナリオが事前に無ければ、あたふたして窮地に陥ってたかもしれない。
「やめちくれ~リアン~。帝国との戦いは終わったんで顧問は引退しますぅ~」
「フフフ、そうだな。それが良かろう。」
***
今後の方針を議論する王国首脳の下にもマルセロ=ド=ギルビー侯爵による帝国侵攻の詳報が届いた。だがその詳報は誰もが予期せぬとんでもない内容であったため、にわかに議場が騒然となる。
「ガイアロドハイムだと・・・そんなことが可能なのか?」
「ギルビー襲来の報が遅れに遅れたのはつまりそういうことか。」
「ギルビーめ、我らを捨て石にして帝国を大きく切り取りに来たのだ。忌々しい・・・」
ギルビーが遠く離れたガイアロドハイムを襲撃できた理由は帝国による過去の侵略行為が原因だ。
かつてバシレウス王国侵略を目論む帝国は国境を守備するギルビー侯爵家の居城、アクロバルト城を数次に渡り攻撃した。しかしその侵攻作戦はことごとく失敗に終わる。
そして帝国軍が撤退する度にギルビー侯爵家から苛烈な逆襲をこうむったのがハンザルム地方一帯。帝国の領土的野心に翻弄され続けたハンザルム地方は著しく疲弊することになる。
当代ギルビー侯爵からの最後通牒を受けたハンザルム地方の選択は満場一致で服従だったようだ。むしろガイアロドハイム攻略へこぞって参加するほどに帝国への憎悪感情が高まっていた。
結果としてギルビー侯爵に立ち向かう勢力は無く、気づけば遠くガイアロドハイム一直線の経路が出来上がったという次第である。
「しかしギルビーがガイアロドハイムを手に入れた場合、勢力圏が大幅に接近することになります。万が一にもあの凶悪なギルビーと境界を接することにでもなれば、我が王国にとって由々しき事態ですぞ。」
「ガイアロドハイムに転進した帝国兵には何としてもギルビーを蹴散らしてもらわねば・・・」
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